73話「クラン『蒼雪の宝珠』設立」
会社から正式な謝罪を受けた翌日。
俺たちは、探索者協会の調査課にある確認室を訪れていた。
古戦場から持ち帰った素材と装備の検査が、すべて終わったらしい。
「こちらが、売却を希望された素材の最終査定結果です」
髙橋さんが、机の上に置かれたタブレットをこちらへ向ける。
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『スライム達の古戦場・売却素材』
・金魔核:64個
査定額:320,000円
・金魔石:45個
査定額:2,250,000円
・白銀魔核:56個
査定額:840,000円
・白銀魔石:36個
査定額:5,400,000円
・銀光液:10個
査定額:2,500,000円
『合計査定額:11,310,000円』
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「一千百三十一万円……」
美咲さんが、驚いたように査定結果を見つめる。
俺も金額を予想していたとはいえ、改めて数字として見ると現実感が薄かった。
「銀光液は、予定どおり二十個のうち十個を売却し、残る十個は保管する形でよろしいですか?」
「はい。魔法鞄の素材として使えるので、残しておきたいです」
「分かりました。銀光液は劣化しにくい素材ですが、専用の保管容器へ入れてお渡しします」
金魔核や白銀魔核まで残すことも考えたが、すべてを保管していては今後の活動資金が増えない。
銀光液だけでも、魔法鞄を作るために必要な量は確保できている。
「続いて、売却しない物をお返しします」
髙橋さんが、壁際に置かれた保管箱を開ける。
中には、黄金白銀双短剣と黄金兜、白銀鎧が収められていた。
「いずれも、安全性に問題はありません。黄金白銀双短剣については、S級武器として正式に登録しました。所有者は一城さんと佐伯さんの共同名義です」
「ありがとうございます」
美咲さんが黄金短剣を受け取り、探索者ベルトへ固定する。
俺も白銀短剣を腰へ装備した。
鋼短剣より刃渡りは長いが、重さはほとんど変わらない。俺が握りやすいように、柄の形も僅かに調整されていた。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、残る二つの装備へ向かって身体を伸ばす。
美咲さんが黄金兜をシズクへ近付けた。
黄金色の兜は半透明へ変わり、シズクの頭上へ浮かぶ。結晶冠を邪魔しない位置で止まり、小さな身体に合わせて大きさも調整された。
「ぷるるっ!」
「よく似合ってますよ」
「ぷるっ!」
俺も白銀鎧をユキへ近付ける。
白銀色の装甲が左右へ分かれ、ユキの身体を挟むような位置へ浮かんだ。
「ぴる?」
ユキが身体を傾けると、二枚の装甲も同じ方向へ動く。
「ちゃんとユキの動きに付いてくるみたいだな」
「ぴるっ!」
自分専用の装備だと分かったのか、ユキが嬉しそうに跳ねた。
「結晶飴についても、安全性の確認が終わっています」
別の保管箱には、黄金色と白銀色の結晶飴が並べられていた。
黄金の結晶飴が十個。
白銀の結晶飴も十個。
どれも指先ほどの大きさで、内部から淡い光を放っている。
「予定どおり、一城さんと佐伯さんへ五個ずつ分けてお返しします」
俺と美咲さんが、黄金と白銀の結晶飴をそれぞれ五個ずつ受け取る。
「使用する時は、事前にシズクとユキの状態を確認した方がいいですね」
「そうだな。誰に、どの順番で使うかも相談してから決めよう」
「はい」
結晶飴を専用容器へ収め、防護機能のある探索鞄へ入れる。
「結晶飴の効果と所持数については、調査課内でも閲覧権限を制限しました」
髙橋さんが、タブレットへ新たな資料を表示する。
「ユキさんの『スライム幸運』についても同様です。古戦場で得た正確なドロップ数と共に、外部へは公開しません」
「動画にも載せない方がいいですか?」
「はい。公開予定の映像についても、既に確認を進めています」
動画で使用できるのは、傷付いたユキを助けた場面。
秘薬を使用したこと。
ユキと従魔契約を結んだこと。
黄金と白銀の軍勢との戦闘。
そして、希少区域から無事に帰還したところまで。
正確なドロップ数。
結晶飴の数と効果。
宝物殿の開放条件。
黄金白銀双短剣の詳しい性能。
ユキの『スライム幸運』については、映像から外すことになった。
「ユキさんの救出だけでも、大きな注目を集めると思います」
髙橋さんが、俺の隣にいるユキを見る。
「秘薬を迷わず使用した場面も、そのまま公開するのですか?」
「はい。ユキを助けるために使ったことは、隠す必要がないと思っています」
「分かりました。ただし、公開後は一城さんたちへの注目が、今まで以上に高まる可能性があります。個人情報や行動予定の扱いには、十分注意してください」
「分かりました」
動画の最終確認を終えたあと、俺たちは売却への同意書へ署名した。
◇
探索者ストアへ戻ると、俺たちは店主さんへ査定結果を報告した。
「一千百三十一万円か。とんでもねえ金額になったな」
店主さんが、受け取った査定書へ目を通す。
「それで、売却代金の分け方なんだけど、今回から変更したいと思ってる」
「これまでの半分ずつではなく、ですか?」
美咲さんが尋ねる。
「そうだな。これからは、シズクとユキの食費や装備も増えていく。パーティー全体で使う回復薬や探索用品も、もっと良い物を揃えたい」
「共同資金の割合を増やすんですか?」
「ああ。俺が二十五パーセント。美咲さんが二十五パーセント。残る五十パーセントを共同資金へ入れたい」
今回の売却額で計算すれば、俺と美咲さんの取り分は、それぞれ2,827,500円。
既に開設しているパーティー用の共同口座には、5,655,000円を入れることになる。
「陸斗さんの取り分が少な過ぎませんか?」
美咲さんが、心配そうに俺を見る。
「希少区域を発見したのも、ドロップ品を詳しく調べたのも陸斗さんです」
「でも、古戦場を攻略できたのは、美咲さんとシズクが戦ってくれたからだ。ユキの『スライム幸運』がなければ、ここまで多くの素材も手に入らなかった」
「それは、そうですが……」
「俺たち個人の装備は、それぞれの資産から買う。共同で使う回復薬やシズクとユキの装備なんかは共同資金から出す。で、どうかな?」
「そうですね。私も、その割合で賛成です」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキも、話に参加するように身体を伸ばす。
「ん? もしかしてシズクとユキのやつ……食費が共同資金から出ると分かったのか?」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
店主さんに尋ねられ、二匹が揃って返事をした。
「理解してそうだな」
「食べ物に関係する話だけは、覚えるのが早いですね」
美咲さんが苦笑する。
「整理するけど、共同資金から出すのはシズクとユキの食費や装備。パーティーで使う回復薬や消耗品。それから、調合室や訓練室の利用料で行こうと思う」
「調合や料理を頼む場合は、どうするつもりだ?」
店主さんの問いに、俺は少し考えてから答える。
「材料費や設備の利用料は、共同資金から出そうかと。継続的な作業や負担の大きな仕事を頼む時は、活動協力費も支払いたいと思います」
「私もそれで問題ないです」
「技術や時間を使ってもらうことを、当然とは思いたくないからね」
会社では、誰か一人が無理をすることを当たり前にした結果、あそこまで問題が大きくなった。
俺自身も、頼まれた仕事を断れずに抱え続けた。
「陸斗。共同口座の管理は、どうするつもりだ?」
「そのことなんですが……店主さん。共同口座の管理をお願いしたいのですが、いいでしょうか?」
「俺にか?」
「はい。俺と美咲さんは探索に出ることが多くなります。店主さんなら、必要な支出と記録をきちんと分けてくれると思っているので」
店主さんが腕を組み、しばらく考える。
「分かった。帳簿の管理は俺が引き受ける。ただし、一定額を超える支出は、お前と美咲の二人で確認しろ」
「そうですね。それでお願いします」
「私も、それがいいと思います」
共同口座を利用した日時と金額。
購入した物。
誰が使用したのか。
店主さんに記録を任せ、大きな支出には俺と美咲さんの承認が必要な形にする。
これなら、共同資金が増えても使い道が曖昧になることはない。
「陸斗。俺から提案だ」
「何ですか?」
「この際、クランを立ち上げたらどうだ? 立ち上げれば、生産や支援を担当する人間を正式な仲間として迎えることもできる」
「クラン、ですか?」
「ああ。今はパーティーの登録になってるが、これから先の階層を攻略するなら、生産や支援を任せられる仲間が必要になる。共同資金も、クラン名義にした方が管理しやすい」
「店主さんも、参加してくれるんですか?」
「運営と会計を任せてくれるならな。どうだ?」
「ぜひお願いします」
店主さんが答える。
クランを設立すれば、探索者だけでなく、生産職や支援職も正式な構成員として登録できる。
第十一層への転移門も、条件を達成した者を含む登録クランなら利用できると表示されていた。
「斉藤さんと明里さんにも、参加してもらえたら……嬉しいな」
口に出してから、少し気恥ずかしくなる。
「それなら、誘ってみたらどうだ?」
「いいんですかね?」
「クランへ迎えたいと思っているのは、お前だろ。二人に決めてもらえばいい」
「そう、ですね。聞いてみます」
美咲さんも、賛成するように頷いた。
◇
その日の夕方。
俺から話があると伝えると、斉藤さんと明里さんは揃って探索者ストアへと足を運んでくれた。
「クランを設立するのか?」
俺の話を聞き、斉藤が驚いたように聞き返す。
「はい。俺と美咲さん、店主さんで考えてます。シズクとユキも、クランの所属従魔として登録する予定です」
「それで、俺たちも参加してほしいと?」
「斉藤さんには、生産と調合を担当してもらえたらと思っています。ただ、俺たちだけの依頼を受けてほしいわけではなくて、外からの調合依頼もこれまで通り、受けてもらって大丈夫です」
クランへ加入したからといって、斉藤さんの活動を制限するつもりはない。
個人で受けた依頼の報酬も、斉藤さん自身の収入だ。
「クランのために調合を頼む場合は、材料費や設備の利用料を共同資金から出します。継続的な作業や、負担の大きな仕事には活動協力費としてお支払いさせて頂くつもりです」
「そこまでしてもらっていいのか?」
「斉藤さんが今まで積み上げてきた技術と時間に対する正当な評価ですから。それを曖昧にするつもりはありません」
斉藤が、何かを思い出すように目を伏せる。
「そうか……」
「どうでしょうか?」
斉藤が、ゆっくりと頷く。
「分かった。俺でよければ、参加させてくれ。個人の調合師として仕事を続けながら、クランの役にも立ちたい」
「ありがとうございます」
続いて、明里さんへ向き直る。
「明里さんにも、料理と支援を担当してもらえたらと思っています」
「私も、クランへ入っていいんですか?」
「もちろんです。以前作ってもらった料理も、探索の助けになりました。『料理』と『調理強化』は、これから先も大きな力になると思います」
明里さんが隣の斉藤さんを見る。
斉藤さんは代わりに答えず、明里さんの言葉を待っていた。
「私にできることでよければ、お願いします」
明里さんが、自分の意思で答える。
「探索へ同行することは難しいかもしれません。でも、皆さんが無事に帰ってこられるように、料理で支えたいと思います」
「ありがとうございます」
これで、斉藤夫妻から正式に参加の同意を得られた。
「残るのは、クランの名前ですね」
美咲さんが、テーブルの上にいるシズクとユキを見る。
「ぷる?」
「ぴる?」
自分たちが見られている理由が分からないらしく、揃って身体を傾けた。
「この子達を表す名前にしたいな」
シズクの透き通った蒼い身体。
ユキの雪のように白い身体。
そして、俺たちにとって大切な仲間であること。
「『蒼雪の宝珠』……なんてのはどうかな?」
「蒼はシズクで、雪はユキですね」
美咲さんが、嬉しそうに二匹を見る。
「宝珠は、この子たちの丸い身体ですか?」
「それもある。シズクとユキは、俺たちにとって家族で大切な仲間だからな」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
意味が伝わったのかは分からないが、シズクとユキが同時に跳ねる。
「俺はいい名前だと思うぞ」
「俺も賛成だ」
「私も好きです」
店主さん、斉藤、明里さんからも反対はなかった。
こうして、俺たちのクラン名は『蒼雪の宝珠』に決まった。
◇
翌日の午後。
俺たちは、探索者協会のクラン登録窓口を訪れていた。
俺と美咲さん。
店主さん。
斉藤と明里さん。
そして、シズクとユキ。
加入予定者全員で、受付カウンターの前へ並ぶ。
「クラン設立申請ですね。加入予定者の皆様へ、一人ずつ確認を行います」
対応してくれた女性職員が、登録用の端末を操作する。
「加入はご本人の意思によるものです。クラン代表者が、ほかの方を本人の同意なく登録することはできません。本人確認後、加入同意欄へ署名をお願いします」
「分かりました」
最初に、俺が探索者証を端末へ読み込ませる。
「一城陸斗様。クラン代表として登録することに同意されますか?」
「はい。同意します」
電子署名を行い、確認石へ手を触れる。
続いて、美咲さんが前へ出た。
「佐伯美咲様。副代表としての加入でよろしいですか?」
「はい。私の意思で参加します」
美咲さんも署名を終える。
「佐伯吾郎様。運営及び会計担当として加入されますか?」
「ああ。参加する」
「斉藤涼介様。生産及び調合担当として加入されますか?」
「はい。お願いします」
加入手続きは、一人ずつ進められていく。
最後に、明里さんが端末の前へ立った。
「斉藤明里様。料理及び支援担当としての加入申請ですね」
「はい」
「登録スキルは、『料理』と『調理強化』の二つで間違いありませんか?」
「間違いありません」
「クラン内での共有情報として、登録スキル名を公開することに同意されますか?」
「はい。同意します」
明里さんが署名し、確認石へ触れる。
全員が、自分の意思で加入手続きを終えた。
「契約従魔については、契約者の登録情報と連携します」
美咲さんがシズクの従魔登録証を、俺がユキの従魔登録証を提示する。
「個体名シズク。契約者、佐伯美咲様」
「ぷるっ!」
「個体名ユキ。契約者、一城陸斗様」
「ぴるっ!」
二匹とも自分の名前へ反応し、元気よく身体を伸ばした。
「これで、所属従魔の登録も完了です」
女性職員が、続いて共同口座の設定画面を開く。
「既に登録されているパーティー用共同口座は、そのままクラン共同口座へ切り替えられます。口座番号と過去の利用記録も引き継がれますが、よろしいですか?」
「お願いします」
「管理担当者は、佐伯吾郎様。一定額を超える支出については、代表と副代表、二名の承認を必要とする設定ですね」
「はい。それでお願いします」
俺と美咲さんが、口座変更へ同意する。
女性職員が、最後の登録操作を行う。
受付端末へ、クランの情報が表示された。
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『クラン登録』
『クラン名』
・蒼雪の宝珠
『代表』
・一城陸斗
『副代表』
・佐伯美咲
『運営・会計』
・佐伯吾郎
『生産・調合』
・斉藤涼介
『料理・支援』
・斉藤明里
『所属従魔』
・シズク
・ユキ
『登録人数:5名』
『所属従魔:2匹』
『クラン登録:完了』
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「クラン『蒼雪の宝珠』の設立を受理しました」
女性職員が、新しいクラン登録証を俺へ差し出す。
「代表者用の登録証です。構成員の皆様には、それぞれの探索者証や支援者証へクラン情報が追加されています」
「ありがとうございます」
登録証を受け取る。
表面には、クラン名と所属者の数が記されていた。
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
シズクとユキが、俺の手にある登録証を見ようと身体を伸ばす。
「シズクとユキの名前も、ちゃんと登録されてるから安心してな」
「ぷるるっ!」
「ぴるるっ!」
揃って嬉しそうに跳ねる。
俺と美咲さん、シズクとユキのパーティーへ、店主さん、斉藤さん、明里さんが加わり、正式に一つのクランになった。
◇
探索者ストアへ戻ってから、一時間ほどが経った頃、俺のスマートフォンへ髙橋さんから着信があった。
「一城です」
『調査課の髙橋です。今、お時間はよろしいでしょうか?』
「はい。大丈夫です」
『まずは、クラン設立おめでとうございます』
「ありがとうございます。でも、登録したばかりなのに、もう分かったんですね」
『第十一層への進入資格に、登録クランが含まれています。一城さんか佐伯さんが代表となるクラン申請は、調査課へ自動的に通知されるようになっているんですよ』
「なるほど、そういうことでしたか」
『利用資格を確認するため、登録された構成員とスキル名を確認しました。その中で、一つ伺いたいことがあります』
髙橋さんが、僅かに間を置く。
『斉藤明里さんが所有している、『調理強化』についてです』
「明里さんのスキルが、どうかしましたか?」
『名称から判断すると、料理を通じて何らかの強化効果を与えるスキルでしょうか?』
「そうです。以前、第六層を探索した時に、明里さんが作った料理を食べました。身体能力と集中力を補助する効果があります」
『一城さんの『解析鑑定』による記録は残っていますか?』
「はい。ボディレコーダーの映像も残ってると思います」
『もし探索者の能力を安全に補助できるのであれば、負傷率や死亡率を下げられる可能性があります』
髙橋さんの声が、僅かに真剣さを増す。
『協会の医務課と安全管理部から、正式な検証をお願いできないかと考えています。ただし、まずはクラン代表である一城さんへ相談させていただきました』
「分かりました。でも、引き受けるかどうかを決めるのは明里さんです。俺から話してみます」
『もちろんです。斉藤明里さんご本人の同意がない限り、詳しいスキル情報の共有や検証は進めません』
「それなら、明里さんに確認してから連絡します」
『お願いします』
通話を終える。
クランを設立したその日のうちに、明里さんの『調理強化』が探索者協会の目に留まった。
戦うための力ではない。
それでも、多くの探索者を無事に帰還させる力になるかもしれない。
俺は新しく受け取ったクラン登録証を手に、明里さんへ相談するため立ち上がった。




