78話「医務課からの調合依頼」
「『秘薬』を、二本……」
斉藤さんが、机へ置かれた依頼書を見つめる。
ユキを治療するために作った秘薬は、一度きりの調合だった。
材料を揃えたうえで、俺の『解析鑑定』によって調合条件を割り出し、斉藤さんが完成させた。
同じ物を、今度は医療用として二本作ることになる。
「使用する患者は、決まっているのでしょうか?」
「現時点では決まっていません」
医務課の女性職員が答える。
「一本は、探索者協会医務課の緊急治療用として保管します。もう一本は、提携する救命医療機関へ配備する予定です」
「重傷者が出た時のために備えるんですね」
「はい。魔核の損傷を受けたユキさんを治療できたのであれば、通常の回復薬では対応できない患者にも効果が期待できます」
医務課では、ユキへ秘薬を使用するまでの映像と、治療後の検査記録を確認している。
だが、今回は人間へ使うことを前提とした調合だ。
使用する材料。
調合室。
製作中の記録。
完成後の安全検査。
すべてを、医務課の管理下で行う必要があった。
「依頼条件は、こちらになります」
女性職員が、机の上に置いた端末を操作する。
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『探索者協会医務課・正式調合依頼』
『依頼品』
・秘薬×二本
『主調合者』
・斉藤涼介
『共同調合者』
・一城陸斗
『調合技術料』
・一本:1,500,000円
・二本:3,000,000円
『初回医療用調合加算』
・500,000円
『依頼料合計』
・3,500,000円
『依頼者負担』
・調合材料費
・登録調合室利用料
・完成品安全検査費
・調合作業用支援食費
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「三百五十万円……」
斉藤さんが、表示された金額を見て言葉を失う。
「『秘薬』は、協会の基準でS級相当のアイテムに正式に決定しました」
医務課の職員が説明を続ける。
「一本一百五十万円は、現時点で算出した調合技術料です。今回は、正式な医療用調合として初めて製作をお願いするため、五十万円を追加しています」
「材料費は、この金額に含まれていないんですよね?」
「はい。必要な材料は医務課で用意します。調合室や検査設備の使用料も、こちらで負担いたします」
つまり、三百五十万円は純粋に、斉藤さんと俺の技術へ支払われる報酬だ。
「報酬の分配については、主調合者へ七割。共同調合者へ三割を提案いたします」
端末の表示が切り替わる。
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『依頼料分配』
『主調合者:斉藤涼介』
・2,450,000円
『共同調合者:一城陸斗』
・1,050,000円
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「俺が七割でいいんですか?」
斉藤さんが、俺へ視線を向ける。
「一城の『解析鑑定』がなければ、調合条件そのものが分からない。半分ずつでもいいと思うが……」
「実際に秘薬を調合するのは斉藤さんです。長時間の作業も、失敗した場合の責任も斉藤さんが負うことになります」
「だが……」
「俺は補助を担当します。七対三で問題ありません」
店主さんも、依頼書へ目を通してから頷く。
「作業内容を考えれば、妥当な割合だろうな。今回は涼介が個人で受ける外部依頼だ。クランの共同収益には含めず、それぞれの個人収入として扱う」
「分かりました」
斉藤さんが、もう一度報酬額を確認する。
以前勤めていた会社で受け取っていた月給を、一度の調合依頼で大きく上回る金額だ。
「私の料理も必要なんですか?」
明里さんが、依頼者負担の中にある支援食費を見る。
「一城さんから提出された調合記録に、調理強化を受けた状態で作業を行ったと記載されていました」
医務課の職員が答える。
「調理強化が『調合』そのものを強化しないことは確認しています。しかし、基礎身体能力の上昇によって、長時間の作業中も身体の状態を保ちやすくなります」
「集中力や手元の安定を保つために、今回も食べておいた方がいいと思います」
「それでしたら、二人分を用意します」
「支援食についても、正式な依頼として食堂へ代金をお支払いします」
「そこまでしていただかなくても……」
「明里さん」
俺が呼ぶと、明里さんがこちらを見る。
「医療用の調合に使う食事です。材料や作った記録を残すためにも、正式な依頼として受けてください」
「……分かりました。一城さんがそう言うなら、きちんとお仕事として引き受けます」
依頼内容をすべて確認し、斉藤さんと俺は電子署名を行った。
調合日は、料理店の定休日となる二日後に決まった。
◇
二日後の朝。
『探索者食堂あかり』の厨房で、明里さんが俺と斉藤さんのために朝食を作っていた。
料理店は定休日のため、店内にほかの客はいない。
用意されたのは、焼き魚を中心にした和食の定食だった。
ご飯。
味噌汁。
野菜を使った小鉢。
一度の食事で身体へ負担が掛からないよう、量も調整されている。
「今日は長い作業になるんでしょう?」
「一本につき、二時間以上掛かる可能性があります」
「それを二本作るのね……」
明里さんが、心配そうに斉藤さんを見る。
「無理はしない。一本目を作ったあと、必ず休憩を取る」
「約束ですよ」
「ああ」
斉藤さんが答える。
俺たちが料理を食べ終えると、身体の奥へ温かな力が広がった。
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『調理強化:発動』
『効果』
・基礎身体能力:十パーセント上昇
・効果時間:十二時間
『補足』
・調合スキルの性能上昇:なし
・身体疲労の軽減に有効
・長時間作業時の姿勢維持を補助
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「調合の成功率が直接上がるわけではありません。でも、身体への負担は軽くなるはずです」
「それだけでも十分だ」
斉藤さんが、自分の両手を確かめるように開く。
「前に作った時も、最後まで手が震えなかった。明里の料理のおかげだったんだと思う」
「それなら、今日も無事に作ってきてください」
「分かった」
明里さんに見送られ、俺たちは探索者協会の登録調合室へ向かった。
◇
今回使用するのは、通常の共同調合室ではなかった。
医療用アイテムの製造に使われる、専用の登録調合室だ。
室内へ入る前に、装備と衣服を替える。
手洗いと消毒を済ませ、身体へ付着している異物がないか検査を受けた。
調合室の中央には、大型の調合台が置かれている。
温度調整機能付きの加熱器。
魔力の流れを測定する装置。
材料を量るための精密秤。
完成した薬を密封する保存容器。
必要な設備は、すべて揃っていた。
隣の観察室では、医務課の職員と安全検査を担当する職員が待機している。
調合中の映像や温度、魔力の変化も記録される予定だ。
「材料はこちらです」
医務課の職員が、鍵の掛かった保管箱を開く。
内部には、秘薬二本分の材料と、失敗した場合に備えた予備の一組が入っていた。
「まずは、すべての材料を確認します」
「頼む」
一つずつ『解析鑑定』を発動させる。
品質。
保存状態。
含まれている魔力量。
目に見えない異物や劣化。
すべての確認を終えるまで、三十分ほど掛かった。
「材料に問題はありません。前回よりも品質が揃っています」
「医務課が用意しただけのことはあるな」
「次に、調合条件を確認します」
材料と調合器具。
主調合者となる斉藤さん。
室内の温度や魔力濃度まで含めて、『解析鑑定』を発動させる。
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『秘薬・調合支援』
『主調合者』
・斉藤涼介
『共同調合者』
・一城陸斗
『材料状態』
・全材料:適合
・品質差:許容範囲内
『推奨工程』
一、基礎薬液を指定温度まで加熱
二、回復素材を表示順に投入
三、投入ごとに魔力循環を安定
四、魔核抽出液を九十秒掛けて混合
五、薬液の色彩変化後、加熱を停止
六、18分間の安定化を実施
『注意』
・指定温度から二度以上外れた場合、品質低下
・魔核抽出液の投入を中断した場合、調合失敗
・二本同時の調合:非推奨
『推定調合時間』
・一本:2時間11分
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「前回より、詳しい条件が出ています」
「一度完成させた記録があるからか?」
「その可能性が高いと思います」
調合器具へ、必要な温度と時間を設定する。
「二本同時に作るのは非推奨です。一本ずつ作りましょう」
「そうだな。急いで二本とも失敗したら意味がない」
斉藤さんが、調合台の前へ立つ。
「一城。温度と魔力の変化を頼む」
「分かりました」
最初の秘薬の調合が始まった。
◇
加熱器へ載せた容器の中で、透明な基礎薬液がゆっくりと温められていく。
「指定温度まで、あと三度です」
「了解」
斉藤さんが加熱器の出力を僅かに下げる。
薬液の温度が指定範囲へ入った。
「今です。最初の素材を入れてください」
細かく加工された回復素材が、基礎薬液へ投入される。
斉藤さんが『調合』を発動させると、薬液の中へ淡い緑色の魔力が広がった。
「魔力循環、安定しています。次の素材まで二十秒です」
俺は、解析表示へ現れる変化を読み上げていく。
斉藤さんは俺の指示に合わせ、材料を順番に投入する。
一つでも順序を間違えれば、薬効が失われる可能性がある。
指定された時間より早過ぎても、遅過ぎてもいけない。
「次、お願いします」
「入れるぞ」
新しい素材が加わるたび、薬液の色が変化していく。
透明。
淡い緑。
青。
最後には、柔らかな金色へ変わった。
「魔核抽出液の投入準備に入ります」
「分かった」
最後の材料が入った小さな容器を、斉藤さんが両手で持つ。
「投入開始まで、三、二、一――今です」
魔核から抽出された液体が、細い糸のように調合容器へ流れ込む。
「現在、十五秒。速度に問題ありません」
斉藤さんの視線が、薬液へ集中する。
手は止まらない。
投入速度にも乱れはなかった。
「残り三十秒です」
「……ああ」
「十五秒。十、九、八――」
最後の一滴が、九十秒ちょうどで薬液へ落ちた。
「投入完了。魔力循環も安定しています」
「加熱は?」
「まだ続けてください。色が変わります」
金色だった薬液の中央から、白い光が広がり始める。
やがて二つの色が混ざり合い、淡い虹色へ変化した。
「今です。加熱を止めてください」
「停止した」
「ここから十八分間、薬液へ触れないでください」
調合室の中が静かになる。
斉藤さんが調合台から両手を離し、ゆっくりと息を吐いた。
「ここまでは成功です」
「まだ終わってないんだろ?」
「はい。安定化が終わるまで待ちましょう」
俺たちは、薬液の魔力が落ち着くのを見守る。
十八分後。
白金色の光が薬液全体へ均等に広がった。
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『秘薬』
『品質:S』
『希少度:S』
『状態』
・調合完了
・魔力安定
・異物混入なし
『安全性』
・問題なし
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「成功しました」
「……よしっ」
斉藤さんが、強く息を吐く。
観察室にいた職員たちも、測定結果を確認していた。
完成した秘薬は、医務課の職員によって専用の保存容器へ移される。
密封された容器へ製造番号が付けられ、検査室へ運ばれていった。
「一本目の調合記録を保存しました。二本目の準備を始めます」
職員の言葉を聞き、斉藤さんが首を横へ振る。
「その前に、休憩させてください」
「体調に異常がありますか?」
「異常が出る前に休みます。二本目の精度を落としたくありません」
以前の斉藤さんなら、急いで次の作業へ移っていたかもしれない。
だが今は、自分から休憩が必要だと伝えている。
「そうですね。一時間休んでから再開しましょう」
「一城も休め。ずっと解析表示を追ってただろ」
「分かりました」
俺たちは調合室を出て、用意されていた休憩室へ移動した。
◇
一時間の休憩後。
体調と調理強化の効果が残っていることを確認し、二本目の調合を始める。
同じ秘薬でも、材料に含まれている魔力量には僅かな違いがある。
一本目と完全に同じ手順を繰り返すだけでは、指定された条件から外れてしまう可能性があった。
「一本目より、基礎薬液の加熱を弱めてください」
「このくらいか?」
「はい。そのままでお願いします」
材料の状態に合わせ、投入時間や加熱出力を僅かに調整していく。
「次の素材まで、十二秒です」
斉藤さんは焦ることなく、俺の指示を待つ。
調合室には、薬液が混ざる小さな音だけが響いていた。
魔核抽出液の投入。
色彩の変化。
加熱の停止。
最後の安定化。
すべての工程が終わる。
二本目の薬液も、淡い白金色へ変わった。
◇____________________
『秘薬』
『品質:S』
『希少度:S』
『状態』
・調合完了
・魔力安定
・異物混入なし
『安全性』
・問題なし
____________________◇
「二本目も成功です」
「終わった……」
斉藤さんが、調合台へ手を付きかける。
だが、すぐに身体を起こした。
「大丈夫ですか?」
「ああ。少し疲れただけだ。明里の料理のおかげで、身体はまだ動く」
二本目の秘薬も、専用容器へ移される。
安全検査の結果が出るまで、俺たちは調合室の外で待つことになった。
◇
約一時間後。
医務課の職員が、検査結果を持って戻ってきた。
「二本とも、人体へ使用できる品質であることを確認しました。有害な成分や異常な魔力反応も検出されていません」
「これで、依頼達成ですか?」
「はい。正式な受領手続きを行います」
端末へ、依頼の完了が表示される。
◇____________________
『探索者協会医務課・正式調合依頼』
『依頼品』
・秘薬×二本
『納品数:二本』
『品質:S』
『安全検査:合格』
『依頼達成:完了』
『報酬』
・斉藤涼介:2,450,000円
・一城陸斗:1,050,000円
____________________◇
「ありがとうございます。報酬は、それぞれの登録口座へ振り込まれます」
斉藤さんが、表示された金額を見つめる。
「本当に、俺が二百四十五万円も受け取るんですね……」
「正式な依頼を達成した報酬です。受け取ってください」
「分かってる。だが、一度の仕事でこれだけの金を受け取るなんて、まだ実感が湧かないんだ」
それでも、斉藤さんは報酬を辞退しなかった。
自分が使った技術と時間。
完成させた物の価値。
それに対して支払われる報酬を、正面から受け取ろうとしている。
「医務課では、二本の使用結果を記録します。効果と安全性が確認できれば、今後も調合をお願いする可能性があります」
「その時は、材料と時間を確認したうえで返事をします」
「よろしくお願いいたします」
医務課の職員が一礼し、二本の秘薬を保管庫へ運んでいく。
依頼は無事に終わった。
だが、俺には一つ確認しておきたいことがあった。
「斉藤さん。少し待ってください」
「どうした?」
「以前は、ユキの魔核と身体を治せるかだけを調べました。完成した秘薬が、ほかにどのような症状を治せるのか確認しておきたいんです」
「医務課も知りたい情報だろうな。頼む」
保管庫へ移される前の調合記録には、秘薬から読み取った魔力情報が保存されている。
その記録へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動させた。
重傷。
臓器の損傷。
神経の異常。
魔力経路の損傷。
秘薬によって治療できる症状が、次々と表示されていく。
「こんなところまで治せるのか……」
治療可能な症状の一覧が表示された瞬間。
俺は、そこに並んだ内容の重さに言葉を失った。
「一城? 何が表示されたんだ?」
斉藤さんが、不思議そうに俺を見る。
秘薬は、怪我だけを治す薬ではなかった。




