64話「虹晶王スライム」
スライムの耳飾りを手に入れてから、三日後。
俺たちは第十層の階層守護部屋へ続く扉の前に立っていた。
途中で魔物との戦闘はあったが、シズクには出力を抑えた魔法だけを使ってもらっている。
念のためシズクの状態を確認する。
怪我や体調不良はなく、四属性の魔力も安定していた。
「属性の切り替えも問題なさそうだ」
「それなら、予定どおり挑戦できますね」
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの肩で、張り切るように身体を伸ばす。
「今まで確認されている階層守護個体の中でも、特に形態変化が多いそうです」
「協会の攻略映像でも、四種類の形態が確認されていたな」
「はい。ただ、形態が変わる順番は戦闘ごとに違うみたいです」
美咲さんが剣と盾の状態を確かめる。
俺も探索者ベルトに収めた回復薬を確認した。
「危険だと判断したら、すぐに撤退しよう」
「分かりました。無理に今日倒す必要はありませんからね」
扉へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『第10層・階層守護部屋』
『階層守護個体:活動中』
『挑戦可能人数:6名』
『第10層踏破条件』
・階層守護個体の討伐
____________________◇
「準備はできた」
「開けます」
美咲さんが扉の横にある開閉石へ触れる。
四種類の光が石扉へ走り、重い音を響かせながら左右へ開いていった。
扉の先にあったのは、巨大な円形の広間だった。
床は白い石で造られている。
広間を四つへ分けるように、赤、紫、黄緑、透明な線が中央から外側へ延びていた。
壁には、これまで第十層で遭遇したスライムたちの姿が彫られている。
その中央に、巨大なスライムが鎮座していた。
高さは三メートルを超えている。
半透明の身体には、赤、紫、黄緑、白の光が絶えず流れていた。
体内の中心には、虹色に輝く大きな魔核。
頭上には王冠を形作るように、四枚の結晶板が浮かんでいる。
「綺麗ですけど……今までのスライムとは、魔力の密度が違いますね」
「ぷる……」
シズクも相手の強さを感じ取ったのか、美咲さんの肩で身体を低くする。
俺たちが広間へ入ると、背後の扉が閉じた。
巨大なスライムの身体へ、虹色の光が走る。
閉じていた瞳のような模様が開いた。
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『虹晶王スライム』
『階層守護個体』
『危険度:B-』
『特性』
・虹晶相転移
・四相防護
・属性蓄積
・王核再生
『形態』
・火炎相
・毒霧相
・強酸相
・水晶相
『攻撃』
・虹晶体当たり
・属性弾
・結晶針
・相転移攻撃
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・虹晶石(25%)
・虹色粘液(5%)
____________________◇
「危険度はBマイナス……!」
「初心者ダンジョンの階層守護個体とは思えませんね」
「そうだな。最初は防御に集中しよう。四つの形態を一つずつ調べる」
「分かりました」
虹晶王スライムの頭上で、四枚の結晶板が回転を始める。
最初に正面へ移動したのは、赤い結晶板だった。
虹晶王スライムの全身が、燃え上がるような赤へ変化する。
◇____________________
『現在形態:火炎相』
『相制御部』
・赤色虹晶板
『特性』
・火属性攻撃強化
・接触対象へ火傷を付与
・火属性耐性:大幅上昇
『弱点』
・氷属性
・赤色虹晶板への氷属性攻撃
____________________◇
「最初は火炎形態! 赤い結晶板が弱点だ!」
虹晶王スライムの周囲へ、八つの火球が作り出される。
「左右へ分かれます!」
「分かった!」
八つの火球が一斉に放たれた。
俺は羽靴で床を蹴り、最初の火球を跳び越える。
二つ目が着地点へ迫る。
身体を捻って横へ転がると、すぐ脇を火球が通り過ぎた。
床へぶつかった火球が破裂し、背後から熱気が押し寄せる。
美咲さんも盾で軌道を逸らしながら、残る火球を避けていた。
「シズク、赤い結晶へ氷槍!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ、青白い魔力が集まる。
放たれた氷槍が、虹晶王スライムの頭上にある赤色虹晶板へ向かう。
虹晶王スライムが身体を伸ばし、氷槍を防ごうとした。
「美咲さん、右から身体が伸びる!」
「任せてください!」
美咲さんが踏み込み、伸びてきた身体を盾で弾く。
軌道を遮る物がなくなり、氷槍が赤色虹晶板へ命中した。
赤い光が大きく揺らぐ。
結晶板の表面を霜が覆い、火炎相の身体から炎が消えていった。
◇____________________
『赤色虹晶板:機能停止』
『火炎相:解除』
『四相防護停止:1/4』
『王核露出まで:3秒』
____________________◇
「美咲さん、今なら魔核を狙える!」
「はい!」
美咲さんが一気に距離を詰める。
虹晶王スライムの身体へ剣を突き立てる。
刃先は虹色の魔核へ届いたものの、表面を僅かに削ったところで止まった。
「硬い……!」
露出時間が終わる。
虹晶王スライムの身体が美咲さんの剣を押し戻し、彼女はすぐに距離を取った。
「一度では壊せないみたいだ」
「形態を解除するたびに、少しずつ削る必要がありそうですね」
停止した赤色虹晶板が後方へ移動する。
代わって、紫色の結晶板が正面へ回った。
「次が来る!」
虹晶王スライムの身体が、濃い紫色へ染まっていく。
◇____________________
『現在形態:毒霧相』
『相制御部』
・紫色虹晶板
『特性』
・毒属性攻撃強化
・毒霧による視界遮断
・毒液への耐性
『弱点』
・風属性
・紫色虹晶板への風属性攻撃
____________________◇
「毒霧が来る! 防毒マスクを着けて!」
俺と美咲さんは、探索者ベルトから防毒マスクを取り出す。
口元へ装着した直後、虹晶王スライムの身体から紫色の霧が噴き出した。
広間全体が、急速に毒霧で覆われていく。
防毒マスクがあっても、長時間この中にいるのは危険だ。
「シズク、紫色の結晶へ風弾!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ、風属性の魔力が集まる。
放たれた風弾が紫色虹晶板へ直撃し、その場で大きく弾けた。
強い風が広間へ広がり、毒霧を虹晶王スライムの後方へ押し流していく。
視界が開けると同時に、紫色虹晶板の光が消えた。
◇____________________
『紫色虹晶板:機能停止』
『毒霧相:解除』
『四相防護停止:2/4』
『王核露出まで:3秒』
____________________◇
「二つ目です!」
「魔核を狙って!」
美咲さんが再び接近する。
剣を振り下ろし、先ほど傷を付けた魔核へ重ねるように一撃を加えた。
虹色の魔核へ、細い亀裂が走る。
その瞬間。
耳元にあるスライムの耳飾りから、刺すような敵意が伝わってきた。
同時に、解析表示へ新しい攻撃軌道が浮かぶ。
軌道の先にいるのは、美咲さんではない。
俺だ。
「俺を狙ってる……!」
横へ跳ぶ。
虹晶王スライムの身体から伸びた鞭が、俺の肩を掠めた。
「ぐっ……!」
衝撃で身体が回転し、床へ転がる。
「陸斗さん!」
「大丈夫だ!」
すぐに起き上がる。
肩に痛みはあるが、腕は動かせる。
本来なら、もっと強く弾き飛ばされていたはずだ。
スライムシリーズの攻撃軽減効果が、衝撃を弱めてくれたらしい。
「耳飾りのおかげで、敵意にも早く気付けた」
「それでも、無理はしないでください」
「分かった。気をつける」
虹晶王スライムの頭上で、黄緑色の結晶板が正面へ移動した。
床へ落ちた粘液から、白い煙が立ち上る。
◇____________________
『現在形態:強酸相』
『相制御部』
・黄緑色虹晶板
『特性』
・強酸攻撃強化
・物理攻撃を行った装備へ腐食を付与
・床面への強酸拡散
『弱点』
・氷属性
・黄緑色虹晶板への氷属性攻撃
『注意』
・火属性攻撃を受けた場合、酸霧が発生
____________________◇
「次は強酸! 火球は禁止だ!」
虹晶王スライムの身体から、黄緑色の粘液が床へ流れ落ちる。
強酸が広間の中央から外側へ広がり、白い石を溶かしていく。
「安全に立てる場所は?」
「赤い線の上なら、まだ強酸が届いていない!」
俺たちは赤い線へ移動する。
虹晶王スライムが身体を膨らませた。
頭上へ、無数の強酸液が浮かび上がる。
「上から来る!」
強酸液が雨のように降り注ぐ。
俺は羽靴で前方へ跳び、安全な床へ着地した。
美咲さんも盾の隙間にシズクを隠し、強酸の隙間を縫うように走っている。
一滴でも装備へ付着すれば、耐酸処理があるうちに洗い流さなければならない。
「シズク、黄緑色の結晶を凍らせて!」
「ぷるっ!」
シズクが氷槍を作り出す。
だが、虹晶王スライムが強酸の身体を壁のように伸ばし、結晶板を覆い隠した。
「そのまま撃って! 身体ごと凍らせれば届く!」
「ぷるっ!」
氷槍が強酸の壁へ突き刺さる。
黄緑色の身体が凍り付き、強酸の活動が止まった。
氷槍は勢いを失わず、奥にあった黄緑色虹晶板まで到達する。
澄んだ音が響き、結晶板へ青白い亀裂が走った。
◇____________________
『黄緑色虹晶板:機能停止』
『強酸相:解除』
『四相防護停止:3/4』
『王核露出まで:3秒』
____________________◇
「これで三つ!」
「行きます!」
凍結した強酸の上を、美咲さんが一気に駆け抜ける。
虹晶王スライムの懐へ入り、魔核の亀裂へ剣を突き立てた。
硬い抵抗を受けながらも、刃先が先ほどより深く食い込む。
魔核の亀裂が大きく広がった。
だが、破壊するより早く身体が再生し、美咲さんを押し戻す。
「あと一つです!」
残っているのは、透明な虹晶板。
虹晶王スライムの身体が縮み、表面へ透明な結晶が広がっていく。
やがて全身が、巨大な水晶の塊のような姿へ変わった。
◇____________________
『現在形態:水晶相』
『相制御部』
・透明虹晶板
『特性』
・水晶外殻
・物理反射
・結晶再生
『弱点』
・火属性による加熱
・加熱後の土属性攻撃
『注意』
・加熱前の物理攻撃は反射
・土属性攻撃のみでは破壊困難
____________________◇
「最後は水晶形態! 火球で加熱してから、石弾を当てる必要がある!」
「私が結晶針を防ぎます!」
虹晶王スライムの全身から、鋭い結晶針が伸びる。
次の瞬間、四方へ向かって一斉に射出された。
美咲さんが俺の前へ立ち、盾を構える。
結晶針が何本も盾へぶつかり、硬い音を響かせた。
「シズク、今だ!」
「ぷるっ!」
美咲さんの肩にいるシズクが、蒼い火球を作り出す。
これまでより小さいがかなりの高温なのか熱気が肌を撫でる。
蒼火球が放たれ、透明虹晶板へ命中。
表面の一点へ蒼い炎を広げた。
透明虹晶板が急激に熱せられ、細かな歪みが生まれる。
◇____________________
『透明虹晶板:加熱状態』
『物理反射率:低下』
『土属性攻撃:有効』
____________________◇
「石弾で壊せる!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ、茶色い魔力が集まる。
作り出された石弾は、訓練で使った物より小さい。
蒼い火球と同じで、その分だけ密度が高く、表面へ細かな魔力の渦が走っている。
「撃って!」
「ぷるっ!」
石弾が放たれた。
赤く熱された透明虹晶板へ、正面から激突する。
重い衝撃音が広間へ響いた。
虹晶板へ無数の亀裂が走り、透明な破片となって砕け散る。
◇____________________
『透明虹晶板:機能停止』
『水晶相:解除』
『四相防護停止:4/4』
『全形態の解除を確認』
____________________◇
「全て解除できました!」
「魔核を狙おう!」
虹晶王スライムの身体から、四種類の色が消えていく。
虹色の魔核を守っていた膜も開いた。
美咲さんが最後の一撃を放つため、床を蹴る。
その時だった。
耳飾りから伝わってきた敵意が、これまでとは比べものにならないほど強くなる。
「待って、美咲さん!」
俺の声を聞き、美咲さんが急停止する。
直後、虹晶王スライムの身体から四属性の魔力が爆発した。
美咲さんが盾を構え、衝撃を受け流す。
「まだ終わっていない……!」
停止させたはずの四枚の虹晶板が、虹晶王スライムの体内へ吸い込まれていく。
赤。
紫。
黄緑。
透明。
四つの色が魔核の周囲で混ざり合い、虹色の結晶へ変化した。
虹晶王スライムの身体が再び膨れ上がる。
表面には透明な結晶外殻。
その内側を強酸が流れ、周囲へ毒霧が噴き出す。
頭上には、燃え上がる炎が王冠のように広がった。
俺は変化した虹晶王スライムへ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『虹晶融合』
『虹晶王スライム・最終形態』
『発動条件』
・四相防護停止:4/4
『統合能力』
・火炎攻撃
・毒霧領域
・強酸膜
・虹晶外殻
・王核再生
『王核防護・解除手順』
1.風属性で毒霧を除去
2.氷属性で強酸膜を凍結
3.火属性で虹晶外殻を加熱
4.土属性の衝撃で虹晶外殻を破壊
『制限時間』
・最初の防護解除から12秒
『失敗した場合』
・全ての防護を再構成
・行動速度を上昇
『防護解除後』
・王核露出時間:3秒
____________________◇
「四つの魔法を、順番に使わないと倒せない……」
「制限時間は?」
「最初に風を使ってから十二秒。その間に、石弾まで当てる必要がある」
美咲さんが、シズクの前へ立つ。
「その間の攻撃は、私が防ぎます」
「でも、火炎と強酸を同時に使ってくる」
「全部を受け止めるつもりはありません。陸斗さんの指示で避けます」
シズクが、美咲さんの足元へ移動する。
「ぷるっ!」
まだ戦えると伝えるように、強く身体を伸ばした。
シズクの魔力は残っている。
だが、四つの魔法を続けて使い、一度で成功させなければならない。
「一度失敗したら、相手はもっと速くなる」
「なら、一度で決めましょう」
「ぷるっ!」
「分かった。それで行こう」
虹晶王スライムが大きく身体を震わせる。
毒霧が広がり、床へ強酸が流れ出した。
透明な外殻から結晶針が伸び、頭上には無数の火球が作り出されていく。
四種類の攻撃が、同時に俺たちへ向けられた。




