第8章 再生工事、始動
第8章 再生工事、始動
春の朝。
築五十二年マンションの前には、工事関係者や報道陣が集まっていた。
日本初のAIマンション再生プロジェクト。
全国が注目する中、いよいよ工事が始まろうとしていた。
しかし、美咲には工事より先に解決しなければならない問題があった。
住民の退去である。
管理組合との合意により、工事期間中は全住民が仮住まいへ移転する計画だった。
大半の住民は既に引っ越しを終えていた。
だが十数世帯が退去をためらっていた。
特に高齢者世帯の中には長年住み慣れた部屋を離れたくないという人もいた。
ある日の説明会。
八十歳を超える男性が立ち上がった。
「私はここに五十年住んできた。」
「工事中も住める方法はないのか。」
会場には同意する声もあった。
美咲は静かに頷いた。
気持ちは十分理解できた。
人生の半分以上を過ごした場所を離れることは簡単ではない。
しかし今回の工事は通常のリフォームではない。
建物内部の大規模解体。
耐震補強。
設備の全面更新。
大型重機の搬入。
危険を伴う工程が続く。
美咲は大型スクリーンに工事シミュレーション映像を映した。
AIが解析した施工手順である。
壁の撤去。
床の解体。
天井設備の交換。
補強工事。
巨大な資材の搬入。
映像を見た住民たちは息をのんだ。
「これほど大規模なのか……。」
美咲は説明を続けた。
「皆さまの安全が最優先です。」
「もし事故が起きれば、再生事業そのものが失敗します。」
「私は絶対に危険な状態で住み続けていただくことはできません。」
会場は静まり返った。
すると一人の女性が手を挙げた。
「完成したら本当に戻れるのですか。」
その問いに美咲は即答した。
「必ず戻れます。」
「皆さまの住まいを守るための工事です。」
「追い出すためではありません。」
その言葉に住民たちの表情が少し和らいだ。
数日後。
最後まで残っていた世帯も仮住まいへの移転を決断した。
退去の日。
美咲は住民一人ひとりを見送った。
涙を流す人もいた。
寂しそうに建物を見上げる人もいた。
だが誰もが完成後の新しい暮らしへの期待を抱いていた。
そしてついに全住民の退去が完了した。
建物は静寂に包まれる。
半世紀以上にわたり人々の暮らしを支えてきたマンション。
その内部には誰もいない。
工事責任者がヘルメットを被りながら美咲に声をかけた。
「準備完了です。」
美咲はゆっくりと建物を見上げた。
ここからが本当の挑戦だった。
「始めましょう。」
その合図とともに工事車両が動き始めた。
全国初。
世界でも前例の少ないAIマンション再生工事が幕を開けたのである。
しかし工事開始から数日後。
AIの構造解析では発見できなかった、ある重大な問題が建物内部で見つかることになる。
それはプロジェクト最大の危機の始まりだった。




