62話「第十層のスライムたち」
第九層を突破してから、三日後。
俺たちは装備を整え、シズクと共に第十層への転移門を訪れていた。
第十層は、探索者協会が初心者ダンジョンの最終階層として公開している場所だ。
第一層や第五層と同じく、スライム種の魔物だけが出現する。
ただし、強酸を持つスライムや、物理攻撃を反射するスライムも確認されているため、難易度は第五層までとは比べものにならない。
俺と美咲さんの装備には、店主さんから購入した耐酸処理剤を塗ってある。
効果は一時的なものだが、強酸が付着しても数秒程度なら装備の腐食を遅らせられるらしい。
「耐酸処理をしていても、強酸を正面から受けるのは避けましょう」
「そうだね。美咲さんもなるべく盾では受けないようにしよう」
「はい。防御では使わず、緊急時に使う感じにします」
美咲さんの肩では、結晶冠を浮かべたシズクが身体を伸ばしている。
「シズクも、強酸には触っちゃ駄目だよ」
「ぷるっ!」
「水晶スライムへ、体当たりするのも駄目だからね」
「ぷる?」
自分もスライムなのに、どうして触れてはいけないのか分からない。そんな表情だ。
「硬い水晶でできたスライムだから、シズクの身体が傷付くかもしれないんだ」
「ぷる……」
「でも、シズクの魔法なら倒せると思うよ」
「ぷるっ!」
すぐに元気を取り戻し、美咲さんの肩で跳ねる。
「四属性を覚えてから、シズクが戦いたがるようになりましたね」
「色んな魔法を使えるのが嬉しいのかも」
「無理をさせないように、私たちが気を付けないといけませんね」
「そうだね。それじゃ、行こうか」
シズクの魔力が完全に回復していることを確認する。
いつものようにボディレコーダーが起動しているのを確認した俺は、転移門へ手を触れた。
青白い光が立ち上り、周囲の景色が切り替わっていく。
◇
第十層は、白い石と水晶で造られた遺跡だった。
天井から伸びる結晶が淡い光を放ち、広い通路を照らしている。
床の左右には浅い水路が流れ、その中を小さなスライムたちが跳ねていた。
壁にも、様々な形をしたスライムの紋章が刻まれている。
「第一層や第五層より、明るいですね」
「スライムが暮らすために作られた場所……そんな雰囲気だな」
第十層へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させる。
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『第10層』
『協会管理区分』
・初心者ダンジョン最終階層
『生息分類』
・スライム種
『現在地』
・第10層転移門前
『階層守護個体』
・活動中
『環境上の注意』
・強酸性粘液
・毒液の滞留
・結晶片の飛散
・一部区画に物理反射反応あり
____________________◇
「今のところ、周囲に危険な反応はないみたいだ」
「では、階層守護部屋へ向かいながら、地形を確認しましょう」
「そうだね。分かった」
協会から公開されている地図を確認する。
階層守護部屋は、第十層の最も奥にある。
そこまでの経路はいくつか存在するものの、出現する魔物によって通れなくなる場所もあるらしい。
「今日は階層守護部屋の場所を確認するところまでにしようか」
「シズクの魔力にも余裕を残しておきたいですからね」
「ぷるっ」
周囲へ『解析鑑定』を展開したまま、俺たちは遺跡の奥へ進み始めた。
◇
最初に現れたのは、通常のスライムだった。
身体を沈めて飛び掛かってきたところを、美咲さんが剣で切り払う。
続いて、通路の奥から二体の火スライムが現れた。
「シズク、氷槍だよ!」
「ぷるっ!」
二本の氷槍が放たれる。
火スライムの身体へ突き刺さると、赤い炎が消え、そのまま凍り付いた。
美咲さんが距離を詰め、露出した魔核を続けて貫く。
「属性の切り替えも速くなっていますね」
「訓練の成果が出てるんだな。偉いぞシズク」
「ぷるるっ!」
さらに進むと、紫色の毒液が通路を塞いでいた。
毒スライムが三体、床へ身体を広げている。
「シズク、弱い風で毒液を奥へ押し戻して!」
「ぷるっ!」
シズクの前から風が広がる。
飛んできた毒液が押し戻され、毒スライムたちへ降り注いだ。
毒そのものは効いていない。
だが、風に押されたことで三体の動きが止まる。
その隙に、美咲さんが一体ずつ魔核を破壊した。
「今度は、前方に硬い反応がある!」
通路の曲がり角から、黒銀色のスライムが姿を現す。
表面を金属のような外皮で覆った鋼鉄スライムだった。
「シズク。石弾を試してみようか」
「ぷるっ!」
シズクの前へ土の魔力が集まる。
拳ほどの石弾が作り出され、鋼鉄スライムへ向かって放たれた。
重い衝撃音が響く。
鋼鉄スライムの外皮へ、蜘蛛の巣のような亀裂が走った。
「もう一度!」
「ぷるっ!」
二発目が、同じ場所へ命中する。
亀裂の入った外皮が砕け、内部の柔らかな身体と魔核が露出した。
「今です!」
美咲さんが踏み込み、魔核へ剣を突き立てる。
鋼鉄スライムが、黒銀色の粒子となって消えていった。
「硬い相手には、石弾が良さそうだ」
「剣だけで外皮を壊すより、ずっと早いです」
「ぷるっ!」
風、氷、土。
相手に合わせ、シズクは迷わず魔法を切り替えている。
四属性を覚えたばかりとは思えないほど、動きは安定していた。
◇
転移門から一時間ほど進んだ頃。
常時展開していた『解析鑑定』が、前方の床へ反応した。
「美咲さん、止まって」
「魔物ですか?」
「ああ。床に広がってる」
通路の中央には、黄緑色の液体が溜まっていた。
水路から溢れた水にも見える。
だが、周囲の石床は煙を上げながら少しずつ溶けていた。
黄緑色の液体が盛り上がり、丸い形へ変わっていく。
現れたスライムへ、『解析鑑定』を向けた。
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『強酸スライム』
『危険度:C』
『特性』
・強酸性身体
・腐食粘液
・液状擬態
『攻撃』
・強酸液射出
・腐食体当たり
・強酸床生成
『弱点』
・氷属性
・凍結中に露出する魔核
『注意』
・金属、革、布へ接触した場合、腐食が発生
・火属性攻撃を受けた場合、有毒な酸霧が発生
・物理攻撃:非推奨
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・強酸粘液(30%)
・耐酸膜(5%)
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「火球は禁止! 強酸が霧になって広がる!」
「氷槍なら大丈夫ですか?」
「大丈夫だ! 身体ごと凍らせれば、魔核が露出する!」
強酸スライムが大きく膨らむ。
身体の表面へ、三つの黄緑色の球体が作られた。
「飛ばしてきます!」
俺たちは左右へ分かれる。
放たれた強酸液が、直前まで立っていた床へ落ちた。
白い煙が立ち上り、石床へ深い穴が開いていく。
「盾でも受けられませんね」
「耐酸処理だけでは防ぎ切れないと思う」
強酸スライムが床へ身体を広げ、滑るように美咲さんへ迫った。
「シズク。身体全体を凍らせるんだ!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ、青白い魔力が集まる。
作り出された氷槍は、これまでより太く、先端も丸い。
対象を貫くのではなく、冷気を広げるために形を変えている。
氷槍が強酸スライムへ命中した。
黄緑色の身体を、白い霜が一気に覆っていく。
床へ広がっていた強酸も凍り付き、動きを止めた。
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『強酸スライム』
『状態:凍結』
『強酸活動:停止』
『腐食能力:一時停止』
『凍結維持時間:6.8秒』
『魔核防護:解除』
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「今なら近付ける!」
「はい!」
美咲さんが凍った床を避け、強酸スライムの側面へ回り込む。
剣を振り下ろし、氷に覆われた身体を切り開いた。
露出した魔核へ、続く一撃を突き立てる。
強酸スライムが砕け、黄緑色の粒子となって消えていった。
「装備に付着していませんか?」
「俺は大丈夫。美咲さんも問題なさそうだ」
「シズクもお願いします」
「ぷるっ」
シズクの身体と結晶冠へ意識を向ける。
強酸の付着はない。
「シズクも大丈夫だ」
「よかった……」
美咲さんが安心したようにシズクを抱き上げる。
強酸スライムの消えた場所には、良質な魔核だけが残されていた。
「強酸粘液は出なかったか」
「もしドロップしたら、安全に持ち帰る容器が必要になりそうです」
「次に来る時は、耐酸保存瓶を用意しておこう」
魔核を回収し、強酸で傷んだ床を避けて先へ進んだ。
◇
しばらく進むと、通路の左右に透明な水晶が増え始めた。
柱ほどの大きさがある水晶もあれば、床から僅かに突き出している物もある。
「綺麗な場所ですね」
「魔物が隠れているかもしれないから、近付き過ぎない方がいいかな」
常時展開している『解析鑑定』へ、複数の反応が現れる。
「やっぱりいる。正面の水晶が魔物みたいだ」
「あれですか?」
美咲さんが指したのは、通路の中央にある丸い結晶だった。
周囲の水晶と同じように見える。
だが、俺たちが近付くと結晶が小さく震えた。
下側から透明な身体が広がり、水晶を纏ったスライムの姿へ変わっていく。
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『水晶スライム』
『危険度:C』
『特性』
・水晶外殻
・物理反射
・光学擬態
『攻撃』
・結晶針射出
・回転突進
・反射衝撃
『弱点』
・火属性魔法
・急激な温度上昇
『注意』
・物理攻撃を受けた場合、衝撃の一部を攻撃者へ反射
・水晶外殻が存在する間、魔核への物理攻撃は無効
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・水晶外殻(30%)
・反射晶片(5%)
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「物理攻撃は反射される! 美咲さんはシズクの援護を!」
「分かりました。シズクを守ります!」
水晶スライムの表面から、細い結晶が何本も伸びる。
「結晶が飛んでくる!」
美咲さんが盾を構え、俺とシズクの前へ出た。
放たれた結晶針が、盾へ次々とぶつかる。
攻撃を受けたわけではないため、物理反射は発生していない。
それでも衝撃は強く、美咲さんの身体が少しずつ押し戻される。
「シズク、火球だよ! 水晶の中央を狙って!」
「ぷるっ!」
美咲さんの横から、シズクが身体を伸ばす。
赤い魔力が集まり、火球が放たれた。
火球は水晶スライムの中央へ命中し、赤い炎を広げる。
透明だった水晶外殻が熱を帯び、表面へ細い亀裂が走った。
だが、まだ砕けていない。
「もう一回、同じ場所!」
「ぷるっ!」
二発目の火球が亀裂へ直撃する。
水晶外殻が内側から弾け、無数の欠片となって床へ散らばった。
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『水晶スライム』
『水晶外殻:破壊』
『物理反射:停止』
『外殻再構成まで:5秒』
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「美咲さん、今なら攻撃できる!」
「分かりました!」
美咲さんが一気に距離を詰める。
水晶スライムは外殻を失った身体で逃げようとするが、間に合わない。
剣先が、透明な身体の中心にある魔核を正確に貫いた。
水晶スライムが光を放ち、細かな粒子となって消えていく。
「終わりましたね」
「うん。シズクもよく狙えた」
「ぷるっ!」
残された良質な魔核と、手のひらほどの水晶外殻を拾う。
反射晶片は出なかったものの、水晶外殻だけでも新しい素材だ。
「一度の探索で、四種類の魔法を全部使うことが出来ましたね」
「そうだな。切り替える速度も、訓練の時より上がってたと思う」
念のため、シズクの状態を確認する。
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『個体名:シズク』
『状態:良好』
『魔力残量:58%』
『魔力操作』
・現在段階:初級
・習熟度:上昇
『推奨』
・高出力魔法の連続使用を控える
・階層守護個体への挑戦前に休息
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「魔力操作も、少しずつ上達してる」
「進化条件へ近付いているんですね」
「ああ。ただ、魔力は半分くらいまで減ってるから、今日は階層守護個体と戦わない方が良いかもしれない」
「私も賛成です」
「ぷる……」
シズクが少し残念そうに潰れたので、撫でつつ説明する。
「守護個体へ挑む時は、シズクの魔法が必要になると思う。今日は休もう。な?」
「ぷるっ」
俺の言葉に元気よく返事をしたシズクは、定位置である美咲さんの肩へ移動した。
それを見届けた俺は、階層守護部屋までの経路だけ確認し、地上へ戻ることにする。
公開地図によると、守護部屋はこの先の大広間を抜けた場所にある。
そこへ向かって歩き始めた直後、左側の岩壁へ展開していた『解析鑑定』が反応した。
「待って。壁の向こうに何かある」
「通路ですか?」
「今、調べてみる」
一見すると、何の変哲もない白い岩壁だ。
表面には、周囲と同じように何体ものスライムが刻まれている。
だが、深く解析すると、岩壁の奥に小さな空間が存在していた。
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『第10層・隠し部屋』
『状態:封鎖中』
『開放条件』
・4つの属性紋章を正しい順序で起動
・スライム系従魔による最終認証
『属性紋章』
・風
・火
・氷
・土
『内部保管物』
・スライムシリーズ装備:1点
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「隠し部屋だ」
「また見つけたんですか?」
「ああ。それに、中にスライムシリーズの装備があるみたい」
「ぷるっ!」
スライムという言葉へ反応し、シズクが美咲さんの肩から岩壁を見つめる。
土埃を払い落とすと、四つの小さな紋章が現れた。
風を表す渦。
燃え上がる炎。
尖った氷。
積み重なった岩。
その中央には、丸いスライムを模した大きな紋章が刻まれていた。
「四属性の魔法と、スライム系従魔が必要みたいだ」
「今のシズクなら、どちらの条件も満たせますね」
「ぷるるっ!」
シズクの周囲へ、四属性の魔力が淡く浮かび上がる。
それに応えるように、岩壁へ刻まれた四つの紋章が僅かに光った。
スライムシリーズは、現在四種類。
この壁の向こうにある物が五つ目なら、シリーズ装備が全て揃うことになる。
ただし、四つの紋章へ触れる順番までは表示されていない。
俺たちは、隠し部屋を開くための仕掛けを調べることにした。




