87話「『探索者食堂あかり』三ヶ月の実証結果」
探索者食堂あかりが実証営業を始めてから、三か月が経過した。
その間、グレイが俺たちへ接触してくることはなかった。
探索者ライセンスは、正式な審査が終わるまで停止。
動画配信アカウントも、複数の規約違反によって凍結されている。
具土元副社長と無野元部長についても、改変資料の作成や提供に関する捜査が続いていた。
俺たちは警察と探索者協会へ必要な記録を提出し、普段の生活へ戻っている。
「お待たせしました。探索支援定食です」
明里さんが、最後の料理を配膳台へ載せる。
焼き魚。
野菜を使った煮物。
ダンジョン茸の入った味噌汁。
炊きたての御飯。
特別に高価な素材は使われていないが、料理からは淡い魔力が感じられた。
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『斉藤明里の強化料理』
『品質:A』
『付与効果:料理強化』
『効果』
・基礎身体能力:10%上昇
・効果時間:12時間
『補足』
・同一効果の重複不可
・戦闘系、生産系スキルそのものの性能は変化しない
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「料理強化も、問題なく付いています」
「ありがとうございます。一城さん」
今日の料理は、実証期間で最後となる五十食目だった。
料理を受け取るのは、探索者になって一か月ほどの若い男性。
担当職員が探索者ライセンスを端末へ読み込ませ、初心者支援の対象であることを確認する。
「明里さん。御馳走様でした」
「今日も美味しかったです」
「この前は、おかげで第四層のボスを倒せました!」
食事を終えた探索者たちが、次々と声を掛けていく。
「そう言っていただけると、嬉しいです。でも、無理はしないでくださいね」
「はい!」
最後の一食が渡され、入口へ売り切れの札が掛けられた。
「本日分、完売です!」
接客担当の声に、厨房から小さな拍手が起こる。
下ごしらえや洗い物を担当している職員たちだ。
「三か月、お疲れ様でした」
俺が声を掛けると、明里さんが安心したように息を吐いた。
「ありがとうございます。無事に実証期間を終えられました」
「今日も五十食、全部売れましたね」
「はい。でも、皆さんが手伝ってくださったおかげです」
食材の洗浄。
分量ごとの切り分け。
食器の準備。
配膳と会計。
洗い物や店内の清掃。
料理強化へ直接関係しない作業は、補助職員が担当している。
それでも、調理と仕上げを行うのは明里さんだ。
無理をさせないため、一日に作るのは五十食まで。
休憩時間と定休日も設け、閉店後に翌日分を夜遅くまで仕込むことは禁止されていた。
「体調はどうですか?」
「問題ありません。以前より規則正しい生活になったくらいです」
明里さんが笑う。
「五十食でも大変ですけど、時間外まで働くことはありませんから」
「無理をしていると判断したら、すぐに営業数を減らすからな」
帳簿を確認していた店主さんが口を挟む。
「分かっています。佐伯さん」
「明里ちゃんは、頑張り過ぎるところがあるからな。涼介も、ちゃんと見ておけよ」
「もちろんです」
斉藤さんが、厨房の奥から水を持ってくる。
「明里。今日は、これで終わりだ。残りの片付けは俺も手伝う」
「ありがとうございます」
「斉藤さんも、調合の仕事があるんじゃないですか?」
「今日の分は、午前中に終わらせました。明里を一人で働かせるつもりはありません」
医務課から依頼された秘薬を完成させたあとも、斉藤さんには複数の調合依頼が届いている。
全てを引き受けているわけではない。
調合室の空き状況や体調。
俺が『解析鑑定』へ協力できる日程も考慮し、無理のない範囲で受けていた。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
店内の隅にある従魔用休憩場所から、シズクとユキが跳ねてくる。
「シズクとユキも、三か月間お疲れ様」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
営業中に厨房へ入ることはできない。
それでも、休憩時間には明里さんや職員たちと遊び、来店した探索者を和ませていた。
「シズクとユキに会うため、食事へ来ている方もいますよ」
「ぷる?」
「ぴる?」
シズクとユキは、自分たちが店の人気に貢献しているとは分かっていないらしい。
「今日は、頑張った御褒美に少し豪華な従魔用のゼリーをあげようかな?」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
美咲さんの言葉に大きく反応するシズクとユキ。
「現金だなまったく」
「毎日、可愛く応援していたからいいんです」
「まあ、そうだな。なら、御褒美は必要か」
店主さんまで美咲さんへ賛成する。
シズクとユキが、揃って身体を伸ばした。
◇
翌日。
俺たちは、探索者協会の会議室へ集まっていた。
参加しているのは、クラン『蒼雪の宝珠』のメンバーと協会の職員たち。
厳密には、
探索安全課。
医務課。
店舗管理を担当する職員。
実証事業の会計を確認した監査担当者。
髙橋さんも、クランとの連絡担当として同席している。
「それでは、探索支援料理・実証事業の最終結果を報告します」
探索安全課の女性職員が、前方の画面へ資料を表示する。
最初に示されたのは、料理強化の効果だ。
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『探索支援料理・効果検証』
『確認された効果』
・基礎身体能力:10%上昇
・効果時間:12時間
・同一効果の重複:なし
『検証結果』
・料理ごとの効果差:許容範囲内
・戦闘系スキルへの直接強化:なし
・生産系スキルへの直接強化:なし
・継続利用による身体負担:なし
・有害な副作用:確認されず
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「三か月を通して、料理強化の効果は安定していました」
料理の品質や、上昇値が大きく乱れた日はない。
食材によって味や栄養は変わる。
だが、料理強化によって上昇する基礎身体能力は、十%で統一されていた。
「次に、利用者の探索記録です」
探索者ライセンスには、ダンジョンへの入退場や踏破階層が記録される。
利用者本人の同意を得たうえで、料理を食べた日の探索結果が集計されていた。
「比較対象は、同じ階層を探索した、近い年齢と経験を持つ探索者です」
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『実証期間中の探索記録』
『料理強化利用者』
・延べ利用数:3,600食
・対象探索者:643名
『非利用時との比較』
・医務課での治療を要する負傷:29.4%減少
・予定を中断した途中帰還:24.8%減少
・救助要請:41.2%減少
・利用後十二時間以内の死亡事故:0件
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「救助要請が、四割以上も減ったんですか?」
「はい。特に、初級から中級の探索者に大きな変化が見られました」
基礎身体能力が十%上昇する。
攻撃を避けられなかった者が、僅かな差で回避できる。
途中で体力が尽きていた者が、帰還地点まで辿り着ける。
重い装備を持ったままでも、移動速度を維持できる。
数字だけなら十%。
だが、その差が生死を分ける場合もある。
「料理を食べれば、必ず安全になるわけではありません」
医務課の職員が補足する。
「無謀な探索を行えば、能力が上昇していても負傷します。それでも、同じ条件で比較した場合、明確な効果が確認されました」
「初心者向けの支援は、続けてもらえるんですか?」
明里さんの問いに、担当職員が頷く。
「はい。正式営業後も継続します」
「良かった……」
明里さんが、心から安心したように微笑む。
「次は、店舗の営業結果です」
店主さんが、姿勢を僅かに正す。
会計と帳簿の管理を担当しているため、既に大まかな数字は把握している。
それでも、監査後の正式な結果を見るのは初めてだった。
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『探索者食堂あかり・実証営業結果』
『実証期間:三か月』
『営業日数:72日』
『一日上限:50食』
『販売数:3,600食』
『完売日数:72日』
『売上』
・一般探索支援定食:3,996,000円
・初心者支援定食:1,332,000円(探索者協会補助分を含む)
・高級魔物素材料理:20,952,000円
『総売上:26,280,000円』
『年間換算売上』
・推定:105,120,000円
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「一億……?」
斉藤さんが、表示された数字を二度見する。
明里さんは、声も出ないらしい。
「桁が、間違っていませんか?」
「間違っていません」
監査担当者が答える。
「通常の探索支援定食だけで、この売上になったわけではありません。一日五食で限定販売した高級魔物素材を使用した料理が、大きな割合を占めています」
高級な魔物肉。
希少なダンジョン魚。
品質A以上の茸や野菜。
素材価格が数万円から数十万円する料理も含まれている。
「高級素材料理は、材料費も高額です。総売上が、そのまま利益になるわけではありません」
「そうですよね」
明里さんが、少しだけ安心したように答える。
なぜ、原価が高くて安心するのかは分からない。
続いて、支出を差し引いた結果が表示される。
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『営業収支』
『総売上:26,280,000円』
『支出』
・食材費
・補助職員人件費
・消耗品費
・仕入れおよび運搬費
・店舗運営費
『営業利益:6,000,000円』
『利益分配』
・探索者食堂あかり:70%
4,200,000円
・クラン『蒼雪の宝珠』:30%
1,800,000円
『補足』
・実証事業協力費は分配対象外
・税金および今後の事業準備金は別途確保
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「三か月で、四百二十万円……」
明里さんが、信じられないように呟く。
「一応言っておくが。これは、明里ちゃんが自由に全部使える金じゃねえからな」
店主さんが、すぐに釘を刺す。
「税金。設備の買い替え。急な仕入れ。従業員の給与。正式営業後は、店舗使用料や共益費も必要になる」
「はい。全部使おうとは思っていません」
「それでも、十分な金額は手元に残る。明里ちゃんが自分の生活費を削って、店へ入れ直す必要はねえ」
「生活できるだけのお金を頂ければ、それで……」
「その考え方から直した方がいいな」
店主さんが、帳簿を開く。
「明里ちゃんにしかできない仕事で、これだけの利益を生み出したんだ。正当な分は、きちんと受け取れ」
「でも……」
「明里」
斉藤さんが、隣に座る妻へ声を掛ける。
「一城がクランを作った時、誰かの働きを曖昧にしないと決めただろう」
「はい」
「君の技術と努力で得た利益だ。店を続けるためにも、正しく受け取ろう」
明里さんが、俺を見る。
「一城さんも、そう思いますか?」
「はい。店の準備金を残したうえで、明里さん自身の生活も豊かにしてください」
「……分かりました」
明里さんは、まだ戸惑っている。
それでも、最後には小さく頷いた。
「正式な分配や準備金については、俺と専門家で調整する」
店主さんが、資料をまとめる。
「明里ちゃんへ無理をさせず、店も安定して続けられる形にするから安心しろ」
「お願いします」
「では、探索者協会から正式な決定をお伝えします」
探索安全課の職員が、一枚の認定証を取り出した。
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『探索支援認定店舗』
『店舗名』
・探索者食堂あかり
『運営者』
・斉藤明里
『所属クラン』
・蒼雪の宝珠
『認定理由』
・探索者の負傷率低下
・途中帰還率の低下
・救助要請率の低下
・料理強化効果の安定
・有害な副作用なし
・適正な店舗運営を確認
『実証事業:完了』
『正式営業:承認』
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「正式営業、承認……」
明里さんが、認定証を両手で受け取る。
「三か月間、ありがとうございました。今後もお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
斉藤さんと明里さんが、揃って頭を下げた。
「正式営業後は、店舗使用料や設備維持費を売上から支払っていただきます」
「はい」
「初心者支援の補助、安全性の検査、利用者の探索記録調査は、引き続き探索者協会が行います」
実証期間が終わったからといって、全ての支援がなくなるわけではない。
探索者の生存率を上げる事業として、協会との連携は続く。
「店舗区画についても、拡張を承認しました」
「五十食より増やすんですか?」
俺が尋ねると、担当職員が首を横へ振る。
「現時点で、販売上限は五十食のままです」
「安心しました」
明里さんが、すぐに答える。
「拡張するのは、食材保管庫、下ごしらえ用の作業場、受取窓口です。接客と片付けを担当する職員も増員します」
「明里さんの負担は増えないんですね」
「はい。販売数を増やす場合は、本人の体調と作業時間を改めて検証します」
一人しか料理強化を使えない以上、無理に数を増やすべきではない。
一日五十食でも、救われる探索者は確実にいる。
「もう一つ、斉藤さんへも提案があります」
「俺にですか?」
斉藤さんが、自分を指差す。
「登録調合室で製造した回復薬や補助薬を、協会内で販売できる専用窓口の設置を検討しています」
「俺の調合品を、ですか?」
「はい。秘薬だけでなく、安全検査を通した一般的な回復薬も対象です」
いずれは、斉藤さんのアイテム屋を作れるかもしれない。
探索者食堂あかりと同じように、クランが設備や素材を支援する形も使える。
「ただし、すぐに店を出す必要はありません」
「分かっています。まずは、今受けている依頼を安定してこなせるようにします」
斉藤さんは、浮かれることなく答えた。
会社にいた頃、俺へ仕事を押し付けていたことを、今も後悔しているそうだ。
だからこそ、抱え切れない仕事まで引き受けるつもりはないらしい。
「必要になった時は、改めて相談させてください」
「承知しました」
会議が終わる。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
待っていたシズクとユキが、明里さんの持つ認定証を覗き込む。
「シズクちゃんとユキちゃんにも、たくさん応援してもらいましたね」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
「今日は、正式営業が決まった御祝いをしようか」
「はい。私が御飯を作ります」
「明里、今日は休んだ方がいい」
「お店の料理ではありませんよ。皆さんと食べる御祝いの料理です」
「それでも、作る量は控えろよ」
「分かっています」
二人の会話を聞きながら、店主さんが笑う。
「明里ちゃんが作るなら、俺は酒を用意するか」
「お父さん。飲み過ぎないでね」
「まだ飲んでもいねえだろ」
美咲さんのツッコミにみんなが笑う。
実証事業として始まった、小さな料理店。
一日五十食。
明里さんが無理なく作れる範囲だけで始めた店だった。
それでも三か月間、料理を食べた探索者の負傷を減らし、救助要請を四割以上も減らした。
探索者食堂あかりは、正式な探索支援店舗として新しい一歩を踏み出した。




