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59話「氷槍と水鎧大鰐」


 第八層から帰還した翌日。

 俺たちは撮影した映像と氷水晶を持ち、探索者協会の調査課を訪れていた。


「水位の上昇によって完成する浮石回廊と、低水位の間だけ現れる氷晶の泉ですか」


 高橋さんが、タブレットへ表示された映像を確認する。


 水没遺跡の水位変動周期自体は、協会でも把握している。

 だが、浮石が高架回廊へ続く道を作ることは、正式な攻略情報に記録されていなかった。


「水位上昇時に石板が動いたという報告は、過去にも数件ありました。しかし、対岸まで渡れる安全経路だと確認されたのは、今回が初めてです」

「高水位の間だけ、通れるみたいです」

「映像でも確認できますね。水中の魔物と戦わずに移動できるなら、探索者の負担を大きく減らせます」


 続いて、氷晶の泉へ続く階段が現れる場面へ切り替わった。


「こちらは、周辺水位が二十センチ以下にならなければ現れないのですね」

「はい。入口が出現してから、再び水没するまで四十分ほどでした」

「水位が下がっている間に、階段の存在へ気付く必要がある。通常の探索では見逃してしまうでしょう」


 俺は保護布に包んだ氷水晶を机へ置く。


「こちらが、採取した氷水晶です」

「検査へ回します。魔法習得の補助効果は、今回も一城さんの『解析鑑定』にだけ表示されたのですね」

「はい。協会の鑑定用魔導具では、通常の用途しか表示されないと思います」


 氷水晶が検査室へ運ばれる。

 結果を待つ間に、高橋さんが情報提供料の明細を作成した。



 ◇____________________


 『情報提供料』


 浮石回廊・通行条件      80,000円

 氷晶の泉・出現条件      50,000円


            合計 130,000円


 ____________________◇



「今回の情報提供料は、合計十三万円となります」

「ありがとうございます」

「浮石回廊については、すぐに安全性の調査を始めます。氷晶の泉は再水没までの時間が限られるため、調査員にも一城さんから提供された時刻表を共有します」

「お願いします」


 しばらくすると、検査を終えた職員が氷水晶を持って戻ってきた。


「有害な魔力反応はありません。表面温度も、素手で短時間触れられる範囲です」

「では、シズクの訓練に使っても大丈夫ですか?」

「はい。従魔用訓練場で使用してください」


 高橋さんから氷水晶を受け取る。


「動画については、浮石回廊の安全確認が終わるまで投稿をお待ちください。氷晶の泉の正確な位置についても、採取方法を決めてから公開範囲を判断します」

「分かりました」


 俺たちは高橋さんへ礼を伝え、従魔用訓練場へ向かった。



 ◇



「シズク。今度は、氷の魔法だよ」

「ぷるっ!」


 前回と同じ訓練室へ入り、美咲さんが氷水晶(アイスクリスタル)をシズクへ見せる。

 透明な結晶の内部では、細かな雪のような光が舞っていた。


炎水晶(ファイアクリスタル)より、こっちの方が好きそうだな」

「触った時に冷たいからかな?」

「ぷる?」


 シズクが身体を傾ける。


「食べ物じゃないから、溶かしちゃ駄目だよ」

「ぷるっ」


 氷水晶へ『解析鑑定』を発動させ、訓練方法を確認する。



 ◇____________________


 『氷水晶を使用した氷属性魔法習得訓練』


 『手順』

 ・氷水晶を対象の体内へ取り込む

 ・氷水晶へ少量の魔力を流す

 ・返された氷属性魔力を身体の前方へ集める

 ・細長く圧縮し、氷槍を形成


 『安全使用時間:1日2分以内』


 『注意』

 ・体内温度が急激に低下した場合、直ちに中止

 ・氷属性魔力を全身へ拡散させないこと

 ・氷水晶そのものを吸収させないこと


 ____________________◇



「基本的な手順は、炎水晶の時と同じみたいだ。今回は、体温が下がりすぎないように注意しよう」

「分かりました。シズク、寒くなったらすぐに教えてね」

「ぷるっ」


 美咲さんが氷水晶をシズクの身体へ触れさせる。

 シズクは氷水晶を包み込み、ゆっくりと体内へ取り込んだ。

 透明な身体の中央へ、青白い結晶が浮かぶ。


「少しずつ魔力を流してみよう」

「ぷるっ」


 シズクの魔力が、氷水晶へ集まっていく。

 青白い光が広がり、シズクの身体の表面へ薄い霜が浮かんだ。


「身体全体へ広げないで、前に集めてっ」


 美咲さんの声に反応し、氷属性魔力がシズクの前方へ移動する。

 最初にできたのは、指先ほどの小さな氷の塊だった。

 床へ落ち、乾いた音を立てて砕ける。


「ぷる……」

「形ができただけでも、成功に近付いてるよ」

「次は、細長く伸ばしてみよう」


 結晶冠が淡く輝き、シズクの魔力の流れを整える。

 二度目の魔力が氷水晶へ流れた。


 返された冷気が、身体の前方へ集まる。

 青白い光が細く伸び、一本の氷へ変わっていった。


「そのまま、正面の標的へ!」

「ぷるっ!」


 シズクが身体を勢いよく伸ばす。

 長さ二十センチほどの氷槍が放たれ、布製の標的へ突き刺さった。

 標的の周囲へ白い霜が広がる。


「できました!」

「ぷるるっ!」


 シズクが嬉しそうに跳ねる。


「成功したね。今日は、ここまでにしよう」

「ぷるっ」


 炎水晶の時より、素直に訓練を終えてくれた。

 美咲さんがシズクの身体から氷水晶を取り出す。

 俺はシズクの状態を確認した。



 ◇____________________


 『個体名:シズク』


 『種族:魔法(マジック)スライム』

 『状態:良好』

 『体内温度:正常範囲』

 『魔力残量:68%』


 『習得魔法』


 ・風弾(ウインドバレット)

 ・火球(ファイアボール)

 ・氷槍(アイスランス):初級・未成熟


 『氷槍』

 ・氷属性魔力を槍状に圧縮して放つ

 ・命中箇所と周囲を僅かに凍結


 『魔力操作』

 ・風属性:安定

 ・火属性:習得中

 ・氷属性:習得開始

 ・複数属性の切り替え:訓練中


 ____________________◇



「無事、氷槍(アイスランス)を覚えた」

「これで、三つの属性を使えるようになったんですね」

「そうだな。ただ、火と氷はまだ覚えたばかりだから、状況に合わせて使い分ける訓練も必要になると思う」

「焦らず、一つずつ覚えていこうね」

「ぷるっ!」


 異なる属性の魔法を覚えるだけでは、自由に扱えるとは限らない。

 シズクが次の段階へ成長するには、複数の魔力を正確に切り替える技術も必要になるのだろう。



 ◇



 二日後。


 浮石回廊の安全確認が終わり、第八層の新たな経路として公開された。

 俺たちは水位が下がっている時間に合わせて第八層へ入り、階層守護部屋へ向かっていた。


「水位上昇まで、あと二十五分くらい」

「階層守護個体と戦う時間も考えると、余裕はあまりありませんね」

「危険だと思ったら、今回は挑戦せずに戻ろう」

「はい」


 シズクの魔力と体調にも問題はない。


 水位が低い間に浮石回廊のある広間を通過し、その先にある通常経路を進む。

 やがて、巨大な石造りの扉が見えてきた。


 扉には、水を纏った大鰐の姿が刻まれている。



 ◇____________________


 『第8層・階層守護部屋』


 『階層守護個体:活動中』

 『挑戦可能人数:6名』


 『現在水位:0.42メートル』

 『次回水位上昇まで:16分37秒』


 『第9層転移門:封鎖中』

 『開放条件:階層守護個体の討伐』


 ____________________◇



「守護部屋の中も、遺跡と同じように水位が変わるみたい」

「水位が上がる前に倒した方がよさそうですね」

「扉が開いたら、攻撃方法を調べてみる」


 ボディレコーダーの記録状態を確認する。

 美咲さんが剣と盾を構え、扉の横にある魔石へ触れた。

 重い音を響かせながら、扉が左右へ開いていく。



 ◇



 守護部屋は、巨大な貯水槽のような場所だった。

 床は膝下まで水に沈み、中央には円形の石台がある。


 部屋の奥。

 水中から、緑がかった巨大な鰐の頭部が現れた。


 全長は五メートルを超えている。

 硬い鱗の周囲を、絶えず流れる水が鎧のように覆っていた。


 俺たちが室内へ入ると、背後の扉が閉じる。

 大鰐が水面を尾で叩き、部屋全体へ水飛沫を飛ばした。

 『解析鑑定』を、階層守護個体へ集中させる。



 ◇____________________


 『水鎧大鰐(アクアクロコダイル)


 『階層守護個体』

 『危険度:C+』


 『特性』

 ・水流鎧

 ・水中加速

 ・水位連動強化


 『攻撃』

 ・噛み付き

 ・尾撃

 ・回転攻撃

 ・水圧弾


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核(100%)

 ・水鎧鱗(30%)

 ・水圧袋(10%)


 ____________________◇



「水を鎧みたいに纏ってる!」

「来ます!」


 水鎧大鰐が水中へ潜る。

 巨体が見えなくなり、水面へ大きな波だけが残った。


「美咲さんの右側!」


 大鰐が水中から飛び出す。

 美咲さんは横へ跳び、噛み付きを避けた。


 すれ違いざまに剣を振るう。

 刃は大鰐の身体へ届く前に、周囲を流れる水へ触れた。

 水流が剣の勢いを逸らし、鱗へ浅い傷を付けただけで止まる。


「水に防がれました!」

「鎧の性質を調べてみるから、少し踏ん張って!」

「わかりました!」


 水鎧大鰐が尾を振るう。

 美咲さんが盾で受け流すが、水の勢いまで完全には防げない。

 大きく押し戻され、水中へ片膝を突いた。


「っ、美咲さん!」

「大丈夫です! 陸斗さんは解析を!」


 俺は水流鎧へ意識を集中させた。



 ◇____________________


 『水流鎧』


 『物理攻撃軽減率:74%』

 『水中再生時間:3秒』


 『解除方法』

 ・氷属性攻撃によって水流鎧を凍結

 ・凍結中に強い物理攻撃を加える


 『解除後の再形成時間』

 ・低水位:12秒

 ・高水位:3秒


 ____________________◇



「氷属性で鎧を凍らせれば壊せる!」

「シズクの氷槍ですね!」

「そうだ! 鎧を壊したら、再形成まで十二秒ある!」

「シズクお願い!」

「ぷるっ!」


 シズクが美咲さんの肩から水面へ跳び下りる。

 解析結果どおり、透明な身体が水面へ浮かんだ。


 水鎧大鰐が大きく口を開く。

 口内へ水属性魔力が集まり、圧縮された水球へ変わっていく。


「水圧弾が来る! シズクを狙ってる!」


 美咲さんがシズクの前へ入る。

 放たれた水圧弾を、盾を斜めに構えて受け流した。

 水球が軌道を変え、壁へ激突する。


「シズク、今だよ!」

「ぷるっ!」


 シズクの身体の前へ、青白い魔力が集まる。

 細長く圧縮された氷槍が、水鎧大鰐へ向かって放たれた。


 氷槍が水流鎧へ突き刺さる。

 大鰐の身体を覆っていた水が一瞬で凍り付き、白い氷へ変わった。



 ◇____________________


 『水流鎧:凍結』

 『破壊可能時間:4.6秒』


 ____________________◇



「美咲さん!」

「はい!」


 美咲さんが水を蹴り、一気に距離を詰める。

 剣を両手で握り、凍り付いた鎧へ振り下ろした。

 氷へ無数の亀裂が走る。


 二撃目。

 大きな音と共に水流鎧が砕け散り、水鎧大鰐の身体が露出した。



 ◇____________________


 『水流鎧:解除』

 『再形成まで:11.8秒』


 ____________________◇



「魔核の位置を調べる!」


 水鎧大鰐が身体を回転させる。


「美咲さん、離れて!」


 巨大な尾が水面を薙ぎ払う。

 美咲さんが後方へ跳ぶ。


 大量の水が巻き上がり、視界を塞いだ。

 水鎧大鰐はその隙に、再び水中へ潜ろうとする。


「潜らせると、鎧を作り直される……!」


 体内へ意識を集中させる。


 胸部。

 腹部。

 頭部。


 大きな魔核は、喉の奥に存在していた。



 ◇____________________


 『魔核位置:喉部』


 『攻撃可能条件』

 ・水圧弾形成中

 ・噛み付き攻撃直前


 ____________________◇



「魔核は喉の奥! 口を開いた時しか狙えない!」

「では、私が噛み付きを誘います!」


 美咲さんが水鎧大鰐の正面へ立つ。


「こっちです!」


 剣を盾へ打ち付け、音を響かせる。

 水鎧大鰐が美咲さんへ向き直った。


 水流鎧の再形成まで、残り六秒。

 大鰐が水面を蹴り、大きく口を開ける。


「今です!」


 美咲さんは正面から噛み付かれる直前、身体を横へ滑らせた。

 開かれた口の横を通り抜けながら、剣を下から振り上げる。


 刃先が喉の奥へ入り、魔核へ届いた。

 硬い物が砕ける音が響く。


 水鎧大鰐の巨体が、水面へ落ちた。

 大きな波が広がる。


 次の瞬間、その身体が青い粒子となって崩れていった。


「倒しました……!」

「ぷるるっ!」


 シズクが水面を跳ねながら、美咲さんの方へ移動する。


「シズクも、よく頑張ったね」

「ぷるっ」


 美咲さんがシズクを抱き上げる。

 俺も二人へ近付き、怪我がないことを確認した。


「二人とも、大丈夫?」

「はい。陸斗さんも怪我はありませんか?」

「俺も大丈夫だ」


 水鎧大鰐が消えた場所には、良質な魔核だけが残されていた。

 魔核を回収すると、守護部屋の奥にある転移門へ青い光が灯る。



 ◇____________________


 『第8層・階層守護個体』

 『討伐:完了』


 『第9層転移門:開放』


 ____________________◇



「これで、第九層へ進めますね」

「ああ。でも、水位が上がる前に戻ろう」

「ぷるっ!」


 俺たちは第九層への転移門だけを確認し、守護部屋をあとにした。



 ◇



 協会から動画の公開許可が出たのは、その翌日だった。


 氷晶の泉の正確な位置は伏せ、浮石回廊と階層守護個体の攻略映像を中心に編集する。


『【第八層攻略】水の鎧は、氷属性魔法で破壊できます』


 投稿すると、シズクが氷槍を放つ場面を中心に、再生回数が伸びていった。


『シズクちゃん、もう氷魔法まで覚えたの!?』

『風、火、氷の三属性か』

『水流鎧を凍らせてから砕くの、気持ちいいな』

『今まで水の鎧が戻るまで必死に攻撃してた……』

『低水位だと、鎧の再形成が遅くなるのか』

『浮石が道になるなんて知らなかった』

『第八層へ行く探索者は、水位の時刻を確認してから入った方がよさそう』

『リンの解析と、ミサキの判断、シズクの魔法。役割分担が綺麗だな』

『シズクちゃんが水面を跳ねて戻るところ、何度でも見られる』


 公開から数時間後。

 チャンネル登録者数が、五万人を超えた。



 ◇____________________


 『チャンネル登録者数:50,127人』


 ____________________◇



「五万人……」


 最初に動画を投稿した時は、七人だった。

 それが今では、五万人以上が俺たちの探索を見てくれている。


「おめでとうございます、陸斗さん」

「ありがとう。でも、俺一人のチャンネルじゃないよ」

「ぷるっ!」


「美咲さんとシズクが一緒にいてくれたから、ここまで増えたんだと思う」

「それなら、三人のチャンネルですね」

「そうだな」


 新しいコメントが表示される。


『浮石回廊のおかげで、水位が高い時間でも安全に移動できました。情報を公開してくれてありがとうございます』


 動画の数字が増えることも嬉しい。


 だが、自分たちが見つけた情報によって、誰かが安全に探索できたと分かる方が、もっと嬉しかった。


 第九層への道は、すでに開いている。


 次の探索でも、誰かの役に立つ情報を持ち帰りたい。

 俺はそう考えながら、増え続けるコメントを確認していった。

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