53話「探索鞄と強化料理」
翌日の昼前。
俺は美咲さんと一緒に、斉藤さんの住むマンションを訪れていた。
ダンジョン用の装備は、探索者ストアへ預けてある。
明里さんの料理を食べたあと、少し休憩してから『調理強化』の効果を確かめる予定だ。
「ここですね」
部屋番号を確認し、呼び出しボタンを押す。
美咲さんの腕に抱かれたシズクも、初めて来る場所が気になるのか廊下を見回していた。
「ぷる?」
「今日は斉藤さんのお家で、お昼ご飯をいただくんだよ」
「ぷるっ!」
食事という言葉へ反応し、シズクが身体を伸ばす。
「シズクの分も用意してくださっているそうです」
「よかったな、シズク」
「ぷるるっ!」
間もなく、玄関の扉が開いた。
「二人とも、来てくれてありがとう」
「本日はお招きいただき、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
斉藤さんの後ろから、柔らかな雰囲気の女性が姿を見せる。
「初めまして。妻の明里です」
明里さんが、俺たちへ丁寧に頭を下げた。
「一城陸斗です」
「佐伯美咲です。こちらは従魔のシズクです」
「ぷるっ!」
シズクも挨拶するように身体を伸ばす。
「この子がシズクちゃんなんですね。涼介さんから聞いていました。小さな冠も可愛いですね」
「シズク専用の装備なんです」
「ぷるるっ」
褒められたことが分かったのか、シズクが結晶冠を揺らしながら跳ねる。
「シズクちゃんが食べられる物も、事前に確認しています。従魔用の料理を作りましたから、安心してください」
「ありがとうございます」
「どうぞ、上がってください」
玄関で靴を脱ぎ、居間へ案内される。
室内は綺麗に片付けられていた。
棚の上には、斉藤さんと明里さんが並んで写っている写真が飾られている。
二人とも今より少し若く、背景には青い海が広がっていた。
「その写真は、結婚する前に旅行へ行った時の物だ」
「副業で作った回復薬の売上を、旅行代に使った時ですね」
「そうだったな」
明里さんが、懐かしそうに笑う。
「涼介さんから、回復薬のことを聞きました。十本とも最上級になったそうですね」
「はい。そのうち二本は、最高品質でした」
「帰ってきてから、何度も話してくれたんですよ。温度をどこまで上げたとか、魔力出力をどう維持したとか」
「明里。その話はいいだろう」
「久しぶりに楽しそうだったから、私も嬉しかったんです」
斉藤さんが、少し恥ずかしそうに視線を逸らす。
「一城さん、佐伯さん」
明里さんが、改めて俺たちを見る。
「涼介さんへ調合を依頼してくださって、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、探索に使う回復薬を作っていただきました」
「俺たちは、正式に仕事をお願いしただけです」
「それでも、涼介さんが自分の経験まで失ったわけではないと、気付くきっかけをいただきましたから」
明里さんが穏やかに微笑む。
「今日は、これからもよろしくお願いしますという気持ちで作りました。温かいうちに食べてください」
「ありがとうございます。いただきます」
食卓には、鶏肉と根菜の煮込み、野菜のスープ、雑穀の混じったご飯が並んでいた。
探索前に食べると聞き、胃へ負担が掛からない料理にしてくれたらしい。
シズクの前にも、色とりどりの野菜を使った従魔用ゼリーが置かれる。
「シズク。ゆっくり食べるんだよ」
「ぷるっ!」
美咲さんが止めるよりも早く、シズクがゼリーを体内へ取り込む。
「あっという間ですね」
「美味しい物ほど、食べるのが速いんです」
「気に入ってもらえてよかったです」
俺も鶏肉と根菜の煮込みを口へ運ぶ。
柔らかく煮込まれた鶏肉から、香草の香りが広がった。
野菜にも味が染み込んでいるが、濃すぎることはない。
「美味しいです」
「本当ですか?」
「はい。身体が温かくなる感じがします」
「私も、食べた直後から少し身体が軽くなったような……」
美咲さんが、自分の手を握ったり開いたりしている。
料理へ『解析鑑定』を使う前に、明里さんへ確認する。
「料理の効果を調べてもよろしいですか?」
「はい。私も詳しい数値までは分からないので、ぜひお願いします」
食卓へ並んだ料理へ意識を集中させる。
◇____________________
『斉藤明里の強化料理』
『品質:A』
『付与効果:調理強化』
『効果』
・基礎身体能力:10%上昇
・効果時間:12時間
『補足』
・同一効果の重複不可
・戦闘系、生産系スキルそのものの性能は変化しない
____________________◇
「基礎身体能力が十パーセント上昇しています。効果時間は十二時間です」
「十パーセントもですか?」
美咲さんが驚いたように聞き返す。
「はい。ただし、戦闘スキルや生産スキルそのものが強くなるわけではありません」
「だから、俺の『調合』の性能が上がったわけではないんだな」
斉藤さんが納得したように頷く。
「身体が疲れにくくなり、手元が安定したことで、集中力を最後まで維持できたみたいです」
「集中できたのは、涼介さん自身の力ですよ」
明里さんが、斉藤さんへ優しく告げる。
「私の料理は、身体を少し支えただけです」
「それでも、明里の料理がなければ途中で出力を外していたかもしれない」
「俺の解析だけでも、最上級回復薬は完成しませんでした」
隠された条件を見つけたのは、俺の『解析鑑定』だ。
だが、その条件を最後まで正確に再現したのは、斉藤さんの集中力だった。
そして、明里さんの料理が、その身体を支えていた。
どれか一つでも欠けていれば、結果は変わっていたのだろう。
「会社が忙しかった時も、明里さんの料理を食べていたんですか?」
「ああ。この三か月間、倒れずに済んだのは、間違いなく明里の料理のおかげだ」
「本当は、料理の効果を頼りに無理をしてほしくなかったんですけどね」
明里さんが、少しだけ困ったように笑う。
「『調理強化』は、無理を続けるためのスキルではありません。元気に一日を過ごしてもらうためのものですから」
「……そのとおりだな」
「俺も気を付けます」
「一城さんも、無理をしてしまう方だと聞いています」
「誰から聞いたんですか?」
「涼介さんからです」
「余計なことまで話してないですよね……?」
「自分が仕事を頼みすぎたことも含めて、正直に話しただけだ」
斉藤さんが真面目な表情で答える。
「でしたら、探索でも無理はしないでくださいね」
「はい。危険だと判断したら、すぐに戻ります」
「私も一城さんが無理をしないように見ています」
「ぷるっ!」
「シズクも見てくれるそうです」
「それなら安心ですね」
明里さんが笑う。
食事を終える頃には、身体の奥まで温かくなっていた。
急激に力が増した感覚はない。
それでも、立ち上がると身体が普段より軽い。
椅子を戻す動きにも余裕がある。
シズクにも、同じ効果が付与されていた。
いつもより高く跳ねてしまい、自分でも驚いたように身体を揺らしている。
「ぷる?」
「シズクにも効いてるみたいだな」
「ぷるるっ!」
食後はお茶を飲みながら、しばらく身体を休めた。
効果時間は十二時間ある。
急いで動き出す必要はない。
「本当に、ごちそうさまでした」
「とても美味しかったです」
「またいつでも来てください。次は違う料理を作りますから」
「ありがとうございます」
明里さんと斉藤さんに見送られ、俺たちはマンションをあとにした。
◇
探索者ストアへ向かう途中。
「美咲さん。身体に違和感はありませんか?」
「ありません。普段より歩くのが楽なくらいです」
美咲さんが答えたあと、何かを言いたそうに俺を見る。
「どうかしましたか?」
「一城さん。少し、お願いがあります」
「何ですか?」
「そろそろ、私に敬語を使うのをやめてほしいです」
「敬語を?」
「はい。一城さん……シズクと話している時は、フランクに喋っていますよね?」
「シズクには、最初から普通に話していたので……」
「私たちは何度も一緒に探索して、同じパーティーで戦っています。それなのに、ずっと敬語のままだと少し距離を感じます」
そう言われると、否定できない。
会社にいた頃から、誰かへ敬語を使うことが癖になっていた。
年下の美咲さんへも、自然と敬語で話している。
「嫌でしたか?」
「嫌というわけではありません。ただ、もう少し近い仲間として話してほしいんです」
「……分かった。そうするよ」
意識して話し方を変えると、少しだけ照れ臭い。
美咲さんは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます。それと、私も呼び方を変えていいですか?」
「呼び方?」
「これからは、陸斗さんと呼びたいです」
「急に名前で呼ばれると、少し恥ずかしいな」
「私も少し恥ずかしいです。でも、そのうち慣れると思います」
「俺は、今までどおり美咲さんでいい?」
「はい。それがいいです」
美咲さんの腕の中で、シズクが交互に俺たちを見る。
「ぷる?」
「呼び方が変わっただけだ」
「ぷるっ」
理解したのかは分からないが、シズクが一度だけ跳ねた。
「行こうか、美咲さん」
「はい、陸斗さん」
名前を呼ばれることには、まだ慣れない。
それでも、以前より僅かに距離が近付いたような気がした。
◇
探索者ストアへ到着し、装備へ着替える。
俺が素材鞄を探索者ベルトへ取り付けようとすると、店主さんに止められた。
「兄ちゃん。第六層へ行くなら、その鞄もそろそろ替えた方がいいぞ」
「素材鞄では駄目ですか?」
「第一層から第三層辺りまでなら十分だ。だが、これからは狭い場所で岩壁へ擦ったり、魔物の攻撃を受けたりすることも増える」
店主さんが、素材鞄の表面を指でなぞる。
何度も探索へ持ち込んだことで、生地の一部が僅かに擦れていた。
「破れる前に替えた方がいいですね」
「ああ。中級者向けの探索鞄がある」
店主さんが棚から、黒灰色の鞄を取り出す。
素材鞄より一回り大きい。
表面には厚い魔物素材の布が使われ、角や底の部分は革で補強されている。
「美咲さんが使ってるのも、この鞄?」
「はい。私も中級ダンジョンへ入る前に買い替えました」
美咲さんが、腰の後ろへ取り付けている鞄を見せる。
色は違うが、基本的な形は同じだった。
店主さんから受け取った探索鞄へ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『探索鞄』
『品質:B』
『店頭価格:120,000円』
『容量』
・素材鞄の2.5倍
『性能』
・耐衝撃
・耐刃
・簡易防水
・荷重分散
・回復薬保護区画
『装着方式』
・探索者ベルト、収納ホルダー対応
____________________◇
「十二万円……」
「長く使える物だ。鞄が破れて、採取した素材を全部失うよりは安いぞ」
「回復薬を保護する場所もあるんですね」
「ああ。昨日作った最高品質の回復薬を入れるなら、素材鞄よりこっちの方がいい」
棚の奥には、探索鞄よりも小さく、高級感のある黒い鞄が飾られていた。
「こちらは?」
「魔法鞄だ。内部へ空間拡張の魔法が掛けられている」
「どのくらい入るんですか?」
「兄ちゃんが使ってるピッケルも、分解せずそのまま入る。収納した物の重さも軽減されるぞ」
「便利ですね……」
「値段も数百万円するけどな」
「今は探索鞄で十分です」
税金や今後の装備更新を考えれば、無理に購入する物ではない。
「この探索鞄をお願いします」
「おう」
代金を支払い、現在の素材鞄を探索者ベルトから外す。
収納ホルダーの解除レバーを押すと、固定されていた装着金具が外れた。
新しい探索鞄の金具を、同じ収納ホルダーへ差し込む。
かちりと音が鳴り、腰の後ろへしっかり固定された。
その場で身体を捻り、軽く屈伸してみる。
「ほとんど揺れません」
「走ったり、羽靴で跳んだりしても邪魔になりにくいぞ」
「素材鞄より大きいのに、不思議ですね」
「収納ホルダーと鞄の形で、重さを探索者ベルト全体へ分散してるからな」
最高品質の回復薬を、専用の保護区画へ収める。
品質Aの回復薬や解毒薬も、種類ごとに分けて収納できた。
ピッケルは鞄の外側にある工具固定具へ取り付ける。
内部へ収められる魔法鞄ほどではないが、今までより持ち運べる素材は大幅に増えた。
「これなら、第六層でも動きやすそうです」
「似合っていますよ、陸斗さん」
「ありがとう、美咲さん」
まだ少し不慣れな会話に、店主さんが俺たちを交互に見る。
「お前ら、呼び方が変わったのか?」
「はい。今日からです」
「そうか」
店主さんが、何か言いたそうに笑う。
「なんですか、お父さん」
「何も言ってねえだろ」
「顔に出てます」
「ぷるっ」
シズクまで美咲さんへ同意するように跳ねた。
「それから、第六層へ入るなら、これも持っていけ」
店主さんが、個包装された薄いマスクを三枚取り出す。
「防毒マスクですか?」
「ああ。見た目は普通の不織布マスクに近いが、フィルターへ耐毒効果が付与されている。第六層の胞子なら、一回の探索中は防げる」
「三枚目は予備ですか?」
「そうだ。汚れたり破れたりした時に交換しろ」
続いて、小さな噴霧容器が置かれる。
「シズクには、こっちの従魔用防毒液を使え。身体の表面へ薄い耐毒膜を作る。動きや魔法を邪魔することもねえ」
「シズク。これも必要だからね」
「ぷる?」
何をされるのか分からないらしく、シズクが容器を見ながら身体を傾ける。
防毒マスクと従魔用防毒液を、新しい探索鞄へ収める。
容量には、まだ十分な余裕があった。
◇
装備を整えた俺たちは、初心者ダンジョンへ入った。
攻略済みの階層を進み、第五層の階層守護部屋へ向かう。
階層守護個体は、一度倒しても一定期間が経過すると復活する。
数日前に倒した多相スライムも、すでに再出現していた。
◇____________________
『第5層・階層守護部屋』
『階層守護個体:活動中』
『討伐履歴:1回』
『第6層転移門:解放済み』
____________________◇
「復活してるみたいだ」
「明里さんの料理と、探索鞄の効果を確認するには、ちょうどいい相手ですね」
「前回は脇腹に攻撃を受けたけど、今回は無傷で倒そう」
「ぷるっ!」
美咲さんが剣を抜く。
俺もボディレコーダーが起動しているのを確認し、鋼短剣を構えた。
「準備はいい?」
「はい」
「ぷるっ!」
扉の横にある魔石へ触れる。
巨大な扉が左右へ開き、円形の広間が現れた。
部屋の中央では、人間よりも大きな半透明のスライムが待ち構えている。
体内の魔核を、赤、紫、黒銀色の光が回っていた。
俺たちが室内へ入ると、背後の扉が閉じる。
「来ます!」
多相スライムが身体を低く沈め、正面から飛び掛かってきた。
美咲さんが横へ避ける。
俺も反対側へ動いたが、普段と同じ力で床を蹴っただけなのに、身体が予想より遠くまで移動した。
探索鞄は収納ホルダーへ固定されたまま、ほとんど揺れていない。
「動きやすい……!」
多相スライムが床へ着地する。
直後、半透明だった身体が赤く染まり、周囲へ四つの火球が生まれた。
「火球を避けたら、前と同じ方法でいきます!」
「分かった!」
「シズク。私の剣に合わせて風弾!」
「ぷるっ!」
四つの火球が、一斉に放たれる。
一つ目を横へ避ける。
二つ目は羽靴で跳び越えた。
探索鞄は、跳躍しても身体へ密着している。
着地した時にも中身が大きく動く感覚はなかった。
「今です!」
美咲さんが多相スライムへ駆ける。
シズクが床へ下り、その身体の前へ風を集めた。
「ぷるっ!」
圧縮された風の球体が放たれる。
風弾が赤い身体へ命中した直後、美咲さんの剣が反対側から切り込んだ。
二つの攻撃が、一秒以内に重なる。
多相スライムの身体へ、赤、紫、黒銀色の光が浮かび上がった。
三色の光が激しく明滅し、一斉に弾け飛ぶ。
◇____________________
『強制相転移:成功』
『魔核防護:解除』
『魔核露出時間:2.4秒』
____________________◇
「魔核が開いた!」
俺は羽靴で床を蹴った。
明里さんの料理で強化された身体が、普段以上の速さで多相スライムとの距離を縮める。
半透明の身体から、鞭のような先端が伸びてきた。
前回、俺の脇腹を掠めた攻撃だ。
「陸斗さん!」
解析表示へ示された軌道を確認し、身体を横へ滑らせる。
鞭のような先端が、俺の革胸当ての横を通り過ぎた。
今回は触れていない。
そのまま踏み込み、閉じ始めた膜の隙間へ鋼短剣を突き込む。
「間に合え……!」
刃先が魔核へ届いた。
硬い物が砕ける感触が、柄を通じて両手へ伝わる。
多相スライムの身体が大きく膨らみ、四種類の光を放ちながら粒子となって崩れた。
「倒した……!」
前回とは違い、身体に痛みはない。
探索鞄も収納ホルダーへ固定されたままだ。
「陸斗さん、怪我は?」
「大丈夫。今回は攻撃を受けなかった」
「よかった……」
美咲さんが安心したように息を吐く。
「食事の効果はどうでしたか?」
「身体が軽くて、前より余裕を持って避けられた。探索鞄も全然邪魔にならない」
「私も、剣を振る時に普段より力が入りました」
「ぷるるっ!」
シズクも、自分の働きを主張するように跳ねる。
「シズクの風弾も、ぴったりだったよ」
「ぷるっ!」
攻略方法を知っていたことも大きい。
それでも、前回より安全に倒せたことは間違いなかった。
多相スライムが消えた場所には、二つの素材が残されている。
一つは、必ず手に入る良質な魔核。
もう一つは、赤、紫、黒銀色の光が内部を巡っている小さな結晶核だった。
「この素材は……」
「前回は落ちなかった物ですね」
俺は結晶核へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『属性変換核』
『品質:A』
『希少度:B』
『推定買取価格:170,000円』
『用途』
・防護外套の製作素材
・属性耐性装備の強化素材
・属性変換型魔導具の中核
『特性』
・加工時に指定された属性への適性を付与
・複数属性を切り替える装備にも使用可能
『ドロップ率:5%』
____________________◇
「五パーセントの属性変換核が出てる」
「推定価格は、どのくらいですか?」
「十七万円だな」
「そんなに高いんですか?」
「防護外套や属性耐性装備の素材として需要があるみたいだ」
これから進む階層では、属性攻撃を使う魔物が増える可能性がある。
「すぐに売らず、店主さんへ相談した方がよさそうだな」
「はい。私たちの装備へ使えるかもしれません」
属性変換核を保護布で包み、新しい探索鞄へ収める。
良質な魔核や回復薬を入れても、容量にはまだ十分な余裕が残っていた。
◇
守護部屋の奥にある転移門へ、淡い光が灯っている。
「防毒装備を着けてから入ろう」
「はい」
探索鞄から、店主さんに渡された防毒マスクを取り出す。
見た目は一般的な不織布マスクに近い。
だが、薄いフィルターへ耐毒効果が付与されている。
耳へ紐を掛け、鼻と口を覆う。
大型の防毒装備とは違い、首を動かしても邪魔にならない。
美咲さんも防毒マスクを着ける。
「シズクには、こっちだね」
「ぷる?」
美咲さんが従魔用防毒液を、シズクの身体へ少しずつ吹き掛ける。
透明な液体が表面へ広がり、薄い膜へ変わっていく。
「冷たかった?」
「ぷるっ」
嫌がる様子はない。
念のため、シズクの状態を確認する。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『付与効果』
・調理強化
・耐毒保護
『行動阻害:なし』
『魔法使用:問題なし』
____________________◇
「防毒液も問題なさそうだ」
「それなら安心ですね」
俺たちは転移門の光へ足を踏み入れる。
視界が一瞬だけ白く染まった。
次に足の裏へ伝わってきたのは、湿った土の感触だった。
第六層は、巨大な地下洞窟だった。
天井や岩壁から、青や紫に輝く茸が無数に生えている。
空気には細かな光の粒が漂い、甘いような匂いが混じっていた。
俺はすぐに、周囲へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『初心者ダンジョン・第6層』
『区域名:胞子洞窟』
『環境危険度:D+』
『注意』
・浮遊胞子の長時間吸引により、軽度の毒状態が発生
・防毒装備、解毒薬の携帯を推奨
____________________◇
「防毒マスクを用意してもらって正解だった」
「はい。マスクの効果時間にも気を付けましょう」
必要な道具は、探索鞄の区画ごとに分けてある。
以前より容量が増えただけでなく、解毒薬や回復薬もすぐに取り出せる状態だ。
その直後。
通路脇に生えていた、人間ほどの大きさがある茸が大きく揺れた。
土の中から根のような脚を引き抜き、ゆっくりとこちらを向く。
「美咲さん。あれは茸じゃなくて、魔物みたいだ」
「はい。食事の効果があるからといって、油断しないでいきましょう」
「ああ、分かった」
俺は鋼短剣を抜き、初めて遭遇する魔物へ『解析鑑定』を発動させた。
読んでいただきありがとうございます。
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