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85話「残されていた記録」


 グレイの暴露動画が公開されてから、一日が経った。

 動画の閲覧数は増え続けている。


 元の動画だけではない。

 内容を短くまとめた切り抜き。

 会社の資料を拡大した画像。

 俺の昔の写真と、現在の映像を比較する投稿。

 事実が確認されないまま、いくつもの情報が拡散されていた。


 俺たちは個人での反論を行わず、探索者協会の調査課へ集まっている。


「必要な記録が揃いました」


 髙橋さんが、確認室の画面を切り替える。


「最初に、グレイが主張している内容を整理します」



 ◇____________________


 『暴露動画内の主張』


 一.一城陸斗は、元勤務先が研究していた素材解析方法を持ち出した

 二.『解析鑑定』の運用方法は、元勤務先の研究成果である

 三.一城陸斗と斉藤涼介は、会社内で高効能回復薬の研究を行っていた

 四.退職時に、希少素材と回復薬に関する研究資料が失われた

 五.希少区域の発見には、元勤務先から持ち出した情報が使われた

 六.探索者協会は、事実を把握しながら特定の探索者とクランを優遇している


 ____________________◇



「どれも事実ではありません」

「はい。それを、保存されている記録と照合します」


 髙橋さんが、一つ目の記録を表示する。


「こちらは、一城さんの探索者登録記録です」


 俺が探索者ライセンスを取得した日時と更新した日時。

 初めて初心者ダンジョンへ入った時刻。

 探索者協会のゲートを通過した記録まで、全て保存されていた。


「一城さんが探索者登録を行ったのは一八歳の成人後ですが、ライセンス更新を行い、探索自体を開始したのは、元勤務先を解雇された後だと確認が取れました」

「事実関係として聞きます。会社員だった頃に、ダンジョンへ入った記録はありませんか?」

「はい。一度もありません」


 会社へ勤めていた頃は、ダンジョン素材を毎日のように見ていた。

 だが、自分でダンジョンへ入った経験はなかった。


「次に、登録時のスキル確認記録です」



 ◇____________________


 『探索者スキル登録記録』


 『登録者:一城陸斗』


 『登録スキル』

 ・解析鑑定


 『登録時点』

 ・探索者ライセンス発行前

 ・ダンジョン初入場前

 ・クラン未所属

 ・探索者協会との個別契約なし


 ____________________◇



「『解析鑑定』は、探索者協会で最初にスキルを確認した時点から表示されています」

「会社から教えられて身に付けたものではないと、普通に考えたら分かるものなんだがな」


 店主さんの問いに、髙橋さんが頷く。


「スキルそのものは、会社が開発して他者へ与えられる物ではありません。そもそもそれが出来れば、世界の常識をひっくり返すことになりますから」

「そうだよな。そんなことにも気づけないなんて、こいつらは情報の価値を甘く見過ぎだ」

「はい。それに、そもそも元勤務先へ提出されていた一城さんのスキル情報は、通常の『鑑定』だけです」


 俺自身、会社員だった頃は普通の『鑑定』だと思っていた。

 ほかの人と見えている情報が違うことに気付いたのも、探索者になってからだ。


「会社側の記録にも、『解析鑑定』という名称は一度も登録されていませんでした」


 星川部長たちが、十年分の人事記録や業務記録を確認してくれたらしい。


 特殊な鑑定技能の研究。

 素材解析方法の開発。

 そのような部署や計画は、元勤務先に存在しなかった。


「次は、最初の希少区域を発見した時の記録です」


 画面へ、過去のボディレコーダー映像が映し出される。

 俺が、誰にも見えない岩壁の揺らぎを初めて見つけた時の映像だった。


 通常のカメラには、普通の岩壁しか映っていない。

 俺は何があるかも分からないまま、『解析鑑定』を発動させている。

 そして、表示された希少区域という名称に驚いていた。


「こちらは、一城さんが最初の探索を行った日に撮影された未編集映像です」

「提出した時の映像が、そのまま残っていたんですね」

「はい。撮影機器の識別情報と、記録開始から終了までの連続性も確認されています」


 映像の一部が切り取られたり、あとから追加された形跡はない。

 発見直後に、協会へ報告した時刻も記録されている。


「最初から場所を知っていた人の反応には見えませんね」


 美咲さんが映像を見る。


「俺も、何があるのか分からず調べていましたから」

「ぷるっ」

「ぴるっ」


 シズクとユキも、画面へ身体を向けている。


「希少区域の発見が、会社から持ち出した情報によるものだという主張は成立しません」


 髙橋さんが、はっきりと結論を出す。


「元勤務先には、希少区域の出現位置や開放条件に関する記録が存在しませんでした。それ以前に、通常の撮影機器や『鑑定』では、希少区域を確認できません」


 仮に会社が希少区域の素材を取り扱っていたとしても、どこで入手したかまでは分からない。

 探索者本人が、普通のドロップ品として持ち込む可能性もある。


「残るのは、秘薬に関する主張です」


 斉藤さんが、僅かに身体を強張らせる。


「こちらについては、登録共同調合室の記録が残っています」


 俺と斉藤さんが、初めて一緒に回復薬を作った時。

 安全検査と製造記録を残すため、調合室の記録用魔導具を作動させていた。


「室内の映像だけでなく、使用した素材、調合釜の温度、魔力変化、完成品を検査した時刻も保存されています」

「最初に作った十本の記録ですね」

「はい」


 詳しい製法に関わるため、映像そのものは機密指定されている。


 だが、調査課と医務課の一部職員。

 警察や裁判所から正式な照会があった場合は、記録を確認できる。


「映像には、斉藤さんが一城さんのスキルを初めて知った時の会話も残っていました」


 斉藤さんが、当時を思い出すように目を伏せる。


『会社で査定していた時も、価格が表示されていたのか?』

『はい。推定価格が見えていたので、市場資料と簡単に照らし合わせるだけで査定額を決められました』

『だから、あれほど仕事が早かったのか……』


 あの時、斉藤さんは初めて、俺の『解析鑑定』が普通の『鑑定』とは違うことを知った。


「会社で二人が研究していたのなら、この会話は不自然ですね」

「はい。俺は、あの日まで一城のスキルが『解析鑑定』だとは知りませんでした」


 斉藤さんが答える。


「それ以前に、一城と調合を行ったこともありません」

「記録上も確認できませんでした」


 元勤務先には、登録調合室が存在しない。

 斉藤さんが会社へ提出していたのも、個人で調合を行うための副業申請だけだった。


「最初の秘薬に使用された素材の購入記録も確認しています。会社から持ち出された素材は、一つもありません」

「秘薬の製法自体も、あの調合中に見つけたものです」


 俺の『解析鑑定』で条件を確認し、斉藤さんが手順に従って調合した。

 一度で同じ物を作れると分かっていたわけではない。


 温度。

 投入する間隔。

 魔力出力。


 調合中に表示された条件を、一つずつ確かめながら完成させた。


「製法の詳細は公開できませんが、探索者協会の登録調合室で、二人が初めて秘薬を完成させた事実は証明できます」


 これで、グレイの主張はほぼ否定された。

 だが、まだ一番の問題が残っている。


「それでは、動画に使われた会社資料は、誰が作ったのでしょうか?」


 美咲さんの問いに、髙橋さんが別の資料を表示する。


「元勤務先から、原本の提供を受けています」


 画面の左側に、グレイが公開した資料。

 右側に、会社で保管されていた原本が並べられる。


 最初は、俺が担当した希少素材の査定記録。

 原本には、素材の名称、品質、査定額、取引先への発送情報が記載されていた。


 だが、グレイが公開した資料では、題名が書き換えられている。


『特殊鑑定技能を利用した素材解析研究』


 研究目的。

 機密指定。

 会社のデータを元にし、利用した運用方法。

 原本には存在しない項目が追加されていた。


「管理番号は同じですね」

「はい。元の資料へ文章を追加し、別の資料に見せ掛けています」


 次は、斉藤さんの副業申請書。

 原本には、休日に登録調合室を利用し、個人で回復薬を製造すること。


 完成品を検査後に売却すること。

 会社の業務や素材を使用しないことが記載されている。

 偽造された資料では、その部分が消されていた。


 代わりに書かれているのは、『高効能回復薬試験調合記録』。

 会社が斉藤さんへ、秘薬の研究を命じたような内容へ変えられていた。


「露骨ですね……」

「ですが、社内書式と実在する氏名を使用しているため、原本を知らない人には判別が難しいと思います」


 髙橋さんの言うとおりだった。


 会社の印章。

 管理番号。

 承認欄。

 実在する物が、そのまま使われている。


「会社は、資料がどこから流出したか確認できたんですか?」

「はい。ここから先は、警察にも共有されている情報です」


 髙橋さんが、資料の右下を拡大する。

 ほとんど見えないほど小さな英数字が表示された。


「これは何ですか?」

「社内文書の閲覧者を識別するための管理符号です」


 元勤務先では、機密性のある文書を表示した際、閲覧した社員ごとに異なる管理符号が付与されていた。

 印刷や保存を行っても、その符号は残る。


「動画に使用された資料の管理符号は、全て同じ社員へ割り当てられた物でした」


 画面へ、該当者の名前が表示される。


『閲覧者:無野』


「元品質管理課の部長……」

「はい」


 無野元部長は、外部監査が始まったあとに、俺と斉藤さんに関する資料をまとめて閲覧していた。


 その中には、俺の査定記録や斉藤さんの副業申請。

 回復素材の取引記録など、動画で使われた資料の原本が、全て含まれている。


「無野元部長は、解雇される前に資料を保存していた可能性があります」

「可能性だけですか?」

「資料を保存した記録は残っています。ただし、その後に誰へ渡したかは、会社の記録だけでは分かりません」


 それでも、偶然で片付けられる内容ではなかった。


 無野元部長が保存した資料。

 その資料を書き換えた偽物。

 そして、グレイの動画。


「もう一つあります」


 髙橋さんが、グレイの動画説明欄を表示する。


「グレイは、資料が本物だと示すため、閲覧者が確認できる形式で文書データを公開していました」

「元のファイルまで公開したんですか?」

「はい。既に削除されていますが、公開直後に保存しています」


 資料の内容だけでなく、作成時の情報まで確認できた。


「偽造された文書は、無野元部長が会社を解雇されたあとに作成されています」

「会社の研究資料なら、解雇後に作られるはずがないですね」

「そのとおりです」


 さらに、文書を最後に編集した端末には、無野元部長が使用していた個人識別名が残っていた。


「こんなにはっきり残るものなんですか?」

「通常は、外部へ提出する前に削除する情報です。ですが、今回は書式だけを確認し、内部情報までは確認しなかったのでしょう」


 美咲さんが、静かに息を吐く。


「では、偽造したのは無野元部長で、ほぼ間違いないんですね」

「最終的な判断は、警察の調査を待つ必要があります。ただし、重要な証拠になると考えられます」


「具土元副社長については?」


 店主さんの問いに、髙橋さんが会社の操作履歴を表示する。


「無野元部長が資料を保存する際、通常の権限では閲覧できない記録も含まれていました」

「どうやって閲覧したんですか?」

「当時の副社長権限による、一時的な閲覧許可が出力されています」


 許可を出した人物。

 そこには、具土元副社長の名前が残っていた。


「無野元部長が資料を集め、具土元副社長が許可を出した……」

「そして、具土元副社長はグレイ___具土(ぐど)礼司(れいじ)の父親です」


 動画へ情報を提供した経路が、一つに繋がる。

 現時点では、父親が偽造を指示したとまでは断定できない。

 だが、無関係とは考えにくかった。


「警察は、具土元副社長と無野元部長から事情を聴く方針です」

「グレイにもですか?」

「はい。偽造資料を、誰から受け取ったのか確認します」


 髙橋さんが、最後の記録を表示する。



 ◇____________________


 『調査結果』

 ・一城陸斗氏のダンジョン初入場は、元勤務先の解雇後

 ・『解析鑑定』は、探索者登録時に正式確認済み

 ・元勤務先に『解析鑑定』の研究記録は存在しない

 ・最初の希少区域発見時の未編集映像を確認

 ・秘薬は、退職後に登録共同調合室で初めて完成

 ・元勤務先の素材および研究資料は未使用

 ・会社から機密資料が失われた記録は存在しない

 ・暴露動画の資料は、実在する社内文書を改変したもの

 ・原本の保存者:無野元品質管理部長

 ・保存時の閲覧許可者:具土元副社長

 ・改変資料の作成時期:両名の退職後


 ____________________◇



「これだけ揃えば、公式に否定できますね」

「はい。本日、探索者協会と元勤務先から同時に調査結果を公表します」


 詳細な秘薬の製法。

 希少区域の正確な位置。

 俺の『解析鑑定』で表示される全情報。

 機密にする必要がある部分は伏せられる。

 それでも、グレイの主張を否定するには十分だった。



 ◇



 その日の午後。

 探索者協会の公式ページへ、調査結果が掲載された。


『探索者リン氏に関する動画について』


 政府機関として確認した記録。

 探索者登録日。

 初探索の日時。

 未編集映像の存在。

 秘薬の正式な製造記録。

 クランや料理店への支援が、審査を経た正式な制度であること。

 確認できた事実だけが、順番に説明されている。


 同時に、元勤務先からも声明が出された。


『動画内で公開された研究資料は、弊社が作成した物ではありません』

『弊社では、特殊鑑定技能および高効能回復薬に関する研究を実施しておりません』

『一城陸斗氏、斉藤涼介氏が、弊社の機密情報を持ち出した事実はありません』

『公開された資料は、実在する社内文書を改変した物であることを確認しました』


 俺の解雇が不当なものだったこと。

 既に会社が謝罪し、記録を訂正していることも公表された。


 投稿から一時間も経たず、反応が広がり始める。


『会社が偽物だって断言してるじゃん』

『グレイは本人にも会社にも確認しないで投稿したの?』

『管理番号を流用した偽造資料だったのか』

『リンが初めてダンジョンへ入った時の記録まで残ってるなら、会社から希少区域の情報を盗んだ説は無理だろ』

『秘薬を最初に作った時の公的な記録もあるのか』

『政府との癒着って騒いでたけど、実証事業も監査対象じゃん』

『盗撮したうえに、偽物の資料で本名まで晒したのは不味いだろ』

『グレイは動画を削除して謝罪した方がいい』


 一方で、全てを信じない者も残っている。


『協会と会社が口裏を合わせた可能性は?』

『都合の悪い記録を消したんじゃないの?』

『政府機関の発表だから信用できない』


 だが、最初の暴露動画が投稿された時とは違う。

 グレイの主張を疑う声の方が、明らかに増えていた。


「反応が変わってきましたね」


 美咲さんが、共同アカウントへ届いたメッセージを確認する。


「それでも、俺たちからは発信しない方がいいですか?」

「今は、調査結果へのリンクだけを掲載するのが良いと思います」


 髙橋さんの助言に従い、共同アカウントから短い投稿を行う。


『現在拡散されている動画について、探索者協会と元勤務先による調査結果が公表されました』

『私たちからの説明は、こちらの正式な発表をご確認ください』


 感情的な言葉は加えない。

 グレイを攻撃するよう、視聴者へ求めることもしない。

 確認された事実だけを伝えた。


「これで、終わればいいんですが」


 美咲さんが、不安そうに呟く。


「ぷる……」

「ぴる……」


 シズクとユキが、俺たちの側へ寄ってくる。


「警察も動いています。これ以上は、簡単に近付けないと思います」

「そうだといいですね」


 だが、グレイは動画を削除しなかった。



 ◇



「ふざけるな……」


 グレイは、自宅の画面へ表示された調査結果を睨んでいた。

 コメント欄には、説明と謝罪を求める言葉が並んでいる。


『偽造資料をどこから手に入れた?』

『情報源を明らかにしろ』

『会社が正式に否定してるぞ』

『リンへ直接確認したのか?』

『暴露じゃなくて、ただの捏造動画じゃん』


「俺は、渡された資料を公開しただけだ……」


 グレイが父親へ電話を掛ける。


『礼司か』

「親父! 会社が資料は偽物だって発表してるぞ!」


『落ち着け』

「無野が編集した記録まで残ってるって書かれてる! 本当に本物だったんだろうな!?」


 僅かな沈黙が生まれた。


『会社が、自分たちに都合の悪い事実を隠そうとしているだけだ』

「でも、無野の名前が出てるんだぞ!」

『あいつらは、こちらを悪者にするためなら何でもする』


 父親は、資料を書き換えた事実を認めなかった。


『お前は間違っていない。政府の機関と会社が、リンを守るために動いた。それだけだ』

「……そうだよな」


 グレイは、もう一度調査結果を見る。

 自分が騙されたと認めれば、暴露動画を投稿した責任が全て自分へ向く。


 盗撮。

 個人情報の公開。

 虚偽の資料。

 名誉を傷付ける動画。


 これまで自分が行ってきたことを、謝罪しなければならなくなる。


「俺は、間違ってない……」


 グレイは、自分へ言い聞かせるように呟いた。


「協会も会社も、リンを守ってる。だったら、本人から直接聞けばいい」


 動画で呼び掛けても、リンは答えなかった。

 協会の公式発表を載せただけで、自分の言葉では何も説明していない。


「逃げられない場所で聞けば、答えるしかないだろ」


 グレイが、棚から配信用の小型カメラを取り出す。

 探索者協会の外では、警備職員に止められる。


 探索者専用マンションへ近付くこともできない。

 だが、探索者同士であれば、同じダンジョンへ入ることはできる。


 自分の手で、リンの嘘を暴く。

 その瞬間を配信すれば、視聴者も再び自分を信じるはずだ。

 グレイは、探索者装備と配信機材を鞄へ詰め始めた。

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