79話「秘薬で治せる病気」
「何が表示されたんだ?」
斉藤さんが、不思議そうに俺を見る。
「治療できる症状と病気です。ただ、俺が想像していたよりも、対象になる範囲が広くて……」
秘薬の調合記録へ、もう一度意識を集中させる。
表示された解析結果を、最初から確認していく。
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『秘薬』
『品質:S』
『希少度:S』
『治療可能な重篤症状・疾患:一部』
・全身麻痺
・重度脳損傷
・脊髄損傷
・失明
・重度臓器不全
・難治性神経疾患
・難治性自己免疫疾患
・魔力経路損傷
・魔核損傷
・生殖機能障害
『治療限界』
・死亡後の蘇生:不可
・完全に失われた身体部位の再生:不可
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「全身麻痺、脳や脊髄の損傷、失明……。難治性の神経疾患や、自己免疫疾患も治療対象に含まれています」
「そこまで治せるのか……」
「失われた手足を一から再生させることはできません。でも、身体に残っている器官や組織なら、正常な状態へ戻せる可能性があります」
ユキへ使用した時は、砕けかけていた魔核と傷付いた身体を治すことだけに意識を向けていた。
そのため、秘薬がほかの病気へどこまで効くのか、詳しく調べていなかった。
秘薬は重傷を治すだけの回復薬ではない。
現代の医療でも治すことが難しい病気にまで効果を持つ、S級の治療薬だった。
「ほかには?」
斉藤さんに尋ねられ、残る項目を確認する。
「魔力経路と魔核の損傷。それから……生殖機能障害です」
「生殖機能障害?」
斉藤さんの表情が変わった。
「一城。今、何と言った?」
「生殖機能障害です」
「それは、不妊症も含まれるのか?」
「可能性はあると思います。ただ、この表示だけでは、どのような原因にまで効果があるのか分かりません」
秘薬そのものを調べても、特定の人物を治せるかまでは表示されない。
「実際に使う場合は、医師の診断と、治療を受ける人の状態を確認する必要があります」
「……そうか」
斉藤さんが俯き、強く両手を握る。
「斉藤さん?」
「いや……今は、先に医務課へ報告しよう」
先ほどまでとは明らかに様子が違う。
少し気になったが、ここで無理に事情を聞くべきではないと思った。
「分かりました」
「報告が終わったあと、少し時間をもらえないか?」
「構いません」
「二人だけで話したいことがある」
「分かりました」
◇
俺たちは、秘薬の解析結果を医務課の職員へ報告を行う。
「全身麻痺や難治性疾患まで……」
医務課の女性職員が、記録された項目を一つずつ確認する。
「ユキさんへ使用した際は、魔核と身体の損傷を治療するのが最善だったため、ほかの治療効果までは確認されていなかったのですね」
「はい。今回は完成品の治療範囲を改めて調べたことで分かりました」
「完全に失われた身体部位は再生できない、とありますが、失明は治療対象に含まれています」
「眼球や視神経が残っていて、機能を失っている場合だと思います。完全に失われている場合は、治療できない可能性があります」
解析結果に治療対象として表示されていても、すべての患者へ同じ効果が出るとは限らない。
病気の原因や、身体がどのような状態になっているかによって、治療の可否は変わるはずだ。
「実際の使用前に、患者ごとの治療条件を調べる必要があります」
「専門医による診断と、一城さんの『解析鑑定』を組み合わせて判断することになりますね」
医務課の職員が、慎重な表情で答える。
「難治性疾患の治療が可能だと確認されれば、医療への影響は計り知れません。この情報は、治療例と安全性が確認できるまで非公開とします」
「分かりました」
「共有するのは、医務課の責任者と、治療対象となる病気の専門医に限定します。生殖機能障害についても同様です」
「お願いします」
二本の秘薬は、当初の予定どおりに保管される。
一本は、探索者協会医務課の緊急治療用。
もう一本は、提携している救命医療機関へ配備される予定だ。
俺たちが勝手に使用先を変えることはできない。
報告を終えると、斉藤さんが俺へ声を掛けた。
「一城。さっきの話をしてもいいか?」
「はい。クランの会議室を使いましょう」
俺たちは医務課を離れ、『蒼雪の宝珠』のクラン拠点へ向かった。
◇
小会議室へ入り、扉を閉める。
防音設備が作動し、外の音が殆ど聞こえなくなった。
斉藤さんは椅子へ座ったものの、すぐには話し始めなかった。
「飲み物を持ってきましょうか?」
「いや、大丈夫だ」
斉藤さんが、ゆっくりと顔を上げる。
「一城。生殖機能障害の話だ」
「はい」
「詳しい病名や症状を、俺から勝手に話すべきじゃないのは分かってる。それでも、秘薬のことを相談するには伝えなければならない」
「誰か、治療を受けさせたい人がいるんですか?」
「……明里だ」
「明里さん?」
「明里は、不妊症なんだ」
思い掛けない言葉だった。
斉藤さんと明里さんに子供がいないことは知っていた。
だが、それが不妊症によるものだとは聞いたことがない。
「結婚してから、ずっと二人で子供を望んでいた」
斉藤さんが、机の上で両手を組む。
「なかなか授からなくて、病院で検査を受けた。そこで、明里の身体に原因があると分かった」
「そうだったんですか……」
「治療も続けた。だが、結果は出なかった。医者からも、今のままでは子供を授かるのは難しいと言われた」
斉藤さんの声が、僅かに震える。
「俺は、子供がいなくても明里と一緒にいられればいいと言った。本心だった。だが、明里は自分を責め続けたんだ……」
「明里さんが……」
「俺に申し訳ないって、何度も謝るんだ。明里が悪いわけじゃないのに」
普段の明里さんは、穏やかで明るい。
料理店の開店準備でも、周囲へ何度も感謝を伝えていた。
そんな明里さんが、長い間、自分を責め続けていた。
「会社にいた頃、明里から何度も連絡が来ていたのは、一城も薄々は気付いていただろう?」
「帰る時間を尋ねる連絡ですか?」
「ああ」
斉藤さんのスマートフォンへ、『今日も遅くなるの?』と、短いメッセージが届いていたことを覚えている。
「あれは、俺を急かしていたわけじゃない。明里は、不妊症のことを一人で考え始めるのがつらかったんだ」
「それで、斉藤さんにそばにいてほしかったんですね」
「ああ。寂しいから、できるだけ早く帰ってきてほしいと言われていた」
明里さんを心配し、そばにいようとしたのだろう。
……そうか。だから斉藤さんは、残った仕事を俺へ渡していたんだな。
「俺は、自分が明里を支えているつもりだった」
斉藤さんが、組んでいた両手を強く握る。
「だが、そのために自分の仕事を一城へ押し付けた。自分たちには事情があるから仕方ないと、どこかで考えていたんだと思う」
「斉藤さん……」
「一城だって、毎日限界まで働いていた。それなのに、俺は自分の家庭のことしか見ていなかった」
斉藤さんが、深く頭を下げる。
「本当に、すまなかった」
外部監査が終わった時にも、斉藤さんから謝罪を受けている。
過去に起きたことは消えない。
俺が過労で倒れ、殆ど金を持たない状態で会社を解雇された事実も変わらない。
それでも、斉藤さんが過去を後悔し、同じことを繰り返さないようにしている姿は見てきた。
「斉藤さん。謝る必要はありません」
「だが、その分の仕事を一城に……」
「それは別の話です」
俺は、はっきりと答える。
「明里さんを支えることと、俺に仕事を押し付けることは同じではありません。仕事を頼むなら、事情を話して、引き受けられるか確認するべきだったと思います」
「……そうだな」
「でも、そのことについての謝罪は、以前にも受け取りました」
斉藤さんが顔を上げる。
「過去を忘れたわけではありません。それでも、今の斉藤さんが同じことをしないようにしているのは分かっています」
「一城……」
「だから、謝罪ではなく、これからどうするかを考えませんか?」
斉藤さんは、しばらく黙って俺を見ていた。
やがて、目元を手で押さえる。
「お前は……本当に変わらないな」
「そうですか?」
「俺の話を、最後まで聞いてくれる」
「同じクランの仲間ですから」
斉藤さんが、小さく息を吐く。
「一城。明里のために、もう一本秘薬を作れないだろうか」
「材料が用意できれば、調合条件は分かっています」
「金は俺が払う。今回の報酬を全部使ってもいい。足りなければ、貯金も使う」
「現在残っている予備材料を、勝手に使うことはできません。医務課へ正式に相談しましょう」
「もちろんだ。依頼品の二本へ手を付けるつもりもない」
「その前に、明里さん本人の意思を確認する必要があります」
斉藤さんの表情が止まる。
「秘薬を使うのは、明里さんです。治療を受けるかどうかも、俺たちだけで決めることではありません」
「……ああ。そのとおりだ」
「それに、生殖機能障害が治療対象に含まれていても、明里さんの症状へ効くかは分かりません。専門医の診断と、本人の同意を得たうえで調べる必要があります」
「期待させて、また駄目だった時が怖いんだ」
斉藤さんが、正直な気持ちを口にする。
「これまで何度も期待しては、駄目だった。明里が落ち込む姿を見てきた。確実だと分かるまで、話したくない気持ちもある」
「それでも、明里さんに隠したまま検査や調合を進めることはできません」
「分かってる。今度は、俺が勝手に決めちゃいけない」
「はい」
医務課と専門医へ相談する。
明里さん本人へ、秘薬で治療できる可能性と、まだ確実ではないことを説明する。
そのうえで明里さんが治療を望み、秘薬の対象だと確認された場合にだけ、三本目を正式に調合する。
「医務課への相談には、俺も同行します」
「いいのか?」
「治療条件を『解析鑑定』で確認する必要があります。ただし、明里さんの同意を得るまでは、何も調べません」
「ああ。頼む」
斉藤さんが、椅子から立ち上がる。
「今日、明里に話す」
「それがいいと思います」
「秘薬を使っても、子供ができると決まったわけじゃないんだよな」
「はい。治せるのは、身体にある異常です。妊娠そのものを保証する薬ではありません」
「それでも……」
斉藤さんが、僅かに笑う。
「もう一度、子供を望めるかもしれない。それだけでも、俺たちには十分過ぎる希望だ」
長い間、二人が諦めようとしてきた未来。
その未来へ、もう一度手を伸ばせる可能性が見つかった。
斉藤さんは明里さんへ話すため、静かに会議室を出ていった。




