57話「シズクの火球と黒鉄甲虫王」
冷却通路の左側は、階層守護部屋の近くまで続いていた。
出口と周辺の安全を確認した俺たちは、その日の探索を切り上げ、探索者協会の調査課を訪れていた。
「高温区画を冷却する水路と、そこへ繋がる隠し通路ですか」
高橋さんが、ボディレコーダーの映像を確認する。
俺が二つの制御弁を操作し、良質な魔核を魔力供給装置へ投入する。
冷却水路が作動すると、通路だけでなく、地図上の高温区画でも気温が下がっていた。
「協会でも、高温区画の温度が定期的に低下することは把握していました。しかし、原因までは分かっていませんでした」
「冷却水路が作動している間だけ、温度が下がるみたいです」
「作動時間は、良質な魔核一個につき約十二時間ですか」
「はい。冷却通路には魔物も出現するので、完全な安全経路ではありません」
「それでも、高温による体力消耗を抑えられるだけで、十分な価値があります」
続いて、熱結晶化室の映像へ切り替わった。
冷却水路が吸収した熱属性魔力が、赤い炎水晶へ変わっている。
「この部屋についても、記録にはありません」
「冷却水路を作動させ、室温を四十度以下まで下げることが開放条件でした」
「採取した炎水晶を確認してもよろしいですか?」
「お願いします」
耐熱布へ包んだ炎水晶を机へ置く。
高橋さんは手袋を着け、炎水晶を鑑定用の魔導具へ載せた。
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『炎水晶』
『品質:A』
『用途』
・火属性魔導具の素材
・加熱用魔導具の魔力源
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「協会の魔導具では、魔法習得を補助する効果は表示されませんね」
「俺の『解析鑑定』では、シズクの火属性魔法習得に使えると表示されています」
「安全な使用方法も分かりますか?」
「はい。ただ、使用前に炎水晶自体の検査をお願いします」
「承知しました」
炎水晶は別室へ運ばれ、魔力の漏出や毒性、表面温度が調べられた。
結果が出るまでの間に、高橋さんが情報提供料の明細を作成する。
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『情報提供料』
冷却水路・起動条件 100,000円
冷却通路 50,000円
熱結晶化室・炎水晶 30,000円
合計 180,000円
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「十八万円……」
「高温区画での事故を減らし、階層守護部屋までの移動負担も軽減できる情報です。調査の結果によっては、追加の情報提供料も検討されます」
「ありがとうございます」
「ただし、冷却水路を一般公開するまで、少しお待ちください。通路内の魔物と、水路が停止した場合の影響を確認する必要があります」
「分かりました」
やがて、炎水晶の検査結果も届いた。
「有害な反応はありません。従魔用訓練場であれば、使用しても問題ありません」
「シズクの訓練に使ってもいいんですね」
「はい。ただし、念のため職員を待機させます」
「お願いします」
炎水晶を耐熱布へ包み直し、調査課をあとにした。
◇
従魔用訓練場へ移動すると、美咲さんとシズクが待っていた。
「検査はどうでしたか?」
「問題なかった。ここで訓練してもいいみたい」
「ぷるるっ!」
シズクが待ち切れないように何度も跳ねる。
「まだ使い方を確認してからだよ」
「ぷるっ」
前回と同じ訓練室へ入り、炎水晶へ『解析鑑定』を発動させた。
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『炎水晶を使用した火属性魔法習得訓練』
『手順』
・炎水晶を対象の体内へ取り込む
・炎水晶へ少量の魔力を流す
・返された火属性魔力を身体の前方へ集める
・自身の身体から離した状態で火球を形成
『安全使用時間:1日2分以内』
『注意』
・火属性魔力を体内へ滞留させないこと
・炎水晶そのものを吸収させないこと
・体内温度が上昇した場合、直ちに中止
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「基本的な手順は、風水晶の時と同じみたい。ただ、火属性の魔力を身体の中へ残さないようにする必要がある」
「二分以内に取り出せばいいんですね」
「うん。シズクの体温も確認しながら進めよう」
訓練室には、耐火性のある標的が用意されている。
念のため、職員が消火用の魔導具を持って観察室で待機していた。
「シズク。熱いと感じたら、すぐに教えてね」
「ぷるっ!」
美咲さんが炎水晶を、シズクの身体へ触れさせる。
シズクは炎水晶を包み込み、ゆっくりと体内へ取り込んだ。
透明な身体の中央へ、赤い結晶が浮かぶ。
「最初は、少しだけ魔力を流してみよう」
「ぷるっ」
シズクの体内に淡い光が生まれ、炎水晶へ集まっていく。
魔力を受けた炎水晶が、赤く輝いた。
その直後、シズクの身体へ火属性魔力が流れ出す。
「身体の中に残さず、前へ集めて!」
美咲さんの声に応え、シズクが身体を伸ばす。
赤い光が身体の前へ集まった。
しかし、火球の形になる前に小さな火花となって散ってしまう。
「ぷる……」
「大丈夫。最初から成功しなくてもいいんだよ」
「まだ一分以上ある。もう一度、ゆっくりやってみよう」
結晶冠が淡く輝き、シズクの魔力の流れを整える。
二度目は、先ほどより少ない魔力が炎水晶へ流れた。
返された火属性魔力が身体の中を通り、前方へ集まっていく。
今度は散らない。
赤い光が、少しずつ球体へ変わった。
「そのまま、身体から離して!」
「ぷるっ!」
シズクが勢いよく身体を伸ばす。
拳よりも小さな火球が放たれ、耐火標的へ命中した。
ぼんっ。
小さな爆発音が響き、標的の中央へ黒い焦げ跡が残る。
「できました!」
「ぷるるっ!」
シズクが嬉しそうに跳ねる。
「成功したね。でも、今日は一回だけにしよう」
「ぷる……」
もう一度撃ちたそうにしているが、安全使用時間は残り僅かだった。
美咲さんが、シズクの身体から炎水晶を取り出す。
炎水晶は欠けることなく、元の形を保っていた。
俺はシズクへ意識を向ける。
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『個体名:シズク』
『種族:魔法スライム』
『状態:良好』
『体内温度:正常範囲』
『魔力残量:72%』
『習得魔法』
『風弾』
・圧縮した風を前方へ放つ
『火球:初級・未成熟』
・火属性魔力を球状に圧縮して放つ
・命中時に小規模な火炎を発生
『魔力操作』
・風属性:安定
・火属性:習得開始
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「火球を覚えてる」
「本当に覚えられたんですね!」
「まだ未成熟だけど、間違いなく火属性魔法だ」
「すごいよ、シズク!」
美咲さんがシズクを抱き上げる。
シズクは結晶冠を揺らしながら、誇らしそうに身体を伸ばした。
◇
二日後。
探索者協会による冷却通路の調査が終わり、利用許可が出された。
入口には案内表示が設置され、制御弁の操作方法も公開されている。
良質な魔核については、協会が定期的に補充することになった。
俺たちは冷却通路を使い、第七層の階層守護部屋へ向かっていた。
「シズクの体調は問題なさそうだね」
「ぷるっ!」
前日の訓練を休みにしたため、魔力も完全に回復している。
「火球は、陸斗さんが指示するまで使わないでね」
「ぷるっ」
「風弾と火球を間違えないようにしないとね」
「ぷる?」
シズクが身体を傾ける。
「……分かってますかね?」
「大丈夫だと思う」
冷却通路を抜けると、巨大な扉が見えてきた。
扉には、大きな角を持つ甲虫の姿が刻まれている。
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『第7層・階層守護部屋』
『階層守護個体:活動中』
『挑戦可能人数:6名』
『第8層転移門:封鎖中』
『開放条件:階層守護個体の討伐』
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「以前の攻略記録は確認しましたか?」
「確認した。硬い甲殻を壊してから、腹部の魔核を狙う。であってるか?」
「はい。ただ、私が戦った岩甲虫より、さらに硬そうです」
「なら、別の壊し方がないか調べてみるか」
ボディレコーダーの記録状態を確認する。
美咲さんが剣と盾を構え、シズクがその肩で身体を伸ばした。
「開けます」
「分かった」
扉の横にある魔石へ、美咲さんが触れる。
重い音と共に、扉が左右へ開いていった。
◇
守護部屋は、円形の採掘場だった。
壁には冷却水路から続く青黒い管が通り、天井付近には複数の排出口が並んでいる。
部屋の中央には、黒い岩山のような甲虫がいた。
全長は四メートルを超えている。
全身を覆う甲殻は黒い金属のように輝き、頭部から太い角が伸びていた。
俺たちが室内へ入ると、背後の扉が閉じる。
巨大な甲虫が六本の脚を広げ、ゆっくりと身体を持ち上げた。
周囲へ展開していた『解析鑑定』が、強く反応する。
そのまま階層守護個体へ意識を集中させた。
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『黒鉄甲虫王』
『階層守護個体』
『危険度:C+』
『特性』
・黒鉄甲殻
・熱属性魔力吸収
・突進加速
『攻撃』
・角突き
・踏み付け
・高速突進
・岩片射出
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・黒鉄甲殻(40%)
・蓄熱核(10%)
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「来ます!」
黒鉄甲虫王が角を下げる。
次の瞬間、巨体からは想像できない速度で突進してきた。
「左右へ!」
俺は羽靴で床を蹴、美咲さんとは反対側へ避ける。
黒鉄甲虫王が俺たちの間を通り抜け、そのまま岩壁へ激突した。
部屋全体が大きく揺れる。
美咲さんが背後へ回り、右後脚へ剣を振り下ろした。
甲高い金属音が響く。
剣は甲殻に浅い傷を付けただけで、弾き返された。
「硬い……!」
黒鉄甲虫王が身体を回転させ、角を横薙ぎに振るう。
美咲さんは盾で軌道を逸らし、大きく後方へ跳んだ。
「正面から甲殻を壊すのは難しそうだ!」
俺は黒鉄甲殻へ意識を集中させる。
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『黒鉄甲殻』
『現在表面温度:63.8度』
『物理攻撃軽減率:82%』
『破壊方法』
・同一箇所へ継続して強い物理攻撃を加える
・熱衝撃によって甲殻を脆化させる
『熱衝撃条件』
・甲殻表面を70度以上まで加熱
・5秒以内に冷却水を接触させる
『脆化時間:8秒』
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「甲殻を急激に熱してから冷やせば、脆くなる!」
「熱する方法は……シズクの火球ですね!」
「うん! でも、先に冷却水を使える状態にしないと!」
天井に並ぶ排出口へ意識を向ける。
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『守護部屋・冷却排出口』
『冷却水路との接続:正常』
『状態:待機中』
『作動方法』
・壁面の青色開放石へ接触
『冷却範囲』
・中央円形区画
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青色開放石は、入口から見て右側の壁にある。
「美咲さん、中央へ誘導して! 俺が冷却水を出す!」
「分かりました!」
黒鉄甲虫王が再び角を下げる。
美咲さんが中央区画へ入り、盾を打ち鳴らした。
「こっちです!」
黒鉄甲虫王が床を蹴る。
美咲さんへ向かって突進するのを確認し、俺は羽靴で右側の壁へ走った。
「シズク、火球を準備して!」
「ぷるっ!」
美咲さんの肩から飛び下りたシズクが、身体の前へ火属性魔力を集める。
黒鉄甲虫王が中央へ入る。
美咲さんは衝突する直前で横へ飛び、突進を避けた。
「今だ!」
「ぷるっ!」
赤い火球が、黒鉄甲虫王の背中へ命中する。
ぼんっ!
炎が黒鉄甲殻の表面へ広がった。
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『黒鉄甲殻』
『現在表面温度:71.3度』
『熱衝撃受付時間:4.8秒』
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「条件を満たした!」
壁面へ埋め込まれた青色開放石へ手を触れる。
天井の排出口が一斉に開いた。
大量の冷却水が、黒鉄甲虫王へ降り注ぐ。
高温の甲殻へ水が触れ、白い蒸気が激しく立ち上った。
「シズク、風で水を背中全体へ広げて!」
「ぷるっ!」
シズクが小さな風を起こす。
冷却水が黒鉄甲虫王の甲殻全体へ広がった。
黒い甲殻から、何かが砕ける音が連続して響く。
表面へ白い亀裂が走った。
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『熱衝撃:成功』
『黒鉄甲殻:脆化』
『残り時間:7.8秒』
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「今なら甲殻を壊せる!」
「任せてください!」
美咲さんが踏み込む。
剣が亀裂の中心へ振り下ろされた。
一撃目で亀裂が広がる。
二撃目で黒鉄甲殻が大きく割れ、内部の柔らかな身体が露出した。
「魔核は左寄り!」
「見えました!」
黒鉄甲虫王が身体を震わせ、美咲さんを振り落とそうとする。
それよりも早く、彼女の剣が露出した身体へ突き刺さった。
刃先が魔核へ届く。
黒鉄甲虫王の動きが止まり、巨体へ無数の亀裂が走った。
黒い粒子が、蒸気の中へ溶けるように消えていく。
「倒せた……」
「ぷるるっ!」
シズクが美咲さんの足元へ駆け寄る。
「火球も風も、上手に使えたね」
「ぷるっ!」
美咲さんがシズクを抱き上げる。
俺も二人のそばへ向かい、怪我がないことを確認した。
「陸斗さんも大丈夫ですか?」
「うん。攻撃は受けてないよ」
「よかったです」
黒鉄甲虫王が消えた場所には、良質な魔核と、黒い甲殻の一部が残されていた。
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『黒鉄甲殻』
『品質:A』
『希少度:B』
『推定買取価格:95,000円』
『用途』
・耐熱防具
・防護外套
・高温用魔導具の外装
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「黒鉄甲殻も出てるみたい」
「四十パーセントの素材ですね」
「耐熱防具に使えるみたいだね。あとで査定してもらおう」
素材を回収すると、守護部屋の奥にある転移門へ光が灯った。
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『第7層・階層守護個体』
『討伐:完了』
『第8層転移門:開放』
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「これで、第八層へ進めますね」
「うん。でも、今日は戻ろう。シズクも二種類の魔法を使ったからね」
「ぷるっ」
火球を覚えたばかりのシズクへ、無理をさせる必要はない。
俺たちは第八層への転移門だけを確認し、探索者協会へ戻ることにした。
◇
協会へ報告し公開許可を得たあと、冷却水路の起動から、黒鉄甲虫王との戦闘までを一本の動画へ編集した。
熱結晶化室の正確な位置については、協会の調査が続いているため伏せている。
『【第七層攻略】灼熱鉱山の隠し冷却水路と、シズクの新魔法』
動画を投稿すると、すぐにコメントが付き始めた。
『シズクちゃん、火球を覚えてる!』
『風と火の二属性を使えるスライムって、かなり珍しくない?』
『火球で熱して、冷却水で一気に冷やすのか』
『覚えたばかりの魔法が、すぐに攻略へ繋がってるのすごい』
『冷却水路が公開されたら、第七層の探索がかなり楽になりそう』
『高温区画を毎回走り抜けてた俺、泣いていい?』
『リンの解析鑑定、本当に階層ギミックまで見つけるんだな』
『これまで発見されなかった物を、何個見つけてるんだ?』
その中に、以前も見た名前があった。
『グレイ:また未確認の仕掛け? リンの動画って、毎回都合よく新発見が出てくるよな』
「この人……前にも似たようなコメントをしていましたよね」
隣でコメントを確認していた美咲さんが、僅かに眉を寄せる。
「うん。でも、今回は疑問を書いてるだけみたいだし、そのままでいいかな」
「陸斗さんが気にしていないならいいですけど……」
「見つけすぎだと思われるのも、仕方ないのかもしれないね」
実際、探索を始めてから多くの未確認情報を発見している。
すべて映像へ記録し、協会の調査も受けているが、事情を知らない人から見れば不自然に思えるのだろう。
グレイのコメントには返信せず、他の質問へ答えていく。
今のところは、少し疑い深い視聴者の一人。
この時の俺は、その程度にしか考えていなかった。




