52話「最高品質は1本10万円」
最後の瓶へ蓋を閉めると、天井の記録用魔導具から短い音が鳴った。
調合完了を知らせる合図らしい。
「終わった……」
斉藤さんが大きく息を吐く。
額には汗が浮かんでいた。
温度と魔力出力を維持しながら、秒単位で薬花草の抽出液を投入する。
さらに、魔力活性が最大となる僅かな時間で二本分を瓶詰めした。
一度でも集中が途切れていれば、成功しなかったはずだ。
「お疲れさまでした」
「一城が数値を教えてくれなければ、途中で出力を外していたと思う」
「それでも、最後まで一度も大きくぶれませんでした」
俺は調合中の解析結果を思い返す。
斉藤さんの魔力出力は、指定された範囲内でほとんど変動しなかった。
作業を進め、投入時間を確認しながら、一定の魔力を流し続ける。
想像していた以上の集中力だ。
観察窓の向こうでは、美咲さんが両手を振っている。
その隣で、シズクも身体を大きく伸ばしていた。
「ぷるるっ!」
「二人とも、お疲れさまでした!」
声は聞こえないが、口の動きで何を言っているのかは分かった。
間もなく、調合室の扉が開く。
「調合の完了を確認しました」
先ほど案内してくれた女性職員が入ってきた。
作業台へ並んだ十本の瓶を見た瞬間、その足が止まる。
「この色は……」
「最上級回復薬への移行には成功しました」
「十本すべてですか?」
「はい。調合中の解析結果では、そう表示されました」
女性職員が、回復薬を一本ずつ確認していく。
最初に瓶詰めした二本だけは、残る八本よりも白金色の輝きが強い。
「こちらの二本は、別の方法で調合したのですか?」
「調合方法は同じです。ただ、魔力活性が最も高い時間に瓶詰めしました」
「僅かな時間差で、ここまで変わるのですね……」
女性職員は二本へ異なる印を付け、ほかの回復薬と分けて運搬箱へ収めた。
「安全性と薬効を確認します。検査結果が出るまで、三十分ほどお待ちください」
「分かりました」
調合釜と使用した器具を洗浄し、俺たちは調合室を出た。
◇
「ぷるっ!」
観察室へ戻ると、シズクが俺たちの足元まで跳ねてきた。
「シズク。ちゃんと見てたか?」
「ぷるるっ!」
何度も身体を伸ばしている。
白金色の光が立ち上った瞬間が、特に気になったらしい。
「お疲れさまでした。十本とも完成したんですよね?」
「はい。調合自体は成功しています」
「最初の二本だけ、光が強かったように見えました」
「あの二本は、最高品質化の条件を満たした物です」
「最高品質……!? あの短い時間に瓶詰めした二本が、どちらもですか?」
美咲さんが大きく目を見開き、回復薬が運ばれていった方を見る。
「はい。解析結果では条件を達成しています。あとは協会の検査結果待ちです」
品質だけでなく、人体へ使用しても問題がないかを確認する必要がある。
探索へ持ち込むには、協会の正式な使用許可も欠かせない。
「斉藤さんも、お疲れさまでした」
「ありがとう。久しぶりの調合だったが、何とか最後まで集中できた」
「とても久しぶりには見えませんでした」
「以前使っていた道具だからな。手順も身体が覚えていたらしい」
斉藤さんが、観察窓の向こうにある調合室へ目を向ける。
「ただ、次も全く同じ条件で作れるとは限らない」
「今回の製造記録があってもですか?」
「薬花草は、同じ品質でも水分量や薬効成分の濃さが違う。魔力湧水も、採取した時期によって魔力活性が変わる可能性がある」
同じ品質Bの薬花草だからといって、全てが同じ状態とは限らない。
「次に作る時は、温度や投入間隔が変わるかもしれないということですか?」
「ああ。今回の条件を基準にはできるが、素材に合わせた調整が必要になるだろう」
「その時は、また俺が調べます」
「頼む。俺の『鑑定』では、そこまで分からないからな」
俺の『解析鑑定』で、その時の素材に合った条件を見つける。
斉藤さんが、表示された条件を正確に再現する。
同じ品質の回復薬を作るには、どちらも必要になりそうだ。
「お待たせしました」
女性職員が観察室へ戻ってきた。
その手には、先ほどの運搬箱とタブレットがある。
「十本すべて、安全性に問題はありません。探索中に使用していただけます」
「全部、最上級回復薬だったんですか?」
「はい。八本が品質A。先に瓶詰めされた二本は、品質Sと判定されました」
「品質S……」
品質Aの素材は、これまでにも見たことがある。
だが、品質Sの調合薬を見るのは初めてだった。
「品質Sは、最高品質として扱われます。念のため二度検査しましたが、結果に間違いはありません」
女性職員が、タブレットへ検査結果を表示する。
◇____________________
『回復薬品質検査・査定明細書』
最上級回復薬×8
品質:A
参考買取単価:20,000円
参考査定額:160,000円
最上級回復薬×2
品質:S(最高品質)
参考買取単価:100,000円
参考査定額:200,000円
合計参考査定額:360,000円
安全性:問題なし
使用許可:承認
____________________◇
「三十六万円……」
思わず、合計金額を口にする。
「最初の二本は、一本十万円もするんですか?」
美咲さんも驚いた様子で明細書を見つめていた。
「品質Sの最上級回復薬は、市場へ出回る数が非常に少ないですから」
女性職員が、最高品質の二本を指す。
「品質Aでも、深い傷や骨折、内臓の損傷に対して高い回復効果があります。品質Sは薬効が現れるまでの時間がさらに短く、重傷者の生命活動を安定させる効果も確認されました」
「瀕死の状態でも使えるということですか?」
「負傷の程度にもよりますが、救命率を大きく上げられる可能性があります。ただし、死亡した人を蘇生したり、失われた部位を再生したりする効果はありません」
どれほど品質が高くても、何でも治せるわけではない。
それでも、探索中に重傷を負った時、命を繋ぐことができる。
一本十万円という金額にも納得できた。
「売却を希望される場合は、探索者協会から登録医療機関へ仲介できます」
「一城さん。どうしますか?」
「探索で使うために作った物ですから、売らずに持っておきたいです」
「私も同じです。これから第六層へ進むなら、回復薬は必要になります」
三十六万円は大きな金額だ。
だが、必要になった時に手元になければ意味がない。
「では、売却手続きは行いません」
「承知しました。品質Sの二本については、温度変化と衝撃を避けて保管してください。専用の保護容器も購入できます」
「お願いします」
女性職員が、端末へ内容を入力する。
「それから、今回の調合法を協会の製法記録へ登録することもできます。公開登録した場合、ほかの『調合』持ちが使用する際に、規定の使用料を受け取れます」
「製造記録は、すでに残っているんですよね?」
「はい。ただし、現在は安全検査の担当者以外が閲覧できない状態です。製法を公開するには、調合者と依頼者双方の同意が必要になります」
俺は斉藤さんを見る。
「今回は、公開しない方がいいと思う」
斉藤さんが先に答えた。
「製造記録だけを見ても、状態の違う素材で同じ結果を出せるとは限らない。それに、一城のスキルに関する情報まで推測される可能性がある」
「俺も、今は公開しない方がいいと思います」
「では、非公開のままにしておきます。製法の権利者は、一城陸斗様と斉藤涼介様の共同名義で記録いたします」
「俺もですか?」
斉藤さんが驚く。
「調合を行ったのは斉藤さんです。共同で問題ありません」
「だが、条件を見つけたのは一城だ」
「俺だけでは、条件が分かっても作れませんでした」
斉藤さんは少し迷ったあと、静かに頷いた。
「分かった。共同名義で登録しよう」
「はい」
俺たちは非公開申請へ署名した。
今後公開したくなった場合は、二人の同意があれば変更できるらしい。
◇
探索者ストアへ戻ると、店主さんが検査結果を見て目を見開いた。
「本当に十本全部、最上級になったのか」
「八本が品質A。残る二本は最高品質でした」
「一本十万円だとよ……」
店主さんが、明細書と並べられた回復薬を見比べる。
「『調合』の基本的な性能は、誰が使っても変わらねえ。だが、温度と投入間隔、魔力出力を最後まで正確に維持できるかは別の話だ」
「斉藤さんは、一度も範囲を外しませんでした」
「それだけの作業をしながら、十二秒で二本の瓶詰めまで成功させたのか。あんた、相当な集中力だな」
店主さんの言葉に、斉藤さんが僅かに首を横へ振る。
「一城の指示が正確だったからです。それに、今朝は明里の料理を食べてきました」
「奥さんの料理が、調合に関係するんですか?」
「明里は『料理』のほかに、『調理強化』というスキルを持っています。作った料理を食べると、半日だけ身体能力が底上げされるんです」
斉藤さんが、自分の手を見る。
「『調合』の性能が上がるわけではありません。ただ、疲れにくくなり、長時間集中しても手元がぶれにくくなる。あの料理を食べていなければ、最後まで魔力出力を維持できたかは分かりません」
「それでも、条件を守り切ったのは斉藤さんです」
「……ありがとう」
俺の『解析鑑定』が、隠された調合条件を見つけた。
斉藤さんの飛び抜けた集中力が、その条件を正確に再現した。
そして、明里さんの料理が、長時間の作業に耐えられるよう身体を支えていた。
どれか一つでも欠けていれば、十本の最上級回復薬は完成しなかったのだろう。
店主さんが棚から、耐衝撃性のある回復薬用ケースを取り出した。
「品質Sを持ち歩くなら、これへ入れておけ。普通の瓶入れじゃ、戦闘中に割れる可能性がある」
「二つお願いします」
「品質Sは、一城さんが持っていてください」
美咲さんが、二本の回復薬を俺の方へ寄せる。
「いえ、美咲さんの方が前で戦います。二本とも美咲さんが持っていた方がいいです」
「一城さんも、最近は前へ出ることが増えていますよね?」
「ですが……」
「一本ずつにしましょう。その方が、どちらかの荷物を失っても一本は残ります」
「……分かりました」
最高品質の回復薬は、一本ずつ分けて持つ。
品質Aの八本も、四本ずつに分けた。
「シズクの分は、私が持っておくからね」
「ぷるっ!」
自分の物もあると理解したのか、シズクが嬉しそうに跳ねる。
「回復薬は食べ物じゃないから、怪我をしていない時は飲んじゃ駄目だよ」
「ぷる……」
少し残念そうに縮んだ。
「シズク。飲みたかったの?」
「ぷるっ」
「美味しそうな匂いでもするのでしょうか?」
「白金色に光ってるから、食べ物だと思ってるだけじゃねえか?」
店主さんが笑いながら、二本の最高品質回復薬を保護ケースへ収めた。
◇
回復薬の確認を終え、予定していた費用を精算する。
材料費相当や調合室の利用料、検査費を含めた七万三千円は、俺と美咲さんで半分ずつ負担した。
調合技術料の五万円は、探索者協会の決済を通じて斉藤さんの口座へ振り込まれる。
「本当に、五万円も受け取っていいのか?」
「依頼する前に決めた金額です」
「完成した回復薬の参考価格は三十六万円ですよ。斉藤さんの作業に、五万円が高すぎるとは思いません」
「……分かった。ありがたく受け取る」
斉藤さんが、送金完了の表示されたスマートフォンを見つめる。
「自分の『調合』で報酬を受け取るのは、本当に久しぶりだ」
「また回復薬が必要になった時は、お願いしてもいいですか?」
「ああ。ただし、次は今回の製造記録を基準にできる。配合を一から考える必要がない分、料金は下げられると思う」
「その時は、作業内容を確認して決めましょう」
「分かった」
五万円を受け取ってもらうことも、今回の依頼の一部だ。
謝罪を受け入れたことへの返礼ではない。
斉藤さんが使った時間と集中力、製造記録を残す責任に対する正当な報酬だった。
「一城」
斉藤さんが、改めて俺へ向き直る。
「依頼してくれて、ありがとう」
「俺たちの方こそ、回復薬を作ってもらえて助かりました」
「会社を辞めてから、自分が八年間積み上げてきたものまで、全て否定されたような気がしていた」
「斉藤さんが身に付けた鑑定の経験も、調合の技術も、なくなったわけではありません」
「ああ。今日、ようやくそう思えた」
斉藤さんが、僅かに笑った。
その時、斉藤さんのスマートフォンが震える。
「明里からだ」
届いたメッセージを読み、斉藤さんの表情が柔らかくなった。
「調合の結果を心配していたんですか?」
「ああ。今朝から何度も、忘れ物はないかと確認された」
斉藤さんが、完成した回復薬のことを短く返信する。
すると、すぐに新しいメッセージが届いた。
「一城、佐伯さん。もし迷惑でなければ、今度うちへ食事に来ないか?」
「斉藤さんのお宅へですか?」
「ああ。明里とは二人とも初対面になるが、今回の依頼について直接お礼を言いたいそうだ。会社の件でしばらく沈んでいた俺が、久しぶりに楽しそうに話しているのも嬉しかったらしい」
美咲さんが、少し迷うように俺を見る。
「でも、私は今回の依頼から加わっただけです。一城さんと斉藤さんの間で始まったお話ですし、私までお邪魔してもいいのでしょうか」
「佐伯さんも、今回の依頼主の一人だ。費用も二人で負担してくれたことは、明里にも伝えてある。ぜひ、二人で来てほしい」
「そこまで言っていただけるなら……」
俺は美咲さんを見る。
「俺は、お言葉に甘えようと思います。美咲さんも一緒に行きませんか?」
「はい。それでは、私もお邪魔させてください」
「ああ。明里も喜ぶ」
斉藤さんが、ほっとしたように頷く。
「せっかくだから、『調理強化』の効果も実際に確かめてみてくれ」
「半日も身体能力が上がるなら、探索にも役立ちそうですね」
「明里の料理は、効果を抜きにしても美味いぞ」
斉藤さんは、どこか誇らしそうに笑った。
読んでいただきありがとうございます。
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