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57話「シズクの火球と黒鉄甲虫王」


 冷却通路の左側は、階層守護部屋の近くまで続いていた。

 出口と周辺の安全を確認した俺たちは、その日の探索を切り上げ、探索者協会の調査課を訪れていた。


「高温区画を冷却する水路と、そこへ繋がる隠し通路ですか」


 高橋さんが、ボディレコーダーの映像を確認する。

 俺が二つの制御弁を操作し、良質な魔核を魔力供給装置へ投入する。


 冷却水路が作動すると、通路だけでなく、地図上の高温区画でも気温が下がっていた。


「協会でも、高温区画の温度が定期的に低下することは把握していました。しかし、原因までは分かっていませんでした」

「冷却水路が作動している間だけ、温度が下がるみたいです」

「作動時間は、良質な魔核一個につき約十二時間ですか」

「はい。冷却通路には魔物も出現するので、完全な安全経路ではありません」

「それでも、高温による体力消耗を抑えられるだけで、十分な価値があります」


 続いて、熱結晶化室の映像へ切り替わった。

 冷却水路が吸収した熱属性魔力が、赤い炎水晶へ変わっている。


「この部屋についても、記録にはありません」

「冷却水路を作動させ、室温を四十度以下まで下げることが開放条件でした」

「採取した炎水晶を確認してもよろしいですか?」

「お願いします」


 耐熱布へ包んだ炎水晶を机へ置く。

 高橋さんは手袋を着け、炎水晶を鑑定用の魔導具へ載せた。



 ◇____________________


 『炎水晶(ファイアクリスタル)


 『品質:A』

 『用途』


 ・火属性魔導具の素材

 ・加熱用魔導具の魔力源


 ____________________◇



「協会の魔導具では、魔法習得を補助する効果は表示されませんね」

「俺の『解析鑑定』では、シズクの火属性魔法習得に使えると表示されています」

「安全な使用方法も分かりますか?」

「はい。ただ、使用前に炎水晶自体の検査をお願いします」

「承知しました」


 炎水晶は別室へ運ばれ、魔力の漏出や毒性、表面温度が調べられた。

 結果が出るまでの間に、高橋さんが情報提供料の明細を作成する。



 ◇____________________


 『情報提供料』


 冷却水路・起動条件     100,000円

 冷却通路           50,000円

 熱結晶化室・炎水晶      30,000円


            合計 180,000円


 ____________________◇



「十八万円……」

「高温区画での事故を減らし、階層守護部屋までの移動負担も軽減できる情報です。調査の結果によっては、追加の情報提供料も検討されます」

「ありがとうございます」

「ただし、冷却水路を一般公開するまで、少しお待ちください。通路内の魔物と、水路が停止した場合の影響を確認する必要があります」

「分かりました」


 やがて、炎水晶の検査結果も届いた。


「有害な反応はありません。従魔用訓練場であれば、使用しても問題ありません」

「シズクの訓練に使ってもいいんですね」

「はい。ただし、念のため職員を待機させます」

「お願いします」


 炎水晶を耐熱布へ包み直し、調査課をあとにした。



 ◇



 従魔用訓練場へ移動すると、美咲さんとシズクが待っていた。


「検査はどうでしたか?」

「問題なかった。ここで訓練してもいいみたい」

「ぷるるっ!」


 シズクが待ち切れないように何度も跳ねる。


「まだ使い方を確認してからだよ」

「ぷるっ」


 前回と同じ訓練室へ入り、炎水晶へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『炎水晶を使用した火属性魔法習得訓練』


 『手順』

 ・炎水晶を対象の体内へ取り込む

 ・炎水晶へ少量の魔力を流す

 ・返された火属性魔力を身体の前方へ集める

 ・自身の身体から離した状態で火球を形成


 『安全使用時間:1日2分以内』


 『注意』

 ・火属性魔力を体内へ滞留させないこと

 ・炎水晶そのものを吸収させないこと

 ・体内温度が上昇した場合、直ちに中止


 ____________________◇



「基本的な手順は、風水晶の時と同じみたい。ただ、火属性の魔力を身体の中へ残さないようにする必要がある」

「二分以内に取り出せばいいんですね」

「うん。シズクの体温も確認しながら進めよう」


 訓練室には、耐火性のある標的が用意されている。

 念のため、職員が消火用の魔導具を持って観察室で待機していた。


「シズク。熱いと感じたら、すぐに教えてね」

「ぷるっ!」


 美咲さんが炎水晶を、シズクの身体へ触れさせる。

 シズクは炎水晶を包み込み、ゆっくりと体内へ取り込んだ。

 透明な身体の中央へ、赤い結晶が浮かぶ。


「最初は、少しだけ魔力を流してみよう」

「ぷるっ」


 シズクの体内に淡い光が生まれ、炎水晶へ集まっていく。


 魔力を受けた炎水晶が、赤く輝いた。

 その直後、シズクの身体へ火属性魔力が流れ出す。


「身体の中に残さず、前へ集めて!」


 美咲さんの声に応え、シズクが身体を伸ばす。

 赤い光が身体の前へ集まった。


 しかし、火球の形になる前に小さな火花となって散ってしまう。


「ぷる……」

「大丈夫。最初から成功しなくてもいいんだよ」

「まだ一分以上ある。もう一度、ゆっくりやってみよう」


 結晶冠が淡く輝き、シズクの魔力の流れを整える。

 二度目は、先ほどより少ない魔力が炎水晶へ流れた。

 返された火属性魔力が身体の中を通り、前方へ集まっていく。


 今度は散らない。

 赤い光が、少しずつ球体へ変わった。


「そのまま、身体から離して!」

「ぷるっ!」


 シズクが勢いよく身体を伸ばす。

 拳よりも小さな火球が放たれ、耐火標的へ命中した。


 ぼんっ。

 小さな爆発音が響き、標的の中央へ黒い焦げ跡が残る。


「できました!」

「ぷるるっ!」


 シズクが嬉しそうに跳ねる。


「成功したね。でも、今日は一回だけにしよう」

「ぷる……」


 もう一度撃ちたそうにしているが、安全使用時間は残り僅かだった。


 美咲さんが、シズクの身体から炎水晶を取り出す。

 炎水晶は欠けることなく、元の形を保っていた。


 俺はシズクへ意識を向ける。



 ◇____________________


 『個体名:シズク』


 『種族:魔法(マジック)スライム』

 『状態:良好』

 『体内温度:正常範囲』

 『魔力残量:72%』


 『習得魔法』


 『風弾(ウインドバレット)

 ・圧縮した風を前方へ放つ


 『火球(ファイアボール):初級・未成熟』

 ・火属性魔力を球状に圧縮して放つ

 ・命中時に小規模な火炎を発生


 『魔力操作』


 ・風属性:安定

 ・火属性:習得開始


 ____________________◇



「火球を覚えてる」

「本当に覚えられたんですね!」

「まだ未成熟だけど、間違いなく火属性魔法だ」

「すごいよ、シズク!」


 美咲さんがシズクを抱き上げる。

 シズクは結晶冠を揺らしながら、誇らしそうに身体を伸ばした。



 ◇



 二日後。

 探索者協会による冷却通路の調査が終わり、利用許可が出された。


 入口には案内表示が設置され、制御弁の操作方法も公開されている。

 良質な魔核については、協会が定期的に補充することになった。

 俺たちは冷却通路を使い、第七層の階層守護部屋へ向かっていた。


「シズクの体調は問題なさそうだね」

「ぷるっ!」


 前日の訓練を休みにしたため、魔力も完全に回復している。


「火球は、陸斗さんが指示するまで使わないでね」

「ぷるっ」

「風弾と火球を間違えないようにしないとね」

「ぷる?」


 シズクが身体を傾ける。


「……分かってますかね?」

「大丈夫だと思う」


 冷却通路を抜けると、巨大な扉が見えてきた。

 扉には、大きな角を持つ甲虫の姿が刻まれている。



 ◇____________________


 『第7層・階層守護部屋』


 『階層守護個体:活動中』

 『挑戦可能人数:6名』


 『第8層転移門:封鎖中』

 『開放条件:階層守護個体の討伐』


 ____________________◇



「以前の攻略記録は確認しましたか?」

「確認した。硬い甲殻を壊してから、腹部の魔核を狙う。であってるか?」

「はい。ただ、私が戦った岩甲虫より、さらに硬そうです」

「なら、別の壊し方がないか調べてみるか」


 ボディレコーダーの記録状態を確認する。

 美咲さんが剣と盾を構え、シズクがその肩で身体を伸ばした。


「開けます」

「分かった」


 扉の横にある魔石へ、美咲さんが触れる。

 重い音と共に、扉が左右へ開いていった。



 ◇



 守護部屋は、円形の採掘場だった。

 壁には冷却水路から続く青黒い管が通り、天井付近には複数の排出口が並んでいる。


 部屋の中央には、黒い岩山のような甲虫がいた。

 全長は四メートルを超えている。


 全身を覆う甲殻は黒い金属のように輝き、頭部から太い角が伸びていた。


 俺たちが室内へ入ると、背後の扉が閉じる。

 巨大な甲虫が六本の脚を広げ、ゆっくりと身体を持ち上げた。


 周囲へ展開していた『解析鑑定』が、強く反応する。

 そのまま階層守護個体へ意識を集中させた。



 ◇____________________


 『黒鉄甲虫王ブラックアイアンビートル


 『階層守護個体』

 『危険度:C+』


 『特性』

 ・黒鉄甲殻

 ・熱属性魔力吸収

 ・突進加速


 『攻撃』

 ・角突き

 ・踏み付け

 ・高速突進

 ・岩片射出


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核(100%)

 ・黒鉄甲殻(40%)

 ・蓄熱核(10%)


 ____________________◇



「来ます!」


 黒鉄甲虫王が角を下げる。

 次の瞬間、巨体からは想像できない速度で突進してきた。


「左右へ!」


 俺は羽靴で床を蹴、美咲さんとは反対側へ避ける。

 黒鉄甲虫王が俺たちの間を通り抜け、そのまま岩壁へ激突した。


 部屋全体が大きく揺れる。

 美咲さんが背後へ回り、右後脚へ剣を振り下ろした。


 甲高い金属音が響く。

 剣は甲殻に浅い傷を付けただけで、弾き返された。


「硬い……!」


 黒鉄甲虫王が身体を回転させ、角を横薙ぎに振るう。

 美咲さんは盾で軌道を逸らし、大きく後方へ跳んだ。


「正面から甲殻を壊すのは難しそうだ!」


 俺は黒鉄甲殻へ意識を集中させる。



 ◇____________________


 『黒鉄甲殻』


 『現在表面温度:63.8度』

 『物理攻撃軽減率:82%』


 『破壊方法』

 ・同一箇所へ継続して強い物理攻撃を加える

 ・熱衝撃によって甲殻を脆化させる


 『熱衝撃条件』

 ・甲殻表面を70度以上まで加熱

 ・5秒以内に冷却水を接触させる


 『脆化時間:8秒』


 ____________________◇



「甲殻を急激に熱してから冷やせば、脆くなる!」

「熱する方法は……シズクの火球ですね!」

「うん! でも、先に冷却水を使える状態にしないと!」


 天井に並ぶ排出口へ意識を向ける。



 ◇____________________


 『守護部屋・冷却排出口』


 『冷却水路との接続:正常』

 『状態:待機中』


 『作動方法』

 ・壁面の青色開放石へ接触


 『冷却範囲』

 ・中央円形区画


 ____________________◇



 青色開放石は、入口から見て右側の壁にある。


「美咲さん、中央へ誘導して! 俺が冷却水を出す!」

「分かりました!」


 黒鉄甲虫王が再び角を下げる。

 美咲さんが中央区画へ入り、盾を打ち鳴らした。


「こっちです!」


 黒鉄甲虫王が床を蹴る。

 美咲さんへ向かって突進するのを確認し、俺は羽靴で右側の壁へ走った。


「シズク、火球を準備して!」

「ぷるっ!」


 美咲さんの肩から飛び下りたシズクが、身体の前へ火属性魔力を集める。


 黒鉄甲虫王が中央へ入る。

 美咲さんは衝突する直前で横へ飛び、突進を避けた。


「今だ!」

「ぷるっ!」


 赤い火球が、黒鉄甲虫王の背中へ命中する。


 ぼんっ!

 炎が黒鉄甲殻の表面へ広がった。



 ◇____________________


 『黒鉄甲殻』


 『現在表面温度:71.3度』

 『熱衝撃受付時間:4.8秒』


 ____________________◇



「条件を満たした!」


 壁面へ埋め込まれた青色開放石へ手を触れる。


 天井の排出口が一斉に開いた。

 大量の冷却水が、黒鉄甲虫王へ降り注ぐ。

 高温の甲殻へ水が触れ、白い蒸気が激しく立ち上った。


「シズク、風で水を背中全体へ広げて!」

「ぷるっ!」


 シズクが小さな風を起こす。

 冷却水が黒鉄甲虫王の甲殻全体へ広がった。

 黒い甲殻から、何かが砕ける音が連続して響く。

 表面へ白い亀裂が走った。



 ◇____________________


 『熱衝撃:成功』

 『黒鉄甲殻:脆化』

 『残り時間:7.8秒』


 ____________________◇



「今なら甲殻を壊せる!」

「任せてください!」


 美咲さんが踏み込む。

 剣が亀裂の中心へ振り下ろされた。


 一撃目で亀裂が広がる。

 二撃目で黒鉄甲殻が大きく割れ、内部の柔らかな身体が露出した。


「魔核は左寄り!」

「見えました!」


 黒鉄甲虫王が身体を震わせ、美咲さんを振り落とそうとする。

 それよりも早く、彼女の剣が露出した身体へ突き刺さった。


 刃先が魔核へ届く。

 黒鉄甲虫王の動きが止まり、巨体へ無数の亀裂が走った。

 黒い粒子が、蒸気の中へ溶けるように消えていく。


「倒せた……」

「ぷるるっ!」


 シズクが美咲さんの足元へ駆け寄る。


「火球も風も、上手に使えたね」

「ぷるっ!」


 美咲さんがシズクを抱き上げる。

 俺も二人のそばへ向かい、怪我がないことを確認した。


「陸斗さんも大丈夫ですか?」

「うん。攻撃は受けてないよ」

「よかったです」


 黒鉄甲虫王が消えた場所には、良質な魔核と、黒い甲殻の一部が残されていた。



 ◇____________________


 『黒鉄甲殻』


 『品質:A』

 『希少度:B』

 『推定買取価格:95,000円』


 『用途』

 ・耐熱防具

 ・防護外套

 ・高温用魔導具の外装


 ____________________◇



「黒鉄甲殻も出てるみたい」

「四十パーセントの素材ですね」

「耐熱防具に使えるみたいだね。あとで査定してもらおう」


 素材を回収すると、守護部屋の奥にある転移門へ光が灯った。



 ◇____________________


 『第7層・階層守護個体』


 『討伐:完了』

 『第8層転移門:開放』


 ____________________◇



「これで、第八層へ進めますね」

「うん。でも、今日は戻ろう。シズクも二種類の魔法を使ったからね」

「ぷるっ」


 火球を覚えたばかりのシズクへ、無理をさせる必要はない。

 俺たちは第八層への転移門だけを確認し、探索者協会へ戻ることにした。



 ◇



 協会へ報告し公開許可を得たあと、冷却水路の起動から、黒鉄甲虫王との戦闘までを一本の動画へ編集した。

 熱結晶化室の正確な位置については、協会の調査が続いているため伏せている。


『【第七層攻略】灼熱鉱山の隠し冷却水路と、シズクの新魔法』


 動画を投稿すると、すぐにコメントが付き始めた。


『シズクちゃん、火球を覚えてる!』

『風と火の二属性を使えるスライムって、かなり珍しくない?』

『火球で熱して、冷却水で一気に冷やすのか』

『覚えたばかりの魔法が、すぐに攻略へ繋がってるのすごい』

『冷却水路が公開されたら、第七層の探索がかなり楽になりそう』

『高温区画を毎回走り抜けてた俺、泣いていい?』

『リンの解析鑑定、本当に階層ギミックまで見つけるんだな』

『これまで発見されなかった物を、何個見つけてるんだ?』


 その中に、以前も見た名前があった。


『グレイ:また未確認の仕掛け? リンの動画って、毎回都合よく新発見が出てくるよな』


「この人……前にも似たようなコメントをしていましたよね」


 隣でコメントを確認していた美咲さんが、僅かに眉を寄せる。


「うん。でも、今回は疑問を書いてるだけみたいだし、そのままでいいかな」

「陸斗さんが気にしていないならいいですけど……」

「見つけすぎだと思われるのも、仕方ないのかもしれないね」


 実際、探索を始めてから多くの未確認情報を発見している。


 すべて映像へ記録し、協会の調査も受けているが、事情を知らない人から見れば不自然に思えるのだろう。


 グレイのコメントには返信せず、他の質問へ答えていく。


 今のところは、少し疑い深い視聴者の一人。

 この時の俺は、その程度にしか考えていなかった。

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― 新着の感想 ―
鑑定の魔導具があるなら鑑定のスキル無くてもあの会社の仕事は出来るよね? 無能部長←あれ?名前違ったっけw も仕事手伝いなさい!
これまでも思ったけど、情報料が安すぎでは? 桁が違うと思う。
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