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89話「第十一層に向けての装備更新」


 第十一層への転移門が発見されてから、三か月余り。

 探索者協会による検証が進み、ようやく入口周辺の先行調査を行うことになった。

 その調査を前に、俺たちは探索者ストア佐伯を訪れている。


「陸斗。まずは、今使ってる装備を全部確認するぞ」

「お願いします」


 店主さんに言われ、装備を身に着けた状態で『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『一城陸斗・探索装備』


 『主武器/副武器』

 ・白銀短剣

 ・鋼短剣


 『防具』

 ・革の胸当て

 ・腕装備:なし

 ・安物のズボン

 ・スライムの羽靴


 『アクセサリー』

 ・スライムの指輪

 ・スライムの腕輪

 ・スライムの首飾り

 ・スライムの耳飾り(一対)


 『副装備』

 ・アンダーウェア

 ・ボディレコーダー

 ・初心者探索者ベルト

 ・探索鞄(アイテムバック)


 ____________________◇



 改めて確認すると、武器以外は初心者の頃からほとんど変わっていない。


 白銀短剣は希少度S。

 それに対して、防具は初心者向けの革の胸当てだった。


「白銀短剣以外は、第一層へ通い始めた頃とほとんど同じだな」

「スライムシリーズと羽靴は、途中で手に入れました」

「そこじゃねえ。S級の短剣を持ってるのに、腕は何も着けてねえだろ」


 店主さんが、呆れたように俺の腕を見る。


「革の胸当ても、低層で角兎の攻撃を防ぐ程度なら使える。だが、第十一層で同じように役立つ保証はねえ」

「やはり、買い替えた方がいいですか?」

「当たり前だ。命を守る物まで節約するな」


 分かってはいた。

 だが、値札を見ると、まだ購入を躊躇してしまう。


「陸斗さんは、ユキの物なら迷わず購入するのに、ご自分の物になると急に悩みますよね」

「そうかな?」


「はい」

「ぴるっ!」


 ユキまで、美咲さんへ同意するように身体を伸ばした。

 首元には、青い従魔登録証。

 左右には、白銀鎧の半透明な装甲が浮かんでいる。

 探索鞄にはユキ用の回復ゼリーが大量に入っている。


「ユキのアイテムは必要な物だからな」


「陸斗さんの防具も必要な物です」

「ぷるっ!」


 今度はシズクまで加わった。

 美咲さんの肩に乗り、黄金兜と結晶冠を揺らしている。


「陸斗以外はみんな同じ意見みたいだな」


 店主さんが笑いながら、用意していた防具を取り出す。


「第十一層で何が出るか分からねえ以上、特定の属性だけに耐性を寄せるのは危険だ。物理攻撃と環境変化へ対応できる物を選んである」


 最初に渡されたのは、黒に近い濃紺の軽鎧だった。

 複数種類の魔獣革を重ね、胸や脇腹へ薄い金属板が仕込まれている。

 見た目ほど重くない。


「『多層魔獣革の軽鎧』だ。金属鎧ほどの防御力はねえが、動きやすさを損なわずに打撃と斬撃を軽減できる」

「短剣を使う俺には、こちらの方が合いそうですね」

「ああ。お前は羽靴で跳ぶからな。重い鎧を着けたら、空中で姿勢を崩す」


 軽鎧を試着し、腕を動かす。

 肩や脇が柔らかく、短剣を振る動きにも支障はなかった。

 続いて、同じ魔獣革で作られた手甲を着ける。


「手首から肘までを守る。白銀短剣の『反射』があるからといって、何でも刃で受けるなよ」

「分かっています」

「受け流せないと判断した時は、手甲で急所を守れ」


 耐環境探索ズボンも、熱気や冷気に加え、弱い酸性液へ耐性を持っている。

 第六層以降では、魔物だけでなく階層の環境そのものが危険だった。


 第十一層以降でも、同じことが起きる可能性は高い。


「副武器の鋼短剣も更新しろ」


 店主さんが、灰色の鞘へ入った短剣を差し出す。

 引き抜くと、刃の内側を淡い青色の光が走った。


「魔鋼短剣ですか?」

「ああ。白銀短剣ほどじゃねえが、普通の鋼短剣より魔力を流しやすい。白銀短剣を使えなくなった時の予備だ」


 白銀短剣は強力だ。

 だが、探索は何が起きるかわからない。何らかの理由で使えなくなった場合も考えておく必要がある。


「こちらも購入します」

「そうしろ。それから、探索者ベルトも初心者用から替えろ。回復薬を取り出すのに手間取ったら、防具を買った意味がねえ」


 多機能探索者ベルトには、回復薬や投擲道具を固定する場所が増えている。

 留め具には脱落防止の機能があり、羽靴で跳んでも中身が落ちない。


 最後に、店主さんが棚の奥から一つの鞄を取り出した。

 外見は、黒い革で作られた小さな肩掛け鞄だ。

 俺が使っている探索鞄よりも、むしろ小さい。


「これが、話していた魔法鞄だ」

「随分と小さいんですね」


「見た目だけはな」


 鞄へ『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔法鞄(マジックバック)


 『品質:A』

 『希少度:B』

 『販売価格:5,800,000円』


 『効果』

 ・空間拡張

 ・収納物重量九十%軽減

 ・内部温度安定

 ・液体素材固定

 ・魔力遮断


 『収納容量』

 ・探索鞄約二十個分


 『制限』

 ・生物の収納不可

 ・所有者登録が必要


 『補足』

 ・銀光液を使用した修理および機能拡張が可能


 ____________________◇



「五百八十万円……」


 分かっていたが、実際に表示されると簡単には決断できない金額だった。

 会社員だった頃なら、購入を考えることすらなかっただろう。


「保管している銀光液で、将来の修理や拡張もできるんですね」

「ああ。古戦場で銀光液を残しておいた判断が、ここで役に立つ」


 店主さんが魔法鞄を開く。

 内部を覗いても、暗い空間が広がっているだけだった。


「素材だけじゃねえ。回復薬、予備の武器、採掘用のピッケル、食料、従魔用ゼリーも余裕を持って運べる。高価だが、これから先も長く使えるぞ」

「もし陸斗さんと離れた場合に備えて、私の探索鞄にも最低限の回復薬と食料を入れておきます」

「それがいいな。一つの鞄へ全部まとめるのも危険だ」


 美咲さんの言うとおりだった。


 俺が魔法鞄を持つ。

 美咲さんは探索鞄へ、非常用の物資を残す。

 二人が別々になっても、すぐに行動不能にはならない。


「購入します」

「本当にいいんですか?」


 美咲さんが念のため確認する。


「必要な物だからね。それに、今度は自分の装備を後回しにしないって決めたよ」

「その通りです。良い心がけです」


 美咲さんが嬉しそうに微笑む。


「ぴるっ!」


 ユキも、褒めるように俺の足へ身体を押し付けた。



 ◇



 俺の装備を選び終え、次は美咲さんの番になった。


「美咲は前衛だ。陸斗以上に、防具を妥協するなよ」

「分かってるよ、お父さん」


「特に盾だ。第十一層でも、シズクを庇いながら戦うことになる」

「ぷるっ」


 シズクが美咲さんの肩で、小さく身体を縮める。


「シズクが気にすることじゃありませんよ。私が守りたいから、守るんです」

「ぷる……」


 美咲さんが身体を撫でると、シズクが頬へ寄り添った。

 店主さんが用意したのは、金属と魔獣素材を組み合わせた軽盾だった。


 虹晶王スライムとの戦闘で使っていた盾よりも少しだけ小さい。

 その分、短剣と併用しやすく作られている。


「『複合防護の軽盾』だ。物理攻撃だけじゃなく、魔法の衝撃も軽減する。真正面から全部受ける盾じゃねえ。軌道を逸らすために使え」

「こちらの方が、黄金短剣と同時に扱いやすそうですね」


 美咲さんが左腕へ盾を固定し、右手に黄金短剣を持つ。

 盾を構えた状態から、素早く短剣を突き出した。

 動きに引っ掛かりはない。


「軽鎧も同じ素材で揃えてある。盾と同時に使えば、衝撃軽減の効果が高くなる」

「今までの装備より軽いです」

「軽いからって、防御力が低いわけじゃねえぞ。魔力を流してみろ」


 美咲さんが軽鎧へ魔力を流す。

 表面へ薄い光の膜が広がり、軽盾へつながった。


「鎧と盾の防護が連動しているんですね」

「盾で受けた衝撃を、鎧へ分散させる。手袋にも同じ効果がある」


 美咲さんは、その場で身体を回転させる。


 盾を前へ。

 続いて横へ流し、黄金短剣を振る。


「問題ありません。これなら、シズクを肩へ乗せたままでも戦えます」

「ぷるっ!」


 シズクが嬉しそうに身体を伸ばす。

 アクセサリーも、未知の階層へ対応できるよう種類を分けた。


 耐魔法軽減の首飾り。

 毒耐性の指輪。

 体力補助の腕輪。

 危険感知の耳飾り。


 どれか一つの能力を大幅に上げるのではなく、幅広い危険へ備える構成だ。


「黄金短剣と白銀短剣も確認しておくか」


 美咲さんが黄金短剣。

 俺が白銀短剣を抜く。

 二本の刃へ同時に淡い光が走った。



 ◇____________________


 『黄金白銀双短剣』


 『装備者』

 ・黄金短剣:佐伯美咲

 ・白銀短剣:一城陸斗


 『同一登録パーティーを確認』

 『金銀共鳴:発動可能』


 ____________________◇



「共鳴も問題ないね」

「実戦では、私が黄金短剣へ切り替えたことを、陸斗さんも感知できるんですよね」

「うん。白銀短剣から伝わってくる」

「なら、声を掛けられない状況でも連携できそうです」


 詳しい実戦訓練は、協会の訓練場で行う予定だ。

 今日は装備した状態で動けることを確認するだけに留める。

 店内で付与スキルを発動させるわけにはいかない。


「二人とも、装備を外す前に最終確認をしておけ」

「分かりました」


 改めて、自分と美咲さんの装備へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『一城陸斗・探索装備』


 『主武器/副武器』

 ・白銀短剣

 ・魔鋼短剣


 『防具』

 ・多層魔獣革の軽鎧

 ・魔獣革の手甲

 ・耐環境探索ズボン

 ・スライムの羽靴


 『アクセサリー』

 ・スライムの指輪

 ・スライムの腕輪

 ・スライムの首飾り

 ・スライムの耳飾り(一対)


 『副装備』

 ・魔力繊維アンダーウェア

 ・ボディレコーダー

 ・多機能探索者ベルト

 ・魔法鞄(マジックバック)


 『装備状態:良好』


 ____________________◇



 続いて、美咲さんの装備を確認する。



 ◇____________________


 『佐伯美咲・探索装備』


 『主武器/副武器』

 ・スライムの短剣

 ・黄金短剣


 『盾』

 ・複合防護の軽盾


 『防具』

 ・複合防護の軽鎧

 ・衝撃分散の防護手袋

 ・耐環境探索ズボン

 ・衝撃吸収の魔法靴


 『アクセサリー』

 ・耐魔法軽減の首飾り

 ・毒耐性の指輪

 ・体力補助の腕輪

 ・危険感知の耳飾り(一対)


 『副装備』

 ・魔力繊維アンダーウェア

 ・ボディレコーダー

 ・多機能探索者ベルト

 ・探索鞄(アイテムバック)


 『装備状態:良好』


 ____________________◇



「装備に問題はありません」

「これなら、第十一層へ進んでも大丈夫そうですね」


「装備だけで油断するなよ」


 店主さんが、俺たちを順番に見る。


「道具が良くなっても、未知の階層で何が起きるかは分からねえ。危険だと思ったら、依頼の途中でも戻ってこい」


「はい」

「分かりました」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキも、一緒に返事をする。

 その時、店舗の扉が開いた。


「失礼します」


 入ってきたのは、調査課の髙橋さんだった。

 手には協会の紋章が入った携帯端末を持っている。


「髙橋さん。お待ちしていました」

「お待たせしました。装備の更新は終わりましたか?」

「はい。今、確認を終えたところです」


 髙橋さんが、俺と美咲さんの装備を見る。


「第十一層は危険度も環境も分かっていません。十分な装備を用意していただけたようで安心しました」

「今日は、最終確認でしたよね?」

「はい。第十一層の先行調査依頼と、希少区域に関する契約内容をご説明します」


 髙橋さんが携帯端末を開く。


「その後、第十層に出現した転移門を、もう一度確認していただきたいと思っています」

「これから向かうんですか?」

「可能であれば、お願いできますか?」


 美咲さんと顔を見合わせる頷く。


 装備は整った。

 シズクとユキの体調にも問題はない。


「分かりました。お願いします」

「では、こちらで説明を終えたあと、地下の入場転移門へ向かいましょう」


 髙橋さんが携帯端末を操作する。

 画面には、探索者協会とクラン『蒼雪の宝珠』の名前が記された二つの契約書が表示された。

 第十一層へ進むための、最後の打ち合わせが始まった。

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