66話「スライム達の古戦場」
第十一層への転移門の調査を終え、地上へ戻ろうとした時だった。
「ぷる?」
美咲さんの腕の中にいたシズクが、守護部屋の入口へ身体を伸ばす。
「どうしたの?」
「ぷるっ」
通路の奥から、淡い青色の光が近付いてきていた。
小さな何かが床を跳ねている。
「あの光は……」
以前、第五層で見たことがある。
深い青色の身体。
その内部では、星屑のような結晶がいくつも輝いていた。
「魔石スライムです!」
美咲さんの声へ反応し、魔石スライムが動きを止める。
高橋さんと護衛の二人を見た直後、身体を反転させた。
すぐに『解析鑑定』を発動させる。
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『魔石スライム』
『分類:希少個体』
『危険度:D』
『性格:臆病』
『ペット適性:なし』
『出現要因』
・スライム種のみが出現する階層
・付近でスライム系従魔が一定量以上の魔力を消費
『現在の出現条件:達成』
『ドロップ品』
・魔石結晶(100%)
『条件付きドロップ』
・結晶冠(100%)
『条件付きドロップ判定:不成立』
『判定理由』
・戦闘へ参加可能なスライム系従魔が結晶冠を所持済み
『逃走まで:27秒』
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「二十七秒で逃げる!」
「追います!」
美咲さんがシズクを肩へ載せ、駆け出す。
護衛の二人も、左右の通路へ回り込んだ。
「我々は逃げ道を塞ぎます!」
「お願いします!」
魔石スライムの前へ、三つの青い光球が作り出される。
「魔力弾が来ます!」
放たれた魔力弾を、護衛の一人が大盾で受け止めた。
もう一人が反対側へ回り、魔石スライムの進路を狭めていく。
それでも魔石スライムは速い。
護衛の間を抜け、細い通路へ逃げ込もうとする。
「シズク、弱い風で進路を変えられるか?」
「ぷるっ!」
「強い魔法は使わなくていい。正面から風を当てるだけで十分だ」
「ぷるっ」
シズクが美咲さんの肩から、魔石スライムへ身体を向ける。
残っている魔力は少ない。
それでも、弱い風なら問題なく作り出せる。
シズクの前から、細く絞られた風が放たれた。
通路の砂埃が舞い上がり、魔石スライムの正面へ小さな渦を作る。
突然現れた風に驚き、魔石スライムが進路を左へ変えた。
そこには、美咲さんが先回りしている。
「逃がしません!」
美咲さんが一気に距離を詰める。
魔石スライムが新しい魔力弾を作り出そうとするが、間に合わない。
振り下ろされた剣が、青い身体の中心を正確に貫いた。
魔石スライムが強い光を放ち、青色の粒子となって崩れていく。
その場へ、親指ほどの青い結晶が残された。
「二個目の魔石結晶……」
俺は結晶を拾い上げ、『解析鑑定』を発動させる。
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『魔石結晶』
『品質:A』
『希少度:A』
『推定買取価格:500,000円』
『効果』
・契約済みのスライム系従魔へ使用可能
・対象の基礎魔力量を倍加
『使用制限』
・同一の進化段階につき3個まで
・4個目以降は効果なし
『対象:シズク』
『使用:可能』
『現在の進化段階における強化:1/3』
『使用後の強化:2/3』
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「これを使えば、シズクの強化が二段階目まで進みます」
「妖精スライムへの進化条件も、残り一個になるんですね」
「ああ。ただ、今すぐ使うのはやめておこう。魔力を消耗している状態で、どんな影響があるか分からない」
「地上へ戻り、検査してからですね」
「ぷるっ」
シズクも理解したように返事をする。
高橋さんが、俺の手にある魔石結晶を見つめていた。
「魔石スライムの確認例はありますが、短期間で出現する例は初めてです。やはり、シズクさんと同じスライム種の魔力が鍵になっていそうですね」
「はい。解析結果にも、それが出現条件として表示されています」
「第十層でも出現したことで、スライム種だけが生息する階層であれば、第五層に限らないことが確認できました」
高橋さんが、携帯端末へ情報を記録する。
「今回の共同探索隊では、協会側がドロップ品の権利を取得しない契約になっています。魔石結晶は、一城さんたちが持ち帰ってください」
「ありがとうございます」
魔石結晶を保護用ケースへ入れ、探索鞄へ収める。
その時、展開していた『解析鑑定』が、別の反応を捉えた。
「……まだ、何かある」
「魔物ですか?」
「いや、魔物の反応とは違います」
反応があるのは、通路の右側にある白い岩壁。
目立った亀裂も、扉のような物も見当たらない。
それでも、俺にだけは岩壁の表面が僅かに揺らいで見えた。
「高橋さん。この場所にも、希少区域の反応があります」
「本当ですか?」
「はい。ただ、今はまだ出現していません」
岩壁の揺らぎへ意識を集中させる。
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『希少区域』
『名称:スライム達の古戦場』
『状態:出現待機中』
『出現まで:2日22時間38分』
『出現継続時間:1時間』
『入場可能人数:3名』
『優先認証対象』
・希少区域の発見者
・発見者と同一の登録パーティーに所属する探索者
・同行中のスライム系従魔
『現在の入場候補』
・一城陸斗
・佐伯美咲
・シズク
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「スライム達の古戦場……」
「どのような場所ですか?」
「名前と出現時間しか分かりません。三日後に現れて、入れるのは三人までです」
「現在の候補は?」
「俺と美咲さん、それからシズクです」
高橋さんが、揺らぎのある岩壁へカメラを向ける。
だが、撮影された映像には通常の岩壁しか映っていない。
「これまでの希少区域と同じですね。こちらの機器では、反応を確認できません」
「出現するまで、詳しい情報は分からないと思います」
「では、三日後に改めて調査を行いましょう」
高橋さんが、護衛の二人を見る。
「調査の際、我々は入口の外で待機します。入場可能人数が三名なら、無理に同行者を変更するべきではありません」
「分かりました」
スライム達の古戦場。
名前だけでは、どのような場所なのか想像できない。
それでも、黄金郷や白銀城と同じ希少区域なら、内部に強力な魔物がいる可能性は高い。
俺たちは岩壁の位置を記録し、地上へ戻ることにした。
◇
翌日。
探索者協会の従魔検査室で、魔石結晶の安全性が確認された。
「成分は、以前入手した魔石結晶と一致しています」
検査を担当した職員が、保護ケースを俺たちへ返す。
「シズクへ使用しても問題ありません。ただし、強化直後は魔力の状態が安定するまで、魔法を使わせないでください」
「分かりました」
美咲さんがシズクを検査台へ下ろす。
「シズク。これを使えば、今より魔力が増えるよ」
「ぷるっ!」
「少し身体が変な感じになるかもしれないけど、驚かないでね」
「ぷるっ」
俺は保護ケースから、魔石結晶を取り出す。
「準備はいいか?」
「ぷるっ!」
魔石結晶をシズクの身体へ近付ける。
シズクが身体を伸ばして触れると、青い結晶が柔らかな身体の中へ沈んでいった。
体内へ収まった瞬間、魔石結晶から強い青色の光が放たれる。
「ぷる……!」
シズクの身体が大きく膨らんだ。
内部を巡る魔力の量が増え、透明感のある身体へ青い光が何度も走っていく。
やがて魔石結晶が細かな粒子へ変わり、シズクの従魔核へ吸収された。
膨らんでいた身体も、少しずつ元の大きさへ戻っていく。
「シズク、苦しくない?」
「ぷるっ」
美咲さんの手へ、身体を押し付けるように返事をする。
俺もすぐに状態を確認した。
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『個体名:シズク』
『現在種族:魔法スライム』
『状態:良好』
『基礎魔力量:倍加』
『魔力状態:安定化中』
『魔石結晶による強化:2/3』
『妖精スライム進化条件』
・四属性魔法を習得:4/4 達成
・魔石結晶による強化:2/3
・魔力操作を中級まで上昇:未達成
『現在の魔力操作:初級』
『熟練度:上昇』
『推奨』
・本日の魔法使用を禁止
・十分な休息を取る
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「強化は成功した。身体にも問題はない」
「よかった……」
美咲さんが安心したように息を吐く。
「これで、魔石結晶はあと一個ですね」
「ああ。魔力操作も少しずつ上達してる。さっき弱い風だけで進路を変えられたのも、訓練の成果だと思う」
「ぷるるっ!」
褒められたシズクが、嬉しそうに身体を伸ばす。
「今日は魔法禁止だよ」
「ぷる……」
すぐに小さく潰れた。
◇
三日後。
俺たちは再び、第十層の白い岩壁の前へ立っていた。
高橋さんと護衛の二人も同行している。
シズクの魔力は完全に安定し、体調にも問題はない。
新しく増えた魔力を制御するため、この二日間は弱い出力での訓練だけを行っていた。
その甲斐あり、魔法の使用回数制限が大幅に増えていた。
「出現まで、あとどのくらいですか?」
「十秒です」
俺にだけ見えている数字が減っていく。
岩壁の表面へ、淡い灰色の揺らぎが広がり始めた。
「三、二、一……現れました」
白い岩壁が、音もなく灰色の揺らぎへ変わる。
高橋さんたちには、今も通常の岩壁にしか見えていないらしい。
揺らぎへ『解析鑑定』を向ける。
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『希少区域』
『名称:スライム達の古戦場』
『状態:出現中』
『残り時間:59分55秒』
『入場可能人数:3名』
『認証済み』
・一城陸斗
・佐伯美咲
・シズク
『内部情報:未取得』
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「入れるようになりました」
「予定どおり、我々はここで待機します」
高橋さんが、俺たち三人を見る。
「内部の危険度は分かりません。少しでも異常を感じた場合は、すぐに戻ってください」
「分かりました」
「残り時間が十分を下回っても戻らない場合は、協会側でも対応を始めます」
「残り時間十分で戻ります」
美咲さんが剣と盾を確認する。
「シズクも、私たちから離れないでね」
「ぷるっ!」
ボディレコーダーが作動していることを確認する。
「行こう」
「はい」
「ぷるっ!」
三人で灰色の揺らぎへ足を踏み入れた。
◇
身体が僅かに浮く。
次の瞬間、目の前の景色が一変した。
「ここが……古戦場……」
俺たちが立っていたのは、果ての見えない大平原だった。
空は厚い灰色の雲に覆われている。
地面には無数の亀裂が走り、黄金色と白銀色の結晶片が散らばっていた。
折れた旗。
砕かれた城壁。
巨大なスライムが通ったような、深い窪み。
その全てが、この場所で長い戦いが続いてきたことを示している。
大平原の左側には、黄金色の光が集まっていた。
右側には、白銀色の光。
「全部、スライム……?」
美咲さんが息を呑む。
数え切れないほどの黄金スライムと、白銀スライムが、平原の中央で激しくぶつかり合っていた。
黄金スライムが光の弾を放つ。
白銀スライムは無数の残像を作り、攻撃を避けながら相手へ体当たりする。
魔核が砕かれたスライムが、次々と粒子になって消えていく。
「俺たちには、まだ気付いていないみたいだ」
「この数を相手にするのは危険です。まずは、戦場から離れましょう」
「そうだな。周囲を調べながら移動しよう」
「ぷる……」
シズクも、戦い続ける同族の姿に怯えているようだった。
美咲さんが優しく身体を撫でる。
「大丈夫。無理に近付かないからね」
「ぷるっ」
俺たちは両軍から距離を取り、平原の端へ向かおうとした。
その時、耳飾りを通じて、強い恐怖が伝わってくる。
「待ってくれ」
「何か感じたんですか?」
「あの丘の上に、別のスライムがいる」
戦場の中央から少し離れた場所に、小さな丘があった。
その頂上で、白い何かが動いている。
目を凝らす。
いたのは、シズクよりも少し小さなスライムだった。
雪のように白い身体。
だが、表面にはいくつもの傷があり、透明な液体が流れ出している。
小さな身体を囲んでいるのは、黄金スライムと白銀スライム。
どちらも、白いスライムへ敵意を向けていた。
「あの子、襲われています!」
純白のスライムが逃げようとする。
しかし、傷付いた身体では満足に跳ねることもできない。
丘の斜面を僅かに進んだところで、その場へ崩れ落ちた。
すぐに『解析鑑定』を発動させる。
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『純白スライム』
『分類:希少個体』
『危険度:E』
『状態:瀕死』
『敵対反応:なし』
『身体損傷率:74%』
『残存生命力:8%』
『推奨』
・直ちに周囲の敵対個体を排除
・最高等級の回復処置を実施
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「瀕死だ……!」
黄金スライムと白銀スライムが、同時に身体を沈める。
狙われている純白スライムは、もう動けない。
「美咲さん、助けるぞ!」
「はい!」
「ぷるっ!」
黄金色と白銀色の身体が、純白スライムへ飛び掛かる。
俺は迷うことなく、羽靴で地面を蹴った。




