72話「10年分の謝罪」
外部監査の結果が斉藤さんへ伝えられた翌日。
探索者ストアで動画を編集していると、スマートフォンへ一件のメッセージが届いた。
表示された名前を見て、指が止まる。
「星川部長……」
以前勤めていた会社の、営業部長だった。
俺の膝に載っていたユキが、スマートフォンを覗き込む。
「ぴる?」
「前の会社の人から連絡が来たんだ」
メッセージを開く。
◇____________________
『突然の連絡で申し訳ない。営業部の星川です』
『品質管理部に関する外部監査が完了しました』
『会社として、一城君へ説明しなければならないことがあります』
『社長と私から、直接謝罪する機会をいただけないでしょうか』
『場所は会社でなくても構いません』
『会いたくない場合は、断ってください』
____________________◇
何度か読み返したあと、スマートフォンを机へ置く。
「前の会社からですか?」
隣で映像を確認していた美咲さんが、俺の表情へ気付いた。
「うん。外部監査が終わったそうだ。社長と星川部長が、直接謝罪したいと書かれてる」
「会うんですか?」
「話は聞こうと思う」
もう会社へ戻るつもりはない。
それでも、十年間働いた会社が、どのような結論を出したのかは知っておきたかった。
「私も一緒に行きましょうか?」
「いいの?」
「はい。会社から何を言われるのか、心配ですから」
「それなら、お願いしてもいいかな」
「もちろんです」
「ぴるっ!」
ユキも同行するつもりらしく、膝の上で身体を伸ばした。
「ユキも来てくれるの?」
「ぴるるっ!」
話を聞いていた店主さんが、カウンターの奥から声を掛ける。
「会うなら、会社以外の場所にしろ」
「探索者協会の面談室を借りようと思います」
「それがいい。それと、その場で書類へ署名するな。金の話が出ても、一度持ち帰って専門家に確認してもらえ」
「分かりました」
探索者協会には、探索者向けの法律相談窓口もある。
俺は星川部長へ、探索者協会の面談室であれば会うと返信した。
◇
三日後。
俺と美咲さんは、探索者協会の面談室を訪れていた。
シズクは美咲さんの膝の上。
ユキも、俺の隣に置かれた椅子で大人しく待っている。
「ぴる……」
「緊張しなくて大丈夫だよ」
「ぴるっ」
ユキを撫でていると、面談室の扉がノックされた。
「どうぞ」
扉が開き、二人の男性が入ってくる。
一人は、以前勤めていた会社の社長で、もう一人は、星川部長だった。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
社長が、俺へ深く頭を下げる。
俺も倣い頭を下げる。
「こちらは、同じパーティーの佐伯美咲さんです。俺の同席者として来てもらいました」
「承知しました。会社側に異存はありません」
二人が向かいの席へ座る。
社長が、持ってきた鞄から書類を取り出した。
「最初に、外部監査の結果をご説明します」
机へ置かれたのは、俺に関係する部分をまとめた監査結果の写しだった。
◇____________________
『外部監査結果通知書』
『認定事項』
・品質管理部における慢性的な人員不足
・特定社員への過剰な業務集中
・増員申請の不当な差し止め
・納期延長申請に対する撤回の強要
・時間外労働記録の過少申告
・人事評価及び業績記録の不正な変更
・虚偽の顛末書による責任転嫁
・監査資料及び社内記録の削除未遂
『一城陸斗氏に対する解雇処分』
・解雇理由として提示された事実に虚偽あり
・本人へ弁明の機会を与えず処分を決定
・解雇処分は不当であったと認定
『関係者への処分』
・無野品質管理部長:懲戒解雇
・具土副社長:取締役解任及び懲戒解雇
・斉藤元課長:故意の不正行為なし
・品質管理部の現場社員:懲戒処分なし
____________________◇
「無野部長と具土副社長が、懲戒解雇……」
処分の内容を見て、思わず呟く。
「はい。無野は増員申請を差し止めたうえ、問題が発生した際の顛末書を書き換えていました」
社長が答える。
「具土は、無野が自身の甥であることを理由に監査を妨害していました。人事評価や昇進へ不当に介入していた事実も確認されています」
「斉藤さんは?」
「故意に誤査定や不正を行った事実はないと認定されました。管理職としての責任は残りますが、会社が斉藤君一人へ負わせようとしていた責任は撤回します」
その結果を聞き、胸の奥にあった力が僅かに抜けた。
「よかった……」
斉藤さんが俺へ仕事を押し付けていたことは変わらない。
それでも、誤査定や混乱のすべてを、斉藤さん一人の責任にするのは違うと思っていた。
「斉藤さんは、会社へ戻るんですか?」
「復職を打診しましたが、断られました」
星川部長が答える。
「今後は、個人で『調合』の依頼を受けるための準備を進めるそうだ」
「そうですか」
斉藤さんは、自分で新しい道を選んだ。
そのことを、素直に嬉しいと思うことができた。
◇
「次に、一城さんの人事評価についてご説明します」
社長が、別の書類を机へ置く。
そこには、入社してから解雇されるまでの給与と人事評価が記載されていた。
◇____________________
『一城陸斗・人事及び給与記録』
『入社時』
・最終学歴:高等学校卒業
・保有スキル:鑑定
・給与等級:一般職・初級
『退職時』
・勤続年数:10年
・給与等級:一般職・初級
・月額支給額:約180,000円
・手取り額:約140,000円
『確認事項』
・勤続期間中の給与等級変更なし
・昇格面談の実施記録なし
・人事記録上は、本人都合による昇格辞退
・本人へ昇格の意思を確認した記録なし
____________________◇
「昇格辞退……?」
そんな話をされた記憶は一度もない。
「俺は、昇進の話をされたことがありません」
「はい。それが外部監査でも確認されています」
社長の表情が険しくなる。
「一城さんは、複数回にわたって昇格候補へ選ばれていました。しかし、そのすべてが本人辞退として処理されています」
「どうして、そのような記録に?」
「無野が、人事記録を書き換えていました」
高卒で、保有スキルも『鑑定』一つだけ。
だから、自分の給料が安いのは仕方がないと思っていた。
査定を早く終わらせても、新しい仕事を積まれるだけ。
評価されないのは、自分に能力がないからだと考えていた。
「陸斗さんは、昇進を断っていなかったんですよね?」
隣から、美咲さんの声が聞こえる。
「うん。一度も聞かれてない」
「十年間、一度もですか?」
「はい」
社長が答えた。
小さな音がして、美咲さんを見ると___膝の上で、拳を強く握っていた。
「美咲さん?」
「……すみません」
そう答えた声は、普段よりも低かった。
「陸斗さんは、十年間も自分の評価が低いと思わされていたんですよね」
「高卒で、スキルも一つしかなかったから、仕方がないと思ってた」
「仕方なくありませんっ」
美咲さんが、迷わず否定する。
「誰よりも多く仕事をして、会社を支えていた人です。その成果を奪ったうえで、昇進まで断ったことにするなんて……」
美咲さんが、社長と星川部長を見る。
「無野という人は、陸斗さんを何だと思っていたんですか?」
星川部長が、悔しそうに答える。
「自分が利益を得るための、都合のいい部下だと考えていたのだと思う」
「……そうですか」
「私は、一城君の仕事が速いことを知っていた」
星川部長が、俺を見る。
「営業部から急ぎの査定を頼めば、君は必ず納期へ間に合わせてくれた。だから、業務量に応じた手当を受け取り、少なくとも管理職と同等の給与を得ていると思っていたんだ」
「俺が実際に受け取っていたのは、手取り十四万円だけです」
「実態を知り、私も衝撃を受けたよ……。無野からは、本人が現場業務を希望し、管理職への昇進を辞退していると、説明されていたから……」
星川部長が、膝の上で拳を握る。
「一城君の性格なら、自分から昇進を求めないこともあると思い、それ以上は確認しなかった。本当に申し訳ない」
「星川部長だけの責任ではありません」
「それでも、本人へ直接確認していれば、もっと早くに気付けたかもしれない」
社長が、次の資料を差し出す。
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『名義が変更されていた主な業績』
・素材査定業務手順書の作成
・品質別査定記録の統一
・市場価格照合手順の効率化
・取引先別発送手順の整理
・大口取引先に対する短納期査定の継続達成
『社内業績記録上の担当者』
・無野
『実際の作成者及び主担当者』
・一城陸斗
『確認された利益』
・無野への業績賞与
・人事評価の加算
・昇進時の主要実績として使用
____________________◇
どれも、会社にいた頃の俺が行った仕事だった。
「査定手順書まで、無野部長の成果になっていたんですね」
「はい。共有フォルダに残っていた元のファイルから、一城さんが作成者だと確認できました」
自分がいなくなっても、業務を続けられるように作った手順書。
それさえ、無野部長が作ったことにされていた。
「一城さんが過労で倒れたあと、無野と具土の間で交わされた通信も復元されています」
社長が、僅かに言葉を詰まらせる。
「待遇と業績記録の不正が発覚する前に、一城さんへ責任を負わせ、会社から追い出すことを相談していました」
「俺が倒れたから、解雇する機会だと考えたんですね」
「……はい」
仕事で会社へ損害を与えたからではない。
不正を知られる前に、俺を会社から追い出したかった。
解雇された日のことを思い出す。
弁明する機会も与えられず、顛末書の内容だけを理由に、社員証を返すよう求められた。
「陸斗さん……」
美咲さんの声に、顔を向ける。
膝の上にいるシズクを抱く腕へ、力が入っていた。
「大丈夫だよ」
「大丈夫ではありません」
美咲さんが、珍しく強い口調で否定する。
「陸斗さんが何も悪くなかったと分かったのはよかったです。でも、されたことまで大丈夫になるわけではありません」
「ぷるっ!」
シズクも、美咲さんへ同意するように身体を伸ばす。
「ぴるっ!」
ユキまで、椅子の上で身体を膨らませていた。
「二匹とも怒ってるの?」
「ぷるっ!」
「ぴるっ!」
揃って返事をされ、思わず僅かに笑ってしまう。
自分のことなのに、三人の方が怒っている。
それが不思議で、同時に少しだけ嬉しかった。
◇
「一城さん」
社長が席を立つ。
「十年間、会社のために働いてくれたあなたへ、正当な評価も報酬も与えませんでした」
星川部長も、隣で立ち上がる。
「あなたの成果を守ることもできず、過労で倒れるまで働かせました。最後には、事実と異なる報告を信じ、責任を負わせて解雇しました」
二人が、深く頭を下げる。
「誠に、申し訳ありませんでした」
静かな面談室に、二人の声が響いた。
会社にいた頃、何度も考えたことがあった。
自分の仕事を、誰かに見てほしい。
これだけの量を一人で処理していたことを、知ってほしい。
無理をさせて悪かったと、一度でも言ってほしい。
だが、実際に謝罪されても、十年間の記憶が消えるわけではなかった。
「頭を上げてください」
二人が、ゆっくりと顔を上げる。
「俺は、ずっと謝ってほしいと思っていました」
自分の気持ちを確かめながら、言葉を続ける。
「仕事をしていなかったわけではない。誰よりも多く査定していた。会社へ迷惑を掛けようとしたわけでもない。それを認めてほしかったんだと思います」
「……はい」
「監査を行い、会社の責任を認めてくれたことは、ありがたいです。謝罪も受け取ります」
社長の表情が、僅かに緩む。
「ですが、全部を許せたのかは、まだ分かりません」
「当然です」
社長は、迷わず答えた。
「今日の謝罪で許してもらえるとは考えていません。失った時間を返すこともできません。それでも、会社が間違っていたと、直接お伝えする必要がありました」
「分かりました」
星川部長も、改めて俺へ頭を下げる。
「営業部も、君の仕事の速さへ甘えていた。申し訳なかった」
「星川部長」
「何だ?」
「斉藤さんの話を、最後まで聞いてくれたそうですね」
「斉藤から聞いたのか」
「はい。外部監査へ繋げてくれたことも」
「私は、もっと早く異常に気付くべきだった。礼を言われるようなことはしていない」
「それでも、ありがとうございました」
俺も頭を下げる。
斉藤さん一人へ責任を負わせる形で終わっていれば、今日の結果には辿り着かなかった。
◇
「続いて、未払い賃金と解雇に関する補償について説明します」
社長が、新しい書類を机へ置く。
過去の勤怠記録や入退室記録、業務端末の使用履歴。
不当に変更されていた人事評価と業績記録。
それらを基に、十年間で俺が受け取るはずだった金額を再計算したらしい。
◇____________________
『補償内容』
・未払い時間外手当及び遅延損害金
8,720,000円
・不当に抑制された昇給及び賞与の差額
10,640,000円
・名義を変更された業績報奨金
4,480,000円
・治療費及び入院期間中の休業補償
600,000円
・退職金及び不当解雇に対する解決金
5,400,000円
『補償総額』
29,840,000円
『備考』
・本人側の専門家による確認後、最終金額を確定
・確認に必要な相談費用は会社側が負担
・無野が不正に受給した賞与及び手当は、会社から別途返還を請求
____________________◇
「二千九百八十四万円……」
提示された金額を見て、すぐには言葉が出なかった。
会社を解雇された日。
口座に残っていたのは、三千円だけだった。
十年間、休む時間を削って働き続けた。
それでも俺の手元には、ほとんど何も残らなかった。
受け取るはずだった評価も報酬も、誰かに奪われていたからだ。
「これが、現在確認できている記録から算出した金額です」
社長が説明する。
「追加の記録が見つかった場合は、金額を上乗せします」
「今日、署名する必要がありますか?」
「いいえ」
社長が首を横へ振る。
「必ず第三者へ確認してもらってください。内容に疑問があれば、何度でも話し合いに応じます。今日、この場で結論を求めるつもりはありません」
「分かりました」
美咲さんが、補償内容をもう一度確認する。
「名義を変えられた業績報奨金も、陸斗さんへ支払われるんですね」
「はい。無野から回収できるかどうかにかかわらず、会社が責任を持って支払います」
「昇進を妨害された分も?」
「本来の評価で昇給していた場合との差額を、賞与と合わせて算出しています」
「そうですか……」
美咲さんが、ゆっくりと拳を開く。
怒りが消えたわけではない。
それでも、会社が言葉だけでなく、正式な補償という形で責任を取ると分かり、僅かに表情が和らいでいた。
「それから、会社として復職も打診させてください」
社長が、最後の書類を差し出した。
「解雇処分は撤回します。希望するのであれば、勤続期間を維持したまま復職できるよう手続きを行います。以前と同じ部署へ戻る必要もありません」
「申し訳ありませんが、復職するつもりはありません」
俺は書類を受け取らずに答えた。
「すぐに決めなくても構いません」
「もう決めています」
美咲さんを見る。
その膝の上では、シズクが俺たちの話を聞いている。
隣の椅子にいるユキも、白い身体を俺へ寄せていた。
「俺には今、探索者として続けたいことがあります。一緒にダンジョンへ入りたい仲間もいます」
「ぴるっ!」
「ぷるっ!」
二匹が揃って身体を伸ばす。
「会社にいた頃は、自分に何ができるのか分からなくなっていました。でも、今は違います」
自分にしか見つけられない希少区域。
『解析鑑定』でしか判明しない条件。
それを必要としてくれる人たちがいる。
「会社へ戻るつもりはありません」
「……分かりました」
社長が、復職に関する書類を鞄へ戻す。
「復職を断っても、謝罪や補償の内容は変わりません」
「ありがとうございます」
「一城さん。十年間、会社を支えていただき、本当にありがとうございました」
社長が、最後にもう一度頭を下げた。
◇
面談を終え、探索者ストアへ戻った。
「それで、何が分かった?」
店主さんが、カウンターから身を乗り出す。
俺は外部監査の結果を、一つずつ説明した。
無野部長が増員申請を握り潰していたこと。
昇進候補になっても、俺が辞退したことにされていたこと。
自分の業績が、無野部長の名前で記録されていたこと。
不正の発覚を防ぐため、俺へ責任を負わせて解雇したこと。
「十年間、手取り十四万円だと?」
店主さんの低い声が、休憩スペースへ響く。
「はい。昇進の話は、一度も聞かされませんでした」
「ふざけやがって……」
店主さんが、カウンターへ拳を置く。
「十年勤めた人間の成果を横取りして、自分は賞与と役職手当を受け取ってたのか。挙げ句、倒れたら不正がばれる前に解雇した?」
「外部監査では、そう認定されています」
「人一人を使い潰して、道具みてえに捨てやがったのか。クソやろうめ」
「お父さん。落ち着いて」
「美咲だって、さっきから全然落ち着いてねえだろ」
「……それとこれとは別です」
美咲さんは否定したが、今も表情は険しい。
「陸斗さんは、もっと怒っていいと思います」
「無野部長も具土副社長も、処分は決まりましたから」
「だからといって、されたことが消えるわけではありません」
自分のことなのに、美咲さんの方が怒っている。
「それに、会社から正式に補償金が支払われます」
「総額はいくらだ?」
「二千九百八十四万円です」
「三千万円近くか……」
店主さんも、さすがに驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに腕を組む。
「それでも、十年分だと考えれば多すぎる金じゃねえ」
「そうですね」
美咲さんが頷く。
「失った時間は戻りません。でも、会社が言葉だけではなく、正式な補償という形で責任を取るのなら……少しだけ安心しました」
「俺もです」
「遠慮せず受け取れ」
店主さんが、強い口調で言う。
「それは口止め料でも、情けで恵んでもらう金でもねえ。お前が働いて、本来なら受け取っていた金だ」
「分かっています」
「本当に分かってるのか?」
「そのつもりです」
「一城は、自分のことになると遠慮するからな」
「陸斗さんは、頼まれると断れないところもあります」
「二人とも、同じことを言いますね」
「実際にそうだからです」
美咲さんが、僅かに笑う。
先ほどまでの険しい表情が、ようやく和らいだ。
「ぷるっ」
「ぴるっ!」
シズクとユキも安心したのか、揃って身体を伸ばしていた。
◇
それから数日後。
探索者協会から紹介された弁護士に、会社から渡された書類を確認してもらった。
補償内容に、俺が不利になる条件は含まれていない。
会社の責任について口外しないよう求める条項もなかった。
追加の記録も確認されたことで、最終的な補償額は僅かに増えた。
内容に問題がないことを確認し、合意書へ署名する。
さらに二日後。
会社から補償金が振り込まれた。
◇____________________
『入金』
『旧勤務先からの補償金』
30,120,000円
____________________◇
「三千十二万円……」
画面へ表示された金額を、もう一度確認する。
もともとの預金と合わせ、口座残高は四千万近くまで膨れ上がっていた。
金額を見ても、不思議と浮かれた気持ちにはならない。
これは、偶然手に入れた金ではなかった。
俺が十年間働き、受け取ることができなかった報酬。
そして、不当に奪われた仕事と時間に対する補償だ。
「十年分の謝罪、か……」
スマートフォンの画面を閉じる。
「ぴる?」
隣にいたユキが、何を見ていたのか気にするように身体を伸ばす。
「昔の仕事が、ようやく終わったんだ」
「ぴるっ」
「これからは、新しい仕事を頑張ろう」
「ぴるるっ!」
ユキが元気よく跳ね、俺の胸へ飛び込んでくる。
失った十年間を取り戻すことはできない。
それでも、これから過ごす時間を、自分で選ぶことはできる。
会社との関係には、ようやく一つの区切りがついた。




