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100話「複合魔法」


 第十三層を踏破してから、二日後。

 星川さんを護衛とした協会の登録調査隊が、第十三層の安全性評価を開始していた。


 砂中へ潜む魔物の分布。

 精霊の鬼火(ウィルオウィスプ)を無視して進む場合の対処方法。


 転移門から岩山までの安全な移動経路。

 調査はまだ続いており、一般探索者への開放時期は決まっていない。


 それでも、登録調査隊が第十三層へ入れるようになったことで、髙橋さんと護衛職員も第十四層への転移門前まで来られるようになった。


「第十四層の初回調査も、転移門から半径五百メートル以内でお願いします」


 蒼銀色の転移門を前に、髙橋さんが最終確認を行う。


「調査時間は最大六十分。階層守護個体の捜索は行わず、前回と同じように環境と魔物の確認を優先してください」

「分かりました」

「徐々に魔物の強さも上がっている傾向が確認できます。これまで以上に慎重な行動をお願いします」

「はい」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキも、揃って返事をする。

 俺たちは、二機のドローン型探索レコーダーを連れ立って蒼銀色の転移者へと足を踏み入れた。



 ◇



 転移が完了した瞬間、強い風が身体へ吹きつける。


「っ……!」


 足元へ力を入れ、風に押されそうになった身体を支える。


「陸斗さん、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫。少し驚いただけだよ」


「ぷる……」

「ぴる……」


 シズクは美咲さんの肩へ身体を低くし、ユキも白銀鎧を地面の近くまで下げていた。


 第十四層に広がっていたのは、巨大な峡谷だった。

 赤褐色の岩壁が、左右へどこまでも続いている。


 転移門が現れたのは、峡谷の中腹から突き出した広い岩棚の上。

 岩棚の先には、切り立った崖に沿うように細い道が伸びていた。


 遥か下には川らしき銀色の線が見える。

 だが、谷底までの距離があり過ぎて、水の音までは聞こえない。


「落ちたら、助かりそうにありませんね」

「足元と風に気を付けよう。ユキも、崖には近付かないようにな」

「ぴるっ!」


 二機の探索レコーダーも強風に煽られ、機体を僅かに傾けている。

 調査課用の機体が自動的に高度を下げた。


 クラン用の探索レコーダーも、その動きに合わせて岩壁の近くへ移動する。


『映像と音声を確認しました』


 通信機から、髙橋さんの声が聞こえる。


『風速の変化が激しいようです。探索レコーダーを崖の上へ出さないでください』

「分かりました。こちらからも峡谷の底は確認できません」


 第十四層へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『スライム帝王の迷宮:第14層』


 『階層環境』

 ・大峡谷


 『環境上の注意』

 ・強風

 ・上昇気流

 ・突発的な下降気流

 ・岩盤崩落

 ・狭い足場

 ・飛行型魔物の生息


 『階層守護個体』

 ・活動中


 ____________________◇



「飛行型の魔物がいるみたいだ」

「空から襲われる可能性があるんですね」

「うん。左右だけでなく、上も警戒しよう」


 美咲さんが軽盾を構える。

 俺も白銀短剣を抜き、岩壁に沿って伸びる細い道へ足を進めた。



 ◇



 道幅は、狭い場所でも三メートルほどある。

 普通に歩くだけなら問題ない。


 だが、強い風が吹くたびに細かな砂や小石が舞い、視界を遮った。

 シズクは美咲さんの肩から下りず、結晶冠を頭上へ近付けている。


 ユキは二枚の白銀鎧を風上へ浮かべ、自分の身体へ吹き付ける風を弱めながら進んでいた。


「鎧を風除けにしてるんだな」

「ぴるるっ!」


「ふふ、賢い使い方を思い付きましたね」

「ぴるっ!」


 美咲さんに褒められたユキが、嬉しそうに白銀鎧を広げる。

 その直後、美咲さんの耳元にある危険感知の耳飾りが赤く光った。


「上です!」


 頭上を見上げる。

 岩壁の影から、二つの黒い姿が飛び出した。


 長い嘴。

 鉤爪を備えた後ろ脚。

 翼と一体化した前脚には、赤褐色の鱗が並んでいる。


 鳥に似ているが、その身体は明らかに竜種の特徴を持っていた。

 二体の後方には、青い羽を持つ小型の鳥が飛んでいる。


 現れた魔物へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『峡谷鳥竜(キャニオンワイバーン)


 『出現数:2』

 『危険度:C+』


 『種別』

 ・小型竜種

 ・飛行前衛個体


 『属性』

 ・風


 『特性』

 ・峡谷飛行

 ・硬質鱗

 ・上昇気流感知


 『攻撃』

 ・急降下爪撃

 ・翼刃

 ・尾撃

 ・連続滑空


 『弱点』

 ・翼の付け根

 ・氷属性

 ・土属性


 ____________________


 『響鳴鳥(チャントバード)


 『危険度:D+』


 『役割』

 ・後衛

 ・能力強化

 ・回復

 ・飛行補助


 『特性』

 ・音響感知

 ・風読み

 ・後衛飛行


 『技能』

 ・加速の歌

 ・治癒の歌

 ・平衡感覚阻害

 ・共鳴障壁


 『支援対象』

 ・峡谷鳥竜×2


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核:100%

 ・響鳴羽:25%

 ・風鳴石:5%


 ____________________◇



「小型の竜種が二体! 後ろの鳥が支援役だ!」

「先に響鳴鳥を倒しますか?」

「できればそうしたいけど、鳥竜が守ってる!」


 響鳴鳥が、甲高い声で鳴いた。

 音が峡谷の岩壁へ反響し、何重にも重なって聞こえる。

 二体の峡谷鳥竜を淡い青色の光が包んだ。


「速度が上がる!」


 一体目が翼を畳み、美咲さんへ向かって急降下する。


 美咲さんが軽盾を斜めに構えた。

 峡谷鳥竜の鉤爪が盾へ触れる。


 正面から受け止めずに軌道を逸らすが、落下の勢いまでは消し切れない。

 美咲さんの身体が、崖際へ向かって押された。


「美咲さん!」

「大丈夫です!」


 美咲さんが片足を岩壁へ押し付け、崖へ落ちる前に身体を止める。

 二体目の峡谷鳥竜が、大きく翼を振った。

 複数の風刃が、俺とユキへ迫る。


「ぴるっ!」


 二枚の白銀鎧が正面へ並ぶ。

 風刃が半透明な装甲へぶつかり、甲高い音を響かせながら左右へ弾かれた。


「ありがとう、ユキ!」

「ぴるるっ!」


 響鳴鳥が再び鳴く。

 今度は、身体の平衡感覚を乱す低い音が峡谷へ広がった。


「っ……!」


 地面が僅かに傾いたように感じる。

 実際には、岩棚は動いていない。

 耳から入った音によって、身体の感覚を狂わされている。


「シズク、響鳴鳥へ風弾!」

「ぷるっ!」


 シズクが風弾(ウインドバレット)を放つ。

 だが、一体の峡谷鳥竜が射線へ割り込んだ。

 翼を広げて風弾を受け流し、そのまま上昇気流へ乗って高度を上げる。


「風属性は効きにくいみたいだ!」

「それなら、氷か土ですね!」


 二体の峡谷鳥竜が、左右へ分かれた。


 一体は美咲さんへ。

 もう一体は、俺とユキへ向かって急降下を始める。


「美咲さん、左をお願い!」

「はい!」


 俺は右側から迫る峡谷鳥竜へ、白銀短剣を構えた。

 だが、響鳴鳥の歌によって速度を上げた鳥竜は、羽靴で跳んでも捉え切れない。


「ぴるっ!」


 ユキの白銀鎧が、峡谷鳥竜の進路へ移動する。

 鳥竜が軌道を変え、鎧の横を抜けようとした。

 同時に、左側の峡谷鳥竜が美咲さんの頭上へ迫る。


「ぷるるっ!」


 シズクの声が響いた。

 その身体の左右へ、異なる色の魔力が集まっている。


 左側には、青白い氷属性。

 右側には、褐色の土属性。


「シズク……?」


 二つの魔力が、同時に形を作る。


 美咲さんへ迫っていた峡谷鳥竜には、氷槍(アイスランス)

 俺とユキの方へ飛んできた峡谷鳥竜には、石弾(ストーンバレット)


 二種類の魔法が、全く同じ瞬間に放たれた。

 氷槍が左の鳥竜の翼へ突き刺さる。

 翼の付け根が凍り付き、飛行姿勢が大きく崩れた。


 右側では、石弾が峡谷鳥竜の下顎へ命中する。

 頭部を跳ね上げられた鳥竜が、俺たちの頭上を通り過ぎ、岩壁へ身体をぶつけた。


「今、二つの魔法を同時に……」

「ぷる?」


 シズク自身も、何をしたのか分かっていないらしい。

 首を傾げるように、柔らかな身体を横へ傾けている。


 シズクへ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『個体名:シズク』


 『新規習得技能』

 ・複合魔法・見習い


 『複合魔法・見習い』

 ・異なる属性魔法を同時に発動可能

 ・同時制御可能数:2

 ・融合魔法:未習得


 『魔力操作』

 ・初級から中級へ上昇


 『属性魔法・制限変更』

 ・1日ごとの使用回数制限:解除

 ・発動可能回数:残存魔力に依存


 『現在の魔力残量』

 ・61%


 『注意』

 ・同時発動時は魔力消費量が増加

 ・魔力枯渇時は属性魔法を発動不可


 ____________________◇



「『複合魔法』……」


 一つの魔法へ二属性を融合させたわけではない。

 異なる属性の魔法を、同時に発動し、別々の対象へ命中させた。

 それでも、今までのシズクにはできなかったことだ。


「シズク、魔力操作が中級になってる!」

「ぷるっ!?」


「二つの魔法を同時に使ったことで、新しい技能を覚えたみたいだ」

「ぷるるっ!」


 驚いたシズクが、美咲さんの肩で大きく身体を伸ばす。


「陸斗さん、まだ戦闘中です!」

「そうだった!」


 氷槍を受けた峡谷鳥竜が、凍った翼を動かそうともがいている。


「今なら倒せます!」


 美咲さんが踏み込み、黄金短剣を振るった。

 凍結した翼の付け根を切り開き、そのまま胸部にある魔核へ刃を突き立てる。


 峡谷鳥竜が、赤褐色の粒子となって消えていった。

 岩壁へ衝突した鳥竜も、身体を起こそうとしている。


 羽靴で地面を蹴り、鳥竜との距離を詰めた。

 白銀短剣を胸部へ突き立て、『貫通』を発動させる。


 硬質鱗を刃が貫き、その内側の魔核へ亀裂を入れた。

 鳥竜が尾を振るう。


「ぴるっ!」


 白銀鎧が横から尾へぶつかり、軌道を逸らす。

 亀裂の入った魔核へ、魔鋼短剣を突き込んだ。


 二体目の峡谷鳥竜も光の粒子へ変わる。

 支援対象を失った響鳴鳥が、峡谷の奥へ逃げ始めた。


「逃がしません!」


 美咲さんが黄金短剣を構える。

 だが、響鳴鳥は既に刃の届かない高さまで上昇している。


「ぷるっ!」


 シズクの身体の左右へ、再び二種類の魔力が集まった。


「シズク、無理はしなくていいよ!」

「ぷるるっ!」


 返事と共に、小さな氷槍と石弾が同時に放たれる。

 氷槍が響鳴鳥の進路を塞ぐ。


 それを避けるために高度を下げたところへ、石弾が命中した。

 響鳴鳥が岩棚へ落ちる。


 美咲さんが駆け寄り、魔核へ黄金短剣を突き立てた。

 響鳴鳥の姿が青い粒子となって消える。

 峡谷へ響いていた歌も、同時に止まった。


「終わりましたね」

「うん。全員、怪我は?」

「ありません」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキにも、目立った傷はない。


『こちらでも、戦闘終了を確認しました』


 通信機から髙橋さんの声が聞こえる。


『一城さん。先ほど、シズクさんが二種類の魔法を同時に使用していませんでしたか?』

「はい。『複合魔法』という技能を覚えました」

『複合魔法……ですか?』


「異なる属性の魔法を、同時に発動する技能です。まだ二つの属性を融合させることはできません」

『魔力や体調に異常はありませんか?』

「状態は良好です。魔力残量は六十一パーセント。ただし、同時発動すると消費する魔力も増えるようです」


『分かりました。シズクさんにも、無理はさせないでください』

「はい」

「ぷるっ!」


 髙橋さんの言葉が聞こえたのか、シズクが元気よく返事をする。


「使用回数の制限がなくなっても、好きなだけ使えるわけじゃないからね。魔力がなくなったら、魔法も使えなくなるよ」

「ぷる……」


「でも、すごく上手にできてたよ」

「ぷるるっ!」


 少し潰れていたシズクが、すぐに身体を伸ばした。


「魔力操作が中級になったのなら、進化条件も一つ進みましたね」

「うん。あとは三個目の魔石結晶が見つかれば、大きく近付くと思う」

「ぷる?」


「進化するかどうかを決めるのは、シズク自身だからね」

「ぷるっ!」


 美咲さんが、肩にいるシズクを優しく撫でる。



 ◇



 峡谷鳥竜が消えた場所には、良質な魔核と赤褐色の翼膜が残されていた。

 響鳴鳥からは、良質な魔核と青い羽が落ちている。


 青い羽へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『響鳴羽』


 『品質:B』

 『希少度:B』

 『推定買取価格:380,000円』


 『用途』

 ・音響系魔導具

 ・飛行補助魔導具

 ・通信魔導具

 ・楽器型魔導具


 『特性』

 ・微量の音響魔力を保持

 ・複数枚を使用することで共鳴効果が上昇


 ____________________◇



「通信魔導具にも使えるみたいだ」

『新素材として回収をお願いします』

「分かりました」


 響鳴羽と鳥竜の翼膜を魔法鞄へ収める。

 その後は追加の戦闘を避けながら、転移門から五百メートルの地点まで進んだ。


 崖沿いの道の先には、天然の石橋が架かっている。

 石橋の向こう側では、さらに深い峡谷が左右へ分かれていた。


 遠方の岩壁には、複数の巨大な巣らしき物も見える。

 周辺へ『解析鑑定』を広げると、そのさらに奥から大きな魔力反応が返ってきた。



 ◇____________________


 『第14層』


 『階層守護個体反応』

 ・活動中


 『推定位置』

 ・大峡谷深部

 ・岩峰地帯


 『現在地からの推定距離』

 ・約1.9キロメートル


 ____________________◇



「階層守護個体は、この先にいるみたいです」

『確認しました。今回の調査は、そこで終了してください』


 髙橋さんの指示に従い、二機の探索レコーダーで石橋と分岐する峡谷を撮影する。


「今日は戻ろう」

「はい」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 帰還用の転移門へ向け、来た道を引き返す。

 第十四層へ入り、新しい小型竜種と後衛型の魔物を確認した。

 そしてシズクは、俺たちが知らない間にも魔法を学び続けていた。


 『複合魔法・見習い』。


 魔力操作は、中級。

 一日ごとの魔法使用回数という制限もなくなり、残された魔力が続く限り魔法を使えるようになった。

 ただし、まだ異なる属性を一つへ融合させることはできない。


 見習いという名前のとおり、ここが新しい魔法の始まりなのだと思う。

 第十四層を突破すれば、次はスライム種だけが暮らす第十五層。

 その場所へ辿り着く前に、シズクは進化へ必要な条件を、また一つ自分の力で達成していた。

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― 新着の感想 ―
圧倒的格下の階層ならともかく、ふつうに戦闘していて、他のことに気を取られる余裕があるのは、とても不自然。
複合魔法と言うよりマルチタスクが納得する所かな? マルチタスクなら未習得時に使うとファンブルするなんて説明文があるといいかもね
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