99話「砂嵐の王蠍」
第十三層の初回調査から、三日後。
俺たちは再び、砂漠平野へ足を踏み入れていた。
髙橋さんと護衛職員は、第十二層にある転移門の前で待機している。
上空のドローン型の探索レコーダーから音声が届く。
『映像と音声、どちらも正常に受信できています』
「分かりました。これから、前回確認した岩山へ向かいます」
『階層守護個体がいるとは限りません。周辺を確認し、危険だと判断した場合は撤退してください』
「はい」
通信を終え、正面を見る。
遠くに聳える巨大な岩山は、転移門からでも確認できた。
周囲に遮る物がないため近くに見えるが、『解析鑑定』で表示された距離は約二・八キロメートル。
簡単に辿り着ける場所ではない。
「今日も暑いですね」
美咲さんが、額に浮かんだ汗を拭う。
「水分を取りながら進もう。予定より時間が掛かっても、無理に急ぐ必要はないから」
「はい」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキにも、冷やした従魔用ゼリーを少しずつ与える。
シズクは美咲さんの肩へ戻り、ユキは白銀鎧を身体の左右へ浮かべながら、俺たちの間を跳ね始めた。
◇
前回記録した経路を進み、砂蠍や砂蟲との戦闘を避けながら岩山を目指す。
精霊の鬼火も何度か見つけた。
だが、前衛となる魔物の数が多い時は無理に狙わない。
砂蠍や砂蟲だけを倒すと、支援対象を失った精霊の鬼火は姿を消した。
「本当に、こちらへは攻撃してきませんね」
「前衛の魔物を支援することだけが目的みたいだね」
無視すれば、精霊の鬼火と戦う必要はない。
一般探索者が第十三層へ入れるようになったあとも、前衛だけを倒せば探索を続けられる。
ただし、支援結晶や回復結晶を復元するには、精霊の鬼火が落とす『精霊の結晶核』が必要になる。
第十一層と第十二層で欠片を集め、第十三層で結晶核を手に入れる。
ユキが支援と回復の技能を覚えるには、どちらも欠かせなかった。
「ぴる……」
「焦らなくても大丈夫だよ。欠片も結晶核も、安全に集められる時だけ狙おう」
「ぴるっ」
ユキが白銀鎧を揺らし、元気よく身体を伸ばす。
◇
転移門を出てから、一時間半ほど経った頃。
巨大な岩山の麓へ辿り着いた。
切り立った岩壁が、砂漠平野の中央から空へ向かって伸びている。
根元には円形に窪んだ場所があり、周囲を太い石柱が囲んでいた。
「人工的に作られた場所みたいですね」
「ここが守護区域だと思う」
二機の探索レコーダーが高度を上げ、窪地全体を撮影する。
俺たちが石柱の間を通った瞬間、足元の砂が大きく揺れた。
「何か来る!」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、同時に身体を伸ばす。
俺たちの正面で、砂が噴き上がった。
巨大な鋏。
黒褐色の甲殻。
先端から紫色の液体を滴らせる、長い尾。
通常の砂蠍を何倍にも大きくした魔物が、砂の中から姿を現す。
さらに、その後方へ二つの淡い炎が浮かび上がった。
巨大な砂蠍と、二体の精霊の鬼火へ『解析鑑定』を発動させる。
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『第13層・階層守護個体』
『砂嵐王蠍』
『危険度:B』
『属性:土・毒』
『特性』
・砂王甲殻
・振動感知
・毒耐性
・精霊加護
『技能』
・大鋏
・毒尾槍
・砂潜り
・砂塵領域
・砂王突進
『弱点』
・脚部関節
・急激な温度変化
・砂王甲殻への腐食、粉砕
『支援個体』
・精霊の鬼火×2
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『精霊の鬼火』
『出現数:2』
『危険度:C』
『役割』
・後衛
・能力強化
・回復
・状態異常軽減
『特性』
・物理攻撃無効
・魔法攻撃無効
・魔力吸収
・魔力核隠蔽
『技能』
・加護火
・治癒火
・精霊離脱
『精霊離脱』
・支援対象が存在しなくなった場合に発動
・戦闘区域から消失
・消失した場合、ドロップ品は発生しない
『階層守護群・総合危険度:B』
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「砂嵐王蠍を倒す前に、精霊の鬼火を倒さないと消えます」
「先に支援を止めれば、王蠍も弱体化できますね」
「うん。ただ、鬼火を狙っている間も王蠍は攻撃してくる」
砂嵐王蠍の周囲へ、二体の精霊の鬼火から魔力が流れ込んでいた。
一体が甲殻を強化し、もう一体が傷を回復している。
「美咲さんは、王蠍を引き付けてほしい。俺とシズクで左の鬼火を狙う」
「分かりました」
「ユキは、美咲さんを守ってくれる?」
「ぴるっ!」
「シズク。最初に砂嵐を吹き飛ばしてほしい」
「ぷるるっ!」
砂嵐王蠍が、巨大な鋏を打ち鳴らした。
石柱に囲まれた窪地へ、激しい風と砂が巻き上がる。
「来ます!」
美咲さんが軽盾を構える。
砂嵐の中から巨大な鋏が現れ、軽盾へ叩き付けられた。
美咲さんの身体が後方へ押される。
それでも盾を斜めに構え、衝撃を横へ逃がしていた。
「シズク、お願い!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ、風属性の魔力が集まる。
放たれた風弾が弾け、俺たちの正面を覆っていた砂を左右へ押し流した。
視界が開く。
羽靴へ魔力を流し、左側に浮かぶ精霊の鬼火へ向かって跳ぶ。
鬼火は俺から離れながら、砂嵐王蠍へ加護火を送り続けていた。
白銀短剣を振るう。
普通に切り付けるだけなら、刃は炎の身体を通り抜ける。
だが、刃先が鬼火へ触れた瞬間、白銀短剣に付与された技能を発動させた。
「『腐食』!」
白銀色の刃から、黒い魔力が広がる。
実体を持たないはずの炎が濁り、精霊の鬼火の身体が大きく揺れた。
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『腐食:有効』
『精霊魔力体:劣化』
『物理攻撃無効:低下』
『魔法攻撃無効:低下』
『魔力核隠蔽:解除』
『効果時間:8.41秒』
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「シズク、今なら魔法が効く!」
「ぷるるっ!」
シズクの前へ、土属性の魔力が集まる。
石弾が放たれ、精霊の鬼火の中心へ命中した。
炎が弾け、内部に隠されていた魔核が露出する。
白銀短剣へ魔力を流した。
「『貫通』!」
刃先が炎の身体を突き抜け、中心の魔核へ届く。
魔核が砕け、精霊の鬼火が淡い光の粒子となって消えていった。
一体目の支援が失われる。
砂嵐王蠍を覆っていた甲殻強化の光が弱まった。
「陸斗さん、右から!」
美咲さんの声が聞こえる。
砂の中へ潜っていた王蠍の尾が、俺の足元から飛び出した。
「ぴるっ!」
白銀鎧の一枚が、俺の正面へ滑り込む。
半透明な装甲へ毒尾がぶつかり、硬い音を響かせた。
衝撃で装甲が大きく揺れたものの、尾の先端は俺まで届かない。
「助かったよ、ユキ!」
「ぴるるっ!」
残る精霊の鬼火が、砂嵐王蠍へ治癒火を送り込む。
美咲さんが黄金短剣で付けた傷が、少しずつ塞がり始めていた。
「美咲さん、次は右の鬼火をお願い!」
「はい!」
「王蠍は、俺たちで止める!」
シズクへ視線を向ける。
「王蠍の足元を凍らせられる?」
「ぷるっ!」
シズクが、砂嵐王蠍へ身体を向ける。
青白い魔力によって作られた氷槍が、王蠍の足元へ突き刺さった。
冷気と共に氷が砂粒の隙間へ広がり、王蠍の八本の脚を地面へ固定する。
砂嵐王蠍が身体を揺らし、氷を砕こうとする。
その間に、美咲さんが残る精霊の鬼火へ駆けた。
黄金短剣を横薙ぎに振るう。
刃は鬼火の身体を通り抜けたが、その瞬間、美咲さんが武器へ魔力を流した。
「『粉砕』!」
黄金短剣に宿る効果が、精霊の魔力体へ流れ込む。
炎の表面へ、細かな亀裂のような光が広がった。
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『粉砕:有効』
『精霊魔力体:損傷』
『物理攻撃無効:低下』
『魔法攻撃無効:低下』
『魔力核隠蔽:解除』
『金銀共鳴:発動』
『粉砕効果:増幅』
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「見えました!」
露出した魔核へ、美咲さんが黄金短剣を突き立てる。
魔核から硬い音が響いたが、一度では砕けない。
精霊の鬼火が、美咲さんから離れようと上昇する。
「ぷるっ!」
魔法無効の効果が低下した鬼火へ、シズクが小さな風弾を放つ。
風に押された鬼火の身体が、美咲さんの方へ戻された。
美咲さんが再び踏み込み、亀裂の入った魔核へ黄金短剣を振り下ろす。
魔核が砕け、二体目の精霊の鬼火も消滅した。
同時に、砂嵐王蠍を包んでいた治癒火が消える。
「支援個体は倒しました!」
砂嵐王蠍が、凍り付いた砂を力任せに砕いた。
巨大な鋏を広げ、美咲さんへ向かって突進する。
「ぴるるっ!」
ユキの白銀鎧が移動し、王蠍の進路へ二枚の装甲を重ねた。
王蠍の鋏が装甲へ激突する。
完全には止められない。
それでも突進の勢いが弱まり、美咲さんが側面へ逃れる時間を作ってくれた。
「ユキ、無理に押さえ込まなくていい!」
「ぴるっ!」
白銀鎧が左右へ離れ、王蠍の鋏から逃れる。
砂嵐王蠍は、再び砂へ潜ろうと身体を沈めた。
「シズク、王蠍の背中を凍らせて!」
「ぷるっ!」
新たな氷槍が、王蠍の背中へ突き刺さる。
黒褐色の甲殻へ白い霜が広がり、表面が急激に冷やされた。
「続けて火球!」
「ぷるるっ!」
シズクが魔力の属性を切り替える。
赤い魔力が集まり、火球が放たれた。
火球は、凍り付いた甲殻の中央へ命中する。
冷やされていた甲殻が一気に熱せられ、表面へ細かな亀裂が走った。
「美咲さん、右側の亀裂を狙おう!」
「はい!」
俺は王蠍の左側へ回り込み、白銀短剣を甲殻へ突き立てる。
「『腐食』!」
亀裂へ黒い魔力が染み込み、硬い甲殻の強度を低下させていく。
反対側では、美咲さんが黄金短剣を振り上げていた。
「『粉砕』!」
黄金短剣が、右側の亀裂へ叩き込まれる。
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『金銀共鳴:発動』
『腐食効果:増幅』
『粉砕効果:増幅』
『砂王甲殻:破壊』
____________________◇
砂嵐王蠍の背中を覆っていた甲殻が、左右から同時に砕けた。
その内側に、大きな魔核が見える。
王蠍が尾を振り上げる。
「ぴるっ!」
ユキの白銀鎧が尾の側面へぶつかり、軌道を逸らした。
「今です!」
美咲さんが黄金短剣を、露出した魔核へ突き立てる。
俺も白銀短剣の『加速』を発動させ、反対側から魔核を貫いた。
黄金と白銀。
二本の刃が、魔核の中心で交差する。
大きな亀裂が走り、内部から光が溢れ出した。
砂嵐王蠍が、最後に一度だけ身体を震わせる。
巨大な身体が、砂色の粒子となって崩れていった。
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『第13層・階層守護個体』
『討伐:完了』
『第13層踏破:完了』
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「終わった……!」
周囲へ魔物の反応がないことを確認する。
「怪我はない?」
「はい。軽盾にも大きな損傷はありません」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも無事だった。
『階層守護個体の討伐を確認しました!』
通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。
『皆さん、怪我はありませんか?』
「全員無事です。これからドロップ品を確認します」
『分かりました。周囲へ十分に注意してください』
砂嵐王蠍が消えた場所には、良質な魔核、大きな砂王甲殻、紫色の毒液を残す王蠍の尾針が落ちていた。
二体の精霊の鬼火が消えた場所にも、それぞれ良質な魔核が残されている。
さらに、一個の上質な魔石と、淡い黄緑色の光を帯びた精霊火粉が落ちていた。
周囲を確認するが、乳白色に輝く精霊の結晶核は見当たらない。
「精霊の結晶核は、出なかったみたいだ」
「ぴる……」
「五パーセントだからね。簡単には手に入らないよ」
「ぴる」
「前回手に入れた一個はあるから、まずは第十一層と第十二層で欠片を集めよう。もう一個の結晶核も、その間に少しずつ狙えばいい」
「ぴるっ!」
ユキが元気を取り戻し、俺の足へ身体を寄せる。
支援結晶と回復結晶。
どちらも復元するなら、同じ種類の欠片を七個と、精霊の結晶核が一個ずつ必要になる。
すぐには揃わなくても、ユキの成長を急がせるつもりはなかった。
ドロップ品を魔法鞄へ収めたところで、新しい表示が現れる。
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『第13層・先行攻略条件達成』
『第13層の入場条件を変更します』
『スライム系従魔・同行条件』
・解除
『探索者協会登録調査隊』
・進入可能
『一般探索者』
・現在封鎖中
・探索者協会による安全性評価後に開放可能
・第12層踏破記録が必要
『次回先行攻略対象』
・第14層
『第14層入場条件』
・条件達成者
・条件達成者と同一の登録パーティー
・条件達成者を含む登録クラン
・条件達成者を含む登録共同探索隊
・利用資格を持つスライム系従魔の同行
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「第十三層の制限も解除されました」
『確認しました。こちらでも、第十三層への転移門が認識できるか調べます』
岩山の根元に、二つの転移門が現れる。
一つは、第十二層へ戻る青い転移門。
もう一つは、第十四層へ続く蒼銀色の転移門だった。
二機の探索レコーダーが、王冠を載せたスライムの紋章を撮影する。
『第十四層へは進まず、本日の探索は終了してください』
「分かりました」
『第十三層については、明日以降、星川さんを含む登録調査隊による安全性評価を開始します』
俺たちが踏破したことで、今度は協会職員や星川さんも第十三層へ入れる。
一般探索者へ開放できるかどうかは、その調査結果によって決まる。
「次は、第十四層ですね」
「うん。でも、今日は戻ろう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキの返事を聞き、青い転移門へ手を触れる。
第十一層。
第十二層。
そして、第十三層。
俺たちが一つの階層を踏破するたび、閉ざされていた迷宮の道が、少しずつほかの探索者にも開かれていく。
次に待っているのは、第十四層。
第十五層へ辿り着くまで、あと一つだった。




