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83話「三人の悪意」


「礼司。その映像を、もう一度戻せ」


 父親の声を聞き、グレイ___もとい、具土(ぐど)礼司(れいじ)は投稿画面から顔を上げた。


「どの部分だ?」

「リンの顔が映っているところだ。ぼかしを入れる前の映像を見せろ」

「分かったよ」


 グレイが編集前の映像を開く。

 探索者協会の外で撮影した映像には、陸斗たちが並んで歩く姿が映っていた。


 美咲の肩にはシズク。

 陸斗の腕にはユキ。

 二人の少し後ろを、吾郎が歩いている。


 グレイが映像を拡大し、陸斗の顔が見える位置で停止させた。


「こいつのことか?」

「……やはり、間違いない」


 父親が、画面を睨む。


「こいつは、一城陸斗だ」

「一城陸斗?」


「少し前まで、俺の会社で働いていた社員だ」

「リンが、親父の会社にいたのか?」


 グレイが、改めて画面へ視線を戻す。

 動画では素顔を隠し、活動名しか公表していなかったリン。


 その本名を、父親は知っていた。


「だが、どうして会社員だった奴が、急に探索者として成功してるんだ?」

「俺が知るか」


 父親が、忌々しそうに吐き捨てる。


「会社で問題を起こし、辞めていった男だ」


 その言葉は、事実ではなかった。

 正確には、陸斗の成果を横取りしていた事実が発覚することを恐れ、過労で倒れた機会を利用して会社から追い出した。

 だが、父親が自分の息子へ真実を話すはずもない。


「会社を辞めたあとで探索者になって、希少区域を見つけたってことか」

「そういうことになるな」


「だったら、会社で手に入れた情報を使った可能性もあるんじゃないか?」


 グレイの言葉に、父親の目が僅かに細くなる。


「……礼司。こいつらが協会の中にある食堂へ入ったと言ったな?」

「ああ。『探索者食堂あかり』って店だ」


「その時、別の男はいなかったか?」

「別の男?」


 父親がスマートフォンを取り出す。

 表示したのは、会社にいた頃に撮影された社員たちの集合写真だった。

 その中の一人を拡大し、グレイへ見せる。


「この男だ」

「どこかで……」


 グレイが、食堂付近で撮影した映像を確認する。

 店の前で陸斗たちを待っていた時、店内には何人かの人間がいた。

 その中に、父親から見せられた写真とよく似た男が映り込んでいる。


「こいつだ。リンたちが来たあと、店の女と一緒に話してた」

「斉藤涼介……」


 父親が、低い声で名前を呟いた。


「そいつも、会社にいたのか?」

「ああ。一城と同じ部署で働いていた社員だ」


 斉藤が退職した経緯について、父親は説明しなかった。


 自分と無野が行った監査妨害。

 不適切な退職勧奨。

 会社側の謝罪。


 それらを息子へ知られれば、自分が語っている話の信用まで失うからだ。


「斉藤は、『調合』のスキルを持っていた」

「調合?」


「会社にも副業申請を出し、休日に回復薬を作っていた。本人が提出した申請書も残っていたはずだ」

「リンが動画で使っていた『秘薬』も、そいつが作ったのか?」


 父親は、すぐには答えなかった。

 陸斗が会社で見せていた、異常なまでの査定速度。


 斉藤が持つ『調合』。

 そして、動画に映っていた既存の回復薬を大きく上回る『秘薬』。


 一つずつだった情報が、次の一手として父親の中で繋がっていく。


「おそらくな」

「じゃあ、会社にいた頃から二人で何か研究してたんじゃないか?」


「その可能性はある」


 父親の口元へ、薄い笑みが浮かんだ。

 実際には、陸斗と斉藤が会社で回復薬の研究を行っていた記録など存在しない。


 それでも、二人が元社員だったことは事実。

 陸斗が素材査定を担当していたことも、斉藤が『調合』を持っていたことも事実だった。


 事実の間へ、存在しない話を挟み込む。

 それだけで、事情を知らない人間には本物らしく見える。


「少し待ってろ」


 父親が連絡先を開き、一人の男へ電話を掛けた。


『もしもし?』

「無野。俺だ」

『叔父さん……? どうしたんだ?』


「一城陸斗を見つけた」

『……何だって?』


「探索者動画に出ているリン。あれが一城だ」

『本当ですか?』

「ああ。それだけじゃない。斉藤も一緒にいる」


 通話の向こうで、無野が息を呑む。


『どこにいるんですか?』

「今から家へ来い。確認したいことがある」

『分かりました。すぐに向かいます』


 父親が通話を切る。


「誰に連絡したんだ?」

「無野だ。お前にとっては従兄に当たる」


「ああ、会社を辞めさせられたっていう」

「辞めさせられたんじゃない。不当な監査で追い出されたんだ」


 父親が、不機嫌そうに訂正する。

 自分たちが行ったことへの処分であるにもかかわらず、今も認めるつもりはないらしい。


「お前は、撮影した映像を全部まとめておけ」

「どうするんだ?」

「会社に残っていた記録を確認する。使える物が見つかるかもしれない」


 グレイは、画面へ映る陸斗を見る。

 ブロックされたことへの苛立ち。

 自分の投稿を批判した視聴者たち。

 政府が運営する探索者協会から優遇され、注目を集めるリン。


 もし、その成功が会社から盗み出した情報によるものだったと証明できれば、全てを覆せる。


「分かった。ほかにも使えそうな映像を探しておく」


 グレイは疑うことなく頷いた。



 ◇



 一時間ほどして、無野が具土家へ到着した。

 元品質管理部長だった無野は、以前よりも疲れた顔をしている。


「これが、一城ですか? 会社にいた頃とは随分と様子が違うな」


 編集前の映像へ映る陸斗を見て、無野が顔を歪めた。

 あの頃はやつれていて、顔にも生気はなかった。

 それが今はどうだ? 活色も良くなり、身なりも整っている。

 搾取してやったと言うのに、この変わりようだ。

 無野は面白くないのか、舌打ちした。


「間違いない。それと、こっちを見ろ」


 具土が、食堂付近で撮影された映像を再生する。

 店内にいる斉藤の姿を見つけた瞬間、無野の表情が変わった。


「斉藤まで……」

「この食堂は、探索者協会が支援している実証事業らしい」


「まさか、二人とも協会と繋がっているんですか?」

「同じクランに所属しているかまでは分からん。協会が公開情報を制限しているからな」


 クラン『蒼雪の宝珠』の公開情報に記載されているのは、クラン名と、代表者の活動名であるリンだけ。

 構成員の本名や役割は、協会によって非公開にされている。


「だが、斉藤が食堂にいて、一城たちと親しそうに話していたことは映像に残っている」

「一城の『鑑定』と、斉藤の『調合』……」


 無野も、父親と同じ結論へ辿り着く。


「動画に出ていた秘薬は、二人で作った物かもしれません」

「俺もそう考えている」

「ですが、それだけでは二人を追い詰められません。会社を辞めたあとで作ったと言われれば、それまでです」


「だから、会社にいた頃から研究していたことにする」

「……叔父さん?」


 父親は、隣の部屋へ礼司がいないことを確認する。


「斉藤が提出した副業申請の控えは持っているか?」

「はい。解雇される前に、社内資料の一部を保存しました」

「一城が担当した、希少素材の査定記録は?」

「それもあります。ほとんど一城が作った記録ですが、承認者は俺になっています」


「十分だ」


 具土が、低く笑う。


「一城の素材査定記録。斉藤の調合に関する副業申請。会社が保有していた回復素材の取引記録。それらを一つの研究計画だったように組み直せ」

「会社が、二人に新しい回復薬を研究させていたことにするんですか?」


「そうだ。完成前の研究資料を持ち出し、二人が秘薬として発表したことにする」

「なるほど。良い案だと思います! 一城は異様に鑑定の速度が速かった。そのことも会社の研究の成果であることにすれば」


「そうだ。会社が長年蓄積した素材データを使って、能力の運用方法を確立したと書けばいい。その際、得られた情報と活用法が会社の研究成果だったことにし、一城が盗んだことにするんだ」


 事実を知る者が見れば、簡単に嘘だと分かる。

 だが、社内書式を使い、実在する記録を混ぜれば、外部の人間には判断できない。


「作るための資料は、会社にありますが」

「そこは私に任せろ。礼司の動画で先に騒ぎを大きくする」


 父親の狙いを理解し、無野も口元を歪める。


「一城と斉藤が反論しても、成功者が過去を隠そうとしているように見せられますね」

「ああ。協会が擁護すれば、今度は癒着を疑わせればいい」


「分かりました。とりあえず今ある資料を渡します」


 無野が持参した端末を開く。


 解雇前に持ち出していた社内資料の複製。

 実在する査定記録。

 斉藤の副業申請。

 過去の回復素材取引記録。


 そこへ、存在しない研究計画や機密指定を付け加えていく。

 陸斗と斉藤が退職前から共謀していたように、日付や文章も書き換える。

 元の記録や、資料を編集した痕跡が残っていることなど、二人は気にも留めていなかった。



 ◇



 翌日の午後。

 グレイは再び父親から呼び出された。

 机の上には、何枚もの資料が並べられている。


「これは?」

「一城と斉藤が勤めていた会社の内部資料だ」


 グレイが、最初の資料へ目を通す。

 そこには、特殊鑑定技能を利用した素材解析方法の研究と書かれている。


 担当者欄には、一城陸斗。

 続く資料は、高効能回復薬の試験調合記録。

 調合作業の担当者として、斉藤涼介の名前が記載されていた。


「秘薬は、会社で研究していた物だったのか?」

「その可能性が高い」


 無野が、もっともらしい表情で答える。


「一城は会社で希少素材の査定を担当し、斉藤は『調合』を使って回復薬の試験を行っていた。二人が辞めたあと、研究に使われていた資料の一部が見つからなくなっている」

「それを持ち出して、自分たちで完成させたってことか?」


「あくまで、資料から読み取れる内容だ」

「十分じゃないか」


 グレイの顔へ笑みが浮かぶ。

 この資料を使えば、リンが何もないところから成功した探索者ではなかったと主張できる。


 希少区域の情報。

 秘薬の製法。

 解析鑑定の活用方法。

 全て会社から盗んだ物だったと、視聴者へ信じ込ませられる。


「これを動画で公開していいんだな?」

「構わない。ただし、情報源については伏せろ」

「内部告発者から提供されたことにすればいいか?」


「それでいい」

「今度こそ、あいつらは言い逃れできないな」


 グレイは資料を受け取り、すぐに新しい動画の構成を考え始める。

 父親と無野が、視線を交わした。


「リンを潰したいなら、使える資料がある」

「本物なんだろうな?」

「ああ。あいつは、何もないところから成功したわけじゃない」


 机の上へ置かれた資料が、父と従兄の手によって書き換えられた物だとも知らず、グレイは口元を歪めた。

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