業務用
長く苦しい空腹生活で学んだ真理。
それは俺の胃袋はエンドユーザー向けの食事では絶対に満たされないということ。
例えば大阪でドカ盛りの有名店と呼ばれる赤丸食堂やPOMMIERで食事をしても全然満たされずに、退店後に泣く泣くコンビニのスナックパンで欠乏を補完する始末。
スーパーの食材に関してもそうだ。
お徳用食材を買い込んでもその日のうちに調理して食べ切ってしまう。
もはや外食でも中食でも変わらない。
一般顧客と同じ量では円蹴圭介の生命は維持不可能。
故に、俺が業務用食材に辿り着くのは必然だった。
「まるでお店屋さんになったみたいです!」
「おう、ドカちゃんの言う通りでな。
こういうプロ向けの市場に、飲食屋は仕入れに来るねん。
ほら、見てみ?
迷いなく大量に買っとるやろ?」
「あ、本当ですね。
野菜ばっかり両手いっぱいに買ってます。」
「アレは多分カレー屋の仕入れちゃうかな?
あっちのロールケーキばっかり買っとるオッサンは雰囲気的に喫茶店やな…」
「え?
喫茶店の材料ですか?」
「うん。
例えばデザートにケーキを出すサテンがあったとして、普通のスーパーで仕入れたら原価割れするねん。
だから、1キロとかの大袋で仕入れて、客には小分けして出す。
飲食の基本やな。」
「そこまで考えたことはありませんでした。
お姉様は詳しいですねえ。」
「下町の人間やからな。
親族にも自営が多いし、全部聞きかじりや。」
ネキがハイエースを出してくれたので、今日は3人で天満市場に買い出し。
大型の電動ピックやディスクグラインダーが搭載されていた辺りに、この人の本物度が窺えた。
(多分、北新地の高級クラブにニッカポッカで出勤したという伝説は事実なのだろう。)
買った素材はそのまま自宅に持ち帰り、業務用食材パーティーという流れである。
『ここが、ぷらら天満。
マンションと食材市場が一体になった施設。
近所には業務用スーパーや金物屋もあるし、俺はここで補給する事が多いんだ。』
「いつも圭介さんはここに来ているんですね。」
『ほら、この前フライドポテトを食べただろ?
それもここで買ったんだ。
鶏唐とか冷凍シシャモも、ここで仕入れることが多い。』
「何でも揃うんですね。」
『うん、食品に関しては大抵あるんじゃないかな?
ハラル認証されてる食品も多いし、中華素材の珍しいのもあるから、中国人が自分用に買いに来たりね。』
1階の中国食材店を示す。
宅配で何度か一般家庭に届けたこともあるので、やはり本場の料理をする時などに重宝するのだろう。
そして地下階のプロマートに。
『フォアグラとかの高級食材もあるけど、俺の胃袋に合わせて買ったら破産しちゃうから見ないようにしているw』
「うふふ、後でこっそり覗いてみます♪」
『俺が買うのは業務用の調味料なんだ。
家庭用より大きいから、一度に大量の料理をする俺とは相性が良い。』
「ああ、それはウチも思ってた。
圭ちゃんの家のスパイスって、どれも入れモンがデカいよな。」
『ほら、例えばここのニンニクやショウガのチューブ。』
「ああ、これこれ。
いつも圭ちゃんが使ってる奴や。」
『業務用に行き着くまでに俺がどれだけ泣いて来たかww』
「「『あははははww』」」
人より胃袋の大きい俺達にしか分からないシンパシーがある。
それを笑い合える相手が居るって救いだよな。
『久井さん。
冷凍コーナーも充実してるだろ?
ほら、1キロポテト。』
「あ、見覚えのある袋です!」
『大体、ウチの冷凍庫はここから仕入れたものが多いかな。
気になる食材はある?』
「ネキお姉様がさっき仰った原価率から考えますと…
この剥きアサリとか?」
「おお、ドカちゃんセンスあるわ。」
「え?」
「自宅で料理するんやったら、揚げモンみたいな個数商品よりもな?
大袋の原料の方がコスパがええねん。」
「な、なるほどです。」
「圭ちゃんは、その観点ではどうや?」
「うーん。
例えば、袋買いなら…
このスイートコーン1キロかな。」
「ほう。」
『これにバターを乗っけてレンジで加熱。
醤油を掛けてスプーンでガツガツ食うんだ。』
「「キャー♥」」
『ははは、まずは一品だな。』
「「コンバタ醤油~♥」」
まあ、1キロと言っても3人だと1人300グラム強なんだけどな。
俺達にとっては、オードブルにもならない。
『じゃあ、次。
久井さんがアサリに注目したからね。
アサリで何かドカ食い出来ないか考えてみよう。』
「「キャー♥」」
『どう?
何かリクエストある?』
「うーーーん。
ウチは、アサリって言ったら酒蒸しを連想するかな?
ドカちゃんは?」
「なんでしょう?
ボンゴレスパゲティ?」
『お、奇しくも両方お酒絡みだね。
酒蒸しの材料…
料理酒はある、醤油もある、ニンニクもある、葱と生姜は生えてる。
OK! 酒蒸しは普通に作れる。』
「おひょひょ♥」
『そしてボンゴレ…
まずは麺だな。
久井さん、見て御覧。
5キロ袋があるだろ?
俺、普段はこういうサイズでパスタを買い込んでるんだ。
スーパーだと300g×5束くらいが一番大きなサイズの時があるんだけど…
すぐになくなっちゃうからさ。
ああ確か白ワインが必要なんだったか、ネキの飲み残しが棚にあったなあ…
えーっと。
玉ねぎは帰りにあっちの青果で見ておこうか。
ニンニクOK、パセリは家に乾燥パセリが残ってる…
オリーブオイルも潤沢、トウガラシは生えてる。
よし、ボンゴレも行けるな。』
「圭介さん、一言いいですか?」
『あ、うん。
何か足りなかった?』
「ワタクシ…
幸せです♥
幸せ過ぎて怖いくらいです…
最高の食卓…♥
でも、それが怖い…」
『え?
でも所詮は業務用だよ?
久井さんなら普段最高級のパスタを食べてるでしょ?
ボンゴレなんかコース料理の定番だから、どこのシェフも競い合ってるって聞いたけど。』
「最初から殻無しを食べさせてくれるのは圭介さんしかいないんですッ(涙)」
なるほど。
久井が涙ながらに語る所によれば、一般的にボンゴレ・ビアンゴは殻付きで出される。
高級店であればあるほど量は少ないし、テーブルマナーとして殻は食べる都度しか外してはならないとのこと。
ああ、俺や久井にとっては地獄だなあ。
食った気がしないよなあ、それ。
『安心して。
今日はズルズル啜っていいから。
麺もガンガン茹でて、ニンニクとオリーブオイルでベチャベチャ味付してやるから。
味変に醤油をドバドバ掛けてもいいから。
今日は今まで我慢していた分まで食べていきな?』
「ッ!?」
感極まったのか、久井が俺の裾を掴んで額を俺の胸に押し付けてきた。
どうやら最近の見合いラッシュでの苦い思い出が走馬灯のようにフラッシュバックしているらしい。
いや、多分相手の男性陣の方が苦しかったと思うぞ?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2人から、もう1品リクエストされたのでオイスターソースをチョイス。
家庭用だと、すぐになくなっちゃうからね。
後で青果コーナーで炒め物用の野菜を買おう。
キャベツやニンジンは重いからなぁ。
普段、自転車でしか来れない俺にとっては二の足を踏む食材なのだ。
何せデリバリーバッグは壊れ易い。
そんな風に思案しながら通路を歩いていると…
「おーう!
圭介ぇ!」
馬鹿デカい声。
振り向くまでも無く分かる。
『どもー、門田さん。
奇遇ですねぇ。』
門田勉。
上新庄のデカ盛り名店・ドカベンの店主である。
「とうとう飲食に参入する気になってくれたんかぁ♪」
満々の笑みでノシノシ近づき抱き上げられた。
体育会系のノリ、暑苦しくて苦手だわー。
まぁ、俺はこのオッサンが好きだから別に構わないけどね。
『俺には飲食業は務まりませんよ。
客に出す前に食べちゃいますもの(笑)』
「はっはっは!
実は俺もチョコチョコ食ってるねん(笑)」
『「わっはっはっはっ!!」』
この人、俺と胃袋感性が似てるからな。
互いの気持ちが手に取るように理解出来る。
案外、将来の自分もこうなってそう。
「それにしても、この前はありがとうな。
ホンマに助かってるわ。
圭介のお陰で利益率めっちゃ上がったもん。
まさか開業以来使ってなかった小窓が役に立つ日が来るとは思わなんだわ。」
『あの店の構造ですと、中まで配達員に入って来られると邪魔でしょ?
ただ、ピック画面をちゃんと読まない配達員も多いので、玄関にも受取口の表示をした方がいいかも知れませんね。』
「オマエもう、コンサル会社にせーや。
今で3期目やったっけ?
圭介やったら絶対成功するわ。」
「「(ピクッ。)3期目?」」
『ははは。
私みたいな小僧が何か言っても疎ましがられるだけですよ。』
「そんなこと無いって。
俺は大歓迎やで!
最近は操の奴が圭介圭介って煩くてな(笑)
ガキの癖に色気付きやがって(笑)
まぁ、ようやく女子高生らしくなったかなぁ(笑)」
「「(ピクッ。)女子高生?」」
『いやいや、少しは操ちゃんを褒めてあげて下さいよ。
学校から帰って親の手伝いとか、本当に偉いと思いますよ?
あの子、毎日手伝ってますよね?
同じ制服着てる子が遊んでるのを見かけますけど。』
「うーん。
まぁ、俺も申し訳ないと思ってるねんけど。
アイツなりに死んだ女房の代わりを務めようとしてくれてんのかなぁ。
あ、そうや。
圭介が今度遊びに連れて…」
「「(ピクッ。)遊っ?」」
「お父さーん。
早く行こうよー。
って圭介さん!?」
背後から門田店主の娘さんが現れる。
休日までお父さんの手伝いとは素晴らしい孝心である。
『やあ、こんにちは。
お父さんのお手伝い?
偉いね。』
「は、はう!
(パタパタパタ)
こ、こんにちょわです!!
ああ!! また噛んじゃった!!
圭介さんに会うと知ってたらもっと可愛い服で来たのにぃ…」
「ガハハハハ!
な? コイツも色気づいてきおったやろ?」
「お父さんは黙ってて!!」
門田父娘はいつもこんな感じ。
親を早くに失くした俺としては羨ましい限りである。
…せめて、あと10年生きてくれればなぁ。
「ところで圭介。
後ろの子達は?」
『大切な友人です。
しゃぶネキさんと久井長閑さん。』
「は、はじめまして。」
「は、はじめましネキ。」
「お!
マブいやんけ!!
両手に花とは恐れいったなぁ。
毎晩3人でしとんか?
ガッハッハww」
『そんなのじゃ…』
「ワタクシは《そんなの》と紹介されたいです。」
『…そんなのです。』
「うおおお!!
凄えwww
おとなしい顔してやるやんけww
操~w オマエの入る余地ないでぇww」
「お父さんは余計なこと言わないで!!!」
操ちゃんは顔を真っ赤にして門田店主の腹を殴り続けている。
俺もそうだけど、この人も男社会100%で生きてきた人だからなあ。
デリカシーの「デ」の字もないよな。
操ちゃんに引きずられて去って行く店主に再訪を約束して別れた。
よし、天満市場での買い出し無事完了!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『さあ!
まずはバターコーンだ!!
彩の為に乾燥パセリを薄っすらパラパラっと。
鎌田のダシ醤油を好きなだけ掛けていいぞ。』
「「…キャー。」」
『お、おう。
大丈夫か?』
2人にはいつもの精彩がない。
どこか表情が昏く、瞳からはハイライトが消えていた。
(常に、久井はキラキラ、ネキはギラギラしてるので変化が分かりやすい)
その割に食べるペースは全く落ちないのは御愛嬌。
「ワタクシ、圭介さんが事業を営まれているとは存じませんでした。」
「ウチもー。」
『事業なんて大袈裟なものじゃないよ。
孝行さんにも話したんだけどね、会社ゴッコだよ。』
「え?
どうして兄と?
え?
いつの間に面識?
話?」
『ん?』
「え?」
しばらくの沈黙の後、久井が涙を流し始めたのでネキに怒られる。
「圭ちゃんは女心が分からんすぎや!!」
『あ、ごめんなさい。
多分、俺が責められる筋合いじゃないと思うけど、ごめんなさい。』
「ドカちゃんは圭ちゃん無しじゃ生きられん身体になってもーてんねんで!!」
女は大袈裟だなあ。
と思ったのだが、ネキと2人で淡々と久井の体質を検証していったら、確かにどう計算しても俺が食わせなければ死にそうな気がしてきた。
いや勿論、今まで久井がお見合いをしてきた御曹司達であれば金額的には養えるはずなんだ。
ただ、ちゃんとした家の息子さんが久井の食事量を許容出来るか否かは別の話であり、仮に配偶者が我慢したとしても、そのお姑さんは絶対に許してくれないだろう。
「うう…
ぐすっ、ぐすっ…
申し訳ありません、御見苦しい所をお見せしました。」
『あ、うん。
大丈夫、気にしないで。』
俺が内心舌を巻いたのは、久井が箸を握り締めたまま泣いても、それはそれで絵になってしまう点だった。
本来は不躾な振る舞いだと思うのだが、この女の場合はビジュアルで補正されてしまうのだ。
ちなみに逆ベクトルの偉人が佐藤さんであり、彼はどんな醜態を晒してもギャグ補正で看過されてしまう。
あのオッサン、滑稽過ぎて怒る気になれないんだよな。
2人と違って凡人の俺は堅実に生きようと改めて誓う。
「でも!」
『あ、はい。』
「でも、ワタクシ!
もっと圭介さんのことを知りたいです!
…だって、何も教えてくれなかったから。」
『今日の門田さんの話?』
「圭介さんがコンサルタント業を営んでるだなんて存じませんでした。
教えて下さったら、お母様にも反論出来ていたのに…」
『…いや、仕事って普通は守秘義務が生じるものだから。
勿論、門田さんとはNDAは交わしてないけど。
職務上知り得た情報を第三者に吹聴するって、現代社会じゃ犯罪行為でしょ。』
「うう…」
久井は涙を俺の袖でコシコシと拭う。
要するにコイツって見目の麗しい佐藤さんなんだよなあ。
生存戦略が驚くほど似ている。
佐藤さんもなあ、もう少しマシなルックスだったら、下の上くらいの人生は歩めてたんだろうなあ。
『分かったよ。
これからは、もう少し自己開示に努める。』
「ぐすっ、ぐすっ。
本当ですか?」
『ホントホント。
別に俺は秘密主義者って訳じゃないからね。
但し、仕事の話は出来ないよ?
久井さんの御実家に比べれば零細極まりない商売だけど、それでもお客様に迷惑をかける訳にはいかないからね?』
「はい!!
全てを知るのは圭介さんのプライベートに留めます!!」
コイツ本当に図々しいな。
『あ、うん。
お手柔らかに。』
大鍋でパスタを2.5キロ放り込み、茹で時間を自己開示に充てることにする。
『そうだなー、俺は…』
言い掛けて、自分のこれまでの人生がカネと食だけを追い求めて来ていたことに気づく。
うん、俺の人生は概ね業務だったわ。
女に話すことなんて何一つないな。
『俺の好物は業務用食品!
断じてグルメではないが、量を調達する能力はちょっとした物だ!』
「「むー。」」
2人は釈然としない表情で俺を見ていたが、パスタが茹で上がると少し機嫌を直した。
『ほーら、好きなだけ食え!!
業務用ドカ盛りボンゴレ(殻無し)!!
醤油掛け放題だ!!』
「「キャー♥」」
俺の名前は円蹴圭介。
決して秘密主義者ではないが、無駄口は嫌いだ。
なので情報も食材も漏らす気はない。
to be next dish ⇒
【名前】
円蹴圭介
【所持品】
ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)
丸型七輪 (富士見産業)
業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)
業務用寸胴8.3リットル (赤川器物製作所)
1升炊き炊飯器 (象印マホービン)
ドカベン (ドカベンより寄贈)
2斤ホームベーカリーSD-BMT2000 (Panasonic)
足付きスモーカーグリル (SUNLIFER)
5段型プランターセット×2 (GARDENA)
ノンフライオーブン14リットル (EPEIOS)




