70話「黄金と白銀の短剣」
ユキのあとを追い始めてから、三分ほどが経過した。
崩れた建物の間を抜けた先に、二色の扉があった。
左半分は黄金色。
右半分は白銀色。
中央には、小さな純白スライムを模した紋章が刻まれている。
「ぴるっ!」
ユキが扉の前で、急かすように身体を伸ばした。
「ここへ入りたいみたいだ」
「残り時間は、どのくらいですか?」
「確認する」
希少区域の入口までの距離と残り時間を、『解析鑑定』で調べる。
◇____________________
『現在の残り時間:8分48秒』
『現在地から希少区域入口までの最短経路を算出』
『推定移動時間:2分12秒』
『帰還開始期限:残り7分』
____________________◇
「高橋さんとの約束の時間は、もう過ぎてる」
「入口までの移動時間を考えると、長くは調べられませんね」
ユキが扉と俺を交互に見る。
「ぴるっ、ぴるっ!」
どうしても中を確認してほしいという、強い意思が伝わってきた。
「高橋さんには心配を掛けてしまうが、ここはユキを優先しよう。ただし、残り七分になったら必ず戻る」
「分かりました」
「すぐに開かなければ、その時点で諦めよう」
「はい」
俺は二色の扉へ『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『スライム達の古戦場・宝物殿』
『状態:封鎖中』
『罠:なし』
『魔物反応:なし』
『開放条件』
・黄金将軍スライムを討伐
・白銀騎士スライムを討伐
・純白スライムを生存させる
・純白スライムが自ら宝物殿へ案内する
・案内した純白スライムが中央紋章へ触れる
『現在の達成状況:4/5』
『未達成条件』
・案内した純白スライムが中央紋章へ触れる
____________________◇
「ユキが中央の紋章へ触れれば、すぐに開くみたいだ」
「ぴるっ!」
ユキが扉へ跳び付く。
純白スライムを模した紋章へ、丸い身体が綺麗に収まった。
白い魔力が紋章へ流れ込む。
扉の左側へ黄金色の光が走り、続いて右側へ白銀色の光が広がった。
二つの光が中央で重なる。
◇____________________
『最終条件:達成』
『宝物殿を開放します』
____________________◇
内部から、重い物が動く音が聞こえる。
黄金と白銀の扉が左右へ分かれ、その奥から淡い光が漏れ出した。
「ぴるるっ!」
扉から離れたユキを、俺は両手で受け止める。
「ありがとう。中の物を回収したら、すぐに戻ろうな」
「ぴるっ!」
罠や魔物が存在しないことを確認し、俺たちは宝物殿へ入った。
◇
宝物殿は、八畳ほどの小さな部屋だった。
左側の壁は黄金色。
右側の壁は白銀色。
床の中央には、二色の円が重なるように描かれている。
その中心に置かれているのは、一つの石台だけだった。
石台の上には、二本の短剣が交差するように置かれている。
一振りは黄金色。
もう一振りは白銀色。
どちらも刃渡りは、俺が使っている鋼短剣より少し長い。
柄の先には、小さなスライムを模した飾りが付いていた。
「これを見せたかったのか?」
「ぴるっ!」
ユキが嬉しそうに跳ねる。
「残り時間は?」
「七分三十八秒です」
「詳しく調べるのは、外へ出てからにしよう」
「はい。今は回収を優先してください」
二本の短剣が置かれた石台へ意識を向ける。
詳しい性能ではなく、触れても危険がないかだけを『解析鑑定』で確認した。
◇____________________
『一対型武器』
『回収:可能』
『接触時の危険:なし』
『呪い・所有者拘束:なし』
____________________◇
「触れても問題ない。二本とも持ち帰る」
「黄金色の短剣は、私が持ちます」
「分かった。俺は白銀色の方を持つ」
二本の短剣を、石台の下へ用意されていた鞘へ収める。
それぞれ探索者ベルトへ固定した。
「ぴるっ!」
「ユキのおかげで見つけられた。ありがとう」
「ぴるるっ!」
「シズクも戻ろう」
「ぷるっ!」
シズクは、美咲さんの探索者ベルトへ収められた黄金色の短剣が気になるらしい。
肩へ戻ったあとも、短剣へ向かって何度も手を伸ばしていた。
希少区域の残り時間を確認する。
◇____________________
『スライム達の古戦場』
『現在の残り時間:7分05秒』
『希少区域入口までの最短経路を表示中』
『推定移動時間:2分12秒』
____________________◇
「帰還開始期限まで、あと五秒しかない。すぐに出よう!」
「はい!」
俺たちは宝物殿を飛び出した。
◇
『解析鑑定』が示す最短経路を走り、希少区域の入口を目指す。
戦場には、戦う意思を失った黄金スライムや白銀スライムが残っていた。
だが、臆病な性格な為か、こちらへ近付いてくる個体はいない。
遠くからユキを見つめているものの、敵意も感じなかった。
「右側の通路へ!」
「分かりました!」
崩れた石壁の間を抜ける。
美咲さんの肩では、シズクが落ちないように身体を伸ばしていた。
ユキも俺の左肩へ密着している。
「しっかり捕まっててな?」
「ぴるっ!」
左右に浮かぶ白銀鎧が、走る俺の動きに合わせて位置を調整する。
入口まで、あと僅か。
「前の丘を越えれば入口です!」
羽靴へ魔力を流し、最後の斜面を駆け上がる。
丘の向こうへ、灰色の揺らぎが見えた。
「入口だ! 美咲さんとシズクから先に抜けてくれ!」
「分かりました!」
「ぷるっ!」
最初に美咲さんとシズクが揺らぎを抜ける。
俺は左肩のユキを両腕へ抱き直し、そのまま揺らぎへ飛び込んだ。
◇____________________
『希少区域からの退出を確認』
『希少区域消失まで:4分49秒』
____________________◇
「一城さん!」
希少区域から出た瞬間、高橋さんが駆け寄ってきた。
先に出ていた美咲さんとシズクの無事を確認していた護衛職員の二人も、武器を構えたまま周囲を警戒している。
「予定時刻を過ぎても戻られなかったので心配___おや?」
「すみません」
「ぴる……」
俺の腕の中にいるユキが、高橋さんを見て身体を低くする。
「その純白スライムは……?」
「希少区域の中で従魔契約を結びました。名前はユキです」
「ぴるっ」
高橋さんは驚いたようにユキを見た。
だが、すぐに表情を引き締める。
「そうだったのですか。詳しい説明の前に、まずは怪我を確認します。全員、動けますか?」
「はい。大きな怪我はありません」
「私とシズクも大丈夫です」
「ユキも『秘薬』で傷を治しています」
「秘薬を使うほどの怪我をしていたのですか?」
「発見した時には、魔核まで砕けかけていました」
高橋さんが、僅かに眉を寄せる。
「その話も、地上で詳しく伺います」
そして、腕時計へ視線を落とした。
「一城さん。残り十分までに戻る約束だったはずですよ?」
「すみません。約束に間に合わないと分かっていたのですが、ユキが案内してくれた場所の確認を優先しました」
「無事に戻れたから問題ない、とは言いませんよ。希少区域の内部で何か起きても、私たちは入ることさえできないのです」
「はい。次からは、決めた帰還時刻を優先します」
「お願いします」
厳しい言葉だったが、怒りよりも安堵の方が強く感じられた。
「従魔契約証を確認してもよろしいですか?」
「はい」
美咲さんから受け取った予備の契約証。
今は俺とユキの情報が刻まれた銀色のカードを、高橋さんへ渡す。
携帯端末へ読み込ませると、契約情報が表示された。
「契約者、一城陸斗さん。契約従魔、純白スライム。個体名、ユキ。契約は正常に成立しています」
「正式な従魔登録は、まだです」
「地上へ戻り次第、登録手続きを行いましょう」
俺たちは岩壁から距離を取り、揺らぎが消えるまで待つことにした。
「ぴる?」
ユキには、自分たちがいた場所が分かるのかもしれない。
白い岩壁へ向かって、何度も身体を傾けていた。
やがて、俺にだけ見えていた灰色の揺らぎが薄くなっていく。
◇____________________
『スライム達の古戦場』
『残り時間:0秒』
『希少区域が消失しました』
____________________◇
「消えました」
「確認時刻を記録します」
高橋さんが端末へ時刻を入力する。
「それでは、地上へ戻りましょう。医務室で検査を受けたあと、従魔登録と素材の確認を行います」
「分かりました」
俺たちは高橋さんと護衛職員に付き添われ、地上へ戻ることになった。
◇
初心者ダンジョンのゲートを抜ける。
警備をしていた職員は、高橋さんと護衛職員の姿を確認してから、俺たちへ視線を向けた。
「お帰りなさい。希少区域の調査は___」
途中で、俺の腕の中にいるユキへ気付く。
「あれ? 新しいスライムの従魔が増えたんですね」
「ぴる?」
「希少区域の中で、俺と契約しました。まだ正式な従魔登録は済んでいません」
「契約証を確認させてください」
銀色の従魔契約証を差し出す。
職員が専用端末へ読み込ませると、短い電子音が鳴った。
「契約者、一城陸斗様。従魔、純白スライム。個体名、ユキ。契約の成立を確認しました」
「ぴるっ!」
自分の名前が聞こえたからか、ユキが元気よく身体を伸ばす。
後ろにいた女性職員が、思わず小さな声を漏らした。
「真っ白くて……可愛い……」
「ぴる?」
「あっ、失礼しました」
女性職員が慌てて姿勢を正す。
「正式な登録が終わるまでは、従魔契約証をすぐ提示できるようにしてください」
「分かりました」
「登録窓口へは、私が案内します」
高橋さんが職員へ答える。
護衛職員に付き添われていることもあり、ユキへ武器を向けられることはなかった。
「ぷるっ」
「ぴるっ!」
シズクが先輩らしく声を掛ける。
ユキも真似をするように身体を伸ばした。
◇
医務室で検査を受けた結果、全員に大きな怪我はなかった。
美咲さんの腕には軽い打撲。
俺にも、黄金スライムの体当たりを受けた痕が残っている。
どちらも、回復湿布だけで治る程度だった。
シズクとユキの状態にも問題はない。
検査を終えたあと、従魔登録窓口へ向かう。
「従魔契約証を、こちらへお願いします」
担当職員が契約情報と、ユキの状態を確認する。
希少個体のため通常よりも検査項目が多かったが、契約や安全性に異常は見つからなかった。
◇____________________
『従魔登録』
『契約者』
・一城陸斗
『登録従魔』
・個体名:ユキ
・種族:純白スライム
・分類:希少個体
・状態:良好
『従魔登録:完了』
____________________◇
「登録が完了しました。こちらがユキさんの従魔登録証です」
青い従魔登録証を、ユキの身体へ近付ける。
登録証が自動的に大きさを調整し、白い身体の首元へ収まった。
「ぴる?」
自分の身体へ付いた青い登録証が気になるらしく、ユキが何度も身体を傾ける。
だが、シズクの結晶冠と同じように、なかなか自分では見ることができない。
「ぷるっ!」
シズクが、自分の首元にある従魔登録証を見せる。
「ぴるっ!」
同じ物だと分かったのか、ユキが嬉しそうに跳ねた。
◇
ユキの登録を終えたあと、俺たちは調査課の確認室へ移動した。
古戦場で回収した素材は、すでに査定部へ運ばれている。
結晶飴や従魔専用装備については、安全性を確認してから返却される予定だ。
机の上には、宝物殿から持ち帰った二本の短剣が置かれていた。
「通常の『鑑定』では、品質がSであることと、一対の武器であることしか分かりませんでした」
高橋さんが二本の短剣を見る。
「協会の記録にも、同じ武器は存在しません。詳しい解析をお願いできますか?」
「分かりました」
二本の短剣へ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『黄金白銀双短剣』
『品質:S』
『希少度:S』
『推定買取価格:未設定』
『分類』
・一対型武器
・双短剣
・分割装備可能
『構成』
・黄金短剣
・白銀短剣
『黄金短剣』
『付与スキル』
・裂傷
斬撃が命中した対象へ継続的な損傷を付与
・火傷
命中部位へ火傷と回復阻害を付与
・敏捷値上昇
装備中、使用者の敏捷値を上昇
・粉砕
外殻、防具、魔核防護へ与える損傷を増加
『推奨使用者:佐伯美咲』
____________________
『白銀短剣』
『付与スキル』
・貫通
対象の物理防御と魔法防御を一部無視
・腐食
命中部位の物理防御と魔法防御を一時的に低下
・加速
使用者の敏捷値を変化させず、白銀短剣による剣戟のみを加速
・反射
刃で直接攻撃を受けた場合、威力を30%軽減
軽減した威力を攻撃者へ反射
『推奨使用者:一城陸斗』
『双短剣共鳴』
・一人で二振りを同時使用した場合に発動
・同一パーティーの二名で分割装備した場合にも発動
・互いの位置を感知
・同じ対象へ連続して攻撃した場合、付与スキルの効果を上昇
・黄金短剣の粉砕と、白銀短剣の貫通・腐食は相互に効果を増幅
『安全性:問題なし』
____________________◇
「品質だけでなく、希少度もSです」
「希少度S……」
美咲さんが、驚いたように二本の短剣を見る。
「付与されているスキルは、それぞれ四つあります」
「一振りに、四つもですか?」
「黄金短剣には、裂傷、火傷、敏捷値上昇、粉砕。白銀短剣には、貫通、腐食、加速、反射が付いています」
解析結果を一つずつ説明する。
「二本を別々に使っても、同じパーティーなら共鳴効果が発動します。黄金短剣は美咲さん、白銀短剣は俺が推奨されています」
「推奨される使用者まで分かるんですね」
「はい」
美咲さんが黄金短剣を手に取る。
俺も白銀短剣の柄を握った。
二本の短剣へ淡い光が走り、同時に脈動する。
◇____________________
『黄金白銀双短剣』
『分割装備者を認識』
・黄金短剣:佐伯美咲
・白銀短剣:一城陸斗
『同一登録パーティーを確認』
『双短剣共鳴:発動可能』
____________________◇
「正式な価格については、査定部で検討します」
高橋さんが、解析結果を記録する。
「S級武器は、国内でも確認例がほとんどありません」
「ほかには、どのような武器があるんですか?」
美咲さんの問いに、高橋さんが答える。
「代表的なものでは、国内探索者ランキング一位、星川さりなさんが所有する『星皇剣』。そしてランキング五位、白河隆一さんの『竜滅剣』が挙げられます。どちらも希少度Sに分類されている武器です」
「ランカーが使っている武器と、同じ希少度なんですか……」
「単純な性能の比較はできません。ただ、この双短剣も、それらに並ぶ可能性があります」
高橋さんの視線が、机の上に並ぶ二本の短剣へ向けられる。
「一対のS級武器を、同じパーティーの二人が分けて使用できる例は、協会が把握している限り存在しません」
「だから、推定買取価格も表示されないんですね」
「価格を決める部署で、改めて評価する必要があります。希少区域でしか入手できない一点物ですから、すぐに金額を設定することは難しいでしょう」
美咲さんが、手にしている黄金短剣を見つめる。
「本当に、私が使ってもいいんですか?」
「みんなで手に入れた武器だからな。それに、二本そろって初めて本来の力を発揮する武器だ。推奨使用者にも美咲さんの名前が出ている。だから使ってほしい」
「そういうことでしたら、分かりました。大切に使わせてもらいます」
正式な武器登録と追加の安全検査が終わるまで、二本の短剣は協会へ預けることになった。
古戦場から持ち帰った素材は、推定で千三百万円を超える。
そこへ値段の付いていないS級武器。
シズクとユキが手に入れた黄金兜と白銀鎧。
二十個の結晶飴まで加わる。
振り返れば、違和感は第五層へ到達した頃からあった。
攻撃に応じて形態を変える多相スライム。
第六層以降は環境そのものが危険になり、第十層の虹晶王スライムに至っては、危険度B-だった。
手に入る物も、良質な魔核や属性変換核、魔石結晶、四属性の水晶、スライム専用装備と、初心者向けの報酬とは思えない物ばかりだ。
探索者協会は、入口付近に現れる魔物の強さから、この場所を『初心者ダンジョン』へ分類したと言っていたが、初心者向けだったのは、実質迷宮の入口だけだった。
ここは初心者ダンジョンではなく『スライム帝王の迷宮』なんだな……と、俺は改めて実感した。




