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95話「公開された『スライム帝王の迷宮、第十一層』」


 第十一層の正式調査を終えてから、三日が経った。

 探索者協会による調査記録の確認と、魔力中継器や帰還経路の整備が完了。

 これまで『初心者ダンジョン』と呼ばれてきた迷宮について、政府から正式な発表が行われることになった。


 俺たちは、クラン拠点の会議室へ集まっている。

 壁掛けモニターに表示されているのは、探索者協会が公開する予定の迷宮情報だった。



 ◇____________________


 『迷宮管理情報・更新』


 『旧管理名称』

 ・初心者ダンジョン


 『正式名称』

 ・スライム帝王(エンペラー)迷宮(ダンジョン)


 『確認階層数』

 ・全50層


 『迷宮等級』

 ・暫定A級


 『階層区分』

 ・第1層~第4層

  初心者向け区域として継続開放


 ・第5層~第10層

  危険度および入場条件を再評価中


 ・第11層

  条件付きで開放


 ・第12層以降

  未調査のため進入禁止


 『第11層・入場条件』

 ・第10層の踏破記録

 ・四人以上の登録パーティー

 ・中級以上の探索者を一名以上含む

 ・単独進入禁止

 ・ボディレコーダーの装着

 ・調査済み経路からの逸脱禁止


 ____________________◇



「本当に、名前が変わるんですね」


 美咲さんが、正式名称を見つめる。


「全五十層と確認された以上、初心者ダンジョンのままにはできないそうです」

「当然だろうな」


 店主さんが、腕を組みながら頷く。


「十層の階層守護個体だけでも、初心者が相手にできる強さじゃなかった。それが全体の五分の一だったんだから尚更だな」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキも、テーブルの上からモニターを見上げている。


「暫定A級ということは、今後も等級が変わる可能性があるのか?」


 斎藤さんの問いに、俺は頷いた。


「最下層まで調査しなければ、正式な等級は決められないそうです。現時点では、第十層までの危険度と全五十層という規模から、暫定A級になりました」

「今まで初心者向けだと思われていた迷宮が、A級か……」


「第一層から第四層までは、これまでどおり利用できます。入口付近にいる魔物の強さまで変わったわけではありませんから」


 迷宮の正式名称や等級が変わっても、第一層にいるスライムたちが強くなるわけではない。

 だが、第五層より先へ進む場合は、これまで以上に厳しい条件が設けられることになる。


「協会の発表は、今日の午後六時だったな?」

「はい。俺たちの動画も、同じ時間に公開します」


 店主さんが、動画編集用の端末へ視線を落とす。

 画面には、公開直前の動画が表示されていた。


 タイトルは、『【初公開】初心者ダンジョンには第11層が存在しました【スライム帝王の迷宮】』。


 映像は、第十一層へ初めて足を踏み入れた場面から始まる。


 巨大な樹木に覆われた森林。

 前衛と後衛に分かれ、連携して襲ってくる魔物。

 魔樹や魔茸人。

 穢れた風精霊と、穢れた水精霊。


 そして、魔樹騎士と穢れた森精霊による階層守護群との戦闘まで収録している。


 正確なドロップ率。

 支援結晶と回復結晶の欠片。

 第十二層へ続く転移門の詳しい利用条件。


 その辺りの情報は、探索者協会の指示に従って伏せていた。


 代わりに、階層守護群の討伐によって第十一層の制限が解除され、協会の独立調査隊が進入できるようになったことを説明している。


「許可を得ているとはいえ、さりなさんが映っている場面もこのままで大丈夫だったんですかね?」


 美咲さんが、動画の後半を確認する。

 正式調査へ同行した星川さりなさんが、星皇剣で魔物を倒す姿も収録されていた。


「本人は軽い感じで了承してくれましたが……」


 美咲さんが、さりなさんから届いたメッセージを開く。


『うちの顔、隠さなくていーよ』

『動画が公開されたら教えて〜。彼ピと一緒に見るから』


 その下には、眠そうな顔をしたスライムの絵が添えられていた。


「さりなさんらしいですね」

「彼氏の方は、普段から星川さんの活躍を見ているのではないでしょうか?」


 明里さんの疑問に、美咲さんが小さく笑う。


「さりなさんは、彼氏さんへ直接見せることに意味があるみたいです」

「仲良くなったんだな」

「連絡先を交換しましたから。今度、二人で食事へ行く約束もしました」


「ぷるっ!」


 シズクが、美咲さんの言葉へ同意するように身体を伸ばす。


「ぴるっ!」


 ユキも真似をした。


「最終確認は終わったな」


 店主さんが、動画の公開設定を確認する。


「午後六時に予約してある。協会の発表と同時に公開されるぞ」

「どのくらい見てもらえるでしょうか?」

「前回の動画より、反応は大きいだろうな」


 迷宮の名称変更。

 全五十層の発見。

 第十一層の存在。


 どれか一つだけでも、探索者にとっては大きな情報だ。

 今回は、探索者協会の公式発表にも、映像提供者としてクラン『蒼雪の宝珠』の名前が記載される。


「一城さん、緊張していますか?」


 明里さんに尋ねられ、俺は正直に頷く。


「少しだけ緊張してます。俺が見つけた情報で、迷宮の名前まで変わるとは思っていませんでしたから」

「だが、事実なんだろ?」


 斉藤さんが、モニターを見る。


「一城の『解析鑑定』がなければ、今も十層で終わる初心者ダンジョンだと思われていたって事だ。公開する価値のある発見だ」

「ありがとうございます」


 時計の表示が、午後六時へ近付く。

 シズクとユキも、何かが始まると分かっているらしい。

 端末の前まで移動し、並んで画面を覗き込んでいた。


「公開まで、あと十秒です」

「ぷる?」

「ぴる?」


「十、九、八……」


 美咲さんが数え始める。

 シズクが、数字に合わせるように身体を伸ばす。

 ユキも少し遅れて真似をした。


「三、二、一……公開です!」


 動画の表示が、非公開から公開へ変わる。

 同時に、探索者協会の公式サイトでも迷宮情報が更新された。


 最初の数秒は、何も起こらない。

 だが、画面を更新した瞬間、再生数が一気に増えた。


「もう百回を超えました」

「公開したばかりですよね?」


 明里さんが、驚いたように画面を見る。


「協会の発表から、直接動画へ移動できるようになってるからな」


 店主さんが、探索者協会の公式サイトを表示する。

 迷宮情報の下には、調査映像の提供元として俺たちの動画が掲載されていた。


 再生数は、更新するたびに増えていく。

 やがて、最初のコメントが投稿された。


『初心者ダンジョンの名称が変わってる!?』


 続けて、新しいコメントが次々と表示される。


『第11層って何!?』

『スライム帝王の迷宮って! リンさん、世紀の大発見してるよ!』

『全50層!? 今まで最深部だと思っていた場所が、全体の五分の一なの!?』

『初心者ダンジョンが暫定A級になってて笑えない』

『最初の四層以外、初心者向けじゃなかったんだな……』

『私、10層のボス倒してる! 見に行かなきゃ!』

『待て! 第11層は条件付き開放だぞ!』

『↑協会のお知らせを最後まで読んでから行け』

『単独は禁止。中級以上を含む四人パーティーが必要だって』

『リンさんがいなかったら、これからも10層で終わりだと思われてたのか……』


「すごい勢いですね……」


 美咲さんが、流れていくコメントを追う。


「ぷるっ!」


 動画の中でシズクが魔法を使うと、シズクに関するコメントが増えた。


『シズクが四属性を使ってる!?』

『少し前まで風弾だけだったよね? 成長が早い!』

『火球で守護個体の連携を切るの格好いい』

『黄金兜と結晶冠の組み合わせが可愛い』


「ぷるるっ!」


 褒められていることが分かるのか、シズクが嬉しそうに跳ねる。

 ユキが白銀鎧を動かす場面へ変わる。


『ユキの白銀鎧、カッコ可愛いいい!』

『左右の装甲が自動で動いてるんだけど!?』

『リンを守るために割り込んだ! 偉い!』

『シズクは魔法、ユキは防御役なのかな?』

『ぷるっと、ぴるっで鳴き声が違うの好き』


「ぴるるっ!」


 ユキも負けじと身体を伸ばした。


「シズクとユキも、コメントを見ていますね」

「自分たちの名前は分かるのかな?」


 美咲さんが、シズクとユキの身体を順番に撫でる。

 階層守護群との戦闘が始まると、コメントの流れがさらに速くなった。


『二体で一組の階層ボス!?』

『前衛が庇って、後衛が強化と回復。厄介過ぎる』

『リンとミサキの連携、前より明らかに強くなってる』

『金と銀の短剣は古戦場で手に入れた武器か?』

『詳しい能力は伏せられてるけど、絶対に強いやつ』

『シズクとユキまで役割分担してる』


 守護群を倒し、第十一層の制限が解除される。


 その後、映像は正式調査へ切り替わった。

 星川さんが現れた瞬間、画面がコメントで埋め尽くされる。


『星川さりな!?』

『ランキング一位まで調査へ参加してる!』

『一級探索者を護衛へ呼んだのかよ!』

『星皇剣を動画で見られるとは思わなかった』


 二体の魔樹と、穢れた風精霊、水精霊が映る。

 髙橋さんから、すぐに倒さないよう指示された星川さんが、星皇剣を構えた。


『調査だから、攻撃を待つのか』

『ランキング一位の戦い方を記録できるぞ!』


『ていっ』


 気の抜けた声と共に、四体の魔物が両断される。


『は?』

『今、何した!?』

『「ていっ」で四体消えたんだけど!?』

『これで手加減してるの怖過ぎる』

『魔物の攻撃を記録する前に終わったぞ』

『髙橋さん、頭を抱えてるじゃん』


 髙橋さんから加減するよう注意され、星川さんが魔法鞄から六本の直剣を取り出す。


『ちょっと待て。剣が何本出てくるんだよ』

『魔法鞄の中が武器庫になってる』

『魔鋼剣、精霊剣、竜鉄剣、雷鳴剣、火焔剣、氷結剣!?』

『A級武器が何本入ってるんだよ!』

『竜鉄剣はA+だぞ!?』

『その中から一番弱い剣をリンに選ばせるな笑』

『希少度Bの魔鋼剣が、調査用の弱い剣扱いされてる……』


 魔鋼剣へ持ち替えた星川さんが、今度こそ加減して剣を振る。

 それでも、魔樹と穢れた風精霊は一撃で両断された。


『魔鋼剣も禁止!』

『使用者が強過ぎて、武器を弱くする意味がない』

『危険度A+の黒鬼王を一刀両断した人だからな』

『あの「せんこーいっせーん」の人か!』

『技名の言い方は緩いのに、やってることが怖過ぎる』


 最終的に、星川さんが全ての武器を魔法鞄へ戻す。


『まさか……』

『素手になったぞ』

『ランキング一位の武器が全部封印された笑』

『魔物が攻撃に耐えられるよう、素手で戦うランキング一位』

『魔茸人、耐えた!』

『危険度Cが星川さりなの「ていっ」に耐えたぞ!』

『髙橋さん、ようやく記録が取れて嬉しそう』

『魔物側が耐久試験へ協力させられてる……』

『さりなさん、手加減が一番苦手なのでは?』


 普段は眠そうで、話し方も軽い。

 だが、その強さは視聴者にも十分伝わったようだ。


 動画の最後。

 第十一層の制限が解除され、探索者協会の独立調査隊だけでも進入できるようになったことを伝える。


『攻略した階層から順番に開放されるのか!』

『つまり、リンたちが第12層を攻略したら、次は俺たちも入れる?』

『攻略後に、協会の安全確認も必要みたいだぞ』

『これ、リンたちが先へ進まないと誰も続けないってことだよな』

『実質、未踏迷宮の最前線じゃん』

『頑張ってほしいけど、無理だけはしないでくれ』

『全50層の最下層に何があるんだろう』


 動画が終わっても、再生数とコメントは増え続けている。


 探索者だけではない。

 迷宮へ入ったことのない一般の視聴者からも、多くの反応が寄せられていた。


「これで、初心者ダンジョンという名前は完全に過去のものになったな」


 店主さんが、協会の公式情報を見つめる。

 そこに表示されているのは、『スライム帝王の迷宮』という正式名称だった。


 公開から一時間ほどが経過した頃、クラン拠点の扉がノックされた。


「失礼します」


 入ってきたのは、調査課の髙橋さんだった。


「動画の公開、お疲れさまでした」

「反響が大き過ぎて、まだ実感がありません」

「探索者協会にも、第十一層について多くの問い合わせが届いています」


 髙橋さんが、困ったように微笑む。


「第十層を踏破していれば、すぐに入れると思っている方もいるようです」

「動画のコメントにもいました」

「警備職員を増員し、入場条件を満たしていない方には説明を行っています。今のところ、大きな混乱はありません」


 髙橋さんが、携帯端末を机へ置く。


「それから、もう一件お伝えすることがあります」


 画面へ、新しい依頼書が表示された。



 ◇____________________


 『先行探索依頼』


 『依頼対象』

 ・クラン『蒼雪の宝珠』


 『調査場所』

 ・スライム帝王の迷宮・第12層


 『依頼内容』

 ・転移先の安全確認

 ・入口周辺の環境記録

 ・出現魔物の確認

 ・採取可能素材の確認

 ・通信状態の確認

 ・帰還経路の確保


 『初回調査範囲』

 ・転移門から半径500メートル以内


 『初回調査時間』

 ・最大60分


 『注意』

 ・階層守護個体の捜索は禁止

 ・危険度不明の魔物との戦闘を回避

 ・異常確認時は即時撤退


 ____________________◇



「第十二層への先行調査計画が承認されました」

「次の階層へ進めるんですね」

「はい。ただし、これまで以上に慎重な調査をお願いします」


 美咲さんと顔を見合わせる。


「装備と持ち物を確認してから向かいます」

「お願いします」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキが、新しい依頼へ応えるように身体を伸ばす。


 世間へ公開された、第十一層。

 その先にある第十二層は、まだ俺たちしか足を踏み入れることができない。

 俺たちの探索は、次の階層へ移ろうとしていた。

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