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55話「最高品質の回復薬は『秘薬』となりました」


 第六層から帰還した俺たちは、そのまま探索者協会の医務室へ向かった。


「左腕を確認しますね」

「お願いします」


 女性職員が、美咲さんの防具を外して左上腕部を確認する。

 最高品質の最上級回復薬によって、傷は完全に塞がっていた。

 赤みや腫れもなく、菌糸毒による影響も残っていない。


「異常ありません。傷痕すら見当たりませんね」

「腕以外の古傷も消えたみたいなんです」

「古傷まで?」


 職員が驚いたように美咲さんを見る。


「探索者になったばかりの頃に作った、手の甲の傷も消えていました」

「少し失礼します」


 美咲さんの手や腕を確認したあと、回復薬を使用した時の状況を尋ねられた。

 俺はボディレコーダーから、擬態茸との戦闘映像をタブレットへ送る。


 菌糸に切り裂かれた左腕。

 中和解毒薬を飲ませ、最高品質の最上級回復薬を使用する。

 白金色の光が全身を包み、深い傷が短時間で塞がるところまで記録されていた。


「これほどの傷を、数秒で……」


 職員が映像を一時停止する。


「最高品質の最上級回復薬は、今回、一城さんと斉藤さんが初めて完成させた二本が、これまでに確認されたすべてです。そのうちの一本が、今回使用されたのですね」

「はい。残っているのは、美咲さんが持っている一本だけです」

「市場へ流通した例はもちろん、人体へ使用された記録もありません。今回の映像と診察結果を、最初の使用記録として医療資料へ保存してもよろしいでしょうか?」


 俺は美咲さんを見る。


「私は構いません」

「俺も大丈夫です。ただ、個人情報と調合方法は公開しないでください」

「もちろんです。医療資料として、閲覧範囲を制限して保存します。製造記録とは分けて管理しますので、配合方法が記載されることもありません」


 俺たちは同意書へ署名した。


「それと、一城さん」

「はい?」

「今回、最高品質品を使用した判断は間違っていません。解析結果があっても、毒による損傷がどこまで進行するかは分かりませんから」

「ありがとうございます」


 あの時、品質Aの最上級回復薬でも傷を治せた可能性はある。

 それでも、美咲さんの腕から流れる血を見て、最も効果の高い物を選んだことに後悔はなかった。



 ◇



 診察を終えた俺たちは、調査課の応接室へ案内された。


「第六層へ入った初日に、隠し安全区域を発見したのですね」


 高橋さんが、タブレットへ表示された映像を確認する。

 毒胞子を避けるように流れる空気。

 茸の壁に隠された白い仕掛け。

 そして、壁の奥に広がっていた巨大な空間。


「天井まで約百メートルですか……」

「解析結果では、そう表示されました」


 映像の中では、遥か頭上に生えた巨大な浄化茸から、白い光が降り注いでいる。


「毒胞子が存在せず、魔物も侵入できない。第六層を探索する者にとって、非常に重要な休息場所になります」

「入口の茸は、帰る時には元の状態へ戻っていました。ただ、同じ白茸を押せば、もう一度開けられると思います」

「調査員を派遣して確認します。第六層へ入るため、全員へ防毒装備を用意させます」


 続いて、栄養茸、怪力茸、鉄壁茸を机へ並べる。


「こちらが、聖域で採取した茸です」

「詳しい効果も分かっていますか?」

「はい」


 栄養茸は、加熱調理によって疲労を回復する。

 怪力茸と鉄壁茸は、それぞれ基礎筋力と基礎耐久力を一時的に上昇させる。

 どちらも明里さんの『調理強化』と併用可能だと説明した。


「短時間とはいえ、二十パーセントの上昇ですか」

「ただし、生食は推奨されていません」

「安全性と適切な調理方法の確認が必要ですね。少量を検査用としてお預かりしてもよろしいでしょうか?」

「お願いします」


 高橋さんが、茸から検査に必要な分だけ切り分ける。

 残った部分は、密閉容器へ戻された。


「動画についてですが、浄化茸の聖域へ入る方法と正確な場所は、調査が終わるまで公開しないでください」

「分かりました」

「聖域内部の映像については、浄化茸へ接触できないことを確認できれば、公開しても問題ないと思います。ただ、地上の茸については採取規則を決める必要があります」

「大量に採られたら、なくなってしまうかもしれませんからね」

「はい。再生速度も確認します」


 高橋さんが、情報提供料の仮査定を表示させた。



 ◇____________________


 『第6層・情報提供仮査定』


 隠し安全区域の発見      80,000円

 入口の開放方法        30,000円

 新規採取素材・3種類     40,000円


            合計 150,000円


 ____________________◇



「現時点で、十五万円をパーティー口座へ振り込みます。調査結果によっては、追加の情報提供料が支払われる可能性もあります」

「ありがとうございます」

「擬態茸の存在自体は、協会でも確認しています。ただし、火属性攻撃によって擬態と菌糸の再生を止められることは、これまで分かっていませんでした。新しい攻略情報として、第六層の資料へ追加します」

「次は、火属性の攻撃アイテムを用意してから挑むつもりです」

「その方が安全でしょう。第六層の調査結果は、明日までにお伝えします」


 報告を終え、俺たちは探索者ストアへ戻った。



 ◇



「最高品質の方を使ったのか」


 話を聞いた店主さんが、真剣な表情で美咲さんの左腕を見る。


「はい。でも、もう完全に治っています」

「傷痕どころか、昔の傷まで消えたらしいです」

「最上級回復薬で、そこまで治るなんて聞いたことがねえぞ」


 店主さんが、美咲さんの腕を確認したあと、大きく息を吐く。


「だが、使った判断は間違ってねえ。回復薬は、怪我をした時に使うための物だ」

「ありがとうございます」

「次は同じ魔物へ対処できるよう、火属性の攻撃アイテムが必要です」

「だったら、火炎玉だな」


 店主さんが、鍵の付いた棚から赤い球体を取り出した。

 手のひらへ収まる大きさで、表面には炎を模した刻印が入っている。



 ◇____________________


 『火炎玉』


 『品質:B』

 『販売価格:8,000円』


 『効果』

 ・衝撃を受けた場所へ火属性魔力を放出

 ・効果範囲:半径2メートル

 ・燃焼時間:約5秒


 『使用方法』

 ・対象へ投擲


 『注意』

 ・使用者と味方を効果範囲へ入れないこと


 ____________________◇



「戦闘系スキルがなくても使える。だが、投げる場所を間違えると自分たちまで巻き込まれるぞ」

「一度、訓練場で試してから使います」

「その方がいい。何個必要だ?」

「四個お願いします」


 一つは訓練用。

 残り三つを、第六層へ持ち込むことにした。


「シズク、風を使う時も注意して。炎が予想外の方向へ広がるかもしれない」

「ぷるっ」


「陸斗さんの指示を聞いてから使おうね」

「ぷるっ!」


 火炎玉を専用ケースへ入れ、探索鞄の攻撃用品を収める場所へしまった。



 ◇



 二日後。

 探索者協会から、浄化茸の聖域に関する調査結果が届いた。


 魔物と毒胞子が侵入できないこと。

 浄化茸が区域全体を維持していること。

 入口を開く白茸へ危険性がないことも確認された。


 聖域は、第六層の緊急避難場所として正式に登録されることになった。

 地上に生えている三種類の茸については、再生速度を確認するまで採取禁止となった。

 俺たちが持ち帰った茸は、安全検査を終えたあと返却されている。


「お待たせしました」


 探索者ストアへ、明里さんが三つの容器を持ってきた。

 隣には、斉藤さんもいる。


「怪力茸と鉄壁茸は、加熱すると少し苦味が出ました。香草とお肉を合わせて、携帯食として食べられるようにしてあります」

「ありがとうございます」

「栄養茸は、シズクちゃんも食べられるようにゼリーへ混ぜました」

「ぷるっ!」


 シズクが、容器へ向かって身体を伸ばす。


「今は食べちゃ駄目だよ。探索中に使う物だからね」

「ぷる……」

「三種類とも、俺の『鑑定』では異常は確認されなかった」


 斉藤さんが説明する。


「明里の『調理強化』も正常に付与されている。一城の『解析鑑定』でも確認してくれ」

「分かりました」


 それぞれの料理へ意識を向ける。



 ◇____________________


 『怪力茸の肉包み』


 『付与効果』

 ・調理強化:基礎身体能力10%上昇

 ・怪力茸:基礎筋力20%上昇


 『効果時間』

 ・調理強化:12時間

 ・怪力茸:10分


 『効果の重複:正常』


 『鉄壁茸の香草焼き』


 『付与効果』

 ・調理強化:基礎身体能力10%上昇

 ・鉄壁茸:基礎耐久力20%上昇


 『効果時間』

 ・調理強化:12時間

 ・鉄壁茸:10分


 『効果の重複:正常』


 『栄養茸入り従魔用ゼリー』


 『効果』

 ・栄養補給

 ・軽度の疲労回復


 『対象:シズク』

 『安全性:問題なし』


 ____________________◇



「効果は問題なく付いています」

「よかったです」

「明里さん。調理料は、先ほど振り込んだ金額で足りますか?」

「十分です。私も、初めて見る素材を料理できて楽しかったですから」


 明里さんが嬉しそうに笑う。


「それと斉藤さん。第六層で使った回復薬について、動画で紹介してもいいですか?」

「俺のことも出すのか?」

「詳しい配合方法は伏せます。ただ、斉藤さんが調合したことは、きちんと伝えたいんです」

「一城が条件を見つけたから作れた物だ」

「それでも、正確に調合したのは斉藤さんです」

「……分かった。名前は、斉藤だけにしてくれ」

「ありがとうございます」


 調合条件や斉藤さんの個人情報を公開しない。

 その約束で、動画への掲載許可をもらった。



 ◇



 翌朝。

 火炎玉と茸料理を用意し、俺たちは再び第六層へ入った。


 毒胞子が漂う菌糸洞窟。


 以前は、周囲に浮かぶ胞子を全て避けようとしていた。

 だが、詳しく解析すると、人体へ害のない胞子も混ざっていることが分かった。



 ◇____________________


 『周辺胞子解析』


 『青白色胞子』

 ・毒性:なし

 ・効果:微弱発光


 『紫色胞子』

 ・毒性:あり

 ・吸入時、吐き気と身体麻痺を引き起こす


 『黄褐色胞子』

 ・毒性:あり

 ・吸入時、強い眠気を引き起こす


 ____________________◇



「青白い胞子は安全だ。紫と黄褐色を避けて進もう」

「見た目だけでは、区別するのが難しいですね」

「風で混ざることもある。防毒マスクは外さない方がいい」

「ぷるっ!」


 シズクも、防毒液の膜を纏っている。

 青白い胞子が漂う通路を選び、奥へ進む。


 途中、地面へ擬態していた毒蔓草(ポイズンバイン)が襲い掛かってきた。

 俺が地中に隠された根核の位置を伝え、美咲さんが剣で切り裂く。


 さらに、茸の傘を背負った胞子甲虫(スポアビートル)も現れた。

 硬い甲殻へ正面から攻撃せず、美咲さんが盾で突進を逸らす。

 転倒して露出した腹部へ剣を突き立て、魔核を破壊した。


 植物種。

 茸種。

 甲殻虫種。


 第六層には、それぞれ異なる方法で毒胞子を利用する魔物が生息している。

 それでも、危険な胞子と魔核の位置が分かれば、前回より安全に進むことができた。


 やがて、巨大な両開きの扉へ到着する。

 表面には、甲虫と茸が一つになったような魔物が刻まれていた。



 ◇____________________


 『第6層・階層守護部屋』


 『階層守護個体:活動中』

 『挑戦可能人数:6名』


 『第7層転移門:封鎖中』


 ____________________◇



「ここが第六層の階層守護部屋ですね」

「戦う前に、明里さんの料理を食べよう」

「はい」


 美咲さんが怪力茸の肉包みを食べる。

 俺は鉄壁茸の香草焼きを口へ運んだ。

 少し苦味はあるが、香草の風味によって食べやすくなっている。


「身体が温かくなってきました」

「俺も、身体の内側へ力が広がる感じがする」


 シズクには、栄養茸入りの従魔用ゼリーを与える。


「ぷるるっ!」


 気に入ったのか、あっという間に体内へ取り込んだ。


「シズク。もっとゆっくり食べないと駄目だよ」

「ぷるっ」


 料理の効果時間を確認する。

 怪力茸と鉄壁茸は、残り十分。


「準備はいい?」

「はい」


 俺はボディレコーダーを起動しているのを確認し、火炎玉をすぐに取り出せる場所へ移す。


 美咲さんが剣と盾を構え、扉の横にある魔石へ触れた。

 巨大な扉が、重い音を立てながら開いていく。



 ◇



 階層守護部屋は、巨大な菌床に覆われていた。

 壁や床から無数の茸が生え、青白い胞子が室内を照らしている。


 部屋の中央。

 黒い甲殻を持つ巨大な甲虫が、身体を丸めていた。


 全長は四メートルほど。

 背中の甲殻を、白や紫の茸と菌糸が幾重にも覆っている。


 俺たちが室内へ入ると、巨大甲虫が頭を上げた。

 六本の脚が床へ突き立ち、背中の茸から紫色の胞子が噴き出す。


 俺はすぐに『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『菌鎧甲虫(マイセリウムビートル)


 『階層守護個体』

 『分類:甲殻虫型魔物』

 『危険度:C+』


 『特性』

 ・菌糸装甲

 ・甲殻突進

 ・毒胞子噴射

 ・菌床再生


 『弱点』

 ・火属性攻撃

 ・腹部中央の魔核


 『攻略情報』

 ・火属性攻撃により菌糸装甲と菌床再生を停止

 ・菌糸装甲消失後、脚部関節の防御力が低下

 ・転倒時、腹部の魔核が露出


 『ドロップ品』

 ・良質な魔核(100%)

 ・菌鎧甲殻(40%)

 ・胞子濾過膜(5%)


 ____________________◇



「火属性で背中の菌糸装甲を焼けば、脚の関節が弱くなる!」

「では、火炎玉をお願いします!」


 菌鎧甲虫が床を蹴る。

 巨大な身体を低く構え、正面から突進してきた。


「左右へ!」


 俺と美咲さんが別方向へ跳ぶ。


 菌鎧甲虫が間を通り抜け、背後の壁へ激突した。

 壁から茸が落ち、青白い胞子が舞い上がる。


「解析鑑定では、今の胞子に毒性はなかった!」


 すぐに火炎玉を取り出す。

 菌鎧甲虫が向きを変えようとする、その背中へ投げ付けた。

 火炎玉が菌糸装甲へぶつかる。

 赤い光が弾け、巨大な甲虫の背中を炎が包み込んだ。

 白と紫の茸が燃え、菌糸装甲が黒く崩れていく。


「シズク、炎を背中全体へ広げて!」

「ぷるっ!」


 シズクが、菌鎧甲虫の側面から風を送る。

 炎が甲殻に沿って広がり、残っていた菌糸を焼き払った。


「菌糸装甲が消えました!」


 菌鎧甲虫が苦しむように身体を振る。

 背中の茸から毒胞子を出そうとするが、焼けた菌糸は反応しない。


「美咲さん、右前脚の関節だ!」

「分かりました!」


 美咲さんが駆け出す。

 菌鎧甲虫が前脚を振り下ろした。


 正面から受けず、盾を斜めに構えて軌道を逸らす。

 身体を低くし、露出した右前脚の関節へ剣を振り下ろした。


 硬い音と共に、甲殻の継ぎ目が砕ける。

 怪力茸によって上昇した筋力も加わり、一撃で前脚が折れ曲がった。

 菌鎧甲虫の身体が、右側へ大きく傾く。


「もう一度です!」


 美咲さんが反対側へ回り、左前脚の関節を切り裂いた。

 両方の前脚を失い、巨大な身体が前方へ倒れる。

 勢いのまま横へ転がり、腹部が露出した。


「魔核は中央!」


 黒い腹部の中心へ、赤い光が浮かび上がっている。

 美咲さんが剣を両手で握る。


「さあ、これで終わりです!」


 剣先が腹部を貫く。

 硬い甲殻の奥にあった魔核へ、刃が届いた。


 菌鎧甲虫の全身へ亀裂が走る。

 黒い身体が光の粒子となり、背中に残っていた炎と共に消えていった。


「倒せました……!」


 俺はすぐに美咲さんとシズクの状態を確認する。

 怪我も毒状態もない。


「二人とも問題ない。料理の効果も、まだ残ってる」

「火炎玉を用意しておいて正解でしたね」

「ああ」

「ぷるっ!」


 シズクも得意そうに身体を伸ばす。

 菌鎧甲虫がいた場所には、良質な魔核と、黒い甲殻が残されていた。


 素材を回収すると、守護部屋の奥へ転移門が現れる。



 ◇____________________


 『第6層・階層守護個体』


 『討伐:完了』

 『第7層転移門:開放』


 ____________________◇



「これで第七層へ進めますね」

「今日は入口の開放だけにしよう。第七層の情報と装備を確認してから来たい」


「はい。私も、その方がいいと思います」


 転移門が正常に作動していることだけを確認し、俺たちは第六層から帰還した。



 ◇



 その日の夜。

 探索者ストアの休憩スペースで、第六層の探索映像を編集した。


 動画には、毒胞子が漂う菌糸洞窟。


 浄化茸の聖域。

 擬態茸との戦闘。

 そして、菌鎧甲虫を倒す場面を収録する。


 美咲さんが負傷した場面には、傷口がはっきり映らないよう処理を加えた。

 最高品質の最上級回復薬を使用し、傷が塞がる場面は残している。

 調合場面については、斉藤さんから許可をもらった一部だけを加えた。


 温度。

 素材の配合量。

 投入する間隔。

 魔力出力。


 正確な調合条件が分かる部分は、全て映像から外している。

 動画の中では、俺が見つけた条件を基に、調合師の斉藤さんが回復薬を完成させたと説明した。


 動画の最後には、注意書きも加える。



 ◇____________________


 『注意』


 ・本動画では、調合方法を公開していません

 ・回復薬の調合には専門知識と『調合』スキルが必要です

 ・許可なく同様の調合を試さないでください


 ____________________◇



 協会から公開許可を得たことを確認し、完成した動画を投稿した。


『【第六層攻略】毒胞子の菌糸洞窟と、最高品質の最上級回復薬』


 投稿直後から、コメントが付き始める。


『浄化茸の聖域、綺麗すぎる!』

『天井まで百メートルって、地下とは思えない』

『ミサキさんの腕、本当に一瞬で治ってる……』

『最高品質の最上級回復薬なんて初めて見た』

『リンさんが条件を見つけて、斉藤さんが調合したのか』

『リンさんの解析もすごいけど、それを実際に調合した斉藤さんもすごいな』

『調合師って、もっと地味な仕事だと思ってた。格好いい』

『怪我を治した回復薬を作った人なら、素直に尊敬する』

『配合を非公開にしたのは正解。素人が真似したら危ない』

『斉藤さん、また動画に出てほしい』

『ミサキさんが無事で、本当によかった』


 斉藤さんへの好意的なコメントが、次々と増えていく。

 だが、その中に、別の内容が混ざり始めた。


『今、解析鑑定って言わなかった?』

『十四分二十三秒辺りだな。確かに解析鑑定って聞こえる』

『普通の鑑定じゃなかったのか』

『鑑定の派生スキルか?』

『魔物の弱点、隠し部屋、素材の使い方、調合条件まで分かるのは範囲が広すぎる』

『前から普通の鑑定じゃないと思ってた』

『スキルの詳細は非公開なんだから、必要以上に詮索するのはやめよう』


「解析鑑定……?」


 該当する時刻まで映像を巻き戻す。

 菌鎧甲虫が壁へ激突し、青白い胞子が舞い上がった場面。


『解析鑑定では、今の胞子に毒性はありません!』


「……言ってる」


 美咲さんの傷口を隠すこと。

 正確な調合条件を映さないこと。

 浄化茸の聖域へ入る場所を伏せること。


 そちらばかりを気にして、自分が口にしたスキル名を削除し忘れていた。


「陸斗さん。動画を削除しますか?」

「今から消しても、余計に注目されるかもしれない」


 すでに該当部分の時刻までコメントへ書かれている。

 映像を保存した人もいるだろう。


「名称だけなら、詳しい効果までは分からないよな」

「はい。ただ、これまでの動画と結び付けて考察する人は増えると思います」

「固定コメントへ、詳しい内容は公開しないと書いておくよ」


 俺はコメント欄の一番上へ、新しい文章を追加した。



 ◇____________________


 『固定コメント』


 『動画内で言及しているスキルの詳しい効果は非公開です』

 『スキルに関する個別の質問には回答できませんので、ご了承ください』

 『探索者本人や関係者への詮索はお控えください』


 ____________________◇



「これで、しばらく様子を見よう」

「そうですね。無理に隠そうとすると、逆に騒ぎが大きくなるかもしれません」


 解析鑑定という名称は知られてしまった。

 それでも、希少区域の出現時刻や隠し条件まで分かることは公開していない。

 詳しい能力までは、まだ伏せられている。


「斉藤さんへのコメントも、たくさんありますね」

「うん。動画に出してよかったと思う」


 斉藤さんへ、動画のリンクを送る。

 しばらくすると、返信が届いた。



 ◇____________________


 『動画を確認した』


 『自分が調合した物で誰かが助かったと、知らない人から言ってもらえるのは不思議な気分だ』


 『だが、嬉しい。紹介してくれてありがとう』


 ____________________◇



「斉藤さん、喜んでくれたみたいです」

「よかったですね」

「ぷるっ!」


 シズクも、画面へ表示されたコメントを見ながら跳ねた。



 ◇



 翌朝。

 探索者協会から連絡を受け、俺と美咲さんは調査課を訪れていた。

 応接室には高橋さんだけでなく、回復薬や素材の買取基準を決める査定管理課の職員も同席している。


「まず、公開された動画について確認があります」


 高橋さんが、タブレットへ動画を表示させる。


「『解析鑑定』というスキル名が、映像へ残っています」

「すみません。編集で削除するのを忘れていました」

「名称を公開すること自体に、規則上の問題はありません。詳しい能力まで話したわけでもありませんから、動画を削除する必要もないでしょう」

「よかった……」

「ただし、これまでの発見と結び付けて、能力を推測する者は増えると思います。今後は十分に注意してください」

「はい」


「調査課で管理している詳しいスキル情報については、これまでどおり公開しません」

「ありがとうございます」


 高橋さんが、隣に座る査定管理課の職員へ視線を向ける。


「それでは、回復薬についてお願いします」

「昨日投稿された動画と、医務室に保存された使用記録を確認しました」


 査定管理課の職員が、手元の資料を開く。


「最初に最高品質品を検査した時点では、魔力密度と薬効成分を基準に、推定買取価格を十万円と設定しました」

「俺の『解析鑑定』にも、十万円と表示されていました」

「一城さんの『解析鑑定』へ表示される推定買取価格は、探索者協会が登録している買取基準額を反映していると考えられます」


 職員が、使用時の映像を再生する。


「しかし、今回確認された効果は、既存の最上級回復薬と明確に異なります」


 深部裂傷の回復。

 毒によって損傷した組織の修復。


 全身に残っていた古傷と、蓄積した疲労の回復。

 使用者の肌や毛髪まで、最良の状態へ近付ける副次効果。


「これは単に品質の高い最上級回復薬ではありません。一城さんが調合条件を見つけ、斉藤さんが正確に調合したことで生まれた、新しい調合品です」

「新しい調合品……」

「はい。そのため、名称と買取基準額を改めて設定しました」


 職員が、正式な登録結果を表示させる。



 ◇____________________


 『新規調合品・正式登録結果』


 『正式名称:秘薬』

 『旧仮登録名称:最上級回復薬・最高品質』


 『品質:S』

 『希少度:S』


 『推定買取価格』

 100,000円

    ↓

 1,500,000円


 『製造確認数:2本』

 『使用済み:1本』

 『現存確認数:1本』


 ____________________◇



「ひゃ、百五十万円……?」


 美咲さんが、表示された金額を見て声を上げる。

 俺も、すぐには言葉が出なかった。


「希少度Sは、探索者協会が設定している最高ランクです」

「最高ランク……」


 結晶飴へ表示された希少度はEXだった。

 だが、EXは協会の評価基準に存在しない例外だ。


 人間の手で作られ、協会が正式に登録した物としては、Sが最高となる。


「百五十万円は、現時点での買取基準額です。製造数と今後の使用記録によって、変更される可能性はあります」

「残っている一本を、売却しなければいけないのでしょうか?」

「いいえ。所有権は一城さんと佐伯さんにあります。協会から売却を強制することはありません」

「よかった……」


 美咲さんが、安心したように息を吐く。


「残っている回復薬を、見せて頂いても宜しいでしょうか?」

「はい」


 美咲さんが、探索鞄から白金色の小瓶を取り出す。

 最高品質の最上級回復薬として保管していた、最後の一本。

 俺は小瓶へ『解析鑑定』を発動させた。



 ◇____________________


 『秘薬』


 『品質:S』

 『希少度:S』

 『推定買取価格:1,500,000円』


 『効果』

 ・重度の外傷を短時間で修復

 ・全身に残る軽微な損傷と古傷を回復

 ・蓄積した身体疲労を回復

 ・使用者の身体を最良の状態へ近付ける


 『安全性:確認済み』


 ____________________◇



「表示が変わっています」

「協会の正式登録が反映されたのでしょう」


 最上級回復薬として作ったはずの物が、実戦で初めて使用されたことで、新しい名称を与えられた。


 斉藤さんの『調合』。

 俺の『解析鑑定』。


 そして、ダンジョンで手に入れた素材。

 それらが組み合わさり、これまで存在しなかった『秘薬』が生まれたのだ。

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― 新着の感想 ―
協会の登録情報がスキルに反映されるというのは、どういう仕組みだろう?人間の集合知を参照してるとかいう設定だったら、未発見の採集物には金額が表示されないはずだし。ダンジョン作ったのは実は協会とかいう陰謀…
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