↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
60/151

60話「幻惑の森と土水晶」


 第八層を攻略してから、三日後。

 俺たちは第九層への転移門の前に立っていた。


 探索者協会から公開されている情報によると、第九層は薄暗い森林階層らしい。

 木々へ擬態する魔物や、幻影を作り出す魔物が確認されている。


「第九層では、見えている物だけを信じない方がいいそうです」

「分かった。『解析鑑定』も、周囲へ広く展開しておくよ」

「お願いします。私も、音や足跡に注意します」

「ぷるっ!」


 美咲さんの肩にいるシズクが、結晶冠を揺らしながら身体を伸ばす。


「シズクも、勝手に何かを追い掛けちゃ駄目だよ」

「ぷるっ」

「幻影が出ても、美咲さんから離れないようにな?」

「ぷる?」


「分かってるでしょうか……」

「たぶん、大丈夫だと思う」


 ボディレコーダーの記録状態を確認し、第九層への転移門へ触れる。

 淡い緑色の光が立ち上り、周囲の景色が切り替わった。



 ◇



 第九層は、夜明け前のように薄暗い森だった。

 背の高い木々が隙間なく生え、枝葉が天井を覆っている。

 地面には青白く光る苔が広がり、それが唯一の明かりとなっていた。


 空気は湿っている。

 木々の間には薄い霧が漂い、少し離れただけで景色が霞んでしまう。


「静かですね……」

「何もいないように見えるけど」


 だが、常時発動させている『解析鑑定』には、いくつもの小さな反応が届いていた。


 第九層全体へ意識を向け、詳しい環境情報を確認する。



 ◇____________________


 『第9層・薄暮森林』


 『現在地環境』

 ・視認可能距離:14.6メートル

 ・気温:19.8度

 ・有毒成分:なし

 ・幻属性魔力濃度:低


 『環境上の注意』

 ・木々や地面へ擬態する魔物が存在

 ・幻属性魔力による距離感のずれ

 ・複数種の魔物が群れを形成

 ・一部の道標に幻影が重なる場合あり


 『推奨』

 ・パーティーメンバーとの距離を5メートル以内に維持

 ・音、足跡、空気の流れを併用して周囲を確認


 ____________________◇



「この霧には、少しだけ幻属性の魔力が含まれてるみたいだ」

「身体への影響はありますか?」

「毒性はない。ただ、距離感がずれることがあるみたいだから注意して」

「では、離れずに進みましょう」


 公開地図には、木へ巻き付けられた青い目印を辿るよう記載されている。

 俺たちは互いの位置を確かめながら、森の奥へ進み始めた。


 森の中は、虫の鳴き声すら聞こえなかった。


 足元の草を踏む音。

 枝葉から落ちる水滴。

 自分たちの呼吸。

 僅かな音まで、森の奥へ吸い込まれていく。


「道標が二つありますね」


 前方の木へ、青い布が二枚巻かれていた。


 一つは右側の道。

 もう一つは左側の道を示している。


「協会の地図では、右へ進むことになってる」

「では、左側が幻影でしょうか?」

「ちょっと待って、調べてみる」


 二つの道標へ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『探索者協会設置・第9層道標』


 『本体:右側』

 『幻影:左側』


 『幻影発生源』

 ・付近に生息する幻灯蛾の鱗粉


 ____________________◇



「右側は本物。左は魔物が作った幻影だ」

「道標まで複製するんですね」

「知らずに進むと、群れのいる場所へ誘導されるから、コレは報告したほうがいいな」

「そうですね」


 左側の道へ意識を広げると、木々の奥から複数の魔物反応が返ってきた。


「右へ行こう」


 幻影の道標から離れ、正しい経路へ足を向ける。

 その時、右側の茂みから枝の折れる音が聞こえた。

 同時に『解析鑑定』へ、七つの反応が現れる。


「っ、囲まれてる!」


 美咲さんが剣を抜く。

 木の幹と茂み。

 頭上の枝。

 周囲へ反応はあるが、魔物の姿は見えない。


 そのうち二つは空中。

 残る五つは、地面を移動していた。


 反応の一つへ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『森影狼(シャドウウルフ)


 『危険度:D+』

 『現在の群れ:5体』


 『特性』

 ・森林擬態

 ・気配遮断

 ・群れによる包囲


 『攻撃』

 ・噛み付き

 ・爪撃

 ・連携攻撃


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核(100%)

 ・森影狼の毛皮(20%)


 ____________________◇



 続いて、頭上の反応を調べる。



 ◇____________________


 『幻灯蛾(ミラージュモス)


 『危険度:D』

 『現在数:2体』


 『特性』

 ・幻影鱗粉

 ・飛行

 ・魔力反応複製


 『注意』

 ・鱗粉から作られた幻影にも、微弱な魔力反応が存在

 ・詳細解析を行うことで本体との識別が可能


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核(100%)

 ・幻影鱗粉(15%)


 ____________________◇



「森影狼が五体! 頭上に幻灯蛾が二体いる!」

「なんで、狼と蛾が一緒に行動しているんですか!」

「それは分からないが、幻影で混乱させられる前に狼を倒したほうがいい!」


 頭上から青白い粉が降り注ぐ。


「まずい! シズクっ! 風を上へ!」

「ぷるっ!」


 シズクが身体の前へ風属性魔力を集める。

 放たれた風弾が頭上で弾け、降り注いでいた鱗粉を上空へ巻き上げた。


 だが、すべてを吹き飛ばすことはできない。

 残った鱗粉が淡く輝き、木々の間へ無数の狼が現れた。


 一体。

 二体。


 視界に映る狼の数が、十体を超えていく。


「本物は五体だけだ!」

「どれが本物か分かりますか!?」

「一体ずつなら分かるけど、動きが速すぎる!」


 詳細解析を行えば、幻影と本体を識別できる。

 だが、一体へ意識を集中させている間にも、他の狼は動き続ける。


 十一体の狼が、互いの位置を入れ替える。

 解析表示を追うだけで、視界が埋め尽くされていく。


「正面の二体は幻影! 左奥が本物!」

「分かりました!」


 美咲さんが左へ踏み込む。

 剣が木々の影へ振り下ろされる。

 何もいないように見えた空間から、森影狼が飛び出した。


 刃が前脚を切り裂く。

 森影狼は地面へ転がったものの、すぐに立ち上がって茂みへ姿を隠した。


「後ろから二体来る!」


 美咲さんが振り返る。

 最初の狼へ剣を振るう。

 刃が身体を通り抜け、幻影が光となって消えた。


 二体目は本物だった。

 美咲さんが盾で噛み付きを受け止める。

 森影狼の牙が盾の縁へ食い込み、硬い音が響いた。


「っ……!」


 美咲さんが盾を振り、森影狼を弾き飛ばす。

 俺も鋼短剣を抜き、周囲の反応を追う。


「右から来る!」


 右側へ身体を向ける。

 だが、美咲さんが叫んだ。


「陸斗さん、しゃがんで!」


 理由を考える前に、その場へ身を沈める。

 直後、頭上を森影狼が通過した。


 右側から見えていた狼は幻影。

 本物は、背後の木から跳び掛かっていた。


 美咲さんの剣が俺の頭上を通り、森影狼の腹部を切り裂く。

 狼は茶色い粒子となって消えた。


「ごめん、表示に気を取られてた……」

「話はあとです! まだ来ます!」


 残る四体の森影狼が、幻影へ紛れながら周囲を走る。

 俺は反応を一つずつ追おうとしていた。

 だが、それでは間に合わない。


「美咲さん。本物の動きが分かる?」

「完全には分かりません。でも、見せている狼は囮です!」


 美咲さんが周囲を見回す。


「森影狼は、逃げ道を塞ぐ位置から攻撃してきます。幻影を追わず、私たちの背後を見てください!」

「分かった!」


 表示だけではなく、森影狼の狙いを考える。


 俺たちを囲む幻影。

 あえて姿を見せている狼。

 その反対側。


 逃げようとした時、背中を向けることになる場所へ意識を向ける。

 三つの反応が重なっていた。


「左後方に本物が二体!」

「そこですね!」


 美咲さんが迷わず左後方へ踏み込む。

 森影狼が、二方向から同時に飛び掛かってきた。

 一体目を盾で弾き、二体目の前脚を剣で切り払う。


「シズク、負傷した方へ氷槍(アイスランス)!」

「ぷるっ!」


 青白い氷槍が放たれる。

 前脚を失った森影狼の身体へ突き刺さり、周囲を凍らせた。

 動きを止めた狼へ、美咲さんが止めを刺す。


 残り三体。


 群れの動きへ意識を向けると、そのうち一体だけが他の狼へ指示を出していることが分かった。



 ◇____________________


 『森影狼・群れの指揮個体』


 『現在の行動』

 ・幻影と残存個体を用いた再包囲

 ・一城陸斗を優先攻撃対象へ指定


 ____________________◇



「奥にいる一体が、群れへ指示を出してる!」

「見えますか?」

「位置は分かる! シズク、上にいる幻灯蛾(ミラージュモス)へ風弾を撃って!」

「ぷるっ!」


 二発目の風弾が、頭上の枝へ向かって放たれる。

 風に巻き込まれた幻灯蛾が、木の幹へ叩き付けられた。

 鱗粉の供給が止まり、森影狼の幻影が薄くなっていく。


「本物が見えました!」


 美咲さんが指揮個体へ駆ける。

 残る二体が進路を塞ごうとするが、幻影を失った状態では動きが分かりやすい。

 一体を盾で押し退け、もう一体の噛み付きを剣で受け流す。


 そのまま指揮個体との距離を詰めた。

 森影狼が身体を低くし、正面から飛び掛かる。


 美咲さんは半歩だけ横へずれた。

 すれ違いざまに剣を振るう。


 刃が首元へ入り、指揮個体が粒子となって消えた。

 指示を失った二体の森影狼が、別々の方向へ逃げようとする。


「右は俺が見る!」

「では、左を倒します!」


 右へ逃げた森影狼の進路を追う。

 俺へ飛び掛かる直前、羽靴で横へ移動する。


 空中へ飛び出した身体へ鋼短剣を突き立てた。

 刃先が魔核へ届き、森影狼が粒子となって崩れる。


 美咲さんも、最後の一体を倒していた。

 頭上に残っていた幻灯蛾は森の奥へ逃げ、周囲へ静けさが戻った。


「終わった……」


 俺は周囲に魔物の反応が残っていないことを確認し、息を吐いた。


「陸斗さん、怪我はありませんか?」

「なんとか。美咲さんが助けてくれたから、大丈夫だ」

「ぷる……」


 シズクが地面を跳ね、俺の足元へやってくる。


「シズクも心配してくれたんだな。ありがとう」

「ぷるっ」


 美咲さんにも怪我はない。

 足元へ残された良質な魔核を回収する。

 毛皮や鱗粉は落ちていなかった。


「さっきの狼、俺の『解析鑑定』だけでは追い切れなかった」

「本物の位置は分かっていましたよね?」

「うん。でも、一体へ集中している間に、別の狼へ回り込まれてた」

「群れで戦う魔物は、相手の位置だけでなく、狙いも考える必要があります」


 美咲さんが、森影狼のいた場所を見る。


「見せている相手へ注意を向けさせて、別の個体が死角から襲う。群れで狩りをする魔物が、よく使う方法です」

「美咲さんが言ってくれなかったら、幻影を追い続けてたと思う」

「陸斗さんが本物の数と位置を教えてくれたから、私も攻撃を予測できたんです」


 美咲さんが柔らかく微笑む。


「どちらか一人だけでは、難しい戦いでしたね」

「そうだな。次からは、表示だけじゃなくて、美咲さんの判断も聞くようにするよ」

「私も、気付いたことはすぐに伝えます」

「ぷるっ!」


「シズクも頼りにしてるよ」

「ぷるるっ!」


 解析結果が正しくても、それを戦闘中に生かせるとは限らない。

 相手の動きを読み、何を狙っているのか判断する。

 それは、探索経験を積んできた美咲さんの方が遥かに優れていた。


 休憩を終え、再び森の奥へ進む。


 しばらくすると、『解析鑑定』へ強い反応が現れた。


 反応は魔物ではない。

 地面の下から、安定した土の魔力が伝わってくる。


「この先で、土属性の魔力が反応してるみたいだ」

「何かの素材でしょうか?」

「たぶん。でも、入口らしい場所が見当たらないな」


 反応があるのは、三本の大樹が重なる場所だった。

 太い根が地面を覆い、その先に通れる隙間はない。


 詳しく解析する。



 ◇____________________


 『地脈の祠』


 『分類:隠し採取区域』

 『状態:隠蔽中』


 『隠蔽方法』

 ・擬態蔦による入口の遮蔽

 ・幻影苔による奥行きの誤認


 『注意』

 ・擬態蔦を無理に切断すると入口が24時間封鎖

 ・正規経路から侵入すること


 ____________________◇



「擬態する蔦と、幻影を作る苔で入口が隠されてる?」

「正しい入口は分かりますか?」

「祠がある方向は分かるんだけど、どこから入るのかまでは表示されてないな」


 三本の大樹の周囲を調べる。

 見えている根や蔦は、どれも同じように重なっていた。

 無理に切れば、入口が封鎖される。


「少し待ってください」


 美咲さんが目を閉じ、木々の間で耳を澄ませる。


「右側から、風の音が聞こえます」

「風?」

「はい。蔦の奥から、僅かに空気が流れているみたいです」


 右側の根へ近付く。

 意識して見なければ分からないほどだが、蔦の葉が小さく揺れていた。


「シズク。弱い風を送ってみてくれ」

「ぷるっ」


 シズクが蔦へ向かって、柔らかな風を起こす。

 葉が一斉に持ち上がった。


 その奥に、人一人が通れるほどの隙間が現れる。



 ◇____________________


 『地脈の祠』

 『正規経路:発見』

 『入口封鎖:解除』


 ____________________◇



「美咲さんの言ったとおりだったな」

「陸斗さんが、ここに祠があると見つけてくれたからです」

「じゃあ、みんなで見つけた入口だっ」

「ぷるっ!」


 蔦を傷付けないように持ち上げ、隙間へ入る。

 大樹の根の下には、土色の石で造られた小さな祠があった。


 壁や天井から伸びた根が、中央の石台へ集まっている。

 その上には、茶色く透き通った結晶が浮かんでいた。


「ぷる……」


 シズクが、再び結晶へ身体を伸ばす。


「シズクに使えそうな物を見つけると、すぐに分かるようになりましたね」

炎水晶(ファイアクリスタル)氷水晶(アイスクリスタル)を覚えてるのかも」


 茶色い結晶へ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『土水晶(ストーンクリスタル)


 『品質:A』

 『希少度:B』

 『推定買取価格:100,000円』


 『用途』

 ・土属性魔導具の素材

 ・建築用魔導具の魔力源

 ・土属性魔法の習得補助


 『適合対象:シズク』


 『習得可能魔法』

 ・石弾(ストーンバレット)


 ____________________◇



「シズクが使える、土属性の水晶(クリスタル)みたいだ」

「今度は、どのような魔法ですか?」

石弾(ストーンバレット)。土属性の魔力で石の弾を作って放つ、攻撃魔法だ」

「これで、四つの属性攻撃を使えるようになるんですね!」

「ぷるっ!」


 美咲さんの言葉へ応えるように、シズクが大きく身体を伸ばす。


「持ち帰って、検査を受けてから訓練しよう」

「ぷるるっ!」


 採取可能な部分を確認し、小型ピッケルを取り出す。

 数度打ち込むと、澄んだ音を響かせながら土水晶の欠片が採取できた。

 保護布へ包み、探索鞄へ収める。


「これで、風、火、氷、土の四属性ですね」

「うん。でも、今日の戦いみたいに、魔法や解析結果だけで全部に対応できるわけじゃない」

「そのためのパーティーです」

「そうだな」


 俺の『解析鑑定』。

 美咲さんの探索経験と戦闘技術。

 シズクが少しずつ増やしている魔法。


 それぞれにできることは違う。

 だからこそ、足りない部分を補い合うことができる。


 俺たちは土水晶を持ち帰るため、第九層の入口へ引き返すことにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。