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87話「『探索者食堂あかり』三ヶ月の実証結果」


 探索者食堂あかりが実証営業を始めてから、三か月が経過した。


 その間、グレイが俺たちへ接触してくることはなかった。

 探索者ライセンスは、正式な審査が終わるまで停止。

 動画配信アカウントも、複数の規約違反によって凍結されている。


 具土元副社長と無野元部長についても、改変資料の作成や提供に関する捜査が続いていた。

 俺たちは警察と探索者協会へ必要な記録を提出し、普段の生活へ戻っている。


「お待たせしました。探索支援定食です」


 明里さんが、最後の料理を配膳台へ載せる。


 焼き魚。

 野菜を使った煮物。

 ダンジョン茸の入った味噌汁。

 炊きたての御飯。


 特別に高価な素材は使われていないが、料理からは淡い魔力が感じられた。



 ◇____________________


 『斉藤明里の強化料理』


 『品質:A』

 『付与効果:料理強化』


 『効果』

 ・基礎身体能力:10%上昇

 ・効果時間:12時間


 『補足』

 ・同一効果の重複不可

 ・戦闘系、生産系スキルそのものの性能は変化しない


 ____________________◇



「料理強化も、問題なく付いています」

「ありがとうございます。一城さん」


 今日の料理は、実証期間で最後となる五十食目だった。

 料理を受け取るのは、探索者になって一か月ほどの若い男性。

 担当職員が探索者ライセンスを端末へ読み込ませ、初心者支援の対象であることを確認する。


「明里さん。御馳走様でした」

「今日も美味しかったです」

「この前は、おかげで第四層のボスを倒せました!」


 食事を終えた探索者たちが、次々と声を掛けていく。


「そう言っていただけると、嬉しいです。でも、無理はしないでくださいね」

「はい!」


 最後の一食が渡され、入口へ売り切れの札が掛けられた。


「本日分、完売です!」


 接客担当の声に、厨房から小さな拍手が起こる。

 下ごしらえや洗い物を担当している職員たちだ。


「三か月、お疲れ様でした」


 俺が声を掛けると、明里さんが安心したように息を吐いた。


「ありがとうございます。無事に実証期間を終えられました」

「今日も五十食、全部売れましたね」

「はい。でも、皆さんが手伝ってくださったおかげです」


 食材の洗浄。

 分量ごとの切り分け。

 食器の準備。

 配膳と会計。

 洗い物や店内の清掃。


 料理強化へ直接関係しない作業は、補助職員が担当している。


 それでも、調理と仕上げを行うのは明里さんだ。

 無理をさせないため、一日に作るのは五十食まで。

 休憩時間と定休日も設け、閉店後に翌日分を夜遅くまで仕込むことは禁止されていた。


「体調はどうですか?」

「問題ありません。以前より規則正しい生活になったくらいです」


 明里さんが笑う。


「五十食でも大変ですけど、時間外まで働くことはありませんから」

「無理をしていると判断したら、すぐに営業数を減らすからな」


 帳簿を確認していた店主さんが口を挟む。


「分かっています。佐伯さん」

「明里ちゃんは、頑張り過ぎるところがあるからな。涼介も、ちゃんと見ておけよ」

「もちろんです」


 斉藤さんが、厨房の奥から水を持ってくる。


「明里。今日は、これで終わりだ。残りの片付けは俺も手伝う」

「ありがとうございます」


「斉藤さんも、調合の仕事があるんじゃないですか?」

「今日の分は、午前中に終わらせました。明里を一人で働かせるつもりはありません」


 医務課から依頼された秘薬を完成させたあとも、斉藤さんには複数の調合依頼が届いている。


 全てを引き受けているわけではない。

 調合室の空き状況や体調。

 俺が『解析鑑定』へ協力できる日程も考慮し、無理のない範囲で受けていた。


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 店内の隅にある従魔用休憩場所から、シズクとユキが跳ねてくる。


「シズクとユキも、三か月間お疲れ様」

「ぷるっ」

「ぴるっ」


 営業中に厨房へ入ることはできない。

 それでも、休憩時間には明里さんや職員たちと遊び、来店した探索者を和ませていた。


「シズクとユキに会うため、食事へ来ている方もいますよ」

「ぷる?」

「ぴる?」


 シズクとユキは、自分たちが店の人気に貢献しているとは分かっていないらしい。


「今日は、頑張った御褒美に少し豪華な従魔用のゼリーをあげようかな?」

「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


 美咲さんの言葉に大きく反応するシズクとユキ。


「現金だなまったく」

「毎日、可愛く応援していたからいいんです」

「まあ、そうだな。なら、御褒美は必要か」


 店主さんまで美咲さんへ賛成する。

 シズクとユキが、揃って身体を伸ばした。



 ◇



 翌日。

 俺たちは、探索者協会の会議室へ集まっていた。

 参加しているのは、クラン『蒼雪の宝珠』のメンバーと協会の職員たち。

 厳密には、


 探索安全課。

 医務課。

 店舗管理を担当する職員。

 実証事業の会計を確認した監査担当者。

 髙橋さんも、クランとの連絡担当として同席している。


「それでは、探索支援料理・実証事業の最終結果を報告します」


 探索安全課の女性職員が、前方の画面へ資料を表示する。

 最初に示されたのは、料理強化の効果だ。



 ◇____________________


 『探索支援料理・効果検証』


 『確認された効果』

 ・基礎身体能力:10%上昇

 ・効果時間:12時間

 ・同一効果の重複:なし


 『検証結果』

 ・料理ごとの効果差:許容範囲内

 ・戦闘系スキルへの直接強化:なし

 ・生産系スキルへの直接強化:なし

 ・継続利用による身体負担:なし

 ・有害な副作用:確認されず


 ____________________◇



「三か月を通して、料理強化の効果は安定していました」


 料理の品質や、上昇値が大きく乱れた日はない。

 食材によって味や栄養は変わる。

 だが、料理強化によって上昇する基礎身体能力は、十%で統一されていた。


「次に、利用者の探索記録です」


 探索者ライセンスには、ダンジョンへの入退場や踏破階層が記録される。

 利用者本人の同意を得たうえで、料理を食べた日の探索結果が集計されていた。


「比較対象は、同じ階層を探索した、近い年齢と経験を持つ探索者です」



 ◇____________________


 『実証期間中の探索記録』


 『料理強化利用者』

 ・延べ利用数:3,600食

 ・対象探索者:643名


 『非利用時との比較』

 ・医務課での治療を要する負傷:29.4%減少

 ・予定を中断した途中帰還:24.8%減少

 ・救助要請:41.2%減少

 ・利用後十二時間以内の死亡事故:0件


 ____________________◇



「救助要請が、四割以上も減ったんですか?」

「はい。特に、初級から中級の探索者に大きな変化が見られました」


 基礎身体能力が十%上昇する。

 攻撃を避けられなかった者が、僅かな差で回避できる。

 途中で体力が尽きていた者が、帰還地点まで辿り着ける。

 重い装備を持ったままでも、移動速度を維持できる。


 数字だけなら十%。

 だが、その差が生死を分ける場合もある。


「料理を食べれば、必ず安全になるわけではありません」


 医務課の職員が補足する。


「無謀な探索を行えば、能力が上昇していても負傷します。それでも、同じ条件で比較した場合、明確な効果が確認されました」

「初心者向けの支援は、続けてもらえるんですか?」


 明里さんの問いに、担当職員が頷く。


「はい。正式営業後も継続します」

「良かった……」


 明里さんが、心から安心したように微笑む。


「次は、店舗の営業結果です」


 店主さんが、姿勢を僅かに正す。

 会計と帳簿の管理を担当しているため、既に大まかな数字は把握している。

 それでも、監査後の正式な結果を見るのは初めてだった。



 ◇____________________


 『探索者食堂あかり・実証営業結果』


 『実証期間:三か月』


 『営業日数:72日』

 『一日上限:50食』

 『販売数:3,600食』

 『完売日数:72日』


 『売上』

 ・一般探索支援定食:3,996,000円

 ・初心者支援定食:1,332,000円(探索者協会補助分を含む)

 ・高級魔物素材料理:20,952,000円


 『総売上:26,280,000円』


 『年間換算売上』

 ・推定:105,120,000円


 ____________________◇



「一億……?」


 斉藤さんが、表示された数字を二度見する。

 明里さんは、声も出ないらしい。


「桁が、間違っていませんか?」

「間違っていません」


 監査担当者が答える。


「通常の探索支援定食だけで、この売上になったわけではありません。一日五食で限定販売した高級魔物素材を使用した料理が、大きな割合を占めています」


 高級な魔物肉。

 希少なダンジョン魚。

 品質A以上の茸や野菜。

 素材価格が数万円から数十万円する料理も含まれている。


「高級素材料理は、材料費も高額です。総売上が、そのまま利益になるわけではありません」

「そうですよね」


 明里さんが、少しだけ安心したように答える。

 なぜ、原価が高くて安心するのかは分からない。

 続いて、支出を差し引いた結果が表示される。



 ◇____________________


 『営業収支』

 『総売上:26,280,000円』


 『支出』

 ・食材費

 ・補助職員人件費

 ・消耗品費

 ・仕入れおよび運搬費

 ・店舗運営費


 『営業利益:6,000,000円』


 『利益分配』

 ・探索者食堂あかり:70%

  4,200,000円


 ・クラン『蒼雪の宝珠』:30%

  1,800,000円


 『補足』

 ・実証事業協力費は分配対象外

 ・税金および今後の事業準備金は別途確保


 ____________________◇



「三か月で、四百二十万円……」


 明里さんが、信じられないように呟く。


「一応言っておくが。これは、明里ちゃんが自由に全部使える金じゃねえからな」


 店主さんが、すぐに釘を刺す。


「税金。設備の買い替え。急な仕入れ。従業員の給与。正式営業後は、店舗使用料や共益費も必要になる」

「はい。全部使おうとは思っていません」


「それでも、十分な金額は手元に残る。明里ちゃんが自分の生活費を削って、店へ入れ直す必要はねえ」

「生活できるだけのお金を頂ければ、それで……」


「その考え方から直した方がいいな」


 店主さんが、帳簿を開く。


「明里ちゃんにしかできない仕事で、これだけの利益を生み出したんだ。正当な分は、きちんと受け取れ」

「でも……」

「明里」


 斉藤さんが、隣に座る妻へ声を掛ける。


「一城がクランを作った時、誰かの働きを曖昧にしないと決めただろう」

「はい」

「君の技術と努力で得た利益だ。店を続けるためにも、正しく受け取ろう」


 明里さんが、俺を見る。


「一城さんも、そう思いますか?」

「はい。店の準備金を残したうえで、明里さん自身の生活も豊かにしてください」

「……分かりました」


 明里さんは、まだ戸惑っている。

 それでも、最後には小さく頷いた。


「正式な分配や準備金については、俺と専門家で調整する」


 店主さんが、資料をまとめる。


「明里ちゃんへ無理をさせず、店も安定して続けられる形にするから安心しろ」

「お願いします」


「では、探索者協会から正式な決定をお伝えします」


 探索安全課の職員が、一枚の認定証を取り出した。



 ◇____________________


 『探索支援認定店舗』


 『店舗名』

 ・探索者食堂あかり


 『運営者』

 ・斉藤明里


 『所属クラン』

 ・蒼雪(そうせつ)宝珠(ほうじゅ)


 『認定理由』

 ・探索者の負傷率低下

 ・途中帰還率の低下

 ・救助要請率の低下

 ・料理強化効果の安定

 ・有害な副作用なし

 ・適正な店舗運営を確認


 『実証事業:完了』

 『正式営業:承認』


 ____________________◇



「正式営業、承認……」


 明里さんが、認定証を両手で受け取る。


「三か月間、ありがとうございました。今後もお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 斉藤さんと明里さんが、揃って頭を下げた。


「正式営業後は、店舗使用料や設備維持費を売上から支払っていただきます」

「はい」

「初心者支援の補助、安全性の検査、利用者の探索記録調査は、引き続き探索者協会が行います」


 実証期間が終わったからといって、全ての支援がなくなるわけではない。

 探索者の生存率を上げる事業として、協会との連携は続く。


「店舗区画についても、拡張を承認しました」

「五十食より増やすんですか?」


 俺が尋ねると、担当職員が首を横へ振る。


「現時点で、販売上限は五十食のままです」

「安心しました」


 明里さんが、すぐに答える。


「拡張するのは、食材保管庫、下ごしらえ用の作業場、受取窓口です。接客と片付けを担当する職員も増員します」

「明里さんの負担は増えないんですね」

「はい。販売数を増やす場合は、本人の体調と作業時間を改めて検証します」


 一人しか料理強化を使えない以上、無理に数を増やすべきではない。

 一日五十食でも、救われる探索者は確実にいる。


「もう一つ、斉藤さんへも提案があります」

「俺にですか?」


 斉藤さんが、自分を指差す。


「登録調合室で製造した回復薬や補助薬を、協会内で販売できる専用窓口の設置を検討しています」

「俺の調合品を、ですか?」

「はい。秘薬だけでなく、安全検査を通した一般的な回復薬も対象です」


 いずれは、斉藤さんのアイテム屋を作れるかもしれない。

 探索者食堂あかりと同じように、クランが設備や素材を支援する形も使える。


「ただし、すぐに店を出す必要はありません」

「分かっています。まずは、今受けている依頼を安定してこなせるようにします」


 斉藤さんは、浮かれることなく答えた。

 会社にいた頃、俺へ仕事を押し付けていたことを、今も後悔しているそうだ。

 だからこそ、抱え切れない仕事まで引き受けるつもりはないらしい。


「必要になった時は、改めて相談させてください」

「承知しました」


 会議が終わる。


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 待っていたシズクとユキが、明里さんの持つ認定証を覗き込む。


「シズクちゃんとユキちゃんにも、たくさん応援してもらいましたね」

「ぷるるっ!」

「ぴるるっ!」


「今日は、正式営業が決まった御祝いをしようか」

「はい。私が御飯を作ります」


「明里、今日は休んだ方がいい」

「お店の料理ではありませんよ。皆さんと食べる御祝いの料理です」


「それでも、作る量は控えろよ」

「分かっています」


 二人の会話を聞きながら、店主さんが笑う。


「明里ちゃんが作るなら、俺は酒を用意するか」

「お父さん。飲み過ぎないでね」

「まだ飲んでもいねえだろ」


 美咲さんのツッコミにみんなが笑う。

 実証事業として始まった、小さな料理店。


 一日五十食。

 明里さんが無理なく作れる範囲だけで始めた店だった。

 それでも三か月間、料理を食べた探索者の負傷を減らし、救助要請を四割以上も減らした。


 探索者食堂あかりは、正式な探索支援店舗として新しい一歩を踏み出した。


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