91話「コンビネーションを使ってくる魔物」
探索者協会本部の地下にある転移門を抜ける。
俺と美咲さん、シズク、ユキ。
その後ろには、髙橋さんと護衛職員の二人が同行していた。
第十一層へ向かうには、第一層から第十層までを通過しなければならない。
既に何度も攻略した階層だ。
『解析鑑定』で最短経路を表示し、第一層の守護部屋を目指す。
◇
守護部屋では、再出現した火スライムが待っていた。
俺たちの姿を見つけた火スライムが、赤い身体を大きく膨らませる。
だが、火球が作られるよりも先に羽靴で床を蹴った。
一気に距離を詰め、白銀短剣を振るう。
『貫通』を付与された刃が赤い身体を切り開き、そのまま魔核を砕いた。
火スライムが、無数の光へ変わる。
「一撃……」
護衛職員の一人が、小さく呟いた。
探索者になったばかりの頃は、何度も攻撃を避けながら倒した階層守護個体だ。
今では、攻撃させる前に倒せる。
「先へ進みましょう」
「はい」
第二層から第五層も、立ち止まらずに進んだ。
遭遇した魔物だけを倒し、各階層の守護個体も短時間で討伐する。
新しい装備の本格的な確認は、第六層で行う予定だった。
◇
第六層へ到着する。
周囲に生えている茸の中へ、一体だけ異なる反応が混ざっていた。
「前方に擬態茸がいる」
普通の茸へ紛れている個体へ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『擬態茸』
『状態:擬態中』
『攻撃対象』
・佐伯美咲
____________________◇
美咲さんが狙われている。
そう伝えようとした時、美咲さんが身に着けている危険感知の耳飾りが、小さく震えた。
淡い赤色の光が、耳元で明滅する。
「___っ!」
美咲さんが、迷わず斜め後ろへ跳ぶ。
直後、普通の茸にしか見えなかった擬態茸が大きく膨らんだ。
擬態茸から放たれた攻撃が、直前まで美咲さんの立っていた場所を通り抜ける。
「すごい……」
「危険感知の耳飾りのおかげで反応出来ました」
前回、美咲さんを負傷させた奇襲。
それを今回は、余裕を持って回避できている。
「攻撃の方向まで分かった?」
「正確な方向までは分かりません。ただ、危険が迫っていることは伝わりました。擬態茸の動きを見れば、避けるには十分です」
奇襲を避けられた擬態茸が、今度は身体を晒したまま攻撃してくる。
「次は、盾で受けます!」
美咲さんが、複合防護の軽盾を構える。
擬態茸の攻撃が盾へぶつかり、硬い音を響かせながら横へ逸れた。
美咲さんの身体は、僅かに後ろへ動いただけだった。
「衝撃は?」
「問題ありません! 以前の盾より、かなり使い勝手が良いです!」
擬態茸が、再び美咲さんへ攻撃を向ける。
その側面へ回り込み、魔鋼短剣を振るう。
以前使っていた鋼短剣よりも取り回しがしやすい。
更新した軽鎧や手甲が動きを妨げることもなかった。
魔鋼短剣の刃が、擬態茸の身体へ深く食い込む。
「美咲さん、今だ!」
「はい!」
美咲さんが軽盾を引き、黄金短剣を構えて踏み込む。
黄金色の刃が、俺の切り開いた場所へ突き刺さった。
擬態茸の魔核が砕ける。
身体が光の粒子へ変わり、その場には良質な魔核が残された。
白銀短剣もそうだが、魔鋼短剣もかなりの性能だ。
「余裕を残して倒せたな」
「はい。前回は攻撃を受けてしまいましたが、今回は問題ありませんでした」
美咲さんが、複合防護の軽盾を確認する。
「盾も鎧も、今のところ違和感はありません」
「俺の防具と魔鋼短剣も大丈夫そうだ」
魔核を拾い、魔法鞄へ収める。
内部で自動的に固定され、歩いても魔核が動く感触はなかった。
「魔法鞄も問題ないようですね」
「かなり高性能な鞄みたいだし、かなり使いやすいよ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、装備確認が終わったことへ返事をする。
髙橋さんは、携帯端末へ戦闘結果を記録していた。
「一城さんも佐伯さんも、以前の探索映像より動きが大きく向上していますね」
「結晶飴と装備のおかげだと思います」
「詳しい評価は、第十層の戦闘を確認してからお伝えします」
「分かりました」
第六層で装備の使い心地を確認したあとは、第七層から第九層まで一気に駆け上がった。
そして俺たちは、第十層の階層守護個体が待つ部屋の前へ到着した。
◇
守護部屋の扉は、以前と同じように閉じていた。
内部には、復活した虹晶王スライムの反応がある。
◇____________________
『第10層・階層守護個体』
『虹晶王スライム』
『危険度:B-』
『状態:再出現』
『第10層踏破記録:確認済み』
____________________◇
「やはり、虹晶王スライムが復活しています」
「前回の個体とはどうですか?」
「能力に大きな違いはなさそうだ。前回の攻略方法が使えると思う」
「分かりました」
髙橋さんたちは、守護部屋の外で待つことになっている。
同行者を増やせば、その分だけ虹晶王スライムの攻撃対象も増える。
未知の第十一層を調査する前に、負傷者を出すわけにはいかない。
「守護部屋へ入る前に、こちらを使用します」
髙橋さんが、専用の収納箱から円盤状の機器を取り出した。
四枚の薄い回転翼が展開し、淡い魔力の光を放ちながら宙へ浮かぶ。
「これは?」
「調査課で使用する、ドローン型の探索レコーダーです。指定した探索者を自動で追尾し、周囲の映像をこちらの端末へ送信できます」
髙橋さんが携帯端末を操作する。
探索レコーダーが俺の周囲を一周し、数メートル離れた頭上で停止した。
髙橋さんの端末には、俺たちの姿が映っている。
「守護部屋の外からでも、映像を確認できるんですか?」
「はい。通信が途切れた場合も、映像は探索レコーダー本体へ保存されます」
「魔物に狙われる可能性はありますか?」
「自動回避機能はありますが、絶対に攻撃されないとは限りません。その場合は、探索レコーダーを庇わず、皆さんの安全を優先してください」
「分かりました」
「ボディレコーダーは、これまでどおり協会へ提出する一次記録です。探索レコーダーは、戦闘全体を確認するための補助記録として使用します」
「私と護衛職員は、こちらで映像を確認します。戦闘終了後に扉が開いたら合流します」
「それでは、行ってきます」
「お気を付けて」
俺と美咲さん、シズク、ユキが守護部屋へ入る。
頭上を飛ぶ探索レコーダーも、俺たちのあとに続いた。
扉が閉じる。
守護部屋の中央にいた虹晶王スライムが、巨大な身体を持ち上げた。
◇
虹晶王スライムの攻撃方法は、前回の戦闘で分かっている。
「最初は毒霧! シズク、風弾!」
「ぷるっ!」
紫色の毒霧を、シズクの風弾が吹き飛ばす。
続いて流れ出した強酸へ、氷槍を撃ち込んだ。
凍結した強酸膜が、音を立てて砕ける。
虹晶外殻から放たれた結晶針が、シズクへ迫った。
「ぴるっ!」
ユキの左右に浮かぶ白銀鎧が、シズクの前へ移動する。
半透明な二枚の装甲へ結晶針がぶつかり、硬い音を響かせた。
「ぷるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクがお礼を伝えるように身体を伸ばす。
ユキも嬉しそうに白銀鎧を揺らした。
「次は虹晶外殻です!」
「シズク、火球!」
「ぷるっ!」
火球が、虹晶外殻の正面を急激に加熱する。
最後に放たれた石弾が、熱せられた一点へ直撃した。
透明な外殻へ亀裂が走る。
前回よりも、外殻が砕けるまでの時間が短い。
四属性の防護が消え、中心にある虹色の王核が露出した。
「美咲さん!」
「はい!」
俺は白銀短剣を抜き、羽靴で床を蹴る。
美咲さんも軽盾を探索者ベルトへ固定し、黄金短剣を構えて走り出した。
二本の短剣が、同時に光を放つ。
◇____________________
『双短剣共鳴:発動』
____________________◇
虹晶王スライムが、俺を迎え撃つように身体を伸ばす。
迫ってきた身体を白銀短剣で受け流す。
刃へ衝撃が伝わると同時に、『反射』が発動した。
虹晶王スライム自身の攻撃が三割分返され、身体が僅かに揺れる。
その隙に白銀短剣を突き込み、『貫通』と『腐食』を付与した。
「今だ!」
「終わりです!」
俺が切り開いた場所へ、黄金短剣が振り下ろされる。
黄金短剣の『粉砕』が、白銀短剣の『貫通』と『腐食』によって増幅された。
王核へ大きな亀裂が走る。
美咲さんが、もう一歩踏み込んだ。
「はあっ!」
黄金短剣の刃が、王核を完全に砕く。
虹晶王スライムの身体が虹色の光へ変わり、守護部屋の中へ広がった。
◇____________________
『第10層・階層守護個体』
『討伐:完了』
____________________◇
「前回より、かなり早く倒せたな」
「はい。融合後の動きが分かっていたこともありますが、短剣の力も大きいですね」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、無事に戦闘を終えられたことを喜んでいる。
頭上では、探索レコーダーが俺たちを見下ろすように停止していた。
今回残されたのは、良質な魔核だけだった。
虹晶石は出ていない。
前回が希少ドロップだったことを考えれば、当然だろう。
守護部屋の扉が開く。
髙橋さんと護衛職員が、すぐに中へ入ってきた。
「皆さん、怪我はありませんか?」
「ありません」
「私たちも大丈夫です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
「戦闘映像も、問題なく確認できました」
髙橋さんが、端末から俺へ視線を移す。
「一城さん」
「はい」
「今後、一城さんを単純な生産支援職として扱うべきではないと思います」
「俺をですか?」
「はい。先ほどの戦闘では、虹晶王スライムの攻撃を正面から受け流しながら、魔核へ接近していました。身体能力だけでなく、戦闘中の判断力や武器の扱いも向上しています」
古戦場から戻ったあと、黄金と白銀の結晶飴は、探索者協会で安全検査を受けた。
摂取できるのは、一日一個まで。
俺と美咲さんは十日間を掛け、分け合った黄金の結晶飴と白銀の結晶飴を、それぞれ五個ずつ摂取している。
黄金の結晶飴によって、筋力を中心とした身体能力が上昇。
白銀の結晶飴によって、耐久力や防御に関係する能力も上昇していた。
「これまでの訓練記録と、先ほどの戦闘を合わせて評価した場合、一城さんの戦闘能力は中級探索者に相当します」
「中級探索者……」
探索者になったばかりの頃は、スライムの攻撃を避けるだけで精一杯だった。
今では、危険度B-の階層守護個体へ接近し、短剣で攻撃できている。
「正式な階級は、昇級試験を受けなければ変わりません。ただ、調査計画を作成する際は、戦闘可能な複合職として扱った方が実態に合っています」
「複合職ですか?」
「解析、調査、生産支援。そして近接戦闘をこなす事が出来るマルチプレイヤーの探索者の事です」
髙橋さんが、続いて美咲さんを見る。
「佐伯さんも、現在の能力は上級探索者に相当します」
「私もですか?」
「はい。もともと中級探索者として十分な経験をお持ちでした。結晶飴による身体能力の上昇、黄金短剣を含めた装備更新。各階層の守護個体との戦闘経験を積まれた事で、ワンランク探索者として器が上がったと推測します」
美咲さんが、自分の手を見る。
「ただし、結晶飴に関する情報は、引き続き閲覧制限の対象なので、秘匿をお願いします」
「はい。動画では、強くなった理由を公開しません」
「お願いします。摂取数や詳しい効果が知られれば、結晶飴を狙う者が現れる可能性がありますから」
髙橋さんの端末には、探索レコーダーが撮影した戦闘映像が残っている。
協会内部での能力評価には使用するが、結晶飴に関する部分は機密情報として管理されることになった。
◇
守護部屋の奥では、蒼銀色の転移門が静かに揺らいでいた。
王冠を載せたスライムの紋章も、以前と変わらない。
「ここから先は、俺たちだけで行きます」
「はい」
髙橋さんが、探索レコーダーの映像を確認する。
「探索レコーダーは、そのまま一城さんを追尾させます。第十一層でも映像を受信できるか確認します」
「通信が切れた場合は?」
「探索レコーダーとボディレコーダーの両方へ映像が保存されます。ただし、通信不能を確認した時点で帰還してください」
「分かりました」
「初回調査は、転移先から半径五百メートル以内。最大六十分です。無理に上限まで進む必要はありません」
「危険を感じたら、すぐに戻ります」
髙橋さんと護衛職員は、第十層で待機する。
俺と美咲さん、シズク、ユキは、蒼銀色の転移門へ近付いた。
「行こう」
「はい」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
最初に俺が転移門へ触れる。
身体が蒼銀色の光に包まれ、周囲の景色が切り替わった。
◇
最初に感じたのは、湿った土と植物の匂いだった。
頭上を覆うのは、何十メートルもある巨大な樹木。
太い枝と葉が空を覆い、その隙間から緑色を帯びた光が差し込んでいる。
地面には苔が広がり、見たことのない形をした茸も生えていた。
少し遅れて、美咲さん、シズク、ユキが転移してくる。
最後に、ドローン型探索レコーダーが蒼銀色の揺らぎを抜けた。
探索レコーダーは俺たちの頭上まで移動し、撮影を続けている。
『一城さん。映像と音声を確認できていますか?』
ボディレコーダーの通信機から、髙橋さんの声が聞こえた。
「はい。聞こえています。転移門の周囲に、魔物の反応はありません」
『分かりました。調査開始時刻を記録します』
◇____________________
『スライム帝王の迷宮』
『現在地:第11層』
『初回調査を開始』
『経過時間:0分00秒』
『転移門からの距離:0メートル』
____________________◇
「森林地帯みたいですね」
「ああ。これまでの階層とは、明らかに環境が違う」
木々の間には、人が通れるほどの隙間がある。
だが、地面から伸びた根が複雑に絡み合い、足場は悪い。
「最初は百メートルまで進んでみよう」
「分かりました」
転移門の位置を記録し、俺たちは森の中へ入った。
◇
百メートルほど進んだところで、地面を這っていた根が動いた。
「止まって!」
全員が足を止める。
一本の根が土の中へ潜り、前方にある巨大な樹木まで続いていた。
幹に刻まれていた二つの窪みが、赤い光を放つ。
樹木が、自らの根を引き抜きながら立ち上がった。
その後方には、濁った緑色の風を纏う小さな人影が浮かんでいる。
二体へ『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『魔樹』
『危険度:C-』
『属性:土・木』
『役割:前衛・攻撃』
『特性』
・硬質樹皮
・根による振動感知
・樹木擬態
『攻撃』
・枝槌
・根槍
・拘束蔦
『ドロップ』
・良質な魔核:100%
・堅木樹:25%
____________________
『穢れた風精霊』
『危険度:D+』
『属性:風』
『役割:後衛・支援』
『特性』
・物理攻撃耐性
・穢れた魔力体
『技能』
・風刃
・風纏い
・飛び道具偏向
『連携対象』
・魔樹
『ドロップ』
・良質な魔核:100%
・風精核:25%
・支援結晶の欠片:5%
____________________◇
「魔樹が前衛。後ろにいる風精霊が支援役だ」
「魔物同士で役割を分けているんですか?」
「そうみたいだ。風精霊が、魔樹の移動速度と攻撃速度を上げてる」
穢れた風精霊が両腕を広げる。
濁った風が魔樹を包み、巨大な身体が急に軽くなったように動き始めた。
「来ます!」
魔樹の根が、地面を突き破る。
「ぴるっ!」
ユキの白銀鎧が地面近くへ移動し、伸びてきた根槍を受け止めた。
美咲さんも軽盾を構え、横から振るわれた太い枝を受け流す。
「後ろの風精霊から倒す!」
「分かりました!」
「シズク、氷槍!」
「ぷるっ!」
シズクが放った氷槍が、穢れた風精霊へ迫る。
だが、風精霊の周囲を流れる風によって軌道を逸らされ、近くの樹木へ突き刺さった。
「飛び道具を逸らされました!」
「俺が近付く!」
羽靴へ魔力を流し、地面から伸びてきた根を跳び越える。
魔樹が進路を塞ぐように身体を動かした。
「こちらは任せてください!」
美咲さんが軽盾を魔樹へぶつける。
大きく体勢を崩すことはできない。
それでも、魔樹の注意が美咲さんへ向いた。
その横を抜け、穢れた風精霊へ近付く。
風刃が三方向から迫った。
「ぴるるっ!」
一枚の白銀鎧が、俺の左側へ移動する。
風刃が装甲へぶつかり、細かな光となって弾けた。
残る二枚を身体を捻って避ける。
「ありがとう、ユキ!」
「ぴるっ!」
白銀短剣を抜き、『加速』を発動させる。
俺の腕ではなく、振るった白銀短剣の刃だけが急激に速度を上げた。
穢れた風精霊を守っていた風の膜へ、刃が突き刺さる。
物理攻撃耐性によって、最初の一撃は浅い。
それでも、『腐食』が風の膜へ広がった。
「今なら通る! シズク、もう一度だ!」
「ぷるるっ!」
二本目の氷槍が放たれる。
弱まった風の膜を突き抜け、穢れた風精霊の身体へ命中した。
濁った緑色の身体が凍り付く。
その中心へ、白銀短剣を突き込んだ。
『貫通』が魔核を捉える。
魔核が砕け、周囲を流れていた風が消えた。
同時に、魔樹を包んでいた風纏いも解除される。
「動きが遅くなりました!」
美咲さんが、魔樹の枝槌を軽盾で逸らす。
「シズク、幹の中央へ火球!」
「ぷるっ!」
火球が魔樹の幹へ命中する。
硬い樹皮が焼け落ち、その内側にある魔核が露出した。
「見えました!」
美咲さんが踏み込む。
黄金短剣が焼けた樹皮を切り開き、魔核を砕いた。
魔樹の身体が傾き、地面へ倒れる前に光の粒子へ変わっていく。
「他にはいないな」
周囲へ別の魔物がいないことを確認する。
探索レコーダーは、俺たちの斜め上から戦闘を撮影していた。
『戦闘終了を確認しました。全員、無事ですか?』
「怪我はありません」
「私たちも大丈夫です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
『その場でドロップ品を確認したあと、必要であれば一度帰還してください』
「分かりました」
魔樹が消えた場所には、魔核と黒い堅樹が残されている。
穢れた風精霊がいた場所には、魔核と小さな透明の欠片。
小さな欠片は淡い緑色の光を放っていた。
風精核は出ていない。
どうやら確率の低い、五パーセントの希少ドロップが出たみたいだ。
「支援結晶の欠片……」
透明の欠片へ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『支援結晶の欠片』
『品質:B』
『希少度:B』
『推定買取価格:120,000円』
『用途』
・支援系魔導具の素材
・一定数を集めることで支援結晶へ復元可能
・適性を持つ従魔の技能習得を補助
『適性反応』
・ユキ:適性あり
『注意』
・欠片の状態で直接取り込ませることは非推奨
・安全な使用方法の確認が必要
____________________◇
「ユキに適性のあるアイテムだ」
「ぴる?」
ユキが、自分を指すように身体を伸ばす。
「この欠片を集めれば、ユキが支援技能を覚えられるかもしれないぞ」
「ぴるっ!」
ユキが嬉しそうに跳ねる。
だが、すぐに欠片へ近付こうとしたため、両手で抱き上げた。
「まだ触っちゃダメだぞユキ。協会で安全性を調べてもらってからだ」
「ぴる……」
「使えないと決まったわけじゃないからな?」
「ぴるっ!」
支援結晶の欠片を魔力遮断用の小箱へ入れ、魔法鞄へ収める。
五パーセントの確率でしか手に入らない物が、最初の戦闘で出た。
もしかすると、ユキの『スライム幸運』が影響したのかもしれない。
「初回の目的は、入口周辺の魔物を確認することだ。もう少しだけ進んでみよう」
「はい。ただし、無理に戦わず、観察を優先しましょう」
◇
転移門から三百メートルほど進んだところで、前方から複数の足音が聞こえた。
太い樹木の陰へ隠れ、音の正体を確認する。
歩いていたのは、人型に近い身体を持つ三体の茸。
その後ろには、濁った水で作られた小さな人影が浮かんでいた。
◇____________________
『魔茸人』
『危険度:D+』
『属性:土・毒』
『役割:前衛・攻撃・妨害』
『技能』
・棍棒打撃
・毒胞子
・麻痺胞子
『連携対象』
・穢れた水精霊
『ドロップ』
・良質な魔核:100%
・珍味の茸:40%
____________________
『穢れた水精霊』
『危険度:D+』
『属性:水』
『役割:後衛・回復・支援』
『特性』
・物理攻撃耐性
・穢れた魔力体
『技能』
・水弾
・治癒水
・水膜
・状態異常軽減
『連携対象』
・魔茸人
『ドロップ』
・良質な魔核:100%
・水精核:25%
・回復結晶の欠片:5%
____________________◇
「今度は、茸の魔物と水精霊ですか?」
「魔茸人が前衛。水精霊が回復役みたいだ」
一体の魔茸人には、身体の一部が欠けたような痕があった。
穢れた水精霊が、その個体へ手を向ける。
淡い水が魔茸人の身体を包み、欠けていた部分を少しずつ塞いでいった。
「本当に回復していますね」
「魔樹と風精霊だけじゃない。第十一層の魔物は、役割を分けて行動してるのかもしれない」
三体の魔茸人を相手にしながら、水精霊から先に倒す必要がある。
先ほどよりも、戦闘の難易度は高い。
「今回は戦わずに戻ろう」
「私も、その方がいいと思います。魔物の種類と連携方法は確認できました」
魔茸人たちに気付かれないよう、来た道を戻る。
その途中で、探索レコーダーの動きが僅かに乱れた。
『……城さん……映像に……乱れが……』
髙橋さんの声にも雑音が混ざる。
距離を確認する。
◇____________________
『転移門からの距離:458メートル』
『通信状態:不安定』
『推奨』
・即時帰還
____________________◇
「通信が不安定になった。ここで調査を終える」
「はい。転移門へ戻りましょう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
帰路では魔物との戦闘を避け、表示した経路を進む。
やがて木々の間へ、蒼銀色の転移門が見えてきた。
◇____________________
『第11層・初回調査結果』
『調査時間:47分16秒』
『最大到達距離:458メートル』
『確認した魔物』
・魔樹
・穢れた風精霊
・魔茸人
・穢れた水精霊
『確認事項』
・前衛と後衛による集団行動
・魔物同士の強化
・魔物同士の回復
・採取可能な植物素材あり
・通信可能範囲に限界あり
・帰還経路:異常なし
『初回調査:完了』
____________________◇
「最初の調査としては、十分だ」
「戻りましょう」
俺たちは蒼銀色の転移門へ触れ、第十層へ帰還した。
◇
「お帰りなさい」
転移直後、髙橋さんが駆け寄ってきた。
護衛職員の二人も、周囲へ魔物が現れていないことを確認している。
「全員、怪我はありません」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
「映像で確認していましたが、直接お顔を見るまでは安心できませんでした」
髙橋さんが、僅かに息を吐く。
「第十一層の魔物は、前衛と後衛へ役割を分けているのですね」
「はい。魔樹を風精霊が強化していました。魔茸人の集団には、回復を担当する水精霊が付いています」
「一体ずつの危険度だけで判断するべきではない、ということですね」
「集団として評価した方がいいと思います」
魔法鞄から、支援結晶の欠片が入った小箱を取り出す。
「それから、穢れた風精霊から、これが出ました」
「結晶の欠片ですか?」
「支援結晶の欠片です。ユキに適性があると表示されました」
「ぴるっ!」
「従魔の支援技能を習得するための素材……」
髙橋さんが、小箱越しに欠片を確認する。
「安全性と使用方法について、協会で検査させてください」
「お願いします。それまでは、ユキに触れさせません」
「ありがとうございます」
支援結晶の欠片は、検査のため協会へ一時的に預けることになった。
今回確認した穢れた水精霊からは、回復結晶の欠片が落ちる可能性もある。
二種類の結晶が、ユキの新しい力へつながるかもしれない。
◇
地上へ戻ったあと、調査課の確認室で探索レコーダーの映像を見る。
俺や美咲さんのボディレコーダーとは、見える範囲が大きく違っていた。
上空から撮影されているため、魔樹と穢れた風精霊の位置。
美咲さんが前衛を引き付け、俺が後衛へ回り込んだ動き。
シズクとユキが俺たちを援護した場面まで、全体を確認できる。
「分かりやすい映像だな……」
「ボディレコーダーだけでは、ほかの人がどのように動いているか分かりにくいですからね」
美咲さんも、画面へ映る戦闘を見つめている。
「今回使った探索レコーダー、俺たちも購入しないか?」
「動画の撮影に使うんですか?」
「ああ。それと、これからは俺も姿を隠さず、動画へ出ようと思う」
「陸斗さん、本当にいいんですか?」
美咲さんが、心配そうに俺を見る。
「グレイに素顔を晒されたからといって、無理に顔を出す必要はありませんよ」
「無理をしてるわけじゃない。隠し撮りされた映像だけが残るより、自分の意思で動画へ出たいんだ」
「ですが、今まで以上に注目されるかもしれません」
「それも分かってる。それでも、これからはシズクやユキ、美咲さんと一緒に戦ってる姿を、きちんと見てもらいたい」
勝手に素顔を撮影され、本名まで広められた。
だが、それによって、これから先の活動まで決められたくはない。
少し迷ったあと、美咲さんが頷く。
「……陸斗さんが考えて決めたことでしたら、私は止めません」
「ありがとう。ただ、活動名は今までどおり『リン』を使うつもりだ」
「はい。その方がいいと思います。視聴者の皆さんにも、リンさんの名前で覚えられていますから」
「じゃあ、クラン用の撮影機材として購入しよう」
「映像の編集は、私も手伝います」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、自分たちが映っている画面へ向かって身体を伸ばす。
ボディレコーダーは、探索者協会へ提出するための正式な記録。
ドローン型探索レコーダーは、俺たちの活動を視聴者へ伝えるための映像。
これから公開する探索動画では、俺も『リン』として、仲間たちと同じ画面へ映ることになる。




