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90話「協会地下にある迷宮入口の解析」


「それでは、最初に契約内容をご説明します」


 髙橋さんが、探索者ストアの相談用テーブルへ携帯端末を置く。

 画面には、探索者協会とクラン『蒼雪の宝珠』の名前が表示されていた。

 契約書の内容は、数日前からクラン全員で確認している。


 今日は、疑問点への回答と正式な締結を行う予定だ。

 テーブルの上では、シズクとユキも並んで画面を覗いていた。


「ぷる?」

「ぴる?」


「難しい話だから、二人には分からないかもしれないな」

「ぷるっ」

「ぴるっ」


 それでも参加するつもりらしく、揃って身体を伸ばした。


「まずは、今後発見される希少区域についてです」


 髙橋さんが、最初の契約書を表示する。



 ◇____________________


 『希少区域特別調査・採取契約』


 『契約者』

 ・探索者協会


 『契約対象』

 ・クラン『蒼雪の宝珠』


 『契約内容』

 ・希少区域の発見報告

 ・区域内の安全確認

 ・出現条件の調査

 ・再出現間隔の調査

 ・環境および生息魔物の記録

 ・指定素材の採取


 『報酬項目』

 ・希少区域発見情報料

 ・追加情報提供料

 ・調査協力費

 ・指定素材採取料

 ・採取素材買取代金


 『指定素材採取依頼』

 ・依頼ごとに受諾または辞退を選択可能

 ・安全確保が困難な場合は、受諾後も撤退可能

 ・調査に必要な数量を超える採取は要求しない


 『採取品の所有権』

 ・依頼された数量:買取後、探索者協会へ移管

 ・依頼数量を超える素材:発見者側へ帰属

 ・従魔専用装備:発見者側へ帰属

 ・進化素材:発見者側へ帰属

 ・宝物殿の収蔵品:原則として発見者側へ帰属


 ____________________◇



「指定素材の採取依頼は、その都度、正式な依頼書を発行します」


 髙橋さんが、画面を下へ動かす。


「区域の危険度や、素材の採取難度を確認してから報酬を設定します。依頼を受けるかどうかは、クラン側で決めていただけます」

「一度引き受けても、危険なら撤退して構わないんですね?」

「はい。素材のために命を危険へ晒す必要はありません。撤退したことを理由に、違約金や罰則が発生することもありません」


 美咲さんが、続いて確認する。


「協会が指定していない素材は、私たちが持ち帰ってもいいんですか?」

「もちろんです。ただし、未知の素材は安全検査を受けていただきます」


「検査後は、保管も売却も自由ということですね」

「はい」


 白銀城を発見した時にも、情報提供料として四十万円が支払われた。

 出現条件や再出現間隔が判明した場合は、追加報酬の対象になるとも聞いている。

 今回の契約によって、その仕組みが今後発見される希少区域にも適用されるらしい。


「従魔用装備や進化素材まで、協会へ渡す必要はありません」


 髙橋さんが、シズクとユキへ視線を向ける。


「それらは、手に入れた従魔が使用することを前提に出現している可能性があります。協会が強制的に買い取るべき物ではありません」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 自分たちの装備を取り上げられないと分かったのか、シズクとユキが元気よく返事をする。


「内容に問題はなさそうだな」


 店主さんが、表示された契約書を最後まで確認する。


「指定数量も協会が一方的に決めるんじゃなく、依頼ごとに相談する形になってる」

「はい。クランの運営を圧迫するような依頼は行いません」


「陸斗。俺から確認することはねえ」

「分かりました」


 美咲さんにも視線を向ける。


「私も問題ありません」

「それでは、代表者として署名します」


 携帯端末へ探索者証を読み込ませる。

 表示された署名欄へ、指で名前を記入した。



 ◇____________________


 『希少区域特別調査・採取契約』


 『クラン代表者』

 ・一城陸斗


 『契約締結:完了』


 ____________________◇



「ありがとうございます。続いて、第十一層以降の調査依頼です」


 二つ目の契約書が表示される。



 ◇____________________


 『未踏階層先行調査依頼』


 『依頼対象』

 ・クラン『蒼雪の宝珠』


 『現在の調査対象』

 ・スライム帝王の迷宮・第11層


 『依頼内容』

 ・転移先の安全確認

 ・階層環境の記録

 ・出現魔物の確認

 ・採取可能素材の確認

 ・帰還経路の確認

 ・階層構造の記録


 『報酬項目』

 ・初回調査協力費

 ・新種魔物情報提供料

 ・新素材情報提供料

 ・地図作成協力費

 ・階層踏破情報料

 ・先行踏破報奨金


 『初回調査範囲』

 ・転移地点から半径500メートル以内


 『初回調査時間』

 ・最大60分


 『注意事項』

 ・危険度不明の魔物との戦闘を回避

 ・階層守護個体の捜索禁止

 ・通信不能時は即時帰還

 ・異常を確認した場合は調査中止

 ・調査および踏破期限:なし


 ____________________◇



「初回調査では、五百メートルまで進む必要はありません」

「転移門の周囲を確認しただけで戻ってもいいんですね?」

「はい。安全を確認できた範囲までで構いません」


 第十一層に、どの程度の危険があるかも分かっていない。

 転移直後に危険度の高い魔物がいた場合は、戦わずに帰還することも認められている。


「踏破期限も設定しません」


 髙橋さんが、注意事項を指し示す。


「探索者協会から、攻略を急がせることはありません。情報を持ち帰ることを最優先にしてください」

「分かりました」


「今回も俺たち四人で入るんですよね?」

「はい。一城さん、佐伯さん、シズクさん、ユキさんの四名です」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 呼ばれたシズクとユキが、揃って身体を伸ばす。


「三か月にわたって転移門の認識条件を調査しましたが、第十一層側で同じ条件が維持される保証はありません」


 転移門の前では、共同探索隊へ登録された協会職員も、シズクかユキが同行していれば蒼銀色の揺らぎを確認できた。

 だが、第十一層へ入ったあとも同じ状態が続くとは限らない。


「スライム系従魔と契約していない職員が、第十一層側の帰還用転移門を認識できなくなる可能性があります」

「調査職員の帰還手段がなくなるかもしれないんですね」

「はい。そのため、最初は確実に条件を満たしている方だけで進入していただきます」


 救助隊も、すぐには送り込めない。

 それは、最初に希少区域へ入った時と同じだった。


「危険を感じたら、すぐに戻ります」

「お願いします」


 二つ目の契約書にも署名する。



 ◇____________________


 『未踏階層先行調査依頼』


 『受諾者』

 ・クラン『蒼雪の宝珠』


 『代表者』

 ・一城陸斗


 『依頼受諾:完了』


 ____________________◇



 ◇



「迷宮の等級についても、現在の状況をご説明します」


 髙橋さんが、別の資料を表示した。



 ◇____________________


 『迷宮管理情報』


 『正式名称』

 ・スライム帝王(エンペラー)迷宮(ダンジョン)


 『旧管理名称』

 ・初心者ダンジョン


 『確認済み階層』

 ・第1層~第10層


 『推定総階層数』

 ・全50層


 『現在の迷宮等級』

 ・暫定A


 『正式等級』

 ・未確定


 ____________________◇



「暫定A……」


 美咲さんが、表示された等級を見つめる。


「これまでは、第一層付近に出現する魔物を基準に、初心者向けの迷宮として管理されていました」

「第五層以降の魔物が強いことは、以前から分かっていたんですよね?」

「はい。第五層以降は初心者へ推奨しない区域として、警告を行っていました」


 それでも、正式な迷宮等級を変更するまでには至らなかった。

 中級、上級のダンジョンに比べれば、比較的安全な迷宮だったからだ。


「広く知られている『鑑定』では、魔物の名称と属性程度しか表示されません」


 髙橋さんが、虹晶王スライムの資料を表示する。


「特性、攻撃、弱点、危険度は分かりません。そのため、これまでは探索者の交戦記録や負傷率、討伐に必要だった人数から、間接的に危険度を推定していました」


「第十層の虹晶王スライムが、危険度B-だと分かったのも、陸斗さんの『解析鑑定』があったからなんですね」

「はい」


 虹晶王スライムは、上級ダンジョンに生息する魔物へ匹敵する。

 だが、これまでは第十層の階層守護個体だから、特別に強いのだと考えられていたらしい。


「協会は、この迷宮が第十層で終わると判断していました。まさか、未確認の四十層が存在するとは考えていませんでした」


「現在のA等級も、暫定なんですよね?」

「はい。第十一層以降の環境も、最下層の階層守護個体も確認できていません」


 迷宮全体の正式な等級は、最深部までの危険度を調べなければ決められない。


「現時点では、既知の危険度と全五十層という構造から、暫定A等級としています。今後の調査によっては、変更される可能性があります」


 実際には、さらに高い等級なのかもしれない。

 それを確かめるには、少しずつ先へ進むしかなかった。



 ◇



 契約と説明を終え、俺たちは探索者ストアを出た。


「俺は店に残る」


 店主さんが、俺たちを見送る。


「今日は転移門の確認だけだとしても、気を抜くなよ」

「分かりました」

「お父さん、行ってきます」

「ああ。シズクとユキも気を付けろ」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 髙橋さんと一緒に、探索者協会本部の地下へ向かう。

 地下へ続くエレベーターは、探索者証か職員証がなければ動かない。

 扉が開くと、白い石で造られた広い通路が現れた。


 その先にあるのが、スライム帝王の迷宮へ入るための転移門だ。

 高さは三メートルほど。

 石造りの枠の内側で、青い光が水面のように揺れている。


 転移門の左右には、警備職員が一人ずつ立っていた。


「探索者証を確認します」


 俺と美咲さんが、探索者証を端末へ読み込ませる。

 続いて、シズクとユキの従魔登録証も確認された。


「個体名シズク。個体名ユキ。登録情報に問題ありません」

「ぷるっ」

「ぴるっ」


 髙橋さんも職員証を提示する。


「調査課の護衛職員は、現地で合流する予定です」

「分かりました」


 この転移門を通るのは、何度目になるだろう。


 探索者になった初日。

 スライムと初めて戦った日。

 希少区域を見つけた日。

 美咲さんとシズクと、初めて一緒に探索した日。

 何度も目にしていた、見慣れた転移門だ。


「……一城さん」


 髙橋さんが、転移門の前で足を止める。


「少し待ってください」

「どうしました?」


 髙橋さんは、青く揺らぐ転移門を見つめていた。


「私たちは三か月間、第十層に出現した転移門ばかりを調べていました」

「はい」


「ですが、迷宮全体の入口はこちらです」


 髙橋さんが、第一層への転移門を指し示す。


「第十層の転移門に隠された情報があったのなら、こちらにも何らかの情報が刻まれている可能性があります」


 そこで、ようやく気付く。


「そういえば……」


 扉や宝箱。

 魔物や素材。

 ダンジョン内で気になる物には、何度も『解析鑑定』を使用してきた。

 だが、この転移門を調べたことは一度もない。


「探索者になった時から、ここにあるのが当たり前だと思っていました」

「私たちも同じです。通常の『鑑定』や階層構造測定器による検査は、何度も実施されています」


「何が表示されていたんですか?」

「迷宮への入場転移門。転移先は第一層。状態は正常。それだけです」


 警備職員の一人が頷く。


「毎日の始業時にも、転移門の状態を確認しています。異常が表示されたことはありません」


 誰も調べていなかったわけではない。

 普通の『鑑定』では、それ以上の情報が出なかっただけだ。


「一城さん。改めて、この転移門へ『解析鑑定』を使用していただけませんか?」

「分かりました」


 青く揺らぐ転移門へ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『スライム帝王(エンペラー)迷宮(ダンジョン)


 『迷宮主入場転移門』


 『転移先』

 ・第1層


 『総階層数』

 ・50層


 『現在到達階層』

 ・第10層


 『第1区域』

 ・第1層~第10層

 ・状態:一般解放済み


 『第2区域』

 ・第11層~第20層

 ・先行攻略権:解放

 ・状態:段階解放中

 ・制限解除階層:なし

 ・現在の先行攻略対象:第11層


 『第3区域』

 ・第21層~第30層

 ・状態:封鎖中


 『第4区域』

 ・第31層~第40層

 ・状態:封鎖中


 『最終区域』

 ・第41層~第50層

 ・状態:封鎖中


 ____________________◇



「迷宮全体の解放状況が表示されてる……」

「何が分かったのですか?」


「第一層から第十層までが、第一区域。第十一層から第二十層までが、第二区域として分けられています」


 表示された情報を、一つずつ読み上げる。


「現在、第二区域の先行攻略権が解放されています。ただし、第十一層から第二十層までを一度に開放する仕組みではありません」

「一度に、ではない?」


「段階解放と表示されています。今の先行攻略対象は、第十一層だけです」


 さらに、階層解放の部分へ意識を集中させる。

 表示が切り替わった。



 ◇____________________


 『階層段階解放機構』


 『先行攻略』

 ・先行攻略資格者が、現在対象となっている階層へ進入

 ・利用資格を持つスライム系従魔の同行が必要

 ・当該階層の踏破条件を達成


 『踏破後』

 ・踏破済み階層のスライム系従魔同行制限を解除

 ・踏破済み階層への独立調査を許可

 ・次階層を新たな先行攻略対象へ指定


 『制限解除後の進入資格』

 ・直前階層の踏破記録を持つ探索者

 ・迷宮管理機関が登録した調査隊


 『第2区域・現在の解放状況』

 ・制限解除:0/10

 ・先行攻略対象:第11層


 『補足』

 ・一般階層の解放は、希少区域の認識条件および入場条件へ影響しない


 ____________________◇



「一階層ずつです」

「一階層ずつ、制限が解除されるのですか?」


「はい。俺たちが第十一層の踏破条件を達成すれば、第十一層だけはスライム系従魔がいなくても入れるようになります」


 髙橋さんが、驚いたように転移門を見る。


「では、第十二層から先には入れなくても、第十一層の調査は私たちだけで行えるようになる……?」

「迷宮管理機関が登録した調査隊なら、入れると表示されています」


 探索者協会は、この迷宮を管理する政府機関だ。

 協会が正式に登録した調査隊なら、前階層の踏破記録がない職員も、制限解除済みの階層へ入れるらしい。


「……よかった」


 髙橋さんが、小さく息を吐く。

 驚きではなく、安堵が強く感じられた。


「一城さんたちだけに、第二十層までの全調査を背負わせずに済みます」

「俺たちが最初に踏破する必要はありますけど、そのあとの調査は協会へ引き継げるみたいです」


「はい。環境調査、地図作成、素材採取、魔物の再出現確認を、調査課で行えます」


 美咲さんも、安心したように頷く。


「私たちが第十一層を踏破すれば、何か異常が起きた時に、救助隊も入れるようになるんですね」

「その可能性が高いです」


 これまでは、第十一層で何か起きても、協会が救助へ来られる保証はなかった。

 だが、一度踏破すれば状況が変わる。


「ただし、迷宮側の制限が解除されたからといって、すぐに一般探索者へ開放するわけではありません」


 髙橋さんが、表情を引き締める。


「まずは調査課が安全を確認します。魔物の危険度、環境、帰還経路、救助体制を整えたうえで、入場条件を決定します」

「第十層を踏破していれば、すぐに第十一層へ入れるわけではないんですね」

「はい。政府機関として、未知の階層を無条件に開放することはできません」


 迷宮が認める進入資格。

 探索者協会が定める入場許可。

 二つは別のものらしい。


「希少区域の条件は、今までどおりですね」

「一般階層が解放されても、希少区域の認識条件と入場条件には影響しないと表示されています」


「それでしたら、先ほど締結した契約も、そのまま適用できます」


 髙橋さんが、解析結果を携帯端末へ記録する。


「第十一層の踏破後、調査課から正式な調査隊を派遣できるよう、今から準備を始めます」

「まだ、踏破できると決まったわけではありませんよ」


「もちろんです。攻略を急がせるつもりはありません」


 髙橋さんが、俺たちへ視線を戻す。


「ですが、皆さんが帰還したあと、協会が調査を引き継げると分かっただけでも大きな進展です」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキも、嬉しそうに身体を伸ばす。


 俺たちが未知の階層を切り開く。

 踏破した場所を、探索者協会が詳しく調査する。

 その調査が終われば、ほかの探索者も先へ進めるようになる。

 五十層全てを、俺たちだけで調べなければならないわけではなかった。


「一城さん。こちらの解析結果も、調査報告へ加えさせていただきます」

「分かりました」


「それでは、第十層の転移門へ向かいましょう。今日の確認結果を踏まえ、初回調査後の体制も見直します」


 警備職員へ挨拶し、青く揺らぐ転移門の前へ立つ。


 探索者になってから、何度も通ってきた入口。

 だが今は、以前と同じ転移門には見えなかった。

 その先に続いているのは、全十層の初心者ダンジョンではない。


 五十層まで続く、スライム帝王の迷宮。

 俺たちは髙橋さんと共に、第一層への転移門をくぐった。

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