8話「初投稿は35回再生」
レッドスライムが放った火球が、女性探索者へ迫る。
だが、彼女は慌てなかった。
火球が直撃する寸前、地面を蹴って横へ跳ぶ。
赤い炎が背後の岩壁へ衝突し、激しい音と共に火の粉が飛び散った。
「躱した……!」
女性探索者は着地と同時に体勢を整えると、レッドスライムへ向かって一気に踏み込んだ。
腰の剣を抜き、赤い身体へ斬り付ける。
一撃。
二撃。
レッドスライムが反撃するより早く、流れるような剣撃が浴びせられていく。
赤い身体が大きく揺れた。
女性は一度だけ距離を取り、剣を正面へ構える。
「これで、終わりっ!」
鋭い踏み込みから放たれた一撃が、レッドスライムの中心を貫いた。
赤い身体が細かな粒子へ変わり、霧のように消えていく。
「すごい……」
危険度Dのボス個体を、ほとんど攻撃させずに倒してしまった。
俺とは、動きの速さも戦闘経験もまるで違う。
「俺が戦ったら、一発で丸焦げだな」
今の実力で挑む相手ではない。
通路の陰から様子を見ていると、レッドスライムが消えた場所へ一個の魔石が転がった。
さらに、その隣へ細長い何かが落ちる。
「あっ!」
女性探索者が声を上げ、急いで駆け寄った。
拾い上げたのは、半透明の青い刃を持つ短剣だった。
「やったぁ!」
先ほどまでの冷静な戦いぶりが嘘のように、両手で短剣を掲げて飛び跳ねる。
「ついに出た! 何回倒したと思ってるのよ、もう!」
スライムの短剣。
ドロップ率三%の希少装備だ。
あれほど喜んでいるということは、何度もレッドスライムへ挑んでいたのだろう。
「おめでとうございます」
聞こえない声で祝福する。
女性は短剣を大切そうに腰へ差すと、弾むような足取りで反対側の通路へ歩いていった。
俺は彼女の姿が見えなくなるまで待ち、広場から離れることにした。
ボディレコーダーには戦闘の様子も記録されている。
だが、本人の許可なく動画へ使うつもりはない。
「俺も、いつかあれくらい戦えるようになるのかな」
まだ通常のスライムを倒せるようになったばかりだ。
焦る必要はない。
ちなみに希少区域は、今朝確認した時点で出現まで十五時間以上あった。
今日は再び入ることができない。
「動画も撮れたし、今日は帰ろう」
俺は来た道を戻り、ダンジョンの出口へ向かった。
◇
探索者協会で、スライムの魔核や薬花草、採掘した鉄鉱石を換金する。
金額は大きくなかったが、第一層の通常探索だけでも赤字にはならなかった。
そのまま探索者ストアへ立ち寄る。
「お、戻ったな。動画は撮れたか?」
「はい。でも、ちゃんと使える映像になっているか自信がなくて」
「見せてみろ」
店内に客がいないことを確認し、スマートフォンへ保存された映像を店主へ見せる。
最初の挨拶。
スライムとの戦闘。
薬花草の画像検索。
鉄鉱石の採掘。
店主は映像を早送りしながら確認していく。
「初めてにしちゃ、十分じゃねえか」
「話し方が少し堅くないですか?」
「そこは、そのうち慣れる。それより、初心者が知りたいことを順番に見せてるのがいい」
店主は薬花草の場面で映像を止めた。
「画像検索を使って、最後は協会で確認しろって説明も悪くない。間違った知識を断言するより安全だ」
「ありがとうございます」
「ただ、全部使うと長くなる。移動してるだけの場面は切って、十分以内に収めてみろ」
編集方法を簡単に教えてもらう。
使いたい場面の始まりと終わりへ目印を付け、不要な部分を削除する。
ボスと戦っていた女性探索者の映像も、公開部分から外した。
「このくらいなら、自宅でもできそうです」
「ああ。失敗しても元の記録は消えねえから、色々試してみろ」
「分かりました」
「投稿したら、今度結果を教えてくれ」
「はい。ありがとうございます」
店主へ礼を言い、アパートへ戻った。
◇
夕食を済ませたあと、編集の続きを始める。
ただ歩いている場面を削り、スライムとの戦闘には簡単な字幕を付けた。
薬花草と鉄鉱石の場面には、それぞれ協会の公開情報を確認して説明を加える。
身元保護用の音声変換も適用した。
「これで……完成かな」
動画の長さは八分ほど。
題名を入力する。
◇____________________
【初心者向け】
探索者三日目の第一層探索
スライムの倒し方と薬草・鉱石の採取
____________________◇
投稿者名は『リン』。
初心者ダンジョン、第一層、素材採取といった情報も登録する。
「よし……」
少し緊張しながら、投稿ボタンを押した。
画面に『投稿が完了しました』と表示される。
「本当に投稿しちゃったな」
誰かに見てもらえるかは分からない。
初投稿で、内容も初心者向け。
再生されなくても仕方がないと思い、シャワーを浴びることにした。
◇
一時間ほどして、ベッドへ腰掛けながら動画アプリを開く。
「……え?」
表示された数字を見て、思わず目を瞬かせた。
◇____________________
再生回数:35回
登録者数:7人
コメント:4件
____________________◇
「三十五人も見てくれたのか……」
誰にも見てもらえないと思っていた。
少し震える指で、コメント欄を開く。
『説明が丁寧で分かりやすかったです!』
『薬花草、いつも見逃していました。画像検索も試してみます』
『本当に三日目? スライムを倒す時、結構落ち着いてる』
『声かわいい! 女性探索者さんですか?』
「……女性?」
自分の動画を再生し、加工された声を改めて聞いてみる。
確かに、高い。
もともとの地声が高いこともあり、女性の声に聞こえなくもなかった。
「身元は隠せてるけど……勘違いさせたかな」
少し申し訳なく思いながら、悪い気はしなかった。
誰かが俺の動画を見て、役に立ったと言ってくれた。
会社員だった頃、どれだけ仕事を終わらせても、返ってくるのは次の段ボールだけだった。
「誰かの役に立てたなら、撮った甲斐があったな」
自然と笑みがこぼれる。
その時、新しいコメントの通知が表示された。
『探索者ミサキ:初心者向けなのに、私も勉強になりました! チャンネル登録します!』
「探索者ミサキ……」
名前からすると、現役の探索者だろうか。
自分より経験のある人にも参考になったと言ってもらえたことが、素直に嬉しかった。
俺はコメントへ感謝の印を付け、スマートフォンを閉じた。
読んでいただきありがとうございます。
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