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ドカコーラ

ハイボールの酔いを覚ましながら、久井に対して【ドカタ】という単語を何故使ってはいけないかを説明。

この女は初めて知ったような顔で素直に頷いているが、久井公正ほどの男が娘に階級相応のTPOを躾けていない筈は無論ない。



『だから、言葉の選び方には気を付けような?』



「はい、分かりました♪」



コイツ、返事だけは芸術的に見事だよな。

などと思ってるとネキに電話が掛かって来る。



「おーう、姐さんどもです。

いえいえ、相変わらずのドカタ生活ですわ♪」



咄嗟にこちらを振り返った久井も流石に理解している。

1人前の職人にはドカタを自称する資格があるのだ。

つまりネキは自嘲の文脈で【ドカタ】を用いても構わないし、何なら差別する事すら許される。

当然、俺や久井や出版社にそんな資格がある筈も無い。



「ははは、オトンは相変わらずですわ(笑)

ムショボケちゃうちゃう♪

昔からあんな調子のオッサンですわ(笑)

ウチは空いてますよー。

冷蔵庫の話でっしゃろ?

ええですよ、今から伺います。

え?水道管?

いえ、頼まれたらやってますけど。

道具もありますし。

ほな、ケルヒャー持っていきますわ。」



ネキが作業着を取り出しながら、目線で俺達に出発準備を促したので慌てて2人でゴミを纏めた。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「近所やからすぐに終わるわ♪」



ハイエースが向かうのは浪速区のレディースマンション。

その最上階に設置された大型冷蔵庫をゴミ捨て場まで運ぶのが今回の依頼。

引越や粗大ゴミ廃棄の案件は山程あるのだが、ベテラン男子作業員と同等以上の力仕事の出来る女性作業員は皆無に等しい。

だが、男子禁制の物件は俺達男が思う以上に多い。

なので、女性作業員限定の案件はかなりの確率でネキに回って来る。

粗略な扱いをする者はいない。

何故なら代わりが居ないからだ。


いや、いないよ。

あの人、50キロ超の大型和ダンスを団地の5階まで汗もかかずに運ぶんだぜ?

茶々を入れていいのは同じ仕事が出来る人間だけだ。



「どうもー。

助っ人のしゃぶネキでーす♪」



ネキを見た瞬間。

場の全員が安堵した表情になる。

どうやら、「巨大冷蔵庫を運べる女性作業員なんて本当に居るのだろうか?」と皆が不安がっていたらしい。

だが、ネキのガタイが全員を瞬時に納得させた。



「見習い丁稚です♪」



久井がペコンと頭を下げると好意的なざわつき。

相変わらずポジショニングが上手い女である。

そして俺。



「「「…。」」」



女達が非難がましい目線を俺に向ける。

そりゃあそうだよな。

わざわざ女性作業員を探すような物件である。

男は撃退すべき敵なのだ。

玄関に女性人権団体のポスターらしき物が見えたという事は利益ではなく理念に基づいて運営されている賃貸物件なのだろう。



「おーう、スマンスマン♪

その子はウチらの彼氏やねん。

見せびらかす為に連れて来たんや♪」



女達が安心した様に笑い声を上げる。


①フリーではない。

②私達が性的に狙われる可能性が低い

③安心


↑どうやら、こういうロジックらしい。



「ほな、ドカちゃん。

始めるでー。」



「はい、お姉様!」



ネキと久井が建物に入り、俺は指示通りに裏口に放置されていたエアコンの室外機を運ぶ。

旧式の為か結構重かったのだが、親方のネキが巨大冷蔵庫を運ぶ以上、文句は言えない。



「圭ちゃん。

折角遊びに来てくれたのにゴメンな。」



俺が3つ目の室外機に取り掛かるタイミングでネキがひょっこり顔を出す。

なるほど、準備が終わって今から冷蔵庫なのだな。

そう思って何気なく振り返るとゴミ捨て場には俺の想像よりも巨大な冷蔵庫が鎮座していた。

(イタリア製の逸品とのこと。)



「ほな、ケルヒャー始めるわ。

エアコンは後回しでええから、あそこのコーナンでこれ買って来て。」



呆気に取られた俺にメモを渡すと、ネキは機械を小脇に抱えて再び屋内に戻る。


俺がダクトテープやビニル管を買い揃えて戻って来た時には、既に一段落したのかネキが入居者達と談笑していた。

俺の顔を見た一同がニヤリと笑った所を見るとロクでもない話題で盛り上がっていたのだろう。



『ネキ、お待たせ。

あんまり役に立ってなくてゴメンな。』



「何言うとるねん。

寸法任せれるモンはホンマに貴重や。」



結局、総作業時間は2時間前後であろうか?

ネキがオーナーらしき老婆と話し込んでいる中、俺と久井がゴミをまとめて完全終了。

今、振り返ればかなり効率の良い現場だった。



「圭ちゃん、ドカちゃん。

日当や。」



無造作に万札を渡される。



「裸でゴメンやで。」



そして追加で千円札を2枚ずつ。



『え?

お金貰えるの?』



「当たり前やんけ♪

2人のお陰で仕事のカタチになったわ。

ドカちゃんも初めてにしては要領良かったしな。」



「ありがとうございますッ♥」



俺は人生を振り返り、時給6000円の現場は未経験である事を確認。




「大丈夫か?

2人共疲れたんとちゃう?」



「ふふっ、緊張が解けて今になってです。」



「圭ちゃんはどうや?

クーラーやっとったんは昔なんやろ?」



『うん、懐かしかったよ。

少し喉が渇いたかな。』



「分かる。

今日、結構暑かったからな。

ウチもカラカラや。

じゃあローソン寄ってくでー。」



『「はい。」』




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




財布を出そうとすると、ネキの巨大な掌に止められる。

どうやら、この現場は親方持ちらしい。



「遠慮せんでええ。

好きなモン食いな。」



「じゃあワタクシ!

カップ焼きそばを食べてみたいです!」



「おーう、食え食え。

身体が塩分求めてるんやろ。

人間は好きなモン食うたらええねん。

ほんで好きなことして生きたらええ。


圭ちゃんは何が食いたい?」



『あ、じゃあ。

このデラックスのり弁が食べたい。』



「ははは、圭ちゃんは海苔系好きやもんな。

1つで足りるか?」



『サンドウィッチも食べていい?』



「食え食え。

ツナもタマゴも両方カゴに入れてええからな。」



『うん、頂きます。』



3人でゴミ箱の横の壁にもたれ掛かって座る。

久井が目を輝かせてペヤングをズルズル啜った。



「コーラもあるでー♪」



ネキが袋から2リットルコーラを取り出す。

普段、炭酸をあまり飲まない俺の目にも美味そうに見える。

やはり、身体が水分と糖分を欲しているのだろう。

今日は直射日光がキツかったからな。



「ドカちゃん。

現場ではな?

コーラやコーヒーが温くならんように、コレを使うんや。」



「あ、氷♪

これをペットボトルに入れるんですね♪」



「ははは、逆逆。

こうやって氷の袋を開けてな?

コーラを全部入れるんや♪」



「キャーッ♥♥」



「飲んでみ?

コメカミ痛ならんように気を付けてな。」



「はいッ♥」



ネキが見守る中、久井がキュコキュコと氷袋を幸せそうに啜った。

次は俺、そして最後にネキが残った液を瞬時に吸い取った。

中には真空にひしゃげたカラカラの氷袋のみ。



「ドカちゃん、旨かったか?」



「はい!

こんなに美味しい飲み物は生まれて初めてです♥」



追従ではない。

美味いに決まっている。

だって俺達は汗水を垂らして働いたのだから。



「この飲み物はな?

ドカコーラ言うねん。」



「ドカ… コーラ…」



「いつか飲ませたろうと思っとった。

機会があって良かったわ。」



「…。」



ネキの身体越しに、久井がネキの肩にもたれ掛かったのが伝わった。

そして胸に顔を埋めて、しばらく震えていた。


30分ほど、そうしていただろうか。

他の工事車両が入って来たので、俺達はハイエースに戻った。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



夕刻。

久井公正、あべのハルカスに到着。

本人はネキ宅まで来たがっていたが、実質的に飛田新地である。

これ程の大物がみだりに近づくべきではない。



「圭介君のお気遣いは嬉しいが、そこまで神経質にならなくとも大丈夫ですよ。」



『お言葉ですが、最近は悪意をもってSNSを運用する輩がおります。

この付近にけしからん者が居ないとも限りませんし、念には念を押しましょう。

選挙も近いですし。』



思わず、余計な一言が漏れた。

久井公正が瞬時に韜晦の表情に移行する。



「はて…」



『申し訳ありません。

失言でした。』



「…。」



『…。』



「孝行が何か言って…

いや、違うなアレは私ほど迂闊ではない。

私が何かそれらしい単語を漏らしていた?」



『…いえ。』



久井家は何度か国会議員を輩出している。

それはウィキペディアに載っているし、誰でも知っている事だった。

俺が気になったのは、一期以上務めた者が殆どいないこと。

皆、当選すれば生真面目に登院するのだが、再出馬の前例は殆ど無い。

最初は【箔付けの為に議員バッジを欲しがる浅ましい奴ら】と思っていた。

ただ、深く資料を読み込むうちに、彼らの出馬法則が嫌でも見えてくる。


リベラル系の首長や議員が長期政権を築き、その弊害が顕著になった時、或いは大きなスキャンダルを起こした次の選挙。

久井家の者が出馬している。


ここからは俺の仮説。

大衆が左派政治に飽きた時、分かり易いエスタブリッシュメントを求めるのではないだろうか?

その場合、関西なら久井家に白羽の矢が立つのは極めて自然である。

単にカネを持っているだけではなく、学術・芸術への理解も深く、各所に人脈が広い。



「…。」



『重ね重ねの非礼をお許し下さい。

私の幼稚な妄想です。

ただ、年末にもあんな騒動があったばかりですので、お父さんに出馬の話が来てもおかしくはないタイミングかな、と。』



次の参院選、保守派が候補者選びに難航しているのは有名な話。

ならば、選挙慣れしている久井家に声が掛かっていても不思議ではない。

なので、県議経験者の公正に打診が来ているのではないかと推測していた。

彼の苦しげな表情を鑑みるに、どうやら的外れな仮説ではなかったようだ。


そんな情勢であるからこそ、その娘が悪所で夜遊びなどあってはならないことだった。

ましてや久井は人目を惹くタイプの美人だ。

特にあの光り輝く黒髪は忘れる方が困難なまでに印象的。

人類総スマホ時代とはあまりに相性が悪い。


…だから、俺は久井におとなしくしておいて欲しかった。



『勿論、私はこの話を誰にもしておりませんし、この先どこにも漏らすつもりは一切ありません。』



「いや、君の事は信頼している。

今度、改めて説明の機会を設けさせてくれないか?

孝行も交えて、ゆっくりと話をしたい。」



『…畏まりました。

いつでもお呼び付け下さい。』



男が身勝手な会話をしている間、センチュリーを挟んだ向こうでは女同士が額を寄せ合っている。

きっと女の価値観では身勝手ではない相談をしているのだろう。



「あんなモン幾らでも飲ませたる。

何時でも遊びに来てや。」



「はい!

是非、遠慮なく♪」



グズるかと思った久井だが、ネキの言いつけは素直に守るらしく、言われるがままに後部座席に乗り込んだ。



「では、2人共。

娘がお世話になりました。

…本人にとっても貴重な体験となった事でしょう。

では、長閑も挨拶は済んだね?

もうお2人に迷惑を掛けてはならないよ。」



「はい!

申し訳ありませんでしたお父様!

もう2度と我儘は申しません。

ワタクシ、おとなしく中津に帰ります♥」



あまりに抜け抜けと言い放ったので、俺も久井公正もその日は台詞の意味が頭に入って来なかった。

それくらい、心身共に疲れ果てていたのだ。



こんな事なら久井公正にもドカコーラを振る舞っておけばと、未だにこの日を苦笑と共に思い出す。



to be next dish ⇒

【名前】


円蹴圭介



【所持品】


ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)


丸型七輪           (富士見産業)

業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)

業務用寸胴8.3リットル    (赤川器物製作所)

1升炊き炊飯器        (象印マホービン)

ドカベン           (ドカベンより寄贈)

2斤ホームベーカリーSD-BMT2000 (Panasonic)

足付きスモーカーグリル     (SUNLIFER)

5段型プランターセット×2    (GARDENA)

ノンフライオーブン14リットル  (EPEIOS)



【贔屓力士】


阿倍野嵐 笑太郎

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