エアフライヤー
茄子とエリンギを縦スライス。
軽く米油をスプレーしてスイッチオン。
「意外とシンプルなのですね。」
『うん、これで一品増えるから重宝してる。』
久井が物珍しそうに内部の加熱具合を眺めている。
『茄子って苦手だったんだけどさ。
焼き茄子や揚げ茄子は結構俺好みだったわ。
持て余してたニンニク味噌で食べたら世界が変わった。』
「はえー♥」
このエアフライヤー。
3万円近くするハイモデルである。
これを取得するに至った経緯は少し変わっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺がまだ工務店の下働きをしていた頃、職場の先輩に「佐藤さん」という人が居た。
万事不器用で愚鈍な人だったが、俺は懐いていた。
職人世界の先輩と言うと威張ってて嫌な奴が多いのだが、佐藤さんは仕事が出来ないこともあり例外的にフランクだった。
初日で緊張していた俺に分けてくれたスナックパンの味は今でも鮮明に覚えている。
職場の人間からも小馬鹿にされていた彼なのだが、ある日彼女が出来た。
俺も社長も元請けも資材屋の平川さんも、このあり得ない大金星に仰天した。
「ふっふっふ。
今までの俺とは違うんやで♪」
『あ、佐藤さん。
おめでとうございます。』
「はっはっは、円蹴君くらいのモンやで。
素直に俺の偉大さを評価してくれるのは。」
『いやあ、ははは。』
「よし!
人生の先輩として円蹴君には女を作る秘訣を教えたろう!」
『あ、ありがとうございます。』
「じゃーん!!
これが俺の秘密兵器やー!!」
そうやって見せてくれたのは、品性を疑うバナーが特徴的なマッチングアプリだった。
佐藤さんはパチンコ雑誌の裏表紙でこのサービスを知り天啓を感じたらしい。
「ふっふっふ。
広告を見た瞬間にビビビと来たねぇ。
その場で登録したったわ!」
『なるほどー。』
「円蹴君も若いねんから、彼女の一人でも作っとかなアカンでー。
まあ、このマッチングアプリ。
【ハメハメMAX】なら、あっと言う間やから安心しとき!」
そりゃあ俺も年頃の男子だもの。
興味を持ったよ。
だってあの佐藤さんに彼女が出来たんだぞ?
効果は証明済じゃない。
「え?
やらへんの?」
『いや、初回入会費5万って書いてありますし。
え?
佐藤さん、5万払ったんですか?
確かリボで大変なんですよね?』
「んー?払ったよ。
5万くらいスロで一瞬やからな。
せやから、1回ミリオンゴッド打ったと思って登録したんや。」
『はえー。』
「ふっふっふ。
これが年の功やで。
まあ、困ったことがあったら気軽に俺に相談してや♪」
当時の俺は今以上に食費に窮してたので、とてもではないが5万もの大金を支払う余裕はなかった。
それに佐藤さんが見せてくれた【女の子一覧】には気色の悪い加工写真ばかり並んでいたので、生理的にも近寄り難かった。
とは言え、女は欲しかったので無料でマッチングアプリを使う方法は漠然と模索していた。
当時の習慣だった御幣島の図書館での濫読にネット関連書籍も加えたのだ。
そこで配信の概念と原理を知った。
『佐藤さーん。』
「んー?」
『配信者がモテるって聞いたんですけど。
そうなんですか?』
「お!
そこに気づくとは!
円蹴君、見込みあるでー!」
『あざす。』
「配信者は100人ファンが付いたら必ず女が出来る!!
1000人付いたら市会議員になれる!!」
『流石にそれは言い過ぎでしょ。』
「いやいや! マジマジ!
ホンマやって!!」
そう言って佐藤さんが色々な配信者のチャンネルを検索してくれて見せてくれた。
どれも小汚いオッサンで、口汚く世相を批判していた。
軽く傷付いたのは、全員関西訛りだったことだ。
俺が関西弁を含めた訛りを意識して消したのは、これが切っ掛けだ。
「これからの時代!!
男はトークやで!!
華麗な話術で女はメロメロや!!
俺は活舌悪いから断念したけど!!
オラオラとオラついて、イキリまくって世相を斬るんや!!」
『な、なるほど。』
確か当時の俺は落胆した気がする。
俺は人と話すのが嫌いだし、舌先のみで変革された社会が無い事を知っていた。
配信文化に失望した俺は不貞腐れ半分に飯を食ってる様子を垂れ流すようになった。
当初は月に一度の気まぐれだったのだが、この家を取得したことで配信環境が安定し、そして日課になった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
続けたことが功を奏したのであろう。
固定ファン(?)が付いた。
聞けば、若く健康な男子がガツガツと飯を食っている絵面は一部の人の琴線に触れるようだった。
また、話嫌いの俺なので余分な御託がないのも差別化になっていたらしい。
俺は白米を機嫌良く食べ続け、リスナーのアドバイスにより【Amazon欲しいものリスト】を公開し始めた。
最初に買って貰ったのは【紀州梅干し】。
届いた時、飛び上がって喜んだ。
ファンサービスも兼ねて梅干しで白米を食べる様を連日配信し続けた。
送ってくれた人に御礼も兼ねたレビューを送ると驚かれる。
『え?
いや、頂いたのだから御礼と感想を送るのは当然かと。』
「K介君みたいな子ばかりじゃないんだ。
ボクはアイドルとかVチューバーとかに
貢ぐことも多いんだけどさ。
貰って当たり前みたいな
態度ばっかりだよ?」
『あ、そういうものなんですね。』
「K介君の梅干しレポ。
凄く詳細でびっくりしたよ。
ウチの会社に自称コンサルが
入り込んでるんだけどさ。
キミの方がよっぽど仕事出来るもん。」
『いやいや、俺なんか学歴もありませんし。』
「見る?
アイツらが送ってくるのって
こんなパワポだよ?」
『え?
こういうのって社外秘なんじゃ…』
「今月で契約切れるし、もういいよ。
ボクも年内に辞める事が決まってるし。
アイツらこんな糞パワポで
月400万も請求してくるんだぜ?
もう社内全員ブチ切れ状態だよ。」
『あー、確かに《いらすとや》ばっかりでスカスカな印象ありますね。』
「でしょー?
K介君のレポート良かったわ。
1個の梅干しで何杯メシが食えるか。
1パックで計何杯食えたか。
そういう具体的な数字を
出してくれて驚いたもん。
メーカーにも喜ばれるレベルだよ。」
通話でそんなやり取りがあり、現在のレポートスタイルの原形が出来た。
梅干しを送ってくれた【キモーター少佐】さんとは、その後も緩い付き合いが続き、今ではTwitterでいいねを押し合う仲になっている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、本題のエアフライヤー。
これを買ってくれたのは【ヒロポン@】さんという仮想通貨成金である。
俺も多少仮想通貨は分かるので、当初から親近感を持ってくれた。
アホみたいにカネを持っている彼は東京港区の豪華タワマンに引き籠って朝から晩までゲームをして暮らしている。
そんな生活スタイルの為、デリバリーは必須なのだが、中々商品が届かずに悩んでいた。
注文しても配達員がマッチせずに、決済してから届くまでに90分以上掛かるのがザラだったのだ。
酷い時にはうどん一杯が到着するまで6時間以上掛かった。
悩んだ彼は原因を究明する為、検索窓に【デリバリー タワマン 配達員 ごはん】と打ち込んだらしい。
すると、タワマンの悪口を言いながら白米を食べている配達員の俺のアカウントに行き着いた。
意見聴取がしたかったので、欲しいものリストを無造作に高い順に並べ直し、一番上に表示されていた人間国宝の萩焼をクリックした。
それがヒロポンと俺の出会いである。
『えっと、誤クリックだったらキャンセルして下さって結構ですよ?
茶碗にこの値段高すぎですし…
そもそもこれネタですんで。』
「ん?
別にいいよ。
高いと言っても7万でしょ?
そんな事より、教えて欲しいんだけどさ。」
『あ、はい。』
ヒロポンの悩みを聞いた俺は彼のタワマン名を聞き、何気なく5ちゃんねるのスレッド内検索を行った。
すると書き込まれている当該タワマンへの怨嗟!憤怒!憎悪!
Googleマップのレビューにも配達員たちの星1爆撃に満ち溢れていた。
『あー、これ防災センターまで途方もなく歩かされるパターンですね。』
「え? ぼ、ぼう… 何?」
『早い話が、我々配達員は玄関からタワマンに入れないんですよ。
それで大きなタワマンだと裏口に回らされる訳なんですけど、物件によってはあり得ない距離を歩かされたり、手続きが煩雑だったり…
あー、ここは住民と管理人が両方高圧的な態度を取るみたいですね。』
「高圧的?
そうかな?
みんないい人だと思うけど。」
『うーん。
その善良さは宅配員にまで発揮されないんでしょうねえ。』
「え?
でも、うどん1杯に2500円払ってるよ?
キミ達、儲かるんじゃないの?」
『うーん、我々への報酬は400円くらいですねえ。
ちな、平屋に届けても距離が一緒なら報酬は同じです。』
「え?
そんなの平屋に届けた方が得じゃん。」
『はい。
我々もそう判断してます。
それが宅配員がマッチしない理由です。』
「はえー。」
それがヒロポン@が常連になってくれた経緯である。
彼のゲーム部屋にはディスプレイが6枚並んでいるそうなのだが、オンラインゲームやアイドルのMVや日経平均チャートに交じって、俺のメシ食い配信が流れているらしい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『久井さん、醤油取って。』
「はい♥ どうぞ♥」
『茄子は試行錯誤したんだけどさ。
エアフライヤーで軽く揚げたものを醤油と鰹節で食べるのが一番好きだわ。』
「じゃあワタクシはマヨネーズ山葵で!」
『おお、それも旨そう。』
「交換しましょう♪」
『いいねぇ。』
「はい、あーん♥」
『む。
マヨ山葵も結構合うな。
いや、意外な発見。』
「うふふ♥」
『じゃあ、醤油verも食べる?』
「はい!」
『箸を上手く使う自信がないなあ。』
「ネキお姉様直伝の大きなお口です。
あーーーん!!」
この女がやると何をやっても可愛くなってしまうなあ。
残念ながらネキ流を継承するのはまだまだ先になりそう。
『おっとっと!
ゴメンゴメン!!』
「ぶっw
うふふふww」
久井は必死で俺達の下品な食い方を真似ようとしているのだが、生まれ持った育ちの良さだけはどうにもならない。
所作が全てを自動補正してしまうのだ。
「むー。
ネキお姉様みたいになりたいのにー。」
『どうだろ。
アレはもう才能だからなあ。』
喋りながらニンジンを薄くスライスしオリーブオイルやハチミツを塗ってエアフライヤーに放り込む。
「色々バリエーションを作るのですね。」
『この機械を買ってくれた人が同じ物を買ったからさ。
その人でも再現可能なレシピを模索してるんだ。』
俺はヒロポン@についての概要をサラッと説明。
カップラーメンに湯を注ぐ事を料理と呼ぶ男。
苦手料理はカップ焼きソバ。
2回に1回は湯切りに失敗してシンクに麺をぶち撒けてしまうらしい。
アイスクリームとポテトチップスが大好物で野菜は嫌い。
ただ、最近体調の衰えを自覚してからは、野菜摂取の方法を真剣に模索し始めたとのこと。
『俺が配信で、茄子やトマトを焼いてるのを見て、自分もやってみたくなったんだってさ。』
「それで見本を作ってらっしゃるのですね。」
『うん、あの人でも作れる料理を色々考えてるんだけどさ。
家に包丁も無い人だから…
だから、これを提案する。』
「こ、これは?」
『カット野菜。
スーパーとかで売られてる。
これに油をスプレーして揚げ焼きにしてみようかなと。
やってみる?』
「はい♥」
久井の許可を得て作業中の手元を撮影。
カット野菜の袋を開けるくらいなら、ヒロポン@でも出来るだろう。
カップ焼きソバを食べる時にマヨネーズと醤油をドバドバ掛けるって言ってたしな。
それで味付けさせて、まずは野菜を食べる習慣を付けさせよう。
『じゃあ、久井さん。
今からちょっと通話するね。
炊飯器のご飯も食べていいから。』
「はい♥
でも、お電話が終わるまで待ってます♪」
『あ、そう?
じゃあ、早めに話を区切るね。』
じゃ、手短にヒロポンに連絡するか。
『ヒロポン@さーん。
今、撮影したんですけど。
動画届いてます?』
「ね、ねえ!
この手、女の子の手だよね!?
結婚したの?
結婚したの?
俺、最近カーチャンから
嫁さん連れて来いプレッシャー掛けられててさ!」
「!?」
『そんなのじゃないですよー♪』
「…。」
『それより、ちゃんと野菜食べて下さいね。
女の人は野菜が好きらしいですよー。』
「え? マジ!?
女って野菜好きなの?
マジ?
それどこ情報!?」
『ふっふっふ。
修業時代の私に仕事を教えてくれた人からのマル秘情報です。』
「おー!
何か信憑性あるー!!」
ま、所詮佐藤さん情報なんだけどさ。
その後、ソース元の駄目っぷりをネタバラシ。
ヒロポンと爆笑し合ってから、通話を切る。
『久井さん、ごめんねー。
先に食べてくれて良かったのに。
お、カット野菜も程よく熱が通ってる。
鰹節掛けようか?』
「あ、あのぉ…」
『んー?』
「ワタクシは《そんなの》と紹介されたいです。」
一瞬何のことか分からず思考が停止する。
「結婚したの?
結婚したの?」
『そんなのじゃないですよー♪』
ああ、あの会話かぁ。
しかし、現に俺は誰とも籍を入れてない訳だしな。
「分かります。
圭介さんの仰ることは分かるのですけど…
でも、お友達と話される時はワタクシも紹介されたいというか…」
『な、なるほど。』
女って厚かましい生き物だな。
「あ、ごはんよそりますね♥」
久井は何事も無かったように俺の茶碗に山盛り2合盛ると、慎まし気な動作で自分の茶碗にも2合盛る。
「それで話の続きなのですけど…」
そして再び沈痛な表情に戻る。
コイツすげえな。
久井孝行と真逆のベクトルのモンスターだ。
「駄目… ですか… (上目遣い)」
『ふーむ。
確かになぁ。
今後、説明を求められる場面も増えるか…』
「じゃ、じゃあ!!」
実はさっきの会話で佐藤さんの連絡を無視していたことを思い出したのだ。
(だって、筋の悪いマルチばっかり誘ってくるんだもの。)
忘れないうちに一報入れたいのだが…
『実は、古い知人に今から連絡をするのだけど。』
「は、はい!」
『久井さんが画角に映った場合、絶対に根掘り葉掘り聞かれると思うのね?』
「(ゴクリ)」
『うーーーん。
男社会では紹介が難しい。
本当に難しい』
「え?」
『だって久井さん美人だから。』
「あ、ありがとうございます。
初めて圭介さんに褒めて貰えたので、嬉しいです。」
褒めるのが初めて?
そうか?
仮にそうだとしたら君に何らかの落ち度があるぞ。
『分かった。
今から話す人が無事に結婚してたら、久井さんもさりげなく映すよ。
それで、この家に遊びに来てくれてる事も正直に話す。』
「圭介さん♥ (ぱあぁ♪)」
案の定、佐藤さんは佐藤さんだった。
結婚も何も消費者金融への借金で窮死寸前だったので、慌てて東淀川区役所の無料法律相談コーナーに予約させ、翌日アパートに迎えに行き区役所まで連行した。
(多分、自己破産の形を取ると思う。)
流石の久井も、自分の美貌のマイナス面に気づいてくれたのか、この話題は出さなくなった。
「円蹴くーん!!
なんで焼肉奢ってくれるんやー!?
嬉しいけど怖いわー!!」
『最近思うんですけど。
今の俺を形作ったのって、案外佐藤さんかなーっと思って。』
「え?
マジ?
照れるやん、ウェヒヒww」
佐藤さんなんか梅田の1000円食べ放題298で十分なんだが、折角なので左近に連れて行ってやった。
まあ、俺も所詮は皆に生かされて育った人間だからね。
エアフライヤーを買って貰えたのも元を辿れば佐藤さんのおかげだし。
スナックパンの分の恩返しくらいはするよ。
to be next dish ⇒
【名前】
円蹴圭介
【所持品】
ジェッター BE-ELHC 2022年モデル 27インチ・サンゴールド (Panasonic)
丸型七輪 (富士見産業)
業務用フライヤー10リットル (DIY HOME)
業務用寸胴8.3リットル (赤川器物製作所)
1升炊き炊飯器 (象印マホービン)
ドカベン (ドカベンより寄贈)
2斤ホームベーカリーSD-BMT2000 (Panasonic)
足付きスモーカーグリル (SUNLIFER)
5段型プランターセット×2 (GARDENA)
ノンフライオーブン14リットル (EPEIOS)




