天下一品
俺の名前は円蹴圭介。
何の変哲もないデリバリードライバーである。
とうとうエンゲル係数が100%を突破してしまったので、やや悩んでいる。
胃袋を縮めるか、財布を広げるか。
さあ、考え物だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
①中津(牛丼ピック)→②鶴野町に配達→③中崎 (おにぎりピック)→④長柄中に配達→⑤堂山町 (ラーメンピック)→⑥善源寺に配達→⑦都島本通(牛丼ピック)→⑧片町に配達→⑨天満橋 (ハンバーガーピック)→⑩北浜 (スタバピック)→⑪中之島に配達→⑫曽根崎に配達
帰宅した俺はシャワーを浴びて髭を剃る。
洗濯物を乾燥機に放り込むと約束の時間の30分前である事に気づいたので、戸締りをして出発。
ふと我が家を振り返って失笑。
途端に頭上で鳴り続けている轟音に改めて気付く。
やはり正気の沙汰ではない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
眼前には灰色スウェットのしゃぶネキ。
雰囲気的に寝起きでそのまま来たらしい。
本人曰く化粧や歯磨きはキャンセルして来たとのこと。
「テンイチ! テンイチ!!」
『ネキ落ち着いて!!』
「テンイチ! テンイチィー!!」
『分かった!!
分かったから!!
天一にも病院にも連れてってやるから!!』
しゃぶネキのいつもの病気である。
不意に何かを食べたくなると、それしか考えらえなくなる。
朝から晩までうわ言のように店名を呟き続ける。
きっと大多数の健常者にとっては失笑モノの醜態なのだろうが、同病の俺にはよく理解出来る。
だから、あまり面識のない頃に何度か療養に付き合ってやった事がある。
『じゃあ、もうすぐ開店時間だから、今から行く?』
「う、うー。
ドカちゃんが来るまで待つー。」
『そ、そうか。
分かった。』
「テンイチィ、テンイチィ。」
唯我独尊の猛獣にここまで言わせる久井長閑は、やはり一種の傑物なのだろうと改めて思う。
俺達3人は毎日ではないにしろ、ちょくちょく顔を合わせるようになった。
こういう関係は久井がそれとなく誘導した結果なのだろうが、然程不快ではない。
それなりに可処分時間も割いているが、甲斐性のうちだと捉えている。
「おはようございます♪」
『やあ、おはようございます。』
「テンイチー♥」
「きゃっ♪
ネキお姉様も大変みたいですね♥」
「こってりこってり♥」
2人は親密な雰囲気で熱い抱擁を交わしている。
久井が着ている無地のワンピースはきっと高級品。
ネキの臭いが付いたら大変だと一瞬心配になるが、金持ちはペットが好きそうだし、まあいっか。
体臭のキツい大型動物を飼ったと思えば可愛いものだ。
いずれにせよ、2人は実の姉妹のように優しく見つめ合っている。
アレが本音なら喜ばしいことだ。
ネキと異なり、久井はスキンシップの少ない人生を歩んできたようだからな。
話すうちに分かって来たことだが、ああ見えて人を選ぶ性質らしい。
真偽の程は定かではないが、それを俺に面と向かって告げるあたり、対人能力が高い事は確かである。
俺が千年生きたとしても、あの境地には辿り着けないだろう。
『久井さん。
今日の店だけど。』
「はい♪」
『事前に説明はしたけど、念の為繰り返すよ。
天下一品というラーメン屋なんだ。
一般的にジャンクフードとして知られている。
口に合わないかも知れないけど、大丈夫?』
形式的にそう尋ねてはいるが、この女は多分大丈夫だろう。
すたみな太郎を食べきった時点で味覚許容度は証明済みだし、鉄橋下のバラックに微塵も臆さない胆力もある。
「昨日ネキお姉様と電話をしておりまして。」
『うん。』
「ずっとテンイチテンイチと仰られていましたので、ワタクシにも伝染してしまいました♪」
「テンイチー♥」
「よしよし♥
もうすぐですよー♥
なでなでなでー♥」
「こってりゃあ♥」
最初に互いを紹介した時に、相性は良いと感じていたが…
ここまでコイツらが打ち解けるとは想定外だったので、正直驚いている。
願わくば2人で勝手に構い合って欲しいのだが、どうやら俺もその輪に入っているらしい。
やれやれ、中々上手く行かないものだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【天下一品 中津店】
地下鉄中津駅の2番出口を上がって振り返ると、天下一品は既に見えている。
数多あるラーメンチェーンの中でも、屈指の濃厚さで知られるラーメン屋。
それが天下一品である。
同チェーンの代名詞とも言えるのが《こってりラーメン》。
ドロドロとしたスープが身体に悪いことは想像に難くないが、魂の何処かを救済している事は確かであり、今日も多くの善男善女が無心にこってりラーメンを啜っている。
「~♪」
問題は、久井である。
この女のポテンシャルなら、こってりラーメンも容易に完食してしまうだろう。
だが、果たして彼女の家が天下一品での食事を許容するのだろうか?
いや、そもそもとして最近の中津通いをどう捉えているのか。
それ以前に、俺なんかと逢っている事を知っているのだろうか?
「ええ、ちゃんと報告してますよ~♪」
『え?
そうなんだ。
御家族は何か仰っておられた?』
「お父様は頭を抱えておられました。」
…だろうな。
心底同情する。
「お母様は前からそういう人ですので。」
…だろうな。
一度会っただけだが、如何にもそういう人だった。
「なので!
本日は存分に満喫致します♪」
何が《なので》なにかは不明だが、楽しそうで何よりだ。
テンイチ欠乏症で瀕死のしゃぶネキを両側から支えながら、俺と久井は11時の開店を待つ。
俺達の後ろにはスーツ姿のオジサンと、作業服姿の2人組が並ぶ。
何だかんで人気チェーンだよな。
「あ!
ネキお姉様!
開店しましたよ!」
「(…ヨロヨロ)
テンイチィ…♥」
そんな茶番を経て入店。
4人掛けのテーブル席に3人で着座。
まずはオードブル。
こってりラーメンを1杯ずつ注文。
チェイサーとしてライス。
「いただきます♪」
『頂きます。』
「ズソー!!
ズソー!!
グチャグチャゴクン!
ライスガツガツ!
ぷはー♥」
『久井さん。
どう?
問題ない?』
「ええ、幸せです。
お姉様があまりに連呼されるから、ワタクシもずっと想像していたんです。
どんなお店なのかなーって♪」
『そっか。
体調を崩す人も居るから気を付けてね。』
「はい気を付けます♪
じゃあ次は《こってりMAX》で♪」
『あ、うん。
色々言いたい事はあるけど、俺も同じ物を貰うよ。
ネキは?
あ、勝手に頼んでるみたいだね。』
「ズソー!! マーックス!
ズソー!! マーックス!
グチャグチャゴクン! マーックス!
ライスガツガツ! マーックス!
ぷはー♥ マーックス♥」
前世でどんな徳を積めば、こんな人生を歩めるんだろうな。
まあ、しゃぶネキは機嫌良く食ってる時が一番だな。
『ズソー、ズソー。』
ネキを羨みながら俺はこってりMAXを啜る。
うん、普通のこってりが一番だな。
「ずそー♥ ずそー♥」
一方、久井。
俺の食べ方を真似ようとしているらしく、懸命に異音を奏でようと頑張っている。
うーーーーん。
コイツのビジュアルだと何をやっても可愛くなるんだよなあ。
ラーメン屋のCMには採用されないタイプ。
『ネキ。
体調は治った?』
「マーックス!!!
ウチ復活!!!
喉越しマーックス!!!
いやー、腹越しもサイコー♪
ガハハハハハハwwww」
『うん、それは何より。』
「ぷっはー。
うーん、旨いねんけど。
盛り方がお上品過ぎるよなー。
小腹が空いてもーたわ。」
『ネキ、杏仁豆腐もあるよ?』
「チャーハンと餃子♥」
「あ!
ワタクシもお姉様と同じ物を♪」
コイツら執拗にスイーツを拒絶するよな。
いや、俺もそういう味覚哲学を持ってるから気持ちは理解出来るんだけどさ。
「ごちそうさまでした♪」
『御馳走様でした。』
「ごっつぉさん♥」
デザートの餃子を2人前ずつ堪能した俺達は外へ出てフラフラと歩く。
俺はそれとなく地下鉄中津駅に2人を押し込もうと頑張るのだが、2人は示しわせた様にニヤニヤ笑いながら阪急中津方面にジリジリと進む。
コイツら絶対俺の家に押し掛けるつもりだろ。
『今日はメシだけの日だろう?』
「「(上目遣いクネクネ)~♪」」
ネキは俺よりデカいから困難な筈だが、それでも上目遣いっぽい仕草を敢行してくる。
久井は色気を前面に出すような女ではないが(あの家風ではきっと許されないだろう)、基礎スペックだけで可愛く媚を売ってくる。
美人は得だよな。
本人に言えば傷付くだろうから、当然言わないけどさ。
しばらくクネクネしていた2人だが、途中で飽きたらしくタクシーを停めて俺の家にやって来た。
車体にウーバーのステッカーが貼っていたので俺の同業者とも言える。
そう告げると運転手は鼻で笑った。
曰く、昼間から両手に花を堪能している俺は仲間ではないそうだ。
半分は本当なので反論はしない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいまー♪」
「ただいま帰りました♥」
『…。』
2人は笑いを堪えながら俺をチラチラ覗き見ている。
「「ただいまー♥」」
『…おかえり。』
そう言うと2人は抱き合ってケタケタと笑い続けた。
なあ、運転手さん。
やっぱり俺も仲間に入れてくれないかなぁ。
「クンクン、クンクン。
なぁなぁ圭ちゃん。
天一でスープこぼした?
豚骨の匂いがするで?」
ふむ、流石はネキだな。
人類の何倍かの嗅覚を備えている。
『いや、多分それキッチンの臭いだよ。』
「ふぇ?」
『えーっと、見せた方が早いか。』
俺は2人を手招きし、大鍋の蓋を開けて見せる。
「「あーッ! こってりーッ!」」
何の事はない。
俺なりに天下一品スープを研究していただけの話である。
『言っておくけど、ネット情報を拾って我流で再現しているだけだからな?
本家とは天地の差があるぞ?』
ベースは鶏ガラ。
ニンジンのペーストと米粉、そして乾燥マッシュポテトを大量に使用する。
ニンニクと醤油を加えるのは言うまでもない。
当然俺は再現性よりもコストパフォーマンスを重要視している。
「「こってり♥こってり♥」」
…まぁ、この2人に説明するには実食させるしかないか。
『じゃあ、少し飲んでみる?』
「具も欲しいやでー♥」
「麺状の具だと素敵です♥」
…コイツら図々しいな。
まぁ、想定内ではあったが。
『マルタイしか用意してないぞ。』
マルタイ棒ラーメン(業務用)1キログラム×10袋入り(6100円)。
俺の非常食なのだが…
まあ、仕方ないか。
道楽の一環という事にしておこう。
「もー、圭ちゃーん♥
なんでテンイチ作れるのー♥????」
『んー。
何故と言われても…』
大食漢(無駄飯喰らい)の俺が市販品を満足するまで購入すると瞬時に破産するからだ。
例えば先程俺達が堪能した天下一品の「こってりMAX(大)」。
定価は税込で1350円。
これは大阪市の最低賃金である1177円を上回っている。
つまり、こってりMAXを1杯食べる為には1時間強の労働が必要となる計算。
そして日本国における労働者の法定労働時間は1日8時間とされている。
分かるか?
額面通りにやっていれば、1日にこってりMAXが8杯弱しか食べれないのだ。
健常者なら一杯でも満足なのかも知れないが、俺やネキや久井はたったの8杯では心身がもたない。
『以上の理由から、俺は気に入った料理を自分で作れないか日々試行錯誤しているのです。』
「偉い!!
圭ちゃんは偉いで!!!」
『無論、本家には著しく劣りますが、腹は膨れます。
さあ、どうぞ!』
「圭ちゃーーーん♥
ズルズルズビズビ!!!
ズビズバズボーーーーーーーーーーッ♥」
ふう。
俺が1人で貪るつもりだったのに。
…まあいいか。
第三者のフィードバックは必要だったしな。
俺は豚バラを300グラムずつ切り刻み、フライパンで焙る。
味付は醤油・みりん・料理酒・オイスターソース・砂糖少量。
それを小鉢に入れて出してやると、2人の速度はフォームを乱さないまま更に加速。
冷凍していた自家製ネギを散らしてやると、こちらを振り向くでもなくウンウン頷かれた。
喜んでくれて何よりだ。
まあ、ありもしない義理は果たせたかもな。
「圭゛ぢゃ゛ーーーッん゛♥♥!!!」
号泣したしゃぶネキに抱き着かれる。
『ネキ、落ち着いて。』
「好゛ぎィ゛ッ゛ーーーー!!!
大゛好゛ぎィ゛ッ゛ーーーー!!!
ウ゛ヂに゛ばア゛ン゛ダじがお゛ら゛ん゛!!!」
『痛たたた。
折れる、背骨折れるから。』
「だってテンイチ毎日食わせてくれるんやで!?」
『…いや、毎日食わせてやる気はないが。』
「こんなん絶対好きになってまうやん!!!
テンイチ好きなだけ食べ放題させてくれるの、この宇宙で圭ちゃんだけやで!!!!」
『いや、ネキ達が好き放題してるだけだが。』
「だがらじゅぎいいいいいッ!!!!!!」
ネキはしばらく発狂モードに入っていたが、俺が粘り強く酒やチョコレートを食わせているうちに徐々に沈静化して、トドメにニコニコ動画で阪神タイガース名場面集を見せることにより、引き剥がしに成功した。
久井はニコニコと膝枕してやりながら、ネキの語る「バース、掛布、岡田のバックスクリーン3連発伝説」に耳を傾けていた。
テーブルには完飲済の丼だけが無言で佇む。
やがて、喋るだけ喋ったネキは、久井の膝を占領したまま大きなイビキを立て始めた。
寝顔は満面の笑み。
一度でいいから、こんな顔で眠ってみたいものである。
久井は愛おしそうにネキの虎髪を撫でていた。
『楽しんでる?』
「はい。
人生で一番♪」
やれやれ。
残念ながら悪い気がしない俺がここに居る。
奇遇にも、こんな心境は生まれて初めてだ。
to be next dish ⇒
【名前】
円蹴圭介
【所持品】
ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)
丸型七輪 (富士見産業)
業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)
業務用寸胴8.3リットル (赤川器物製作所)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【あとがき】
本作を見つけて下さり感謝しております。
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次のメニューに取り掛かる励みと致します。




