58話「水没遺跡と浮石回廊」
第七層を攻略してから、三日後。
俺たちは探索者協会から公開されている地図を確認し、第八層へ向かっていた。
第八層は、通路の大半が水に浸かった遺跡階層らしい。
装備には防水処理を施し、探索鞄の中身も防水袋へ分けている。
「水深が急に変わる場所もあるそうです。足元には気を付けてくださいね」
「分かった。水の中に何かいれば、『解析鑑定』にも反応すると思う」
「ぷるっ!」
美咲さんの肩に載っているシズクも、張り切るように身体を伸ばした。
「シズクも、勝手に水へ入っちゃ駄目だよ」
「ぷる?」
「泳げるかどうかも、まだ分からないからね」
「調べてみようか?」
「お願いします」
シズクへ意識を向ける。
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『個体名:シズク』
『水中活動』
・浮遊:可能
・水中移動:可能
・呼吸:不要
『注意』
・強い水流を受けた場合、自力で戻れない可能性あり
・装備中の結晶冠に水中活動への影響なし
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「水に浮くことも、水中を動くこともできるみたい」
「本当ですか?」
「ただ、強い流れに巻き込まれると、自力では戻れなくなるかもしれない」
「それなら、流れがある場所では私の肩から離れないでね」
「ぷるっ!」
シズクが元気よく身体を伸ばす。
「万が一、水へ落ちても慌てる必要はないけど、注意はしておこう」
「そうですね。シズク? 勝手に泳いでいっちゃ駄目だよ」
「ぷるっ!」
第七層の階層守護部屋を通り、第八層への転移門へ触れる。
青い光が立ち上り、周囲の景色が切り替わった。
◇
足元から、水を踏む音が響いた。
第八層は、青白い光に照らされた石造りの遺跡だった。
床は足首より少し上まで水に沈んでいる。
左右には崩れた石柱や像が並び、水面から僅かに頭を出していた。
通路の奥から、絶えず水の流れる音が聞こえてくる。
「思っていたより、水が浅いですね」
壁には、水面が現在地より遥かに高い位置まで達した跡が残っていた。
第八層へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させる。
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『第8層・水没遺跡』
『現在地環境』
・現在水位:0.28メートル
・水質:無害
・水流:弱
・水温:18.2度
『水位変動周期:90分』
・低水位:40分
・上昇時間:10分
・高水位:30分
・下降時間:10分
『次回水位上昇まで:23分48秒』
『最大水位:1.72メートル』
『注意』
・水位上昇中は一部通路が水没
・水中に魔物反応あり
・強い水流が発生する区画あり
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「今は低水位みたい。二十分ほどで水が上がり始めるから、気をつけて」
「最大で、どのくらいまで上がるんですか?」
「一メートル七十センチを超えるみたいだ」
「私だと、頭まで沈んじゃいます」
「そうだな。水位が上がる前に、安全な場所を見つけた方がよさそうだ」
周囲の異常を捉えられる程度に『解析鑑定』を維持し、公開地図を確認する。
協会の地図には、水位が上がった場合に待機できる避難場所が記されていた。
最も近い場所までは、通常なら十五分ほど。
「先に避難場所を目指しましょう」
「了解だ」
水を掻き分けながら、遺跡の奥へ進み始めた。
◇
水中を歩くため、普段より足を取られる。
羽靴を強く使えば跳ぶことはできるが、着地点が水の中では体勢を崩す可能性がある。
「第七層とは、違う意味で動きづらい」
「水の中にいる魔物は、この環境に慣れています。陸斗さん、無理に前へ出ないでくださいね」
「分かった」
通路の角へ近付いた時、常時展開していた『解析鑑定』が反応した。
「美咲さん。止まって」
美咲さんが足を止める。
反応があるのは、前方の水中。
一つではない。
細長い何かが、崩れた石柱の陰を泳いでいる。
「水の中に、三体」
「姿は見えませんね」
「こっちへ近付いてるのは確かだ。注意して」
反応へ意識を集中させる。
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『刃鰭魚』
『危険度:D+』
『分類:水棲種』
『特性』
・水中高速移動
・水面擬態
・群れ行動
『攻撃』
・噛み付き
・刃鰭による斬撃
・水中からの跳躍攻撃
『弱点』
・鰓
・水上へ飛び出した直後
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・刃鰭(20%)
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「刃鰭魚が三体! 水中から飛び掛かってくる!」
「場所を教えてください!」
水面へ、三本の細い波が現れる。
「正面に二体! 右から一体!」
美咲さんが剣を抜く。
最初の刃鰭魚が、水中から勢いよく飛び出した。
銀色の身体。
背中と腹部には、刃物のように薄い鰭が伸びている。
美咲さんは身体を横へずらし、すれ違いざまに剣を振った。
刃鰭魚の鰓へ剣先が入り、そのまま青い粒子となって消えていく。
「次は右!」
二体目が、美咲さんの背後を狙って跳び上がった。
彼女は振り返りながら盾を構える。
刃鰭魚が盾へぶつかり、水中へ弾き返された。
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの肩から跳び下りる。
水面へ着地した身体が僅かに沈み、そのままぷかりと浮かんだ。
「おぉ、解析どおり、ちゃんと浮いてる」
「陸斗さん、感心している場合ではありません!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ風の魔力が集まる。
風弾が水面へ命中し、水中にいた刃鰭魚を吹き飛ばした。
魚体が水の外へ持ち上がる。
「今です!」
美咲さんが剣を振るい、露出した鰓を切り裂いた。
残る一体が、俺へ向かってくる。
水面へ広がる波から軌道を読み、鋼短剣を抜いた。
「陸斗さん!」
「大丈夫。動きは見えてる!」
刃鰭魚が足元から飛び出す。
身体を半歩だけ横へずらし、鋼短剣を振るう。
刃先が鰓の付け根へ入った。
手応えが伝わった直後、刃鰭魚が粒子となって消える。
「倒せた……」
「怪我はありませんか?」
「大丈夫。どこにも当たってない」
「ぷるっ!」
水面に浮いているシズクも、元気よく身体を伸ばす。
「シズクも怪我はないみたいだ」
「よかった。では、こっちへおいで」
「ぷるっ」
美咲さんが両手を伸ばす。
シズクは水面を跳ねながら移動し、その腕へ収まった。
「泳いだというより、跳ねてきましたね」
「シズクらしい移動方法だな」
水中へ沈んだ三つの良質な魔核を回収する。
刃鰭は落ちていなかった。
「水の中にいる魔物は、見つけるだけでも大変ですね」
「常に『解析鑑定』を発動させておいた方がよさそうだ」
再び周囲へ意識を広げ、避難場所へ向かった。
◇
地図に記された避難場所へ到着したのは、水位上昇まで残り五分ほどの時だった。
そこは、広い円形の部屋だった。
中央には崩れた噴水。
周囲には、二階部分へ続いていたと思われる柱や階段の残骸が並んでいる。
協会が設置した案内板には、壁際にある高台で水位が下がるまで待機するよう書かれていた。
「ここなら、最大水位になっても沈まないみたいだ」
「休憩しながら待ちましょうか」
「ああ。ただ、その前に部屋全体を調べてみる」
水位が上がれば、今まで見えなかった魔物が流れ込んでくる可能性もある。
部屋全体へ意識を向ける。
水中。
崩れた柱。
床や壁に刻まれた紋章。
解析範囲を広げると、床へ散らばっている石板の一部から反応があった。
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『水位連動式・浮石回廊』
『分類:階層攻略ギミック』
『状態:沈下中』
『作動条件』
・水位が1.20メートル以上へ上昇
『効果』
・浮石が水面へ上昇
・対岸の高架回廊まで通行可能
・高水位中の安全経路を形成
『次回作動まで:4分21秒』
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「この部屋にも、仕掛けがある」
「どのような仕掛けですか?」
「床に石板が落ちてるだろ? あれが水位と一緒に浮かぶ仕組みみたいだ。向こう側の高架回廊まで、安全な道ができる」
「ただの瓦礫にしか見えませんね」
美咲さんが、水中へ沈んでいる石板を見る。
どれも大きさが不揃いで、通路の一部には見えない。
「水位が一メートル二十センチを超えると作動するみたいなんだ」
「では、避難するだけでなく、先へ進めるんですね」
「ああ、高水位の間だけ使える道。って考えてもらえれば大丈夫だと思う」
公開地図では、この部屋は避難場所としてしか記録されていない。
水位の上昇が始まる。
床を覆っていた水が、少しずつ深くなっていった。
「高台へ移動しよう」
「はい」
壁際にある高台へ上がる。
水位が膝を超え、崩れた噴水が沈んでいく。
やがて、一メートル二十センチへ達した。
水中から、淡い青色の光が立ち上る。
「石板が……」
沈んでいた石板が一枚ずつ浮かび上がった。
それぞれが決められた位置へ移動し、青い光で繋がっていく。
部屋の中央から、対岸の高い位置にある通路まで。
水面へ浮かぶ階段と足場が完成した。
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『浮石回廊:作動中』
『通行可能時間:38分54秒』
『推奨通行人数:1名ずつ』
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「一人ずつ渡った方がいいみたいだ」
「私が先に行きます」
「分かった。足場が揺れるかもしれないから、気を付けて」
「はい」
美咲さんがシズクを肩へ載せ、最初の浮石へ足を置く。
石板は僅かに沈んだが、傾くことはなかった。
一枚ずつ足場を渡り、対岸の高架回廊へ到着する。
「問題ありません!」
「よし。今、行く」
俺も浮石へ足を載せる。
下では、先ほどより深くなった水の中を、何体もの魔物が泳いでいた。
この仕掛けを知らず、水中を進めば戦闘を避けられない。
足元を確認しながら浮石を渡り、高架回廊へ上がった。
「水位が上がっている間は、こちらの方が安全ですね」
「協会へ報告すれば、高水位中の経路として使えると思う」
「水位が上がる正確な時間も分かれば、探索計画を立てやすくなります」
「周期は九十分だから、次からは入る時間も調整できそうだ」
高架回廊は水面より高い位置にあり、床は完全に乾いていた。
俺たちは浮石回廊の作動方法を記録しながら、先へ進んだ。
◇
高架回廊の途中で、『解析鑑定』へ新たな反応が現れた。
冷たく、澄んだ魔力。
反応は、回廊の下にある水中から届いている。
「この下で、何かが反応してる」
「魔物ですか?」
「動いてないな。かなり冷たい魔力だけど……」
反応へ意識を集中させる。
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『氷晶の泉・入口』
『分類:隠し採取区域』
『現在の状態:水没中』
『出現条件』
・周辺水位が0.20メートル以下まで低下
『次回出現まで:38分12秒』
『安全待機場所:高架回廊』
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「水位が下がると、この下に隠し採取区域の入口が現れる」
「あと、どのくらいですか?」
「四十分くらいかな。ここで待っていても問題ないみたいだ」
「では、水分を取りながら待ちましょう」
高架回廊の壁際へ腰を下ろす。
美咲さんがシズクへ従魔用ゼリーを渡した。
「さっき魔法を使ったから、ゆっくり食べようね」
「ぷるっ」
シズクがゼリーを体内へ取り込み始める。
その間にも、水位はゆっくりと下がっていった。
水面へ浮かんでいた石板が、一枚ずつ元の場所へ沈んでいく。
崩れた噴水。
床の紋章。
水中に隠れていた石像。
低水位へ戻るにつれ、遺跡の形が再び現れた。
やがて、解析表示の数字が零になる。
高架回廊の下にある壁から、水が流れ落ちた。
水中に隠されていた細い階段が姿を現す。
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『氷晶の泉・入口』
『出現条件:達成』
『現在の状態:開放中』
『再水没まで:39分58秒』
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「入口が現れた」
「時間内に戻れるよう、気を付けましょう」
「分かった。中を確認したら、長居せずに戻ろう」
細い階段を下りる。
先ほどまで水中にあったはずだが、階段の表面には水滴一つ残っていない。
最下部には、青白い光を放つ小さな泉があった。
泉の中央にある石台から、透明な結晶が伸びている。
結晶の内部では、雪のような光が舞っていた。
「ぷる……」
シズクが美咲さんの肩から身を乗り出す。
炎水晶を見つけた時と同じ反応だった。
「シズク。また気になるの?」
「ぷるっ!」
俺は透明な結晶へ意識を集中させた。
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『氷水晶』
『品質:A』
『希少度:B』
『推定買取価格:90,000円』
『用途』
・氷属性魔導具の素材
・冷却用魔導具の魔力源
・氷属性魔法の習得補助
『適合対象:シズク』
『習得可能魔法』
・氷槍
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「シズクが使える、氷属性の水晶だ」
「次は氷の魔法ですか?」
「ああ。氷槍という魔法を覚えられるみたいだな」
「ぷるるっ!」
シズクが美咲さんの肩で大きく跳ねる。
「まだ使っていいとは決まってないよ。持ち帰って、検査してもらってからだからね」
「ぷるっ」
俺は採取可能な部分を確認し、小型ピッケルを取り出した。
結晶の根元へ慎重に打ち込む。
澄んだ音と共に、手のひらほどの氷水晶が外れた。
触れていないのに、周囲の空気が僅かに冷たくなる。
保護布へ包み、探索鞄へ収める。
「ぷる……」
「帰るまで我慢だよ」
「ぷるっ」
炎の次は、氷。
シズクが扱える魔法は、少しずつ増え始めている。
だが、魔法を増やすだけでは足りない。
異なる属性を安全に扱い、状況に合わせて使い分けるためには、今まで以上に魔力操作を学ぶ必要があるだろう。
「戻ろうか。入口が水没する前に出ないと」
「はい。協会へ報告することも、また増えましたね」
「そうだな。なんか探索する度、見つけてる気がするよ」
「ふふ、そうですね」
俺たちは再び水位が上がる前に、氷晶の泉をあとにする。
探索鞄へ収めた氷水晶へ反応するように、シズクが嬉しそうに身体を揺らしていた。




