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78話「医務課からの調合依頼」


「『秘薬』を、二本……」


 斉藤さんが、机へ置かれた依頼書を見つめる。

 ユキを治療するために作った秘薬は、一度きりの調合だった。

 材料を揃えたうえで、俺の『解析鑑定』によって調合条件を割り出し、斉藤さんが完成させた。


 同じ物を、今度は医療用として二本作ることになる。


「使用する患者は、決まっているのでしょうか?」

「現時点では決まっていません」


 医務課の女性職員が答える。


「一本は、探索者協会医務課の緊急治療用として保管します。もう一本は、提携する救命医療機関へ配備する予定です」

「重傷者が出た時のために備えるんですね」

「はい。魔核の損傷を受けたユキさんを治療できたのであれば、通常の回復薬では対応できない患者にも効果が期待できます」


 医務課では、ユキへ秘薬を使用するまでの映像と、治療後の検査記録を確認している。

 だが、今回は人間へ使うことを前提とした調合だ。


 使用する材料。

 調合室。

 製作中の記録。

 完成後の安全検査。


 すべてを、医務課の管理下で行う必要があった。


「依頼条件は、こちらになります」


 女性職員が、机の上に置いた端末を操作する。



 ◇____________________


 『探索者協会医務課・正式調合依頼』


 『依頼品』

 ・秘薬×二本


 『主調合者』

 ・斉藤涼介


 『共同調合者』

 ・一城陸斗


 『調合技術料』

 ・一本:1,500,000円

 ・二本:3,000,000円


 『初回医療用調合加算』

 ・500,000円


 『依頼料合計』

 ・3,500,000円


 『依頼者負担』

 ・調合材料費

 ・登録調合室利用料

 ・完成品安全検査費

 ・調合作業用支援食費


 ____________________◇



「三百五十万円……」


 斉藤さんが、表示された金額を見て言葉を失う。


「『秘薬』は、協会の基準でS級相当のアイテムに正式に決定しました」


 医務課の職員が説明を続ける。


「一本一百五十万円は、現時点で算出した調合技術料です。今回は、正式な医療用調合として初めて製作をお願いするため、五十万円を追加しています」

「材料費は、この金額に含まれていないんですよね?」

「はい。必要な材料は医務課で用意します。調合室や検査設備の使用料も、こちらで負担いたします」


 つまり、三百五十万円は純粋に、斉藤さんと俺の技術へ支払われる報酬だ。


「報酬の分配については、主調合者へ七割。共同調合者へ三割を提案いたします」


 端末の表示が切り替わる。



 ◇____________________


 『依頼料分配』


 『主調合者:斉藤涼介』

 ・2,450,000円


 『共同調合者:一城陸斗』


 ・1,050,000円


 ____________________◇



「俺が七割でいいんですか?」


 斉藤さんが、俺へ視線を向ける。


「一城の『解析鑑定』がなければ、調合条件そのものが分からない。半分ずつでもいいと思うが……」

「実際に秘薬を調合するのは斉藤さんです。長時間の作業も、失敗した場合の責任も斉藤さんが負うことになります」

「だが……」

「俺は補助を担当します。七対三で問題ありません」


 店主さんも、依頼書へ目を通してから頷く。


「作業内容を考えれば、妥当な割合だろうな。今回は涼介が個人で受ける外部依頼だ。クランの共同収益には含めず、それぞれの個人収入として扱う」

「分かりました」


 斉藤さんが、もう一度報酬額を確認する。

 以前勤めていた会社で受け取っていた月給を、一度の調合依頼で大きく上回る金額だ。


「私の料理も必要なんですか?」


 明里さんが、依頼者負担の中にある支援食費を見る。


「一城さんから提出された調合記録に、調理強化を受けた状態で作業を行ったと記載されていました」


 医務課の職員が答える。


「調理強化が『調合』そのものを強化しないことは確認しています。しかし、基礎身体能力の上昇によって、長時間の作業中も身体の状態を保ちやすくなります」

「集中力や手元の安定を保つために、今回も食べておいた方がいいと思います」

「それでしたら、二人分を用意します」


「支援食についても、正式な依頼として食堂へ代金をお支払いします」

「そこまでしていただかなくても……」

「明里さん」


 俺が呼ぶと、明里さんがこちらを見る。


「医療用の調合に使う食事です。材料や作った記録を残すためにも、正式な依頼として受けてください」

「……分かりました。一城さんがそう言うなら、きちんとお仕事として引き受けます」


 依頼内容をすべて確認し、斉藤さんと俺は電子署名を行った。

 調合日は、料理店の定休日となる二日後に決まった。



 ◇



 二日後の朝。


『探索者食堂あかり』の厨房で、明里さんが俺と斉藤さんのために朝食を作っていた。

 料理店は定休日のため、店内にほかの客はいない。

 用意されたのは、焼き魚を中心にした和食の定食だった。


 ご飯。

 味噌汁。

 野菜を使った小鉢。


 一度の食事で身体へ負担が掛からないよう、量も調整されている。


「今日は長い作業になるんでしょう?」

「一本につき、二時間以上掛かる可能性があります」

「それを二本作るのね……」


 明里さんが、心配そうに斉藤さんを見る。


「無理はしない。一本目を作ったあと、必ず休憩を取る」

「約束ですよ」

「ああ」


 斉藤さんが答える。

 俺たちが料理を食べ終えると、身体の奥へ温かな力が広がった。



 ◇____________________


 『調理強化:発動』


 『効果』

 ・基礎身体能力:十パーセント上昇

 ・効果時間:十二時間


 『補足』

 ・調合スキルの性能上昇:なし

 ・身体疲労の軽減に有効

 ・長時間作業時の姿勢維持を補助


 ____________________◇



「調合の成功率が直接上がるわけではありません。でも、身体への負担は軽くなるはずです」

「それだけでも十分だ」


 斉藤さんが、自分の両手を確かめるように開く。


「前に作った時も、最後まで手が震えなかった。明里の料理のおかげだったんだと思う」

「それなら、今日も無事に作ってきてください」

「分かった」


 明里さんに見送られ、俺たちは探索者協会の登録調合室へ向かった。



 ◇



 今回使用するのは、通常の共同調合室ではなかった。

 医療用アイテムの製造に使われる、専用の登録調合室だ。


 室内へ入る前に、装備と衣服を替える。

 手洗いと消毒を済ませ、身体へ付着している異物がないか検査を受けた。

 調合室の中央には、大型の調合台が置かれている。


 温度調整機能付きの加熱器。

 魔力の流れを測定する装置。

 材料を量るための精密秤。

 完成した薬を密封する保存容器。


 必要な設備は、すべて揃っていた。


 隣の観察室では、医務課の職員と安全検査を担当する職員が待機している。

 調合中の映像や温度、魔力の変化も記録される予定だ。


「材料はこちらです」


 医務課の職員が、鍵の掛かった保管箱を開く。

 内部には、秘薬二本分の材料と、失敗した場合に備えた予備の一組が入っていた。


「まずは、すべての材料を確認します」

「頼む」


 一つずつ『解析鑑定』を発動させる。


 品質。

 保存状態。

 含まれている魔力量。

 目に見えない異物や劣化。


 すべての確認を終えるまで、三十分ほど掛かった。


「材料に問題はありません。前回よりも品質が揃っています」

「医務課が用意しただけのことはあるな」


「次に、調合条件を確認します」


 材料と調合器具。


 主調合者となる斉藤さん。

 室内の温度や魔力濃度まで含めて、『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『秘薬・調合支援』


 『主調合者』

 ・斉藤涼介


 『共同調合者』

 ・一城陸斗


 『材料状態』

 ・全材料:適合

 ・品質差:許容範囲内


 『推奨工程』

 一、基礎薬液を指定温度まで加熱

 二、回復素材を表示順に投入

 三、投入ごとに魔力循環を安定

 四、魔核抽出液を九十秒掛けて混合

 五、薬液の色彩変化後、加熱を停止

 六、18分間の安定化を実施


 『注意』

 ・指定温度から二度以上外れた場合、品質低下

 ・魔核抽出液の投入を中断した場合、調合失敗

 ・二本同時の調合:非推奨


 『推定調合時間』

 ・一本:2時間11分


 ____________________◇



「前回より、詳しい条件が出ています」

「一度完成させた記録があるからか?」

「その可能性が高いと思います」


 調合器具へ、必要な温度と時間を設定する。


「二本同時に作るのは非推奨です。一本ずつ作りましょう」

「そうだな。急いで二本とも失敗したら意味がない」


 斉藤さんが、調合台の前へ立つ。


「一城。温度と魔力の変化を頼む」

「分かりました」


 最初の秘薬の調合が始まった。



 ◇



 加熱器へ載せた容器の中で、透明な基礎薬液がゆっくりと温められていく。


「指定温度まで、あと三度です」

「了解」


 斉藤さんが加熱器の出力を僅かに下げる。

 薬液の温度が指定範囲へ入った。


「今です。最初の素材を入れてください」


 細かく加工された回復素材が、基礎薬液へ投入される。

 斉藤さんが『調合』を発動させると、薬液の中へ淡い緑色の魔力が広がった。


「魔力循環、安定しています。次の素材まで二十秒です」


 俺は、解析表示へ現れる変化を読み上げていく。

 斉藤さんは俺の指示に合わせ、材料を順番に投入する。

 一つでも順序を間違えれば、薬効が失われる可能性がある。

 指定された時間より早過ぎても、遅過ぎてもいけない。


「次、お願いします」

「入れるぞ」


 新しい素材が加わるたび、薬液の色が変化していく。


 透明。

 淡い緑。

 青。


 最後には、柔らかな金色へ変わった。


「魔核抽出液の投入準備に入ります」

「分かった」


 最後の材料が入った小さな容器を、斉藤さんが両手で持つ。


「投入開始まで、三、二、一――今です」


 魔核から抽出された液体が、細い糸のように調合容器へ流れ込む。


「現在、十五秒。速度に問題ありません」


 斉藤さんの視線が、薬液へ集中する。


 手は止まらない。

 投入速度にも乱れはなかった。


「残り三十秒です」

「……ああ」


「十五秒。十、九、八――」


 最後の一滴が、九十秒ちょうどで薬液へ落ちた。


「投入完了。魔力循環も安定しています」

「加熱は?」

「まだ続けてください。色が変わります」


 金色だった薬液の中央から、白い光が広がり始める。

 やがて二つの色が混ざり合い、淡い虹色へ変化した。


「今です。加熱を止めてください」

「停止した」


「ここから十八分間、薬液へ触れないでください」


 調合室の中が静かになる。

 斉藤さんが調合台から両手を離し、ゆっくりと息を吐いた。


「ここまでは成功です」

「まだ終わってないんだろ?」

「はい。安定化が終わるまで待ちましょう」


 俺たちは、薬液の魔力が落ち着くのを見守る。


 十八分後。

 白金色の光が薬液全体へ均等に広がった。


 ◇____________________


 『秘薬』


 『品質:S』

 『希少度:S』


 『状態』

 ・調合完了

 ・魔力安定

 ・異物混入なし


 『安全性』

 ・問題なし


 ____________________◇



「成功しました」

「……よしっ」


 斉藤さんが、強く息を吐く。

 観察室にいた職員たちも、測定結果を確認していた。


 完成した秘薬は、医務課の職員によって専用の保存容器へ移される。

 密封された容器へ製造番号が付けられ、検査室へ運ばれていった。


「一本目の調合記録を保存しました。二本目の準備を始めます」


 職員の言葉を聞き、斉藤さんが首を横へ振る。


「その前に、休憩させてください」

「体調に異常がありますか?」

「異常が出る前に休みます。二本目の精度を落としたくありません」


 以前の斉藤さんなら、急いで次の作業へ移っていたかもしれない。

 だが今は、自分から休憩が必要だと伝えている。


「そうですね。一時間休んでから再開しましょう」

「一城も休め。ずっと解析表示を追ってただろ」

「分かりました」


 俺たちは調合室を出て、用意されていた休憩室へ移動した。



 ◇



 一時間の休憩後。

 体調と調理強化の効果が残っていることを確認し、二本目の調合を始める。


 同じ秘薬でも、材料に含まれている魔力量には僅かな違いがある。

 一本目と完全に同じ手順を繰り返すだけでは、指定された条件から外れてしまう可能性があった。


「一本目より、基礎薬液の加熱を弱めてください」

「このくらいか?」

「はい。そのままでお願いします」


 材料の状態に合わせ、投入時間や加熱出力を僅かに調整していく。


「次の素材まで、十二秒です」


 斉藤さんは焦ることなく、俺の指示を待つ。

 調合室には、薬液が混ざる小さな音だけが響いていた。


 魔核抽出液の投入。

 色彩の変化。

 加熱の停止。

 最後の安定化。


 すべての工程が終わる。

 二本目の薬液も、淡い白金色へ変わった。



 ◇____________________


 『秘薬』


 『品質:S』

 『希少度:S』


 『状態』

 ・調合完了

 ・魔力安定

 ・異物混入なし


 『安全性』

 ・問題なし


 ____________________◇



「二本目も成功です」

「終わった……」


 斉藤さんが、調合台へ手を付きかける。

 だが、すぐに身体を起こした。


「大丈夫ですか?」

「ああ。少し疲れただけだ。明里の料理のおかげで、身体はまだ動く」


 二本目の秘薬も、専用容器へ移される。

 安全検査の結果が出るまで、俺たちは調合室の外で待つことになった。



 ◇



 約一時間後。

 医務課の職員が、検査結果を持って戻ってきた。


「二本とも、人体へ使用できる品質であることを確認しました。有害な成分や異常な魔力反応も検出されていません」

「これで、依頼達成ですか?」

「はい。正式な受領手続きを行います」


 端末へ、依頼の完了が表示される。



 ◇____________________


 『探索者協会医務課・正式調合依頼』


 『依頼品』

 ・秘薬×二本


 『納品数:二本』

 『品質:S』


 『安全検査:合格』

 『依頼達成:完了』


 『報酬』

 ・斉藤涼介:2,450,000円

 ・一城陸斗:1,050,000円


 ____________________◇



「ありがとうございます。報酬は、それぞれの登録口座へ振り込まれます」


 斉藤さんが、表示された金額を見つめる。


「本当に、俺が二百四十五万円も受け取るんですね……」

「正式な依頼を達成した報酬です。受け取ってください」

「分かってる。だが、一度の仕事でこれだけの金を受け取るなんて、まだ実感が湧かないんだ」


 それでも、斉藤さんは報酬を辞退しなかった。


 自分が使った技術と時間。

 完成させた物の価値。


 それに対して支払われる報酬を、正面から受け取ろうとしている。


「医務課では、二本の使用結果を記録します。効果と安全性が確認できれば、今後も調合をお願いする可能性があります」

「その時は、材料と時間を確認したうえで返事をします」

「よろしくお願いいたします」


 医務課の職員が一礼し、二本の秘薬を保管庫へ運んでいく。


 依頼は無事に終わった。

 だが、俺には一つ確認しておきたいことがあった。


「斉藤さん。少し待ってください」

「どうした?」


「以前は、ユキの魔核と身体を治せるかだけを調べました。完成した秘薬が、ほかにどのような症状を治せるのか確認しておきたいんです」

「医務課も知りたい情報だろうな。頼む」


 保管庫へ移される前の調合記録には、秘薬から読み取った魔力情報が保存されている。


 その記録へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動させた。


 重傷。

 臓器の損傷。

 神経の異常。

 魔力経路の損傷。

 秘薬によって治療できる症状が、次々と表示されていく。


「こんなところまで治せるのか……」


 治療可能な症状の一覧が表示された瞬間。

 俺は、そこに並んだ内容の重さに言葉を失った。


「一城? 何が表示されたんだ?」


 斉藤さんが、不思議そうに俺を見る。

 秘薬は、怪我だけを治す薬ではなかった。


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