92話「顔出し」
第十一層の初回調査を終えてから、三日後。
クラン拠点の机には、新しく購入したドローン型探索レコーダーが置かれていた。
「これが、陸斗たちの撮影用の機体か」
店主さんが、探索レコーダーの登録情報を確認する。
「はい。先日の調査で使った物と同じ型です」
「安い買い物じゃねえが、動画へ使うならクランの活動用機材で問題ねえな」
「ありがとうございます」
購入費は、クランの共同口座から支払っている。
俺や美咲さんの個人装備ではなく、動画を通じて収益を得るための撮影機材だからだ。
円盤状の本体へ触れる。
四枚の薄い回転翼が展開し、探索レコーダーが静かに宙へ浮かんだ。
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『ドローン型探索レコーダー』
『所有クラン』
・蒼雪の宝珠
『登録管理者』
・一城陸斗
・佐伯美咲
・佐伯吾郎
『機能』
・登録対象の自動追尾
・周辺映像の自動撮影
・障害物回避
・攻撃感知時の自動退避
・映像の本体保存
・登録端末への映像送信
『登録:完了』
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「ぷるっ?」
「ぴるっ?」
シズクとユキが、浮かび上がった探索レコーダーを見上げる。
探索レコーダーが俺の周囲を一周すると、シズクとユキも追い掛けるように身体を回した。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
「遊ぶ物じゃないよ」
「ぷる?」
「ぴる?」
「これから、シズクとユキが戦っているところも撮影するんだ」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
意味が伝わったのか、シズクとユキが並んで身体を伸ばす。
探索レコーダーは、その姿を正面から撮影していた。
「画質も問題なさそうですね」
美咲さんが、動画編集用の端末を確認する。
「音声も、きちんと入っています」
「これなら、戦闘中も全体を撮影できそうだな」
これまで動画へ使用していたのは、俺と美咲さんのボディレコーダーで撮影した映像だ。
ボディレコーダーは、探索者協会へ提出する正式な記録でもある。
未編集の映像を保存し、探索経路や魔物との戦闘、回収した素材を確認できる状態にしなければならない。
一方、ドローン型探索レコーダーは動画撮影用だ。
俺たちの周囲を移動しながら撮影できるため、戦闘全体を視聴者へ見せられる。
「今回の映像は、どこまで使えるんですか?」
美咲さんの問いに、俺は髙橋さんから届いた連絡を確認する。
「第十層までなら公開してもいいみたいだ。ただ、第十一層の映像は、正式な調査が終わるまで非公開にしてほしいって書いてある」
「支援結晶の欠片も、まだ公開できませんね」
「ああ。ユキに適性があることも伏せよう」
「ぴる?」
自分の名前が聞こえたユキが、俺の足元へ近付いてくる。
「ユキが新しい力を覚えられるかもしれないことは、まだ内緒だ」
「ぴるっ!」
分かっているのかは不明だが、ユキが小さく身体を縮めた。
「シズクも内緒だからね」
「ぷるっ!」
シズクまで、ユキの隣で小さくなる。
「二人とも、隠れているつもりでしょうか?」
「たぶん……」
探索レコーダーは、並んで縮んでいるシズクとユキの姿まで撮影していた。
◇
今回公開する動画は、第一層から第十層までの再攻略を中心に編集する。
低層の移動場面は短くまとめる。
第六層で、擬態茸を相手に新しい装備を確認した場面。
虹晶王スライムとの再戦。
黄金白銀双短剣を使用した部分も公開するが、詳しい能力は伏せることになった。
結晶飴についても同じだ。
映像を見れば、以前より俺たちの動きが速くなっていることは分かる。
だが、強くなった正確な理由や結晶飴の摂取数は公開しない。
「問題は、最初の場面ですね」
美咲さんが、編集画面から俺へ視線を向ける。
「顔出しの説明か」
「はい。何も言わずに陸斗さんが映ったら、皆さんも驚くと思います」
今までの動画では、俺の顔が映った部分を編集で隠していた。
声と活動名だけを公開し、『リン』として動画へ参加している。
だが、グレイによって素顔と本名を晒された。
既に俺が一城陸斗だと知っている視聴者も多い。
「最初に、俺から説明するよ」
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ。自分で決めたことだから」
クラン拠点に用意されている撮影用の壁を背にして、椅子へ座る。
美咲さんが、探索レコーダーの位置を調整した。
「陸斗さんの胸元から上が映っています」
「音声は?」
「問題ありません」
端末の画面には、耳に掛かる程度の黒髪と、中性的な顔立ちをしていると言われた自分の姿が映っている。
自分の顔を見ながら話すのは、少し落ち着かない。
「シズクとユキにも、隣にいてもらうか」
「その方が、陸斗さんも話しやすいと思います」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクが右側。
ユキが左側へ移動する。
「それでは、撮影を始めます」
美咲さんが、録画開始の表示へ触れた。
探索レコーダーの正面へ、赤い光が灯る。
「こんにちは。リンです」
いつもなら、ここで映るのはシズクや探索中の景色だけだ。
今回は、俺自身が画面の中央にいる。
「これまでの動画では、顔を出さずに活動してきました。ですが、今後は俺も映像へ出ることにしました」
一度、言葉を切る。
「先日の件で、俺の素顔や本名を知った方もいると思います。ただ、誰かに勝手に撮影された姿だけが残るのではなく、自分の意思で活動している姿を見てもらいたいと考えました」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、俺の言葉へ同意するように身体を伸ばす。
思わず笑みが漏れた。
「活動名は、これからもリンのままです。美咲さん、シズク、ユキと一緒に探索している姿を動画へ載せていきます。改めて、よろしくお願いします」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクとユキが、今度は揃って跳ねる。
美咲さんが録画を停止した。
「どうだったかな?」
「良かったと思います。もう少し堅い内容になるかと思っていましたが、シズクとユキのおかげで自然な雰囲気になりました」
「二人がいてくれて助かったよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
「それでは、私の挨拶も続けて撮影します」
美咲さんが俺の隣へ座る。
探索レコーダーの位置が自動的に変わり、俺と美咲さん、シズク、ユキが一つの画面へ収まった。
「これが、今後の基本的な撮影位置になりそうだな」
「はい。探索中は、もっと離れた場所から撮影することになりますけどね」
◇
編集を終えた動画は、翌日の午後に公開した。
動画の題名は、
『リン、顔出しします。新装備で虹晶王スライムへ再挑戦』
公開してから一分も経たないうちに、再生数とコメントが増え始める。
『リン、本当に顔出ししたの!?』
『男性だったのか!』
『いや、顔が綺麗すぎるだろ』
『ミサキと同じくらいの身長……最初、女の人かと思った』
『中性的なイケメンってやつか』
『いや、男の娘も捨てがたい』
『本人が男だって言ってるんだから、そこは尊重しろよ』
『グレイの盗撮で見るのと、自分で出した動画では全然印象が違うな』
『無理やり晒されたのに、自分から出ると決めたのは応援したい』
『シズクとユキに挟まれてるの可愛すぎる』
『リンまでスライムに見えてきた』
「俺はスライムじゃないんだけど……」
「雰囲気のことではないでしょうか?」
隣でコメントを確認していた美咲さんが、小さく笑う。
『リンとミサキが並ぶと、俳優と女優みたい』
『この二人、本当に付き合ってないの?』
『距離が近いんだよなあ』
「……探索パーティーなのですから、このくらい普通ですよね?」
美咲さんが、僅かに顔を赤くしながら尋ねる。
「えっと、そうだな」
「そ、そうですよね」
俺も少し頬が熱い。
美咲さんが、赤い顔のまま画面へ視線を戻した。
「ぷる?」
「ぴる?」
シズクとユキが、俺たちを交互に見る。
「どうした?」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
何か分かっているような反応をされた。
コメントは、虹晶王スライムとの戦闘が始まると、さらに増えていく。
『前より動き速くなってない?』
『白銀短剣と黄金短剣、絶対に普通の武器じゃないだろ』
『ミサキの盾さばきが上級者みたいになってる』
『リン、解析担当なのに前衛までできるのか』
『シズクの四属性、やっぱり強い』
『ユキの浮いてる盾みたいな装備も格好いいな』
詳しい能力を伏せても、以前より強くなっていることは伝わったらしい。
動画の最後には、第十層の奥に何かがあるとは説明せず、
『新しい調査依頼の準備中』
とだけ表示している。
その一文へ反応する視聴者も多かった。
『次はどこへ行くんだ?』
『まさか新しい希少区域?』
『またリンにしか見えない場所を見つけたのか』
『公開できるようになったら教えてほしい』
現時点では、答えられない。
第十一層の存在や、先行調査の結果を公表する時期は、探索者協会が決めることになっている。
「再生数、かなり増えていますね」
「ああ。顔を出しただけで、ここまで変わるとは思わなかった」
「これからは、陸斗さん自身へ向けた感想も増えると思います」
「慣れるまで時間が掛かりそうだな……」
「大丈夫です。困るようなコメントがあれば、私とお父さんで確認します」
「ありがとう」
グレイの時のように、批判的な意見を全て消すつもりはない。
だが、繰り返し他人へ絡む者や、個人情報を書き込む者は放置しない。
美咲さんと店主さんが管理へ加わってくれているため、俺一人で判断する必要もなかった。
◇
動画を公開した翌日。
クラン拠点へ、髙橋さんが訪れた。
「第十一層で回収された、支援結晶の欠片についてご報告します」
髙橋さんが、密封された小箱を机へ置く。
中には、淡い緑色に輝く支援結晶の欠片が収められていた。
「外部へ有害な魔力を放出していないことを確認しました。通常の保管状態であれば、触れても問題ありません」
「俺の『解析鑑定』で表示された内容とも、食い違いはなかったんですね」
「はい。さらに、ユキさんの登録された魔力情報と照合したところ、弱い共鳴反応も確認されました。一城さんの解析どおり、支援系技能への適性があると考えられます」
「ぴるっ!」
自分のことだと分かったようで、ユキが嬉しそうに身体を伸ばす。
「ただし、解析結果にもあったとおり、欠片のままでは効果を発揮できません」
「一定数を集めて、完全な支援結晶に復元してからですね」
シズクの場合は欠片でも良かったが、今回は違うらしい。
攻撃系の結晶と、支援系の結晶では扱いが違うのかも知れなかった。
「はい。ですが、必要な欠片の数と復元方法までは判明していません」
「俺の解析でも、『一定数』としか表示されませんでした。もしかしたら、欠片が増えれば追加情報が表示されるかも知れません」
「協会でも、追加の欠片を入手できれば、結晶の構造を比較する予定です」
「ぴる……」
すぐには使えないと分かり、ユキが、小箱を見ながら身体を縮める。
「今は一つしかないけど、これから集めていけばいこうな」
「ぴるっ!」
俺がそう伝えると、ユキは元気よく返事をし、肩へと移動してきた。
「回復結晶の欠片についても、同じ仕組みである可能性があります」
穢れた水精霊から、五パーセントの確率で落ちる素材。
支援結晶と回復結晶。
二つを集められれば、ユキが支援と回復の両方を覚えられるかもしれない。
「それから、第十一層の追加調査計画が承認されました」
髙橋さんが、携帯端末へ森林地帯の地図を表示する。
「初回調査で通信が不安定になった地点へ、探索用の中継器を設置します。以降は中継器を増やしながら、階層守護個体のいる場所を探していただきます」
「階層守護個体を倒せば、第十一層の制限が解除されるんですよね?」
「はい。迷宮入口の転移門に表示された情報が正しければ、第十一層へ調査隊だけで進入できるようになります」
そうなれば、俺たちが毎回案内しなくても、探索者協会による本格的な調査が可能になる。
「制限解除後の調査には、護衛を兼ねた上位探索者も同行する予定です」
「もう決まっているんですか?」
「現在、協会から正式に依頼を出しています」
髙橋さんは、まだ探索者の名前を口にしなかった。
「まずは、一城さんたちに第十一層を攻略していただく必要があります」
「分かりました」
第十一層に現れる、コンビネーションを使ってくる魔物。
その魔物が落とす、支援結晶と回復結晶。
まだ見たことのない階層守護個体。
俺たちの次の目的は、第十一層を攻略し、最初の制限を解除することだった。




