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71話「陸斗と斉藤が辞めた会社のその後と外部監査の結論」


 『スライム達の古戦場』が発見されてから、四日後。

 斉藤は自宅の机で、探索者協会へ提出する申請書を確認していた。


 個人で調合依頼を受けるための登録申請。

 共同調合室の利用規約。

 調合薬を販売する場合に必要となる、製造記録と安全検査の手順。


 一城から回復薬の調合を依頼されたことで、もう一度『調合』を仕事にしたいと思えるようになった。

 まだ継続して依頼を受けられる保証はない。

 それでも、自分にできることから始めるつもりだった。


 申請書へ必要事項を書き込んでいると、机に置いたスマートフォンが震えた。

 表示された名前を見て、斉藤の手が止まる。


「星川部長……」


 会社を辞めてから、一度も連絡を取っていない営業部長だった。

 僅かに迷ったあと、通話へ応じる。


「もしもし、斉藤です」

『突然すまない。今、話しても大丈夫か?』

「はい」

『外部監査の最終報告が出た』


 その言葉を聞き、斉藤は背筋を伸ばした。


『会社として、君へ直接説明しなければならない。それと、正式に謝罪したい』

「俺へ、ですか?」

『ああ。明日の午後、本社へ来てもらえないだろうか。もちろん、来たくなければ断って構わない』

「……分かりました。伺います」

『ありがとう。受付には話を通しておく』


 通話を終える。

 台所から、明里が心配そうに顔を覗かせた。


「会社から?」

「ああ。外部監査の結果が出たらしい」

「明日、行くの?」

「そのつもりだ」

「そう……」


 明里は斉藤の隣へ座ると、机の上にある申請書へ視線を落とした。


「きちんと話を聞いて、全部終わらせてきて」

「ああ」

「それから、こっちの続きを考えよう」

「そうだな」


 斉藤は、明里の手へ自分の手を重ねた。



 ◇



 翌日の午後。

 斉藤は、三週間ぶりに会社を訪れた。


 毎日のように通っていた建物。

 だが、受付で来訪者用の証明書を受け取ると、自分がもう社員ではないことを改めて実感する。


「斉藤」


 受付前で待っていた星川部長が、斉藤へ歩み寄ってきた。


「来てくれてありがとう」

「いえ」

「会議室へ案内する。社長、人事部、外部監査を担当した弁護士も待っている」

「無野部長と具土副社長も?」

「ああ。二人にも、同じ場で最終報告を伝えることになっている」


 星川部長の表情は険しかった。


「何があったんですか?」

「会議室で説明する」


 それ以上は答えず、星川部長が歩き始める。

 斉藤は小さく息を吐き、そのあとに続いた。



 ◇



 会議室には、社長と人事部長、会社側の弁護士が座っていた。

 向かいには、外部監査を担当した弁護士と二人の調査員。


 奥の席には、無野部長と具土副社長もいる。

 無野部長は斉藤の姿を見ると、不機嫌そうに顔を背けた。

 具土副社長も腕を組み、椅子へ深く座っている。


「斉藤さん。こちらへお掛けください」


 外部監査を担当した弁護士に促され、斉藤は星川部長の隣へ座った。


「それでは、外部監査の最終報告を始めます」


 机の上へ、分厚い報告書が配られる。


「今回の監査では、品質管理部で発生した納期遅延、誤査定、不適切な業務配分及び、一城陸斗さんの過労と解雇に至る経緯を調査しました」


 一城の名前が出た瞬間、斉藤の指先へ力が入った。


「関係者への聞き取りに加え、社内メール、共有フォルダ、勤怠記録、入退室記録、人事評価、給与記録、業務端末の操作履歴を確認しています。削除された一部の資料についても、保存されていた予備記録から復元しました」


 調査員が、画面へ監査結果を表示する。



 ◇____________________


 『外部監査・最終報告』


 『認定された事実』

 ・品質管理部から提出された増員申請の不当な差し止め

 ・納期延長申請に対する撤回の強要

 ・特定社員への過剰な業務集中

 ・時間外労働記録の過少申告

 ・業務上の問題を現場社員の責任とする虚偽の顛末書

 ・人事評価及び業績記録の不正な変更

 ・監査開始後における社内記録の削除未遂

 ・副社長による監査範囲の縮小及び調査中止の要求

 ・親族関係を利用した人事評価と昇進への介入


 ____________________◇



「増員申請については、品質管理部から複数回提出されていました」


 画面へ、過去の申請書が表示される。

 斉藤が課長として提出した物。

 陸斗が業務量と必要人数をまとめ、添付した資料。

 現場社員の残業時間や、増加し続ける査定件数まで細かく記録されている。


「これらの申請は、すべて無野部長の判断で差し止められていました。人事部へ提出された記録はありません」

「人員を増やすほどの業務量ではないと判断しただけだ」


 無野部長が反論する。


「一城君一人で処理できていた。増員すれば、余計な人件費が掛かる」

「一城さん一人で処理できていたのではありません。一人へ、処理可能な範囲を超えた業務を集中させていたと判断します」


 続いて、陸斗の勤怠記録が表示された。


 毎月の残業時間。

 入退室記録。

 深夜まで業務端末が使用されていた履歴。

 自宅で更新された業務ファイルの数。


「一城さんの実際の労働時間と、会社へ申告されていた時間には大きな差があります」

「本人が勝手に残っていたんだ」


 無野部長が吐き捨てる。


「自分で仕事を抱え込み、時間内に終わらせられなかっただけだろう」

「その主張と矛盾するメールが残っています」


 画面へ、一通の社内メールが表示される。



 ◇____________________


 『品質管理部長から斉藤課長への社内メール』

 『納期延長の申請は撤回しろ』

 『一城君へ任せれば、現在の人数でも処理できる』

 『取引先へ人手不足を理由にすることは認めない』

 『予定どおりの納期で進めるように』


 ____________________◇



 斉藤にも覚えのあるメールだった。

 だが、会社を辞める前に確認した時には、受信履歴から消えていた。


「このメールは、監査開始後に削除されています。削除操作を行った端末と利用者も確認しました」

「共有端末だ。誰でも使える」

「操作時刻には、無野部長の社員証を使って管理区域へ入室した記録があります。端末の認証にも、部長権限が使用されていました」

「誰かが私の社員証を___」

「入退室時の映像も保存されています」


 言い逃れを塞がれ、無野部長の顔から血の気が引く。


「一城君へ仕事を割り振っていたのは、斉藤だろう!」


 無野部長が、斉藤を指差す。


「自分の仕事まで押し付けていた。責任があるのは、こいつだ!」

「その点についても、調査しています」


 外部監査の弁護士は、表情を変えない。


「斉藤さんが、一城さんへ過剰な業務を割り振っていた事実は確認されました。自身の担当業務を任せ、先に帰宅していた記録も残っています」

「……はい」


 斉藤は否定しなかった。


「俺が、一城へ仕事を押し付けていました」

「本人も認めているではないか!」

「一方で、斉藤さんは増員と納期延長を繰り返し申請しています。業務量の削減を求めた記録も残っています」

「それでも、最終的に仕事をさせたのは斉藤だ」

「増員申請を差し止め、納期延長を撤回させたのは、無野部長です」


 外部監査の弁護士が、次の資料へ進む。


「続いて、一城陸斗さんの人事評価と給与について報告します」


 表示された内容を見た瞬間、会議室の空気が変わった。



 ◇____________________


 『一城陸斗・人事及び給与記録』


 『入社時』

 ・最終学歴:高等学校卒業

 ・保有スキル:鑑定

 ・給与等級:一般職・初級


 『退職時』

 ・勤続年数:10年

 ・給与等級:一般職・初級

 ・月額支給額:約180,000円

 ・手取り額:約140,000円


 『確認事項』

 ・勤続期間中の給与等級変更なし

 ・昇格面談の実施記録なし

 ・人事記録上は、本人都合による昇格辞退

 ・本人へ昇格の意思を確認した記録なし


 ____________________◇



「手取り、十四万円……?」


 斉藤は、自分が見間違えたのかと思った。


「そんなはずは……」


 自分の給与明細を思い出す。


「俺は課長として、月に六十万円近く支給されていた。平社員でも、三十万円前後だったはずだ!」

「一城さんの入社時の給与については、当時の社内規定に沿ったものでした」


 人事部長が答える。


「高等学校卒業であり、保有スキルが一つだったため、初任給が低く設定されています」

「それでも、十年ですよ! 十年間、一度も上がっていないんですか?」

「記録上は、そうなっています」


 斉藤の声が震える。

 一城は、誰よりも多く働いていた。

 自分たちが先に帰ったあとも、一人で段ボールの山を処理していた。

 それで受け取っていた金額が、手取り十四万円。


「一城さんの業務成績であれば、遅くとも入社数年後には給与等級が変更されていなければ不自然です」


 外部監査の弁護士が続ける。


「しかし、人事部へ送られた評価には、協調性不足、処理速度に問題あり、上司の補助が必要と記載されていました」

「処理速度に問題……?」


 星川部長が、低い声で呟く。


「一城君より速く素材を査定できる社員など、社内に一人もいなかったぞ」

「そのとおりです。実際の業務記録と、人事評価の内容は一致していません」


 星川部長が、無野部長へ視線を向ける。


「無野。私は何度も、一城君を正当に評価しているのかと尋ねたな」

「……覚えていない」

「忘れたとは言わせない」


 星川部長の声が鋭くなる。


「君は、一城君本人が管理職への昇進を望んでいないと説明した。現場業務を続けたいと、本人から辞退されたと言ったはずだ」

「実際、あいつは高卒で、スキルも一つしか___」

「質問に答えろ!」


 星川部長の怒声が、会議室へ響き渡った。

 斉藤が会社にいた頃でさえ、ここまで声を荒らげた星川部長を見たことはない。


「本人へ、昇進の意思を確認したのか?」

「……確認する必要はないと判断した」

「それを、本人が辞退したとは言わない!」


 星川部長が、机へ両手をつく。


「私は、一城君には査定件数に応じた業績手当が支給されていると思っていた。管理職と同等か、それ以上の給与を受け取っていると、君から説明されていたんだぞ!」

「俺もです」


 斉藤が立ち上がる。


「一城には、業務量に応じた手当が支給されていると聞いていました。だから……」


 だから、仕事を渡しても報酬には繋がっている。

 自分より遅くまで働いても、その分だけ残業代を受け取っている。

 無意識に、そう思い込もうとしていた。


「まさか、本当に十四万円だけだったのか……?」

「一城さんへ、査定件数に応じた業績手当が支給された記録はありません」


 その言葉に、斉藤は力を失ったように椅子へ座り直した。


「では、業績手当はどこへ消えたんですか?」


 星川部長が尋ねる。


「業績報告を調査した結果、一城さんが行った複数の業務改善が、無野部長の実績として申請されていました」


 画面へ、業績一覧が表示される。



 ◇____________________


 『名義が変更されていた主な業績』

 ・素材査定業務手順書の作成

 ・品質別査定記録の統一

 ・市場価格照合手順の効率化

 ・取引先別発送手順の整理

 ・大口取引先に対する短納期査定の継続達成


 『社内業績記録上の担当者』

 ・無野


 『実際の作成者及び主担当者』

 ・一城陸斗


 『確認された利益』

 ・無野への業績賞与

 ・人事評価の加算

 ・昇進時の主要実績として使用


 ____________________◇



「素材査定業務手順書を作ったのは、一城です」


 斉藤が、すぐに否定する。


「共有フォルダにも、一城の名前が残っていました」

「原案を作らせただけだ。部下の成果は、管理者の成果でもある」

「名前を書き換えて、自分が作ったことにするのが管理ですか!」


 斉藤が再び立ち上がった。


「一城は、十四万円で毎日遅くまで働いていた。その仕事を自分の手柄にして、あなたはいくら受け取っていたんですか!」

「立場をわきまえろ、斉藤」

「一城へ押し付けていた俺が言えることではない。それでも……!」


 斉藤が、無野部長を睨む。


「あなたは、最初から全部知っていたんだろ。一城が誰よりも多く仕事をしていることも、その仕事で会社が利益を得ていることも!」


 無野部長は答えない。


「俺は月に六十万円近く受け取っていた。一城の四倍以上だ。そのうえ、妻から連絡が来れば、自分の仕事まで渡して先に帰っていた……」


 怒りと共に、自分への嫌悪が込み上げてくる。


「一城は、何も言わなかった」

「本人が何も言わなかったのなら、待遇に納得していたんだろう」


 無野部長の言葉に、斉藤の表情が変わる。


「違う」

「何が違う?」

「あいつは、言わなかったんじゃない。言えなかったんだ」


 仕事を頼めば、断らなかった。

 無理だと言い出せず、倒れるまで一人で抱え続けた。

 その性格を、自分たちは都合よく利用していた。


「一城が断れないことを、あなたも分かっていた。だから、昇進を辞退したことにしたんだろう!」

「憶測で物を言うな!」

「憶測ではありません」


 外部監査の弁護士が、二人の言い争いを止める。


「人事記録を変更した操作履歴が残っています。昇格候補者として登録された一城さんを、本人辞退へ変更したのは無野部長のアカウントです」

「管理者として判断しただけだ」

「本人へ確認せず、虚偽の理由で昇格候補から外すことは、正当な管理行為ではありません」


 さらに、無野部長の過去の人事評価が表示される。

 一城の業務改善を、自分の成果として報告。

 その実績によって業績賞与を受け取り、昇進。

 無野部長が役職を上げるたび、その裏では陸斗の名前が消されていた。


「無野部長が受け取った業績賞与及び役職手当の一部については、不正な業績申告に基づくものと判断します。会社から返還を求める予定です」

「私がいなければ、一城を使うことさえできなかった! 成果を出せるよう管理していたのは私だ!」


「ふざけるな、無野!」


 星川部長が、机を叩く。


「一城君を正当に評価していると言ったな。昇進は本人が断ったと、何度も私へ説明した!」

「営業部の人間に、品質管理部の人事は関係ない」

「関係ある!」


 星川部長の怒声に、無野部長が僅かに身体を引く。


「営業部は、一城君なら間に合わせられると考え、急ぎの査定を何度も頼んだ。その結果が正しく評価されているのか、私は君へ確認した!」

「それは___」

「君の嘘を信じて、本人へ直接確かめなかった。私にも責任がある」


 星川部長が、悔しそうに拳を握る。


「だが、十年間も一人の社員の成果を奪い続けた君を、管理者とは認めない」


 外部監査の弁護士が、次の項目を開く。


「一城さんの解雇に至る経緯についても、当初の報告とは異なる事実が確認されました」


 無野部長と具土副社長の表情が、同時に強張る。


「一城さんが過労で倒れた翌日、二人の間で交わされた社内通信です」



 ◇____________________


 『監査により復元された社内通信』


 『無野』

 『一城が復職すれば、これまでの勤務時間と待遇を調べられる可能性があります』

 『昇格記録や業績手当について、本人に知られるかもしれません』

 『手順書は共有されています。別の社員でも業務は継続できます』


 『具土』

 『現場の管理責任として処理しろ』

 『一城本人が仕事を抱え込み、会社へ損害を与えた形にする』

 『顛末書を用意し、復職させるな』


 ____________________◇



「これが……解雇の理由だったのか?」


 斉藤が、呆然と画面を見る。

 一城は会社へ損害を与えたから解雇されたのではない。

 倒れたことで、十年間続けてきた不正が発覚する可能性が生まれた。

 だから、戻れないように会社から追い出した。


「あなたたちは、一城を十年間使い潰して、都合が悪くなったから捨てたのか!」


 斉藤が、無野部長へ詰め寄ろうとする。


「斉藤!」


 星川部長が腕を掴み、止めた。


「離してください!」

「気持ちは分かる。だが、手を出せば君が不利になる」

「でも……!」

「ここで全て明らかにする。それが先だ」


 斉藤は荒い呼吸を繰り返したあと、無野部長から距離を取った。


「その通信は、業務を継続するための相談だ!」


 具土副社長が声を荒らげる。


「一人の社員が倒れた以上、会社として責任の所在を明確にする必要があった!」

「そのために、事実と異なる顛末書を作ったのですか?」


 外部監査の弁護士が、二つの書類を並べる。

 斉藤が提出した顛末書。

 会社へ正式に保存されていた顛末書。

 後者からは、無野部長の指示に関する記載が削除されている。

 代わりに、一城と斉藤が独断で業務を行い、会社へ損害を与えたと書き加えられていた。


「書類を変更したのは、無野部長のアカウントです」

「内容を正しく修正しただけだ」

「事実と異なる内容へ変更することを、修正とは呼びません」


 会議室が静まり返る。


「具土副社長については、監査開始後の妨害行為も確認しています」

「私が、いつ妨害した?」

「監査対象を品質管理部の現場社員だけに限定するよう要求しました。無野部長と役員との通信記録を、調査対象から外すよう指示しています」

「会社の機密を守ろうとしただけだ」

「さらに、関連するメールサーバーへのアクセスを停止させようとしました」

「情報漏洩を防ぐためだ」

「その対象が、無野部長との通信記録だけだった理由を説明できますか?」


 具土副社長は答えなかった。

 外部監査の弁護士が、報告書の次の項目を開く。


「人事記録についても、不適切な介入が確認されました。無野部長は、具土副社長の姉の息子です」

「親族であることと、今回の件は関係ない!」


 具土副社長が声を荒らげる。


「無野は実力で部長になった!」

「昇進前の人事評価では、管理能力と業務知識の双方で、部長職の基準を満たしていませんでした」


 画面へ、過去の人事評価が表示される。

 最初に記録された評価。

 その一週間後に変更された評価。

 複数の項目が大幅に引き上げられ、部長職の基準を僅かに超える数字へ書き換えられていた。


「評価を変更するよう人事部へ指示したのは、具土副社長です。また、無野部長への苦情や改善要請を、人事記録から削除させていました」

「それは……」

「親族関係を利用した人事介入だったと判断します」


 社長が目を閉じ、深く息を吐いた。


「最終的な責任と、処分について説明します」


 人事部長が、新たな書類を机へ置く。



 ◇____________________


 『外部監査結果に基づく処分』


 『無野・品質管理部長』

 ・増員申請の差し止め

 ・人事評価及び業績記録の改変

 ・業績賞与の不正受給

 ・昇格候補者に関する虚偽報告

 ・顛末書の改変

 ・監査資料の削除未遂


 『処分』

 ・懲戒解雇

 ・不正受給した賞与及び手当の返還請求


 『具土・副社長』

 ・親族関係を利用した人事介入

 ・不当解雇への関与

 ・監査範囲への不当な干渉

 ・監査資料へのアクセス妨害

 ・不正行為の隠蔽


 『処分』

 ・取締役会による役職解任

 ・従業員籍からの懲戒解雇


 『斉藤・元品質管理課長』

 ・業務配分及び査定手順に関する管理責任あり

 ・故意の誤査定、隠蔽、書類改変は確認されず

 ・増員及び納期調整を繰り返し申請した記録あり


 『認定』

 ・故意の不正行為なし


 『品質管理部・現場社員』

 ・懲戒処分なし


 『一城陸斗』

 ・解雇理由として提示された事実に虚偽あり

 ・人事評価及び業績記録に不正な変更あり

 ・解雇処分は不当であったと認定


 ____________________◇



「懲戒解雇だと……?」


 無野部長が立ち上がる。


「私だけに責任を押し付けるつもりか! 一城君へ仕事をさせていたのは、斉藤や現場の社員たちだ!」

「座りなさい」


 社長が、低い声で告げる。


「君が部長として止めるべきだった」

「社長……」

「それどころか、一城君の成果を自分の物とし、正当な評価と報酬を与えなかった。発覚を恐れて虚偽の顛末書を作り、会社から追い出した」


 無野部長が何かを言おうとしたが、言葉は出なかった。


「具土副社長については、本日午前の臨時取締役会で解任が決議されました。社員としての懲戒解雇も、同時に決定しています」

「私を切れば、この会社が無事で済むと思っているのか?」


 具土副社長が、社長を睨み付ける。


「取引先との関係を作ったのは私だ。私がいなくなれば___」

「会社へ損害を与えた者を、役員として残すことはできません」


 社長の言葉に、具土副社長の顔が歪む。

 会議室の外で待っていた警備員が入ってくる。


「私物については、会社側で確認したうえで後日送付します。社員証と業務端末を返却してください」

「ふざけるな!」


 無野部長の怒声が響く。

 それでも、結論が変わることはなかった。

 二人は警備員に付き添われ、会議室から退出させられた。



 ◇



 扉が閉まる。

 先ほどまでの怒声が嘘のように、室内が静かになった。


「斉藤さん」


 社長が席を立つ。


「会社を代表して、謝罪します」


 深く頭を下げる。

 人事部長と星川部長も、それに続いた。


「会社は、現場から提出されていた訴えを確認せず、無野の報告だけを受け入れました。あなたへ、本来負う必要のなかった責任まで負わせ、退職へ追い込みました。誠に申し訳ありませんでした」

「頭を上げてください」


 斉藤は、膝の上で両手を握る。


「監査で故意の不正はなかったと認められても、俺が一城へ仕事を押し付けていたことは変わりません」

「それは、別の問題として残ります」

「はい。俺は自分の都合を優先して、あいつを蔑ろにしました」


 明里から連絡が来るたび、陸斗へ仕事を渡して帰った。

 自分が月に六十万円近く受け取っている間、陸斗の手元には十四万円しか残らなかった。

 その事実が、胸へ重くのしかかる。


「だから、俺まで被害者だったとは思えません」

「それでも、会社が適切な人員を配置し、現場の申請を受け入れていれば、一人へ業務が集中する事態は防げました」


 星川部長が、斉藤を見る。


「君個人の責任と、会社の責任は分けて考えるべきだ。君が一城君へしたことを反省しているからといって、会社が君へしたことまで正当化されるわけではない」

「……はい」

「斉藤さん」


 社長が、一枚の書類を差し出す。


「会社として、あなたへ復職を打診したいと考えています」

「復職……」

「以前と同じ役職へ戻る必要はありません。所属先や業務内容についても、希望を聞いたうえで決めます」


 斉藤は、差し出された書類を見つめた。

 少し前までなら、迷っていたかもしれない。


 長く勤めた会社。

 慣れた仕事。

 毎月支払われる安定した給料。

 だが、今の斉藤には、進んでみたい道があった。


「申し訳ありませんが、復職するつもりはありません」

「すぐに結論を出さなくても構いません」

「いえ。もう決めています」


 斉藤は、はっきりと答えた。


「戻れば、また誰か一人へ頼る働き方を繰り返すかもしれません。俺は外で、もう一度やり直します」

「今後の仕事は、決まっているのか?」


 星川部長に尋ねられ、斉藤は首を横へ振る。


「まだ、何も決まっていません。ただ、個人で『調合』の依頼を受けるための準備を始めています」

「調合を?」

「はい。先日、久しぶりに正式な依頼を受けました。自分の技術を必要としてくれる人がいることを、思い出せたんです」


 一城と美咲。

 観察窓の向こうで完成を待っていたシズク。


 白金色へ変わった回復薬。

 あの時に感じた喜びは、会社にいた頃には忘れていたものだった。


「簡単ではないと思います。それでも、自分で受ける仕事を選び、使った技術へ責任を持ちたいんです」

「そうか」


 星川部長が、僅かに笑う。


「君がそう決めたのなら、引き止めることはできないな」

「ありがとうございます」


 社長も、復職に関する書類を引き戻した。


「分かりました。復職を断ったとしても、今回の監査結果は変わりません。必要な手続きと補償については、改めて連絡します」

「分かりました」


「それから、一城さんにも正式に謝罪します」


 斉藤の表情が引き締まる。


「未払いの時間外手当だけではありません。不当に抑制されていた昇給と賞与、名義を変更された業績報奨金、入院中の休業補償、不当解雇に対する解決金を算出しています」

「かなりの金額になるんじゃないですか?」


 斉藤の問いに、人事部長が頷く。


「十年間の記録を再計算しています。少なくとも、当初想定していた金額では収まりません」

「当然だ」


 星川部長が、低い声で言う。


「十年間、受け取るべきだった物を奪われていたんだ。会社は、全て返さなければならない」

「一城が会うかどうかは、俺には決められません」

「もちろんです。会社から正式に連絡します」


 社長が答える。


「本人が会いたくないと判断した場合は、書面で謝罪と補償内容をお送りします。許しを求めるつもりはありません」

「それでお願いします」


 斉藤は席を立った。



 ◇



 会議室を出たあと、星川部長が玄関まで見送りに来た。


「斉藤」

「はい」

「一城君へ謝罪したと、以前言っていたな」

「直接会って、謝りました。許してもらえたとは思っていません」

「それでも、会ってくれたのか」

「はい。それどころか、俺へ『調合』の依頼までしてくれました」


 星川部長が、驚いたように目を見開く。


「一城君らしいな」

「俺には、勿体ないくらいです」

「なら、その信頼を二度と裏切るな」

「分かっています」


 斉藤は、深く頭を下げた。


「星川部長も、最後まで俺たち現場の話を聞こうとしてくれて、ありがとうございました」

「私は、一城君の仕事の速さに気付いていた。それなのに、正当な待遇を受けているという無野の言葉を信じた」


 星川部長が、悔しそうに拳を握る。


「本人が管理職を望んでいないと言われ、それ以上踏み込まなかった。高卒で、保有スキルも一つ。一城君の性格なら、自分から昇進を求めないこともあると思ってしまった」

「星川部長だけの責任ではありません」

「それでも、直接確認していれば、もっと早く気付けたかもしれない」


 星川部長が短く息を吐く。


「今度こそ、会社の責任で一城君へ謝る」

「お願いします」


 斉藤は会社の玄関を出る。

 外の空気を吸い込み、スマートフォンを取り出した。

 明里へ、短いメッセージを送る。



 ◇____________________


 『外部監査の結果が出た』


 『俺に、故意の不正はなかったと認められた』


 『復職は断ったよ』


 『これから家へ帰る』


 ____________________◇



 すぐに返信が届く。



 ◇____________________


 『お疲れさま』


 『帰ってきたら、ゆっくり聞かせてね』


 『今日は、涼介の好きな物を作って待ってる』


 ____________________◇



 斉藤の表情が、自然と緩む。

 スマートフォンをしまい、駅へ向かって歩き始めた。



 ◇



 同じ頃。

 会社の裏口では、社員証を失った二人が警備員から私物を受け取っていた。


「俺が懲戒解雇……」


 無野が、渡された小さな箱を睨み付ける。

 机へ飾っていた物と、私物の文房具。

 長く会社へ勤めた結果として残された物は、それだけだった。


「全部、斉藤が余計なことを話したせいだ」

「斉藤だけではない」


 具土が、会社の建物を振り返る。


「元はといえば、一城が倒れたことが原因だ」

「あいつが黙って働き続けていれば、何も問題にはならなかったんだ」


 無野の口から、自分が陸斗の成果を奪ったことへの反省は出てこない。


「会社から、賞与と手当を返せと言われました」

「すぐに応じる必要はない。こちらも弁護士を立てる」

「このまま終わるんですか?」

「終わるわけがないだろう」


 具土が、低い声で答える。


「斉藤も一城も、自分たちだけ新しい人生を始められると思うな」


 二人の口から、自分たちが何をしたのかを省みる言葉が出ることはなかった。

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流石に茶番臭が・・・・・・。 入社後10年の給与等級変更なしに経営陣が気付いていないのは無理筋臭。 所属の部下に何等級が何人で月の人材コストいくらとか管理職の職責な話。 それこそ残業状態の把握とか、上…
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