7話「初めての探索動画」
翌朝。
買ったばかりのボディレコーダーを箱から取り出し、説明書を見ながらスマートフォンと接続する。
専用アプリを起動すると、レコーダーから見た部屋の景色が画面へ映し出された。
「おお、ちゃんと映ってる」
映像の保存だけでなく、公開したい場面へ目印を付ける機能や、声を加工する身元保護機能も付いている。
ダンジョン内では安全記録が常時保存される。
その中から公開したい場面だけを切り出せるため、記録義務にも反しない。
「便利だな……」
今まで使っていたレンタル品にはない機能ばかりだ。
身元保護用の音声変換を試してみる。
『こんにちは。初めまして』
スマートフォンから流れたのは、俺の地声より少し高く、柔らかく加工された声だった。
「ちょっと高いけど……これなら俺だとは分からないよな」
俺はもともと声が高い。
その影響もあるのか、加工後の声は中性的に聞こえた。
顔を出す予定はないため、これで十分だろう。
続いて投稿用の名前を考える。
本名に近い名前では、身元を隠す意味がない。
男性とも女性とも取れる名前をいくつか考え、最終的に『リン』と入力した。
「よし。これで準備はできた」
初めから上手く撮れるとは思っていない。
まずは試してみよう。
俺はボディレコーダーを胸元へ取り付け、小型ピッケルをショルダーバッグへしまい、探索者協会へ向かった。
◇
「お、早速使ってるな」
探索者ストアへ顔を出すと、店主が胸元のレコーダーを見て笑った。
「昨日、スマートフォンと接続してみました」
「映像は確認できたか?」
「はい。音声変換も使えました」
「だったら問題なさそうだな。あの機種は娘が選んだやつだから、初心者にも使いやすいはずだ」
「娘さんも動画を投稿しているんですか?」
「ああ。探索動画を上げてる。編集だのサムネイルだの、俺も散々手伝わされたよ」
そう言いながらも、店主はどこか嬉しそうだった。
「兄ちゃんも、最初から上手くやろうとしなくていい。撮った映像を後から短くまとめれば、それなりに見られる形になる」
「分かりました。やってみます」
「他の探索者の顔やライセンスが映っていたら、その部分は使うなよ」
「はい。気を付けます」
店主へ頭を下げ、地下にあるダンジョン入口へ向かった。
◇
警備職員の前でボディレコーダーを起動する。
「記録状態を確認しました。お気を付けて」
「行ってきます」
初心者ダンジョンの第一層へ入る。
昨日までと変わらない、湿った石造りの通路。
俺は周囲に他の探索者がいないことを確認し、スマートフォンのアプリを開いた。
胸元から見た映像が画面に映っている。
角度にも問題はない。
「えっと……」
録画自体は入口から続いている。
だが、動画として誰かへ見せるつもりで話すのは初めてだ。
緊張しながら、公開映像用の目印を付けるボタンを押した。
「初めまして。リンです」
身元保護機能によって、少し高く加工された声が記録される。
「探索者になって三日目の初心者です。今日は第一層で、魔物との戦い方や、採取できる素材を紹介してみようと思います」
少し堅い気がする。
それでも、最初はこんなものだろう。
「それでは、行ってきます」
話し終え、ゆっくりと通路を歩き始めた。
◇
最初に現れたのは、通常個体のスライムだった。
「第一層で最も多く出現する魔物です。身体を縮ませた直後に飛び掛かってくるので、その動きを見てから横へ避けます」
説明しながら鉄ナイフを抜く。
スライムが身体を縮めた瞬間、軌道から半歩だけ外れる。
目の前を通過したところへ鉄ナイフを振ると、青い身体が粒子となって消えた。
「落ち着いて動けば、戦闘系スキルを持っていなくても倒せます。ただし、複数いる場合や、通常より大きな個体には近付かないほうが安全です」
足元へ落ちた魔核を拾い、ボディレコーダーへ映るよう手のひらへ載せる。
「こちらがスライムの魔核です。買取価格は安いですが、探索者協会で買い取ってもらえます」
説明を終え、魔核をショルダーバッグへしまった。
「思ったより、ちゃんと話せたかな……」
近くに誰もいないと分かっていても、独り言を聞かれるようで少し恥ずかしい。
その後、通路脇に薬花草を見つけた。
俺には『解析鑑定』で正体が分かっている。
だが、自分のスキルがどれほど特殊なのか、まだ分からない。
探索者協会へ報告するのと、不特定多数へ公開するのは別の話だ。
動画では、解析結果を隠すことにしていた。
「一見すると、普通の草に見えます」
スマートフォンを取り出し、探索者協会が公開している素材検索へ画像を読み込ませる。
数秒後、画面に『薬花草』という検索結果が表示された。
「画像検索を使えば、第一層で採れる一般的な素材なら見つけられることがあります。ただし、結果が正しいとは限らないので、最終的には協会で確認してください」
薬花草の根を残し、茎の中央から切り取る。
「回復薬の原料になるので、見つけたら採取しておくと良さそうです」
素材をショルダーバッグへ入れ、次の場所へ向かった。
◇
昨日、鉄鉱脈を確認した場所へ到着する。
岩壁の細い亀裂から、親指の先ほどの黒い鉱石が僅かに露出していた。
表面には、周囲の岩とは異なる金属光沢がある。
これなら、画像検索を使って見つけたことにしても不自然ではない。
スマートフォンを取り出し、露出している部分へカメラを向ける。
検索結果の上位に、『鉄鉱石の可能性あり』と表示された。
「昨日、この壁の隙間に露出している鉱石を見つけました。画像検索では、鉄鉱石の可能性が高いと出ています」
ボディレコーダーへ検索結果が映るよう、スマートフォンの画面を傾ける。
「画像だけでは断定できないので、今日は少し掘って確認してみます」
ショルダーバッグから小型ピッケルを取り出し、両手で握る。
露出している鉱石の周囲へ向かって振り下ろした。
乾いた音が通路へ響き、両手へ軽い痺れが伝わってくる。
「思っていたより硬いですね……」
二度、三度と打ち込む。
やがて岩肌の一部が崩れ、黒い鉱石が床へ落ちた。
「採れました」
拳ほどの鉱石を拾い、ボディレコーダーへ映す。
改めて画像検索へ掛けると、先ほどよりも高い一致率で『鉄鉱石』と表示された。
「鉄鉱石で間違いなさそうです。詳しい品質や買取価格は、探索者協会で確認してもらいます」
同じ場所から、持ち運べる分だけ採掘する。
奥にはまだ鉱脈が続いているが、全て持ち帰ればかなりの重さになる。
「たくさん採れば収入になりますが、持ち帰れる量も考えた方がよさそうですね。今日は、このくらいにしておきます」
採掘した鉄鉱石をショルダーバッグへしまい、ピッケルも元の場所へ戻した。
魔物を倒す。
薬草を採る。
鉱石を掘る。
派手な戦闘はないが、初心者向けの動画として必要な場面は撮れたと思う。
「最初の動画なら、これで十分かな」
公開用として使う部分の目印を終了する。
安全記録は続いているため、この後に何か起きても映像は残る。
ここからは、話すことを意識せず探索へ集中しよう。
そんなふうに考えながら奥へ進んでいると、通路の先から何かが弾ける音が聞こえてきた。
直後、岩壁へ強い衝撃が伝わる。
「誰か戦ってるのか?」
他の探索者が戦闘中なら、邪魔をしてはいけない。
俺は通路の先へ慎重に近付き、広場の手前で足を止めた。
中の様子を窺う。
広場の中央にいたのは、肩まで伸びた栗色の髪を後ろで束ねた若い女性探索者だった。
その正面では、通常個体の数倍はある赤いスライムが身体を揺らしている。
赤い身体の周囲には、陽炎のような熱気が立ち上っていた。
「あれは……」
俺は赤いスライムへ『解析鑑定』を発動する。
◇____________________
『火スライム』
・ボス個体
・性格:好戦的
・危険度:D
・属性:火
・ドロップ品
スライムの魔石(100%)
赤魔石(10%)
スライムの短剣(3%)
____________________◇
「ボス個体……!」
レッドスライムが身体を大きく膨らませる。
その中心へ、赤い光が集まっていく。
「危ない!」
次の瞬間、女性探索者へ向かって巨大な火球が放たれた。
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