84話「偽物の暴露動画」
翌朝。
スマートフォンの振動で目を覚ました。
「ぴる……?」
枕元で眠っていたユキが、白い身体をゆっくりと伸ばす。
「ごめん。起こしたみたいだな」
「ぴる……」
ユキの身体を撫でながら、届いたメッセージを確認する。
美咲さんからだった。
『グレイが新しい動画を投稿しました』
『陸斗さんの本名と、斉藤さんの名前が出ています』
『映像は保存しています。まだ何も反応しないでください』
眠気が一気に消えた。
添えられていた動画のリンクを開く。
画面に表示されたのは、大きな赤い文字を使った題名だった。
『【暴露】人気探索者リンの正体! 会社から盗んだ情報で希少区域と秘薬を発見していた!』
「俺の正体……?」
投稿者は、グレイ。
前日に盗撮を行い、警察へ相談したばかりの相手だった。
すぐに画面の記録を開始してから、動画を再生する。
『今回は、リンがこれまで隠してきた正体と、成功の裏側を暴露する』
グレイの声と共に、会社員だった頃の写真が表示された。
複数の社員が並ぶ集合写真。
その中で、俺の姿だけが赤い枠で囲まれている。
『リンの本名は、一城陸斗。少し前まで、ダンジョン素材を扱う会社で働いていた元社員だ』
画面が切り替わる。
次に表示されたのは、会社の名前と書式が入った資料だった。
『この会社では、特殊な鑑定技能を利用した素材解析方法が研究されていた』
担当者の欄には、俺の名前が書かれている。
『リンが動画で使っている「解析鑑定」は、本人が何もないところから見つけた能力の活用法ではない。会社が長年集めてきた素材情報と、研究によって確立したものだった』
「こんな研究、知らないぞ……」
「ぴる?」
俺の声に反応し、ユキが画面を覗き込む。
動画は、そのまま次の資料へ移った。
『さらに、リンが白スライムの治療へ使った「秘薬」にも、会社の研究が関係している』
表示された資料の題名は、高効能回復薬試験調合記録。
調合担当者として、斉藤涼介の名前が記載されていた。
『斉藤涼介も、一城陸斗と同じ会社に勤めていた元社員だ。現在は、リンの関係者が運営する食堂へ出入りしている』
食堂の外から撮影された映像へ切り替わる。
ガラス越しではあるが、店内にいた斉藤さんの姿が映っていた。
『一城は素材解析。斉藤は調合。二人は会社に所属していた頃から、高効能回復薬の研究へ関わっていた』
グレイは、秘薬を作ったのが俺と斉藤さんだと断定する。
そこだけなら、事実に近い。
だが、会社で研究していたという部分は完全な嘘だった。
『二人が退職したあと、研究に使われていた資料の一部が失われていたという情報もある』
そんな話は、聞いたこともない。
『希少区域の発見も同じだ。会社で扱っていた希少素材の情報から、出現場所や条件を推測した可能性が高い』
会社で取り扱っていたのは、探索者が持ち込んだ素材だ。
希少区域の出現場所や、開放条件など記録されていなかった。
まして、俺が最初の希少区域を見つけたのは偶然だ。
『政府が運営する探索者協会は、この事実を把握したうえでリンを支援しているのか。それとも、十分な調査もせず、利益を得られる探索者だから優遇しているのか』
明里さんの料理店。
クラン拠点。
探索者専用マンション。
それらも、俺たちだけが特別な利益を受けているかのように編集されていた。
『リンは会社の研究成果を自分の物として利用し、探索者協会から支援を受けている』
『これは、一人の人気探索者だけの問題ではない。政府が運営する機関と、特定のクランによる癒着の可能性がある』
最後に、俺の名前と昔の写真がもう一度表示される。
『本人と探索者協会には、詳しい説明を求めたい』
動画が終わった。
「説明を求める前に、直接確認すればいいだろ……」
グレイから、事実確認の連絡が届いたことは一度もない。
俺は動画の掲載時刻、閲覧数、説明欄、表示されている資料を順番に保存していく。
投稿から一時間も経っていない。
それでも、閲覧数は急速に増え続けていた。
『会社の内部資料があるなら、本当なんじゃないか?』
『リンって元会社員だったのか』
『解析鑑定まで会社の研究成果は無理がない? 本人のスキルだろ?』
『秘薬を会社で研究してたなら、どうして今まで商品化されてないんだよ』
『この前は盗撮。今度は本名と昔の写真を無断公開か』
『会社へ確認を取ったの?』
『政府機関との癒着なら、さすがに説明が必要だろ』
『資料が本物だという証拠は?』
信じている者。
疑っている者。
証拠の確認を求めている者。
コメント欄では、既に言い争いが始まっている。
俺は何も書き込まず、美咲さんへ電話を掛けた。
『陸斗さん』
「動画を確認しました」
『こちらでも、投稿直後から記録しています。動画だけでなく、説明欄とコメントへの返信も保存しました』
「俺も保存しています。斉藤さんには?」
『お父さんから連絡してもらっています。今から私の家へ集まれますか?』
「はい。すぐに向かいます」
通話を終える。
「ユキ。美咲さんの家へ行こう」
「ぴるっ」
白銀鎧を装備させると、ユキを抱き上げた。
◇
佐伯家へ入ると、美咲さんと店主さんが居間で待っていた。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクがユキの側へ近付き、身体を寄せる。
二匹にも、いつもと違う雰囲気が伝わっているらしい。
「陸斗さん、大丈夫ですか?」
「驚きましたけど、大丈夫です。それより、斉藤さんの名前まで出ています」
「今、連絡が繋がってる」
店主さんが、テーブルへ置かれた端末を示す。
画面には、斉藤さんと明里さんが映っていた。
『一城。動画は確認した』
「斉藤さん、すみません。俺のことで、お二人まで巻き込んでしまって」
『謝るのは君じゃない。俺の名前を使って虚偽の情報を流した相手が悪い』
「でも、調合記録まで出ています」
『あれは、調合記録じゃない』
斉藤さんが、動画の資料を拡大する。
『元になったのは、俺が会社へ提出した副業申請書だと思う』
「副業申請書ですか?」
『ああ。登録調合室を借りて、個人で回復薬を作るために提出した物だ。会社の研究とは関係ない』
確かに、表示された資料には見覚えのある部分があったらしい。
『申請日や俺の名前は合っている。だが、資料の題名と目的、それに調合記録の部分が違う』
「元の書類を書き換えたということですか?」
『そうとしか考えられない』
明里さんが、隣で険しい表情を浮かべる。
『一城さんと涼介さんが、会社から研究成果を盗んだなんて……』
『明里。俺たちからは、まだ何も発信しない方がいい』
『分かってるけど……』
明里さんが、悔しそうに唇を結ぶ。
美咲さんも、先ほどからスマートフォンを強く握っている。
「会社で陸斗さんへしてきたことを、今度は全部反対にして押し付けるつもりなんですね」
「美咲さん」
「成果を奪っていたのは、あの人たちの方なのに……」
「ぷる……」
シズクが、美咲さんの腕へ身体を押し付ける。
美咲さんは一度目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。
「すみません。今、感情的に反論したら相手の思うつぼですね」
「気持ちは、俺も同じです」
店主さんが、全員を見回す。
「今は反論より、記録を残すのが先だ。元の資料があるなら、偽物は必ず判別できる」
「はい。まず髙橋さんへ連絡します」
◇
探索者協会へ連絡すると、すぐに調査課の確認室へ案内された。
俺と美咲さん、店主さん。
シズクとユキ。
斉藤さんと明里さんも、別の入口から合流している。
「動画と関連する投稿は、こちらでも保存を開始しています」
髙橋さんが、壁の画面へ記録状況を表示する。
「投稿時刻、内容、閲覧数の推移、公開された個人情報。削除や編集が行われても確認できるよう、定期的に記録します」
「協会から、クランの本名が漏れた可能性はありますか?」
「現在確認中ですが、外部向けのデータベースから一城さんや斉藤さんの氏名が閲覧された履歴はありません」
クラン『蒼雪の宝珠』の公開情報には、代表者の活動名であるリンしか表示されていない。
構成員の本名や役割には、閲覧制限が掛けられている。
「動画では、俺が以前勤めていた会社の写真が使われていました」
「はい。情報の出所は、元勤務先の関係者である可能性が高いと考えています」
髙橋さんが、表示されている資料へ視線を向ける。
「ただし、現時点では断定できません。元の資料と照合する必要があります」
「警察にも連絡した方がいいですか?」
「既に、昨日の相談記録へ今回の件を追加しています」
待ち伏せ。
盗撮。
個人情報の公開。
虚偽の可能性がある資料を使った動画。
一つずつが、同じ人物による継続的な行為として記録される。
「探索者協会からも、法務担当を通じて正式に情報を提供します。一城さんたちは、グレイへ直接連絡しないでください」
「分かりました」
「『探索者食堂あかり』についても、警備を増員します」
明里さんが、不安そうに尋ねる。
「営業は続けても大丈夫でしょうか?」
「はい。動画で主張されているような、特定クランへの不当な利益供与は存在しません」
店舗は、探索者の負傷率を下げられるか検証するための正式な実証事業。
支出も契約も記録され、政府機関として監査を受けている。
「事実確認が済むまで、問い合わせは協会側で受け付けます。斉藤さんと明里さんが、直接対応する必要はありません」
「ありがとうございます」
「次に、元勤務先へ確認を取ります」
髙橋さんが、事前に連絡していた会社との通信を繋げた。
画面へ、社長と星川営業部長が映し出される。
『一城君、斉藤君。今回の動画について、会社からも謝罪させてほしい』
社長が、最初に頭を下げた。
「社長が謝ることではありません」
『しかし、公開された写真や資料には、弊社で使われていた物が含まれています。管理が不十分だった責任はあります』
星川部長は、印刷した資料を手にしていた。
『結論から言えば、動画で主張されている研究は、弊社では行われていない』
「やはり、存在しない記録なんですね」
『ああ。特殊鑑定技能の運用研究も、高効能回復薬の試験調合も、会社の正式な事業として実施された事実はない』
星川部長が、二枚の資料を画面へ並べる。
『一城君の名前が記載された素材査定記録は、実在する。ただし、動画に表示されている研究目的や機密指定は、元の資料には書かれていない』
『斉藤君の資料については、本人が提出した副業申請書を流用した可能性が高いと考えています』
社長が説明を引き継ぐ。
「会社の研究成果を持ち出したという主張は?」
『その事実もありません』
社長が、はっきりと否定する。
『社内資料が失われたという届け出も、機密情報の持ち出しを理由に二人を処分した記録も存在しません』
「俺の解雇理由については、以前訂正されていますよね」
『はい。不当解雇だったことを認め、既に社内記録も訂正しています』
動画では、俺が会社の情報を持ち出したために退職したような印象を与えている。
だが、会社側の正式な記録とは一致しない。
『一城君の成果を奪っただけでは飽き足らず、今度は一城君を盗人に仕立て上げるつもりか……』
星川部長が、怒りを抑えるように資料を握る。
『すまない。だが、この資料の作成に関わった者には、心当たりがある』
「具土元副社長と、無野元部長ですか?」
『現時点では断定できない。ただ、二人とも元資料へアクセスできる立場にいた』
社長が、星川部長の言葉を補足する。
『会社に残っている原本と、動画へ使われた資料を照合します。結果が出ましたら、会社として正式な声明を発表します』
「協力していただけるんですか?」
『当然です。弊社の資料を使い、事実ではない主張が行われています。会社にとっても看過できません』
通信が終わる。
髙橋さんが、保存した動画の画面を閉じた。
「現時点で個人として反論すれば、相手は言葉の一部だけを切り取る可能性があります」
「記録によって否定した方がいいということですね」
「はい。探索者協会と元勤務先の確認が終わるまで、発信は控えてください」
俺たちの共同アカウントには、既に多くの質問が届いている。
『暴露動画は本当ですか?』
『リン本人から説明してください』
『グレイの資料は怪しいと思う』
『シズクとユキまで叩くのは違うだろ』
『協会の発表を待った方がいい』
すぐに否定したい。
会社から何かを盗んだことなどないと、伝えたい。
だが、言葉だけでは相手と同じになる。
「俺たちからは、何も投稿しません」
「陸斗さん……」
「大丈夫です。嘘なら、記録を調べれば必ず分かります」
会社にいた十年間。
探索者になってから提出してきた映像。
希少区域を発見した日時。
秘薬を初めて調合した時の記録。
俺たちが歩いてきた道には、一つずつ記録が残っている。
「一城さん」
髙橋さんが、俺へ向き直る。
「グレイの主張を、記録と照らし合わせて一つずつ確認しましょう」
「お願いします」
「一城さんが会社を辞めた日も、初めてダンジョンへ入った日も、最初の希少区域を発見した瞬間も、全て正式な記録が残っています」
偽物の資料が、どれだけ本物らしく作られていても。
本当に起きた出来事まで、書き換えることはできない。




