81話「リン&ミサキ探索記録」
明里さんが秘薬による治療を受けてから、一週間が経った。
一週間後の検査でも異常は見つからず、治療した箇所は正常な状態を保っているらしい。
料理店の営業も再開している。
ただし、医務課から無理をしないよう注意されているため、当面は一日の提供数を増やさないことになった。
そんな中、俺たちは新しい問題を抱えていた。
「動画のコメントだけでは、返信が追い付かなくなってきました」
美咲さんが、タブレットの画面を俺へ見せる。
表示されているのは、古戦場の探索動画へ投稿されたコメント欄。
ユキを救出した場面。
秘薬を使ったこと。
黄金スライムと白銀スライムの戦い。
俺とユキが従魔契約を結ぶところまで公開している。
一方で、正確なドロップ数や宝物殿の開放条件。
黄金白銀双短剣の性能や、結晶飴については伏せていた。
「動画の感想だけじゃなくて、次の探索予定や料理店の営業時間についても聞かれてるな」
「はい。一つずつ動画のコメント欄で答えていると、重要なお知らせが埋もれてしまいます」
現在、俺たちは一二〇五号室の居間へ集まっていた。
俺と美咲さんの間には、シズクとユキが並んでいる。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
二匹は、タブレットへ映る自分たちの姿を不思議そうに見つめていた。
「それなら、告知用のアカウントを作った方がいいだろう」
店主さんが、淹れたコーヒーをテーブルへ置く。
「動画を更新した時や、店から知らせがある時に使える。クランの活動を始めた以上、連絡手段はあった方がいい」
「個人用ではなく、パーティー用のアカウントですか?」
「今はクランの共同アカウントにした方がいいだろうな。ただし、投稿するのは探索と動画、それに店の情報だけだ」
店主さんが、俺へ視線を向ける。
「今いる場所や、自宅が分かるような写真は載せるな。ダンジョンへ向かう時も、戻ってから投稿した方がいい」
「リアルタイムでは公開しないということですね」
「ああ。どこで見られているか分からねえからな」
探索者協会からも、同じ注意を受けていた。
動画の注目度が上がるほど、俺たちの行動を調べようとする人間が現れる可能性も高くなる。
「アカウント名は、どうしますか?」
美咲さんの問いに、少し考える。
「動画と同じで、リンとミサキを使った方が分かりやすいと思う」
「では、『リン&ミサキ探索記録』はどうでしょう?」
「うん。いいと思う。それにしようか」
チミったーの登録画面へ、アカウント名を入力する。
続いて、紹介文を作る。
◇____________________
『リン&ミサキ探索記録』
探索者リンとミサキの共同アカウントです。
ダンジョン探索動画の更新情報や、クラン活動についてお知らせします。
所属クラン:『蒼雪の宝珠』
登録従魔:シズク、ユキ
※現在地や探索中の情報は、帰還後に公開します。
____________________◇
「紹介文は、これでどうかな?」
「良いと思います。あとは、アカウントの画像ですね」
美咲さんが、シズクとユキを見る。
「二匹の写真にしませんか?」
「ぷる?」
「ぴる?」
自分たちの名前が聞こえたからか、二匹が同時に身体を傾ける。
「二匹とも、こっちを向いてくれる?」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
美咲さんがスマートフォンを構える。
シズクが身体を伸ばし、頭上の結晶冠を少し前へ移動させる。
隣にいるユキも真似をするように身体を伸ばした。
だが、ユキの頭上には何もない。
「ぴる?」
シズクの結晶冠と、自分の頭上を交互に見ている。
「ユキは、そのままで可愛いよ」
「ぴるっ!」
俺の言葉が伝わったのか、ユキが元気を取り戻す。
「撮りますよ。シズク、ユキ。こっちを見てね」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
撮影された写真には、蒼いシズクと純白のユキが並んで写っていた。
シズクの頭上には、小さな結晶冠。
二匹の首元には、青い従魔登録証が付いている。
「良い写真ですね」
「二匹とも、よく撮れてる」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
シズクとユキが、写真を確認するように画面へ近付く。
近付き過ぎて、二匹の身体で画面が見えなくなった。
「見えなくなっちゃった」
「ぷる?」
「ぴる?」
左右から覗き込もうとする二匹を見て、店主さんが笑う。
「その写真なら、すぐに覚えてもらえるだろう」
「最初の投稿にも使いましょう」
美咲さんが、投稿する文章を入力する。
◇____________________
『リン&ミサキ探索記録』
共同アカウントを開設しました。
動画の更新や探索後の報告、クラン『蒼雪の宝珠』からのお知らせを投稿します。
写真は、魔法スライムのシズクと、純白スライムのユキです。
これから、よろしくお願いします。
____________________◇
「投稿しますね」
「うん」
美咲さんが投稿ボタンへ触れる。
最初は、ほとんど反応がなかった。
だが、動画チャンネルの概要欄へ共同アカウントを追加すると、少しずつ通知が届き始める。
『シズクとユキが並んでる!』
『鳴き声だけじゃなくて、色も全然違うんだな』
『ユキが元気になってよかった』
『二匹とも可愛い』
『シズクの結晶冠も似合ってる』
『料理店の営業情報も、ここで確認できますか?』
投稿から三十分ほどで、反応は百件を超えた。
「思っていたよりも早いな」
「古戦場の動画を見て、待っていてくださった方が多いみたいです」
ユキを助けた映像は、これまで投稿した動画の中でも、特に多く再生されている。
魔核が砕けかけていたユキへ秘薬を使った場面には、心配するコメントも多く寄せられていた。
動画の中で治ったことは伝えている。
それでも、現在の姿を写真で見られたことに安心した人が多いらしい。
「ぴる?」
自分の写真へ多くの反応が届いているとは知らず、ユキが俺の腕へ身体を寄せてくる。
「みんな、ユキが元気になってよかったって言ってるよ」
「ぴるっ!」
「シズクも可愛いって」
「ぷるるっ!」
二匹が、競うように身体を伸ばした。
◇
共同アカウントを開設してから、二日。
俺たちは、動画の更新情報や料理店の営業時間を投稿した。
料理店の提供数は一日五十食。
売り切れた場合は、アカウントでも営業終了を知らせる。
店まで来てから売り切れを知る探索者が減り、利用者からも好評だった。
その一方で、批判的な反応も届くようになった。
『希少区域が自分にしか見えないって、どう考えても怪しいだろ』
投稿したのは、『グレイ』という名前の、何度かみた事のあるアカウントだった。
探索動画を投稿している配信者らしく、名前の横には自分の動画チャンネルへ続くリンクが付いている。
『協会の職員にも入口が見えないなら、何とでも話を作れる。公開されてる動画だって、都合のいいところだけ編集した物だろ』
「かなり疑われていますね」
美咲さんが、コメントを読みながら表情を曇らせる。
「削除した方がいいかな?」
「今の段階では、残しておいていいと思います」
美咲さんが、少し考えてから答える。
「表現はきついですけど、疑問を持つこと自体は悪いことではありませんから」
「そうだな」
俺たちが公開した動画は、視聴者向けに編集している。
安全上の理由から、伏せている情報も少なくない。
それだけを見れば、疑う人が現れるのも仕方がないと思った。
「一度だけ、説明しておこう」
俺は共同アカウントから返信する。
◇____________________
『リン&ミサキ探索記録』
希少区域で撮影した未編集映像は、探索者協会へ提出しています。
公開していない部分には、希少区域の出現条件や個人情報、保有している装備に関する情報が含まれています。
探索者と従魔の安全を守るため、協会と相談したうえで非公開にしています。
____________________◇
返信してから、数分。
グレイから新しいコメントが届いた。
『協会が本物だと言ってるだけだろ。お前たちに協力してる協会の証言が、第三者の証明になると思ってるのか?』
さらに、別の投稿にもコメントが付く。
『傷付いたスライムが都合よく現れて、秘薬で助けた直後に従魔契約。仕込みにしか見えない』
『希少区域で手に入れた素材も装備も、自分たちだけで持ち帰ってるんだろ。情報提供者だからって、さすがに強欲すぎる』
「説明しても、納得してもらえなかったみたいだ」
「最初から、納得するつもりがないのかもしれません」
美咲さんが、グレイの過去の投稿を確認する。
ほかの探索者が珍しい素材を手に入れた時にも、似たような批判を繰り返していた。
「これ以上は返信しない方がいいな」
店主さんが、俺たちの後ろから画面を見る。
「何を答えても、次の疑いを持ち出すだけだ」
「無視してもいいんでしょうか?」
「必要な説明はした。あとは、見る側が判断することだ」
店主さんの言うとおりだと思った。
俺たちはグレイのコメントを削除せず、そのまま残した。
◇
翌日。
共同アカウントを確認すると、グレイのコメントはさらに増えていた。
俺たちへの批判だけではない。
『未編集映像を協会が確認してるなら、仕込みじゃないだろ』
そう返信した視聴者へ、
『協会の発表なら何でも信じるのか? 信者は頭がおめでたいな』
と返している。
『ユキが助かったことは素直に喜んでもいいと思う』
『感動するように編集された動画を見て、簡単に騙されてるだけだろ』
料理店の営業情報にも、同じ内容が書き込まれていた。
『協会から補助金を受けて、身内の店を宣伝してるのか。癒着じゃないのか?』
料理強化の実証事業は、探索者の負傷率を下げられるか確認するため、正式な手続きを経て行われている。
明里さんだけを特別扱いして、金を渡しているわけではない。
それでも、グレイは俺たちと協会が裏で利益を分けているかのように書き込んでいた。
「ほかの人へまで絡み始めていますね」
「このまま放っておくのは良くないな」
批判されることと、関係のない視聴者が攻撃されることは別だ。
「まずは、注意を送ろう」
共同アカウントから、グレイへ管理上の連絡を送る。
◇____________________
『リン&ミサキ探索記録・管理連絡』
ご意見については、削除せずに掲載しています。
ただし、同じ内容の繰り返しや、ほかの利用者に対する侮辱的な投稿はお控えください。
今後も同様の行為が続いた場合は、アカウントの利用制限を行います。
____________________◇
送信した文章と時刻を記録する。
グレイから返ってきたのは、謝罪ではなかった。
『都合の悪いことを書かれたから、脅して黙らせるつもりか?』
その直後にも、ほかの視聴者を信者と呼ぶ投稿が続いた。
「注意しても、やめるつもりはないみたいです」
美咲さんが、投稿を一つずつ保存する。
「ブロックしよう」
俺が答えると、店主さんが頷いた。
「それでいい。意見が違うから追い出すんじゃねえ。ほかの利用者へ迷惑を掛け続けたから、使えなくするんだ」
「コメントも消しますか?」
「証拠を保存してから、ほかの人を侮辱している物だけ非表示にしろ。俺たちへの批判は残しておけばいい」
俺たちを批判した最初の投稿。
こちらから行った説明。
管理上の注意。
注意を受けたあとも続けられた迷惑行為。
すべての画面と投稿時刻を保存する。
「これからは、私とお父さんも管理できるようにしてください」
美咲さんが提案する。
「私たちが探索中の時に問題が起きても、お父さんで対応できます」
「分かった。動画チャンネルも含めて、管理権限を追加するよ」
「良いのか?」
「はい。店主さんには、クランの運営をお願いしています。俺たち二人だけで判断に迷った時は、確認してもらいたいです」
「分かった。そういうことなら、引き受けよう」
動画チャンネルとチミったーの管理権限へ、美咲さんと店主さんを追加する。
その後、グレイのアカウントをブロックした。
◇____________________
『アカウントをブロックしました』
『対象』
・グレイ
『制限内容』
・投稿への返信
・個別連絡
・共同アカウントの閲覧
____________________◇
「これでいいのかな……」
俺たちへ向けられた批判まで消すつもりはない。
だが、アカウントを開設して三日で、最初の利用制限を行うことになった。
「陸斗さん」
美咲さんが、俺の顔を見る。
「私たちには、普通に利用してくださっている方を守る責任もあります。誰かを侮辱し続ける人へ、場所を提供する必要はありません」
「うん。そうだよな」
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキも、俺を励ますように身体を寄せてくる。
「ありがとう」
二匹を撫でる。
俺たちは、グレイの批判そのものを消していない。
説明も行い、迷惑行為をやめるよう事前に注意した。
その記録もすべて残してある。
それでも、この判断を受け入れない人間がいることを、俺はまだ知らなかった。
◇
グレイのスマートフォンへ、短い通知が表示された。
『このアカウントは、リン&ミサキ探索記録からブロックされています』
「……は?」
何度画面を更新しても、表示は変わらない。
リンたちの投稿を開くことも、コメントを書き込むこともできなくなっていた。
「都合の悪い意見を消しやがったな……」
最初の批判が残されていることも。
自分がほかの視聴者へ何度も侮辱的な言葉を向けたことも。
事前に注意を受けていたことも。
グレイにとっては、どうでもよかった。
自分をブロックした。
それだけが、許せなかった。
「批判されたくないなら、最初から動画なんか上げるんじゃねえよ」
グレイは、別のアカウントを作成する画面を開く。
今度は、簡単にブロックできない形で広めてやる。
そう考えながら、新しい名前を入力し始めた。




