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74話「探索者を守る料理」


 クラン登録を終えた日の夕方。

 髙橋さんとの通話を終えた俺は、探索者ストアのテーブルへと戻った。


「陸斗さん。髙橋さんから、何かありましたか?」


 美咲さんに尋ねられ、俺は明里さんへ視線を向ける。


「明里さんの『調理強化』について、相談がありました」

「私のスキルですか?」


「はい。探索者の安全へ繋がる可能性があるため、協会の医務課と安全管理課で、正式に効果の検証をさせてほしいそうです」

「私の料理を、探索者協会が……」


 明里さんが、戸惑ったように両手を見る。


「検証への参加は任意です。断っても、クラン登録や今後の活動には影響しません」

「危険な検査ではないんだな?」


 斉藤さんが確認する。


「はい。協会の試験用調理室で料理を作り、同意を得た職員に食べてもらうそうです。身体測定も、安全な範囲で行うと聞いています」

「一城さんも、立ち会ってくださいますか?」

「そのつもりです。俺の『解析鑑定』による記録も必要だと言われています」

「それでしたら……受けてみたいです」


 明里さんが、緊張を残しながらも頷いた。


「私の料理が、探索者の方を助けられるかもしれないんですよね?」

「はい」

「では、お願いします」


 斉藤さんは明里さんの肩に手を置き、頷いた。


「俺も付き添っていいか?」

「大丈夫だと思います。一度、髙橋さんへ確認してみますね」

「頼む」


 髙橋さんへ連絡すると、斉藤さんの付き添いも認められた。

 検証は、翌日の午前中から行われることになった。



 ◇



 翌日。


 俺たちは探索者協会の二階にある、試験用調理室を訪れていた。

 前にも少し話したが、探索者協会は元々大型のショッピングモールだった建物を利用している。

 探索者向けの施設へ改装されたあとも、飲食店が使用していた区画の一部に残されていた。

 試験用調理室にも、大型の冷蔵庫や複数の作業台、業務用の調理器具が揃っている。


「本日は、ご協力ありがとうございます」


 髙橋さんの隣には、医務課と安全管理部の職員が立っていた。

 検証へ参加するのは、探索者資格を持つ六人の協会職員だ。

 全員が事前に健康診断を受け、検証内容にも同意している。


「今回は、二種類の料理を用意します」


 医務課の職員が説明を始める。


「片方は、協会の管理栄養士が調理します。もう片方は、同じ材料と分量を使い、斉藤明里さんが『料理』と『調理強化』を使用して作ります」

「食事の前後で、身体能力を測定するんですね」

「はい。三名ずつに分かれて試食していただきます。効果は十二時間と伺っていますので、食事直後、六時間後、十二時間後の三回に分けて測定します」


 用意された材料は、鶏肉と複数の根菜。

 ダンジョン素材ではなく、一般に流通している食材だけだった。


「普段作っている料理で構いません。過度に意識せず、いつもどおり調理してください」

「分かりました」


 明里さんがエプロンを身に着け、調理台の前へ立つ。


「斉藤さん。俺たちは邪魔にならない場所へ移動しましょう」

「ああ」


 俺たちは、透明な仕切りで区切られた観察場所へ移動する。

 シズクとユキも、並んで調理の様子を見ていた。


「ぷる……」

「ぴる……」


 二匹の視線は、明里さんよりも食材へ向いている。


「検証用の料理だから、勝手に食べちゃ駄目だよ」

「ぷるっ」

「ぴるっ」


 返事はしたものの、鶏肉が鍋へ入ると揃って身体を伸ばした。

 明里さんが食材を切り、火の通り方に合わせて順番に鍋へ入れていく。


 灰汁を取り除き、調味料を加える。

 やがて、調理室へ食欲を誘う香りが広がり始めた。


「ぷるる……」

「ぴるる……」


「シズクとユキの分は、検証が終わってから作ってもらおうか?」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 待てば食べられると分かり、二匹が元気を取り戻す。

 最後に、明里さんが鍋へ両手を向けた。


「『調理強化』を使います」


 淡い橙色の魔力が、鍋全体を包み込む。

 光はスープの中へ溶け込み、鶏肉や根菜へ均等に広がっていった。

 しばらくすると光が消え、見た目には普通の料理へ戻る。


「完成しました」

「お疲れさまでした」


 小皿へ取り分けてもらった料理へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『斉藤明里の強化料理』


 『品質:A』

 『付与効果:調理強化』


 『効果』

 ・基礎身体能力:10%上昇

 ・効果時間:12時間


 『補足』

 ・同一効果の重複不可

 ・戦闘系、生産系スキルそのものの性能は変化しない


 ____________________◇



「基礎身体能力を一割上昇させる効果があります。効果時間は十二時間です」

「同じ料理を複数回食べた場合は、どうなりますか?」


 髙橋さんに尋ねられ、解析表示を確認する。


「効果は重複しません。二人分食べても、二割にはならないみたいです」

「剣術や魔法の性能も、一割上がるのでしょうか?」

「いえ。戦闘系や生産系のスキル自体は、強化されません」


 基礎身体能力が上昇すれば、剣を振るう力や攻撃を避ける速さは上がる。

 だが、『剣術』による動作補正や、『魔法』の威力が直接強化されるわけではない。

 生産職についても同じである。

 斎藤さんのように、料理強化により集中力は上がっても、スキル自体の性能が上がるわけではない。


「使用しているのは一般的な食材ですが、品質はAと表示されています」

「『料理』によって完成度を高め、『調理強化』によって効果を付与していると考えられますね」


 髙橋さんが、俺から聞いた解析結果を記録する。


「それでは、試食と測定を始めましょう」


 二種類のスープが、六人の参加者へ配られた。



 ◇

 


「美味しい……」


 明里さんの料理を食べた女性探索者が、思わず声を漏らした。


「根菜の中まで、しっかり味が染みています」

「どちらの料理を食べたか推測できる発言は、控えてください」


 測定担当者に注意され、女性探索者が慌てて口元を押さえる。


「すみません」

「味の感想は、検証終了後の質問票へお願いします」


 食事を終えた六人が、隣の測定室へ移動する。


 最初に行われたのは、握力や脚力の測定。

 続いて、反応速度と短距離走。

 最後に、重りを運ぶ簡単な障害物コースを使う。


 すべて、食事前にも実施した検査だ。


「最初の測定結果が出ました」


 医務課の職員が、二つの集団の記録を比較する。


「管理栄養士が作った料理を食べた三名に、大きな変化はありません」

「明里の料理を食べた方は?」


 斉藤さんが身を乗り出す。


「握力、脚力、反応速度のすべてが、食事前より一割前後上昇しています。個人差はありますが、最も低い方でも九パーセントを超えています」


 俺の『解析鑑定』で表示された結果と、協会の測定値は一致していた。


「身体に異常はありませんか?」

「現時点では確認されていません。血圧や脈拍にも、危険な変化はありません」


 続いて、参加者が所有するスキルの検査を行う。


 剣術を持つ探索者は、訓練用の人形へ決められた動作で剣を振るう。

 魔法を持つ探索者は、測定器へ向けて出力を抑えた魔法を使用する。

 生産系スキルを持つ二人も、食事前と同じ作業を行った。


「スキルの補正値と出力には、変化がありません」


 安全管理部の職員が、測定結果を確認する。


「基礎身体能力が上がったことで、剣による実際の打撃は強くなっています。ただし、『剣術』そのものの性能が上昇したわけではありません」

「『調合』と『鑑定』にも、変化はありませんでした」

「解析結果のとおりですね」


 測定は、六時間後にも行われた。

 明里さんの料理を食べた三人は、最初の測定と同じ身体能力を維持している。

 体調不良や過度な興奮状態も確認されなかった。


 十二時間後。

 最後の測定が行われる。

 強化されていた身体能力は少しずつ元へ戻り、食事前とほぼ同じ数値になっていた。

 効果が切れたことで、急激な疲労や痛みが生じることもない。


「安全性に問題はありません」


 医務課の職員が、すべての測定記録へ目を通す。


「一般的な食材を使用した料理で、十二時間にわたって基礎身体能力を一割上昇させられる。探索者支援として、非常に有効な効果です」


 参加した男性探索者も、大きく頷いた。


「一割は大きいですよ。普段なら持ち上げられない物も運べました」

「効果が十二時間あれば、日帰り探索の間はほとんど持続しますね」


 女性探索者が続ける。


「帰還途中に体力が足りなくなった時も、一割の差があれば助かる探索者は多いと思います」


 明里さんが、驚いたように二人を見る。

 家族や知人へ振る舞ってきた料理が、探索者の生存へ繋がる可能性を持っている。

 今回の検証によって、それが客観的な記録として証明された。



 ◇



 翌日の午前中。

 俺たちは、髙橋さんたちと協会内の会議室へ集まっていた。


「医務課と安全管理部で協議した結果、正式な提案があります」


 テーブルの上へ、一つの資料が置かれる。

 表紙には、『探索者支援料理・実証事業』と書かれていた。


「実証事業……?」

「斉藤明里さんの『調理強化』を利用した料理を、探索者へ提供する計画です」


 髙橋さんが資料を開く。


「探索者協会本部の一階には、現在使用されていない飲食店用の区画があります。そこを利用し、三か月間の試験営業を行っていただけないでしょうか?」

「私が、お店を……?」


 明里さんが、驚いたように目を見開く。


「店舗の契約は、登録クランである『蒼雪の宝珠』と探索者協会の間で結びます。ただし、店舗を運営するのは斉藤明里さんです。協会が雇用する形ではありません」

「クラン名義で場所を借りて、明里さんが自分のお店として運営するんですね」

「はい」


 実証期間は三か月。

 その間の店舗賃料と共益費。

 基本的な厨房設備の設置費。

 定期的な衛生検査と安全検査。

 これらは、探索者協会が負担する。


「さらに、料理を提供した探索者の状態記録や、利用者への質問調査へ協力していただく対価として、クランへ運営協力費をお支払いします」

「食材費は、どのようになりますか?」

「通常の食材と開発用の材料は、クラン側でご用意ください。料理の売上から回収できます。万が一、売上が費用へ届かなかった場合は、運営協力費から補填できる金額を設定します」


 協会が費用を貸し付けるわけではない。

 実証事業が上手くいかなかったとしても、明里さんやクランへ借金は残らない。


「三か月後は、集めた記録を基に継続するか判断します。安全性と有効性が改めて認められれば、探索者支援料理として正式に認定することも検討します」

「正式に認定された場合は、何か変わるのでしょうか?」

「協会が、探索前の食事として推奨できるようになります。一定の条件を満たす料理には、補助制度を設けることも可能です」


 探索者が支払う金額を抑えながら、店側にも適切な利益が残るようにする制度らしい。


「今すぐ決める必要はありません」


 髙橋さんが、明里さんを見る。


「三か月間とはいえ、店舗を運営することになります。斉藤さんと相談したうえで、ご本人の意思で決めてください」

「分かりました」


 資料を受け取り、俺たちは一度、探索者ストアへ戻ることにした。



 ◇



「明里は、どうしたい?」


 店へ戻ると、斉藤さんが最初に尋ねた。


「俺や一城がどう思うかではなく、明里自身が決めてくれ」

「私は……やってみたい」


 明里さんが、資料を両手で持ちながら答える。


「不安はあるけど、私の料理で探索者の方が無事に帰ってこられるなら、挑戦してみたい」

「分かった。俺も手伝う」


 斉藤さんが頷く。


「陸斗さん。クランの共同資金から、食材費を出していただいてもいいのでしょうか?」

「そのための共同資金です。国内で流通している食材は、クラン用のカードで購入しましょう。ダンジョンで手に入れた食材を使う場合も、使用した分を記録します」


 店主さんが、会計用の端末を取り出す。


「料理店用に支出項目を分けておく。食材費、開発費、消耗品費を別々に記録すれば、利益も分かりやすい」

「お願いします」


「それなら、必要経費を差し引いた利益の半分を、クラン口座へ入れるのはどうだ?」


 斉藤さんの提案に、俺は首を横へ振った。


「半分は多過ぎます」

「だが、食材費もクランから出してもらうんだぞ。店舗もクラン名義で借りる」

「必要経費は、売上から先に共同口座へ戻せばいいと思います。そのうえで残った利益の半分まで受け取るつもりはありません」


 毎日の仕込み。

 調理。

 店内の清掃。

 利用者への対応。


 その中心になるのは、明里さんだ。


「私も、半分は多いと思います」


 美咲さんも俺に同意する。


「明里さんが、技術と時間を使って働くお店です。利益の多くは、明里さんが受け取るべきだと思います」

「それなら……四割か?」


 斉藤さんが提案する。


「四割でも貰いすぎだ。三割が妥当だろう」


 店主さんが口を挟む。


「必要経費を差し引いたあとの利益から、七割を明里さんの店へ。三割をクラン口座へ入れる。クラン側は食材の仕入れや経理、ダンジョン素材の調達を担当する。それなら、双方の役割にも釣り合うだろう」

「そうですね。それで行きましょう」

「私も、それで大丈夫です」

「明里は?」

「はい。お願いします」


 店の売上から、食材費などの必要経費を先に精算する。


 残った利益の七割を、明里さんの店へ。

 三割を、クラン共同口座へ入れる。

 実証期間中に売上が伸びなかった場合でも、協会の運営協力費があるため、明里さんへ借金を負わせることはない。


「明里さんには、食材と開発費の支払いに使うクランカードを用意します」


 店主さんが、端末へ利用者を登録する。


「領収書は必ず残してくれ。高額な食材を買う時は、事前に陸斗か美咲へ確認だ」

「分かりました」

「最初から、無理に料理の種類を増やす必要はねえぞ」

「はい。まずは、今日作ったような料理から始めます」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 料理という言葉へ反応し、シズクとユキが明里さんの前へ並ぶ。


「シズクちゃんとユキちゃんも、お店を手伝ってくれるの?」

「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


「食べる方じゃないよね?」

「ぷる?」

「ぴる?」


 美咲さんに尋ねられ、二匹が同時に身体を傾けた。


「今の反応を見る限り、客として参加するつもりみたいだな」

「試食係なら、誰よりも真面目にやってくれそうですね」


 緊張していた明里さんの表情が、僅かに和らいだ。



 ◇



 その日の午後。

 髙橋さんに案内され、俺たちは実証事業で使用する予定の店舗を見に来ていた。


 場所は、探索者協会の一階。

 ダンジョンへ向かう受付と、素材買取窓口の間にある飲食店区画だった。

 元々は料理店だったらしく、店内には厨房とカウンターが残されている。


 客席は二十席ほど。

 店の前は、装備を身に着けた探索者が何人も行き交っていた。


「ここなら、ダンジョンへ入る前に立ち寄れますね」

「帰還後の食事にも利用できます」


 髙橋さんが、店舗の設備を説明する。


「厨房設備は、実証事業の開始までに交換します。必要な調理器具や食器については、一覧を提出してください」

「こんなに広い場所を、本当に私が使っていいのでしょうか?」

「斉藤さんの料理が、探索者の安全へ繋がる可能性を認められたためです」


 明里さんが、厨房の中へ足を踏み入れる。

 作業台へ手を触れ、店内をゆっくりと見回した。


「ここで、探索者の方に料理を作るんですね」

「はい。引き受けていただけるのであれば」

「やります」


 今度の返事には、迷いがなかった。


「三か月間、やらせてください」

「分かりました。探索者協会から『蒼雪の宝珠』への正式な依頼として、手続きを進めます」


「ぷるっ!」

「ぴるっ!」


 シズクとユキが、空いているカウンター席へ並ぶ。

 そこへ料理が運ばれてくるのを待つように、厨房へ身体を向けていた。


「まだ開店してないよ」

「ぷる……」

「ぴる……」


 美咲さんに教えられ、二匹が揃って小さく縮む。


 クラン『蒼雪の宝珠』が設立されて、二日。

 最初の正式な依頼は、探索者が少しでも安全に帰還できるように、明里さんの料理を、多くの人へ届けるための依頼だった。

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― 新着の感想 ―
この料理が現実にあれば、 適当計算だと 100m走10秒の人が9秒 42.195キロのフルマラソン2時間の人が1時間48分 なんで世界が
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