75話「探索者専用タワーマンション」
明里さんの料理店を使った実証事業が決まってから、三日後。
探索者協会では、空いていた店舗区画の改装工事が始まっていた。
厨房設備や食器が揃うまでには、もう少し時間が掛かるらしい。
俺も開店までに用意する物を確認していたのだが、それとは別の問題を抱えていた。
「ぴる……」
ユキが、申し訳なさそうに身体を縮める。
「ユキが悪いわけじゃないよ」
白銀鎧を装備したユキの左右には、二枚の半透明な装甲が浮かんでいる。
装甲はユキの動きに合わせて位置を変えるため、狭い場所でも壁へぶつかることはない。
だが、今の部屋には家具や荷物が多かった。
先ほども棚とテーブルの間を通ろうとして、白銀鎧が両方へ触れそうになっている。
「装備を外せば動けるけど、家の中でも着ける練習は必要だよな」
「ぴるっ」
ユキが白銀鎧へ意識を向ける。
二枚の装甲が小さくなり、白い身体へ沿うような位置で止まった。
「大きさも調整できるようになったんだな」
「ぴるるっ!」
褒められたユキが、その場で嬉しそうに跳ねる。
しかし、着地する先には、古戦場から持ち帰った素材を保管する箱が置かれていた。
「ぴるっ?」
箱へぶつかる前に、ユキを両手で受け止める。
「やっぱり、狭いな……」
ユキが加わる前は、生活するだけなら困らなかった。
今は、従魔用ゼリーや身体の手入れ用品。
白銀鎧に探索道具や回復薬。
協会から返却された銀光液の保管箱まで増えている。
黄金と白銀の結晶飴は、安全性を考えて探索者協会の保管庫へ預けていた。
それでも、今の部屋でユキと暮らし続けるには限界がある。
「もう少し広い部屋を探した方がいいかもしれないな」
「ぴる?」
「ユキが動き回れる場所も必要だし」
「ぴるっ!」
引っ越しという言葉は分からなくても、広い場所へ行けることは伝わったらしい。
ユキが白銀鎧を揺らしながら、元気よく身体を伸ばした。
その時、テーブルへ置いていたスマートフォンが振動する。
表示されているのは、髙橋さんの名前だった。
「一城です」
『調査課の髙橋です。今、お時間はよろしいでしょうか?』
「はい。大丈夫です」
『古戦場で撮影された動画について、公開前の確認が完了しました』
「公開しても問題ありませんか?」
『事前にお伝えした箇所を除けば、問題ありません。ただ、公開前に一つご相談があります』
髙橋さんの声が、僅かに真剣さを増す。
『一城さんたちの住居についてです』
「住居ですか?」
『秘薬を使ってユキさんを救出した映像は、大きな注目を集めると予想されます。希少区域を複数発見し、S級武器まで所有していることも、今後の探索活動を続ける中で完全に隠し続けることは難しいでしょう』
黄金白銀双短剣の詳しい性能や、宝物殿の映像は公開しない。
それでも、これから二本の短剣を実戦で使えば、珍しい武器を手に入れたことまでは知られる可能性がある。
『正確な所持数は非公開ですが、一城さんたちが高額な素材を保有していることは、協会内の複数部署が把握し、情報の統制を行っています。ですが……』
「今の住居では、危険だということですか?」
『はい。こちらも情報に制限を掛けていますが、念には念をと思いまして。今後も注目度はさらに高まると予想されます。安全な住居へ移ることを検討していただけないでしょうか?』
今の部屋には、一般的な鍵しか付いていない。
住所を公開したことはないが、探索者協会からあとを付けられれば、住んでいる場所を知られる可能性はあった。
「実は、俺も引っ越しを考えていたところです。ユキと暮らすには、今の部屋が狭くなってきましたから」
『それでしたら、探索者協会からご紹介できる物件があります』
「どのような物件ですか?」
『探索者協会本部の隣にある、探索者専用のタワーマンションです』
◇
翌日の午後。
俺は探索者ストアを訪れ、髙橋さんから聞いた話を美咲さんと店主さんへ相談した。
「探索者専用マンションか」
店主さんが、渡した資料へ目を通す。
「一般のマンションより家賃は高いが、設備を考えれば妥当だな」
「お父さん。私たちも引っ越した方がいいんじゃない?」
美咲さんが、店主さんへ提案する。
「シズクも動画へ何度も映っています。私たちの住んでいる場所まで知られたら、この子が狙われるかもしれません」
「ぷる……」
自分の話をされていると分かったのか、シズクが美咲さんの腕へ身体を寄せる。
「その可能性はあるな」
店主さんが、資料からシズクへ視線を移す。
「陸斗たちのクランに入った以上、俺たちも無関係ではいられねえ。店は協会の中だから安全だが、自宅は普通の家だからな」
「店主さんたちも、同じマンションへ移りますか?」
「隣に空き部屋があるなら、その方が都合はいいだろう。クランで何かあった時も、すぐに集まれる」
「では、高橋さんに確認してみます」
「ああ、頼む」
話がまとまったところで、美咲さんが確認するように尋ねた。
「もし店主さんたちも移れることになった場合、家賃はどうしましょうか?」
「部屋はそれぞれが個人で借りるものですし、家賃も各自の個人資産から払うのはどうでしょう?」
俺が提案すると、美咲さんが頷く。
「はい。住居は個人で使うものですから、クランの共同資金から出す必要はないと思います」
「俺も異論はない」
「では、家賃は個人で払うという事で」
資料によれば、十二階に隣り合った二部屋が空いているらしい。
一二〇四号室は、二人用の部屋。
一二〇五号室は、それよりも少し広く、三人から四人で暮らせる間取りになっている。
「俺とユキが一二〇四号室。店主さんと美咲さん、シズクが一二〇五号室なら、広さもちょうどよさそうです」
「隣同士なら、シズクとユキも会いやすいですね」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
テーブルの上に並んでいた二匹が、揃って身体を伸ばす。
「まだ決まったわけじゃないよ」
「ぷる?」
「ぴる?」
「まずは、部屋を見せてもらおう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹には内見という言葉も分からないはずだが、どこかへ出掛けられることは理解したらしい。
◇
探索者専用タワーマンションは、探索者協会本部の隣に建っていた。
地上五十階建て。
外壁には白と黒の石材が使われ、地上部分の入口には厚い魔法強化ガラスが設置されている。
一般的な高級マンションというより、探索者協会の施設をそのまま高層化したような建物だった。
入口の前には二人の警備職員が立ち、出入りする者の身分証を確認している。
「お待ちしておりました」
俺たちを案内してくれるのは、協会の住居管理課に所属する女性職員だった。
髙橋さんは調査課の仕事があるため、紹介後の手続きは担当部署へ引き継がれている。
「入館には、探索者証か居住者用の登録証が必要です。登録された従魔についても、専用の識別情報を確認します」
俺と美咲さんが探索者証を提示する。
店主さんも、クランの支援構成員として発行された登録証を端末へ読み込ませた。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
シズクとユキの従魔登録証にも、順番に青い光が当てられる。
「個体名シズク、個体名ユキ。登録情報を確認しました。どうぞ、お入りください」
建物内へ入ると、正面に広い受付があった。
警備職員のほかにも、住居管理課の職員が常駐している。
「警備職員は二十四時間、建物内に常駐しています。問題が起きた場合は、各部屋の緊急通報設備から警備室と探索者協会へ同時に連絡できます」
「魔物や従魔が暴れた場合にも、対応できるんですか?」
「はい。警備職員は、全員が戦闘訓練を受けています。小型従魔用の捕獲器具や、魔力を一時的に遮断する設備も用意しています」
シズクとユキが、僅かに身体を低くする。
「二匹を捕まえるための物じゃないよ」
「ぷる……」
「ぴる……」
「登録された従魔が問題を起こしていない限り、使用することはありません」
女性職員も、二匹を安心させるように説明する。
「ぷるっ」
「ぴるっ」
受付の先にあるエレベーターでも、登録証の確認が必要だった。
「居住者が利用できるのは、地下連絡階、一階、三十階の共用フロア、それから登録された居住階です。ほかの階には、訪問許可がなければ移動できません」
「三十階には、何があるんですか?」
「住人専用の共用施設が集まっています。お部屋の前に、そちらからご案内しますね」
エレベーターへ乗り、三十階のボタンを押す。
扉が閉まると、殆ど揺れを感じないまま上昇を始めた。
◇
三十階でエレベーターを降りると、目の前に広い通路が伸びていた。
片側には、二十四時間営業のコンビニ。
その隣には、従魔用の食事や手入れ用品を扱う雑貨店がある。
「従魔用ゼリーも売ってるね」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹が同時に雑貨店へ身体を伸ばす。
「今日は買い物に来たんじゃないよ」
「ぷる……」
「ぴる……」
「居住者向けの商品は、部屋まで自動配送することもできます」
女性職員が説明を続ける。
ほかにも、探索者用の衣類や保存食、日用品を扱う生活用品店が入っていた。
朝食を食べられる軽食店。
夕方から営業する酒類を扱ったバー。
住人同士が利用できるラウンジまである。
「ここだけで、普段の生活に必要な物はかなり揃いそうですね」
「はい。探索から戻った直後に外へ出たくない方や、顔を知られている探索者も利用されています」
通路の奥へ進むと、透明な壁で囲まれた大きな広場が見えてきた。
内部では、犬に似た従魔や小型の鳥型従魔が遊んでいる。
「こちらは、従魔用の遊戯広場です。体格ごとに利用区域を分け、安全確認を行ったうえで使用していただきます」
「シズクとユキも利用できますか?」
「もちろんです。本日は内見者用の一時登録を行っていますので、短時間であれば入れます」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹には広場という言葉が伝わったらしい。
美咲さんの腕と俺の肩から、それぞれ入口へ向かって身体を伸ばしている。
「少しだけ遊んでいこうか」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
小型従魔用の区域へ入ると、シズクが先に床へ跳び下りた。
ユキもあとを追う。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹が広場の端まで跳ねていき、柔らかな障害物の間を追い掛け合う。
床には衝撃を吸収する素材が使われているらしく、勢いよく着地しても音は殆ど響かなかった。
ユキの左右に浮かぶ白銀鎧も、ほかの従魔へ触れないよう小さくなっている。
「シズクが遊べる場所まであるんですね」
「ぷるるっ!」
名前を呼ばれたシズクが、大きく跳ねて返事をする。
「二匹とも、部屋を見る前から気に入ってるみたいだな」
「ぴるっ!」
十分ほど遊んだあと、シズクとユキを連れて再びエレベーターへ戻った。
「ぷる……」
「ぴる……」
「部屋を見終わったら、また来よう」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
◇
エレベーターで十二階へ向かう。
「このマンションは、探索者協会本部を活動拠点とする方のための施設です」
女性職員が説明を続ける。
「各ダンジョンには協会支部がありますが、同じ設備を持つマンションが建っているわけではありません。素材の本格的な査定や買取、研究、クランの登録管理は、基本的に本部で行っています」
「俺たちの場合は、この場所が一番活動しやすいんですね」
「はい。地下の専用通路を使えば、建物の外へ出ずに探索者協会本部へ移動できます」
明里さんの料理店も、探索者ストアも協会本部の中にある。
今後のクラン活動を考えても、立地は申し分なかった。
◇
最初に案内されたのは、一二〇四号室だった。
「広い……」
玄関から続く廊下を抜けると、大きな居間が現れた。
今の部屋なら、家具を置いただけで埋まってしまうほどの広さがある。
「ぴる……」
ユキが俺の足元から、恐る恐る居間へ入る。
何も置かれていない床を確かめるように、ゆっくりと跳ねていく。
「走っても大丈夫そうだよ」
「ぴるっ!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ユキが速度を上げた。
白銀鎧を左右へ浮かべたまま、居間の端まで移動する。
壁の手前で身体を縮め、勢いを殺して方向転換した。
「ぴるるっ!」
「気に入ったみたいだね」
「かなり嬉しそうです」
美咲さんが、走り回るユキを見ながら微笑む。
一二〇四号室には、居間と寝室のほかに、もう一つ個室があった。
装備の手入れや、動画の編集に使えそうだ。
「こちらが装備保管庫です」
女性職員が、廊下の奥にある扉を開く。
内部は防火、防刃構造。
温度と湿度を一定に保ち、魔力を漏らさないための遮断機能も備わっている。
「高額な装備やダンジョン素材は、こちらへ保管できます。扉は居住者本人の登録証と、魔力情報が一致しなければ開きません」
「銀光液も保管できますか?」
「はい。液体素材用の固定棚も設置されています」
これなら、探索鞄や棚へ無理に詰め込む必要もない。
部屋の奥には、小さな訓練室まで用意されていた。
「壁と床には、衝撃を軽減する素材が使われています。ただし、強力な魔法や武器は使用できません」
「ユキが装備を動かす練習をする程度なら、問題ありませんか?」
「その程度であれば大丈夫です」
「ぴるっ!」
説明を聞いていたユキが、訓練室へ飛び込む。
白銀鎧を広げたり、身体へ近付けたりしながら、その場を何度も往復した。
「ここも気に入ったみたいだな」
「ぴるるっ!」
洗面室の隣には、従魔用の洗い場がある。
床は滑りにくい素材で造られ、温度を調整できる低い位置のシャワーも付いていた。
ユキの身体や白銀鎧を洗う時にも使えそうだ。
「窓には、防音と魔力遮断の機能があります。外部から室内を撮影することもできません」
「そこまで対策されているんですね」
「有名探索者や希少な従魔を狙い、遠距離から撮影しようとする者もいますから」
現時点では、俺たちの顔や住所まで知られているわけではない。
それでも、今後の危険を考えれば、対策が多過ぎることはなかった。
◇
続いて、一二〇五号室へ移動する。
こちらは一二〇四号室よりも個室が一つ多く、居間も僅かに広かった。
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの腕から跳び下り、居間を見回す。
頭上には黄金兜と結晶冠が浮かんでいる。
「シズクも、装備を着けたまま動けそうだね」
「ぷるるっ!」
シズクが床を跳ねながら、部屋の奥へ進んでいく。
ユキも、そのあとを追い始めた。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹が広い居間の中を、追い掛け合うように走る。
店主さんは、設備を確認しながら窓際へ移動した。
「俺の部屋と美咲の部屋を分けても、まだ一部屋残るな」
「その部屋は、シズクの物を置く場所に使えそうです」
「動画の編集部屋にしてもいいだろう」
「お父さんの荷物を置く部屋にはしないからね」
「まだ何も言ってねえだろ」
美咲さんと店主さんの会話を聞きながら、俺は隣室との位置を確認する。
一二〇四号室と一二〇五号室は、玄関を出れば数歩で行き来できる距離だった。
「本当に隣なんだね」
「何かあっても、すぐに駆け付けられます」
美咲さんが、少し嬉しそうに答える。
「シズクとユキも、毎日会えそうだ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
二匹が、俺たちの会話へ返事をする。
家賃は、今の住居よりも大幅に高い。
会社員だった頃の収入では、住むことを考えることすらできなかっただろう。
だが、古戦場の素材収入と、会社から支払われた補償金がある。
これからも安定して探索を続けるなら、安全へ使う金を惜しむべきではないと思った。
「俺は、一二〇四号室へ決めます」
「即決されますか?」
「はい。ユキも気に入っているみたいです」
「ぴるっ!」
ユキが俺の隣へ戻り、身体を足へ押し付ける。
「俺たちも一二〇五号室でいいな?」
「うん。私も、ここがいいと思う」
美咲さんと店主さんも、入居を決めた。
「それでは、二部屋の入居手続きを進めます。最短で一週間後から入居可能です」
「お願いします」
女性職員から、契約に必要な書類を受け取る。
住居費は、クランの共同資金ではなく、それぞれの個人資産から支払う。
一二〇四号室は、俺の名義。
一二〇五号室は、店主さんと美咲さんの名義で契約することになった。
◇
内見を終え、マンションの一階へ戻る。
シズクとユキは、まだ部屋や三十階の広場から離れたくなかったらしい。
「ぷる……」
「ぴる……」
二匹とも、エレベーターの中で名残惜しそうに身体を縮めている。
「一週間待てば、あの部屋で暮らせるよ」
「ぷる?」
「ぴる?」
「今度は、荷物を持ってくるんだ」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
意味が分かったのか、揃って元気を取り戻す。
探索者協会本部の隣に建つ、五十階建ての探索者専用タワーマンション。
一二〇四号室には、俺とユキ。
一二〇五号室には、店主さん、美咲さん、シズク。
隣り合った二つの部屋で、俺たちの新しい生活が始まろうとしていた。




