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66話「スライム達の古戦場」


 第十一層への転移門の調査を終え、地上へ戻ろうとした時だった。


「ぷる?」


 美咲さんの腕の中にいたシズクが、守護部屋の入口へ身体を伸ばす。


「どうしたの?」

「ぷるっ」


 通路の奥から、淡い青色の光が近付いてきていた。


 小さな何かが床を跳ねている。


「あの光は……」


 以前、第五層で見たことがある。


 深い青色の身体。

 その内部では、星屑のような結晶がいくつも輝いていた。


魔石(マナ)スライムです!」


 美咲さんの声へ反応し、魔石スライムが動きを止める。

 高橋さんと護衛の二人を見た直後、身体を反転させた。


 すぐに『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔石(マナ)スライム』


 『分類:希少個体』

 『危険度:D』

 『性格:臆病』

 『ペット適性:なし』


 『出現要因』

 ・スライム種のみが出現する階層

 ・付近でスライム系従魔が一定量以上の魔力を消費


 『現在の出現条件:達成』


 『ドロップ品』

 ・魔石結晶(100%)


 『条件付きドロップ』

 ・結晶冠(100%)


 『条件付きドロップ判定:不成立』


 『判定理由』

 ・戦闘へ参加可能なスライム系従魔が結晶冠を所持済み


 『逃走まで:27秒』


 ____________________◇



「二十七秒で逃げる!」

「追います!」


 美咲さんがシズクを肩へ載せ、駆け出す。

 護衛の二人も、左右の通路へ回り込んだ。


「我々は逃げ道を塞ぎます!」

「お願いします!」


 魔石スライムの前へ、三つの青い光球が作り出される。


「魔力弾が来ます!」


 放たれた魔力弾を、護衛の一人が大盾で受け止めた。

 もう一人が反対側へ回り、魔石スライムの進路を狭めていく。


 それでも魔石スライムは速い。

 護衛の間を抜け、細い通路へ逃げ込もうとする。


「シズク、弱い風で進路を変えられるか?」

「ぷるっ!」


「強い魔法は使わなくていい。正面から風を当てるだけで十分だ」

「ぷるっ」


 シズクが美咲さんの肩から、魔石スライムへ身体を向ける。


 残っている魔力は少ない。

 それでも、弱い風なら問題なく作り出せる。


 シズクの前から、細く絞られた風が放たれた。

 通路の砂埃が舞い上がり、魔石スライムの正面へ小さな渦を作る。


 突然現れた風に驚き、魔石スライムが進路を左へ変えた。

 そこには、美咲さんが先回りしている。


「逃がしません!」


 美咲さんが一気に距離を詰める。

 魔石スライムが新しい魔力弾を作り出そうとするが、間に合わない。

 振り下ろされた剣が、青い身体の中心を正確に貫いた。


 魔石スライムが強い光を放ち、青色の粒子となって崩れていく。

 その場へ、親指ほどの青い結晶が残された。


「二個目の魔石結晶……」


 俺は結晶を拾い上げ、『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『魔石結晶(マナクリスタル)


 『品質:A』

 『希少度:A』

 『推定買取価格:500,000円』


 『効果』

 ・契約済みのスライム系従魔へ使用可能

 ・対象の基礎魔力量を倍加


 『使用制限』

 ・同一の進化段階につき3個まで

 ・4個目以降は効果なし


 『対象:シズク』

 『使用:可能』


 『現在の進化段階における強化:1/3』

 『使用後の強化:2/3』


 ____________________◇



「これを使えば、シズクの強化が二段階目まで進みます」

「妖精スライムへの進化条件も、残り一個になるんですね」


「ああ。ただ、今すぐ使うのはやめておこう。魔力を消耗している状態で、どんな影響があるか分からない」

「地上へ戻り、検査してからですね」

「ぷるっ」


 シズクも理解したように返事をする。

 高橋さんが、俺の手にある魔石結晶を見つめていた。


「魔石スライムの確認例はありますが、短期間で出現する例は初めてです。やはり、シズクさんと同じスライム種の魔力が鍵になっていそうですね」

「はい。解析結果にも、それが出現条件として表示されています」

「第十層でも出現したことで、スライム種だけが生息する階層であれば、第五層に限らないことが確認できました」


 高橋さんが、携帯端末へ情報を記録する。


「今回の共同探索隊では、協会側がドロップ品の権利を取得しない契約になっています。魔石結晶は、一城さんたちが持ち帰ってください」

「ありがとうございます」


 魔石結晶を保護用ケースへ入れ、探索鞄へ収める。

 その時、展開していた『解析鑑定』が、別の反応を捉えた。


「……まだ、何かある」


「魔物ですか?」

「いや、魔物の反応とは違います」


 反応があるのは、通路の右側にある白い岩壁。

 目立った亀裂も、扉のような物も見当たらない。

 それでも、俺にだけは岩壁の表面が僅かに揺らいで見えた。


「高橋さん。この場所にも、希少区域の反応があります」

「本当ですか?」


「はい。ただ、今はまだ出現していません」


 岩壁の揺らぎへ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『希少区域』

 『名称:スライム達の古戦場』

 『状態:出現待機中』

 『出現まで:2日22時間38分』


 『出現継続時間:1時間』

 『入場可能人数:3名』


 『優先認証対象』

 ・希少区域の発見者

 ・発見者と同一の登録パーティーに所属する探索者

 ・同行中のスライム系従魔


 『現在の入場候補』

 ・一城陸斗

 ・佐伯美咲

 ・シズク


 ____________________◇



「スライム達の古戦場……」

「どのような場所ですか?」

「名前と出現時間しか分かりません。三日後に現れて、入れるのは三人までです」


「現在の候補は?」

「俺と美咲さん、それからシズクです」


 高橋さんが、揺らぎのある岩壁へカメラを向ける。

 だが、撮影された映像には通常の岩壁しか映っていない。


「これまでの希少区域と同じですね。こちらの機器では、反応を確認できません」

「出現するまで、詳しい情報は分からないと思います」

「では、三日後に改めて調査を行いましょう」


 高橋さんが、護衛の二人を見る。


「調査の際、我々は入口の外で待機します。入場可能人数が三名なら、無理に同行者を変更するべきではありません」

「分かりました」


 スライム達の古戦場。

 名前だけでは、どのような場所なのか想像できない。


 それでも、黄金郷や白銀城と同じ希少区域なら、内部に強力な魔物がいる可能性は高い。

 俺たちは岩壁の位置を記録し、地上へ戻ることにした。



 ◇



 翌日。

 探索者協会の従魔検査室で、魔石結晶の安全性が確認された。


「成分は、以前入手した魔石結晶と一致しています」


 検査を担当した職員が、保護ケースを俺たちへ返す。


「シズクへ使用しても問題ありません。ただし、強化直後は魔力の状態が安定するまで、魔法を使わせないでください」

「分かりました」


 美咲さんがシズクを検査台へ下ろす。


「シズク。これを使えば、今より魔力が増えるよ」

「ぷるっ!」


「少し身体が変な感じになるかもしれないけど、驚かないでね」

「ぷるっ」


 俺は保護ケースから、魔石結晶を取り出す。


「準備はいいか?」

「ぷるっ!」


 魔石結晶をシズクの身体へ近付ける。

 シズクが身体を伸ばして触れると、青い結晶が柔らかな身体の中へ沈んでいった。

 体内へ収まった瞬間、魔石結晶から強い青色の光が放たれる。


「ぷる……!」


 シズクの身体が大きく膨らんだ。

 内部を巡る魔力の量が増え、透明感のある身体へ青い光が何度も走っていく。

 やがて魔石結晶が細かな粒子へ変わり、シズクの従魔核へ吸収された。

 膨らんでいた身体も、少しずつ元の大きさへ戻っていく。


「シズク、苦しくない?」

「ぷるっ」


 美咲さんの手へ、身体を押し付けるように返事をする。

 俺もすぐに状態を確認した。



 ◇____________________


 『個体名:シズク』

 『現在種族:魔法(マジック)スライム』


 『状態:良好』

 『基礎魔力量:倍加』

 『魔力状態:安定化中』


 『魔石結晶による強化:2/3』


 『妖精(フェアリー)スライム進化条件』

 ・四属性魔法を習得:4/4 達成

 ・魔石結晶による強化:2/3

 ・魔力操作を中級まで上昇:未達成


 『現在の魔力操作:初級』

 『熟練度:上昇』


 『推奨』

 ・本日の魔法使用を禁止

 ・十分な休息を取る


 ____________________◇



「強化は成功した。身体にも問題はない」

「よかった……」


 美咲さんが安心したように息を吐く。


「これで、魔石結晶はあと一個ですね」

「ああ。魔力操作も少しずつ上達してる。さっき弱い風だけで進路を変えられたのも、訓練の成果だと思う」

「ぷるるっ!」


 褒められたシズクが、嬉しそうに身体を伸ばす。


「今日は魔法禁止だよ」

「ぷる……」


 すぐに小さく潰れた。



 ◇



 三日後。

 俺たちは再び、第十層の白い岩壁の前へ立っていた。

 高橋さんと護衛の二人も同行している。


 シズクの魔力は完全に安定し、体調にも問題はない。

 新しく増えた魔力を制御するため、この二日間は弱い出力での訓練だけを行っていた。

 その甲斐あり、魔法の使用回数制限が大幅に増えていた。


「出現まで、あとどのくらいですか?」

「十秒です」


 俺にだけ見えている数字が減っていく。

 岩壁の表面へ、淡い灰色の揺らぎが広がり始めた。


「三、二、一……現れました」


 白い岩壁が、音もなく灰色の揺らぎへ変わる。

 高橋さんたちには、今も通常の岩壁にしか見えていないらしい。

 揺らぎへ『解析鑑定』を向ける。



 ◇____________________


 『希少区域』

 『名称:スライム達の古戦場』


 『状態:出現中』

 『残り時間:59分55秒』

 『入場可能人数:3名』


 『認証済み』

 ・一城陸斗

 ・佐伯美咲

 ・シズク


 『内部情報:未取得』


 ____________________◇



「入れるようになりました」

「予定どおり、我々はここで待機します」


 高橋さんが、俺たち三人を見る。


「内部の危険度は分かりません。少しでも異常を感じた場合は、すぐに戻ってください」

「分かりました」


「残り時間が十分を下回っても戻らない場合は、協会側でも対応を始めます」

「残り時間十分で戻ります」


 美咲さんが剣と盾を確認する。


「シズクも、私たちから離れないでね」

「ぷるっ!」


 ボディレコーダーが作動していることを確認する。


「行こう」

「はい」

「ぷるっ!」


 三人で灰色の揺らぎへ足を踏み入れた。



 ◇



 身体が僅かに浮く。

 次の瞬間、目の前の景色が一変した。


「ここが……古戦場……」


 俺たちが立っていたのは、果ての見えない大平原だった。


 空は厚い灰色の雲に覆われている。

 地面には無数の亀裂が走り、黄金色と白銀色の結晶片が散らばっていた。


 折れた旗。

 砕かれた城壁。

 巨大なスライムが通ったような、深い窪み。

 その全てが、この場所で長い戦いが続いてきたことを示している。


 大平原の左側には、黄金色の光が集まっていた。

 右側には、白銀色の光。


「全部、スライム……?」


 美咲さんが息を呑む。

 数え切れないほどの黄金(ゴールデン)スライムと、白銀(シルバー)スライムが、平原の中央で激しくぶつかり合っていた。


 黄金スライムが光の弾を放つ。

 白銀スライムは無数の残像を作り、攻撃を避けながら相手へ体当たりする。

 魔核が砕かれたスライムが、次々と粒子になって消えていく。


「俺たちには、まだ気付いていないみたいだ」

「この数を相手にするのは危険です。まずは、戦場から離れましょう」


「そうだな。周囲を調べながら移動しよう」

「ぷる……」


 シズクも、戦い続ける同族の姿に怯えているようだった。

 美咲さんが優しく身体を撫でる。


「大丈夫。無理に近付かないからね」

「ぷるっ」


 俺たちは両軍から距離を取り、平原の端へ向かおうとした。

 その時、耳飾りを通じて、強い恐怖が伝わってくる。


「待ってくれ」

「何か感じたんですか?」

「あの丘の上に、別のスライムがいる」


 戦場の中央から少し離れた場所に、小さな丘があった。

 その頂上で、白い何かが動いている。


 目を凝らす。

 いたのは、シズクよりも少し小さなスライムだった。


 雪のように白い身体。

 だが、表面にはいくつもの傷があり、透明な液体が流れ出している。


 小さな身体を囲んでいるのは、黄金スライムと白銀スライム。

 どちらも、白いスライムへ敵意を向けていた。


「あの子、襲われています!」


 純白のスライムが逃げようとする。

 しかし、傷付いた身体では満足に跳ねることもできない。

 丘の斜面を僅かに進んだところで、その場へ崩れ落ちた。


 すぐに『解析鑑定』を発動させる。



 ◇____________________


 『純白(ホワイト)スライム』


 『分類:希少個体』

 『危険度:E』


 『状態:瀕死』

 『敵対反応:なし』


 『身体損傷率:74%』

 『残存生命力:8%』


 『推奨』

 ・直ちに周囲の敵対個体を排除

 ・最高等級の回復処置を実施


 ____________________◇



「瀕死だ……!」


 黄金スライムと白銀スライムが、同時に身体を沈める。

 狙われている純白スライムは、もう動けない。


「美咲さん、助けるぞ!」

「はい!」

「ぷるっ!」


 黄金色と白銀色の身体が、純白スライムへ飛び掛かる。

 俺は迷うことなく、羽靴で地面を蹴った。

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