51話「最上級回復薬」
斉藤さんへ回復薬の試作を依頼してから、二日が経った。
俺と美咲さんは、十本の薬花草と、一リットルの魔力湧水を用意し、探索者協会の共同調合室を訪れていた。
「こちらが、ご予約いただいた第三調合室です」
受付を済ませると、白衣を着た女性職員に案内された。
室内には、素材を洗浄する流し台や加熱用の魔導具、薬液を混ぜる調合釜が設置されている。
壁際の棚には、大きさの異なる瓶や計量器具が並んでいた。
「広いですね……」
「個人で設備を揃えるのは難しいですからね。探索者協会へ登録された『調合』持ちであれば、時間単位で利用できます」
調合室の外側には、大きな観察窓がある。
衛生管理のため、調合へ直接関わらない人間や従魔は中へ入れない。
「シズク。私たちは、ここから見ていようね」
「ぷるっ」
美咲さんとシズクは、観察窓の向こう側で待つことになった。
シズクは結晶冠を浮かべたまま窓へ身体を寄せ、室内を興味深そうに覗いている。
「シズク、窓にくっ付き過ぎだよっ」
「ぷる?」
美咲さんが身体を引き離しても、すぐに窓へ戻ってしまう。
俺は苦笑しながら、用意された白衣と手袋を身に着けた。
「斉藤様。スキル登録証を確認させてください」
「はい」
斉藤さんがカードを読み取り機へかざす。
◇____________________
『登録スキル』
・鑑定
・調合
『共同調合室利用資格:確認済み』
____________________◇
「確認できました。調合中は、こちらの記録用魔導具を作動させてください」
「製造記録を残すためですね」
「はい。調合した物を販売しない場合でも、完成品の安全検査には記録が必要になります」
女性職員が、天井に取り付けられた魔導具を起動させる。
「異常が発生した場合は、こちらの停止石へ触れてください。調合釜への魔力供給が遮断されます」
「分かりました」
「私は隣の管理室におります。何かあれば、呼び出しボタンを使用してください」
説明を終えた職員が退室する。
調合室には、俺と斉藤さんだけが残った。
「それでは、始めるか」
「お願いします」
斉藤さんが、持ってきた鞄から道具を取り出す。
薬草用の小型包丁。
乳鉢と乳棒。
魔力を通しやすい銀色の計量棒。
どれも長く使われているようだが、綺麗に手入れされていた。
「自分の道具を持っていたんですね」
「ああ。『調合』のスキル適性があると分かった時に、少しずつ買い揃えた物だ」
斉藤さんが、懐かしそうに銀色の計量棒を見る。
「入社してからは会社へ副業の申請を出して、休日に登録調合室を借りていた。自分で薬花草を購入し、低級回復薬や中級回復薬を作っていたんだ」
「完成した回復薬は、どうしていたんですか?」
「検査を通してから、買取店へ売っていた。大した利益ではなかったけどな」
斉藤さんが、少し照れたように笑う。
「当時、恋人だった明里とのデート代を確保するために始めたんだ。結婚してからも、たまに二人で外食する時の小遣いにしていた」
「奥さんを大切にしているんですね」
「そのつもりだったんだが、最近は心配ばかり掛けていた」
斉藤さんは計量棒を柔らかい布で拭き、作業台へ置いた。
「課長になってからは忙しくなり、ほとんど調合できなくなった。それでも、いつかまた使うつもりで手入れだけは続けていたんだ」
そう言って斉藤さんが、一本目の薬花草を手に取る。
「さあ、俺の話はこのくらいで良いだろう。まずは、素材の状態を確認するぞ」
斉藤さんが『鑑定』を発動させた。
◇____________________
『薬花草』
『品質:B』
『用途:回復薬の原料』
____________________◇
「十本とも、品質はBで揃っている」
「はい。採取した中から、同じ品質の物を選びました」
「品質が違う素材を同時に使うと、薬効に偏りが出る。これなら問題ない」
続いて、魔力保存容器の蓋を開ける。
淡い青色に輝く魔力湧水を計量器へ注ぎ、『鑑定』を使用した。
◇____________________
『魔力湧水』
『品質:A』
『用途:回復薬・魔力回復薬の調合液』
____________________◇
「本当に品質Aだ……」
「回復薬を作れそうですか?」
「作るだけなら問題ない。だが、完成する等級までは俺の『鑑定』では分からない」
斉藤さんが、魔力湧水の入った計量器を光へ透かす。
「一般的な水を使う場合と、同じ配合でいいのかも判断できない。最初は少量で反応を確認した方がいいだろう」
「少し待ってください。俺も調べてみます」
薬花草と魔力湧水へ意識を向け、『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『最上級回復薬・調合候補素材』
・薬花草×10
・魔力湧水・1リットル
・薬効安定粉末30グラム
『素材適合率:96%』
『通常手順で調合した場合』
・中級回復薬:68%
・上級回復薬:30%
・調合失敗:2%
『未解放調合条件:あり』
____________________◇
「最上級回復薬の調合候補素材……」
普通に作れば、中級か上級。
だが、未解放の条件を満たせば、最上級になる可能性がある。
「一城。何か分かったのか?」
「通常の手順だと、中級になる確率が一番高いみたいです。上級が三十パーセント。失敗する可能性も僅かにあります」
「完成する等級の確率まで分かるのか?」
斉藤さんが、驚いたように俺を見る。
「はい。それから、最上級回復薬にするための条件も隠されています」
「待ってくれ」
斉藤さんが、手にしていた計量器を作業台へ戻した。
「普通の『鑑定』で分かるのは、名称、品質、用途だけだ。調合後の等級や成功率など表示されない」
「俺のスキルは、『解析鑑定』という派生スキルです」
「派生スキル……」
会社にいた頃、斉藤さんたちは、俺も同じ『鑑定』を持っていると思っていた。
俺自身も、表示される情報に違いがあるとは知らなかった。
「探索者になり、他の人の『鑑定』結果を見るまで、俺も普通だと思っていました」
「会社で査定していた時も、価格が表示されていたのか?」
「はい。推定価格が見えていたので、市場資料と簡単に照らし合わせるだけで査定額を決められました」
「だから、あれほど仕事が早かったのか……」
斉藤さんが、呆然と呟く。
「俺たちは、君がどのように査定しているのかも確認せず……」
「その話は、もう終わりました」
斉藤さんが何を言おうとしているのか分かり、途中で止める。
「今は、回復薬を作りましょう」
「……分かった」
斉藤さんは短く息を吐き、表情を引き締めた。
「スキルの詳しい内容は、他の人へ話しているのか?」
「協会の調査課と、美咲さん、店主さんには説明しています。ただ、動画では公開していません」
「俺も、誰にも話さない。約束する」
「ありがとうございます」
斉藤さんなら、約束を守ってくれる。
少なくとも、今はそう思うことができた。
「それでは、未解放の条件を調べます」
調合候補素材へ、さらに意識を集中させた。
◇____________________
『最上級回復薬・調合条件』
・薬効安定粉末30グラムを魔力湧水へ溶かす
・粉末が完全に溶けたことを確認し、43度まで加熱
・薬花草の抽出液を3回に分けて投入
・投入間隔:8秒
・魔力出力を12%から15%の範囲で維持
・液体が淡緑色から白金色へ変化した時点で加熱を停止
『注意』
・45度を超えた場合、魔力湧水の薬効増幅効果が低下
・魔力出力が18%を超えた場合、薬効成分が分離
____________________◇
「温度と投入する間隔。それに、魔力出力まで条件があります」
「具体的には?」
「魔力湧水を四十三度まで加熱。薬花草の抽出液を三回に分け、八秒間隔で投入します」
解析結果を、一つずつ斉藤さんへ伝える。
「魔力出力を十二パーセントから十五パーセントで維持……か」
「できますか?」
「『調合』を使えば、流している魔力の量は感覚で分かる。ただ、数値で調整したことはない」
「俺が解析結果を確認します。範囲を外れそうになったら伝えます」
「分かった。やってみよう」
斉藤さんが、再び薬花草を手に取った。
◇
十本の薬花草を、一枚ずつ丁寧に洗浄する。
傷んだ部分を包丁で取り除き、細かく刻んで乳鉢へ入れる。
斉藤さんが乳棒を握り、『調合』を発動させた。
指先から淡い緑色の光が広がり、乳鉢の中へ染み込んでいく。
「これが『調合』……」
刻まれた薬花草が、魔力へ反応するように少しずつ溶け始める。
斉藤さんが一定の速度で乳棒を動かすたび、濃い緑色の抽出液が生まれていった。
「薬効成分だけを取り出しているんですか?」
「ああ。力を入れて潰すだけでは、苦味や毒性のある成分まで混ざる。『調合』で必要な成分を分離している」
会社では、斉藤さんが『調合』を使う場面を見たことがなかった。
迷いのない手つきを見るだけで、何度も練習してきたことが分かる。
抽出液が完成すると、目の細かな布を通し、三つの容器へ均等に分けた。
「次は魔力湧水だ」
斉藤さんが、調合釜へ一リットルの魔力湧水を注ぐ。
続いて薬効安定粉末を三十グラム量り、銀色の計量棒で混ぜながら少しずつ加えていった。
「この粉末は、薬効成分が分離するのを防ぐための物だ。固まりが残らないよう、加熱する前に完全に溶かす」
「解析結果でも、先に溶かすよう表示されています」
粉末が溶け切ったことを確認し、斉藤さんが加熱用魔導具を起動させた。
釜の底へ赤い光が灯り、透明に近かった魔力湧水が淡い青色へ輝き始める。
「現在、三十八度です」
「上昇が速いな」
「四十度……四十一度……」
解析表示に現れる温度を読み上げる。
「四十二度です。加熱を弱めてください」
「分かった」
斉藤さんが、魔導具へ流す魔力を減らす。
温度の上昇が緩やかになる。
「四十三度。今です」
「一回目を入れる」
最初の抽出液が、調合釜へ注がれる。
青色だった液体へ、淡い緑色が広がった。
「八秒を数えます」
一秒。
二秒。
液体の表面へ、小さな光の粒が生まれていく。
「あと三秒……今です」
「二回目」
再び抽出液が注がれる。
光の粒が増え、釜の中をゆっくりと回り始めた。
「魔力出力、十三パーセント。範囲内です」
「維持する」
斉藤さんが銀色の計量棒を握り、調合釜へ一定量の魔力を流し続ける。
「最後、三回目です」
三つ目の抽出液が加わった瞬間、調合釜の中から強い光が立ち上った。
「っ……!」
淡い緑色だった液体が、一気に白く染まっていく。
「一城、これは?」
「まだ加熱を止めないでください。白金色へ変わるまでです!」
斉藤さんが、調合釜へ流す魔力を維持する。
白い液体の中へ、少しずつ金色の輝きが混ざり始めた。
解析表示が変化する。
◇____________________
『調合進行状況』
『最上級回復薬への移行:成功』
『完成まで:18秒』
『追加条件を検出』
・魔力活性が最大となる時間内に瓶詰めする
・最高品質化可能時間:12秒
・推定瓶詰め可能数:2本
____________________◇
「最上級回復薬への移行に成功しました!」
「本当か!?」
「はい! それから、完成直後の十二秒間だけ、さらに品質を上げられます!」
「その間に瓶へ移せばいいんだな?」
「二本分だけです!」
斉藤さんが、空瓶を二本並べる。
残りの瓶も、すぐ手に取れる位置へ置いた。
「加熱停止まで、あと五秒です」
白金色の光が、調合釜の中で渦を巻く。
「三、二、一……今です!」
「加熱を止める!」
斉藤さんが停止石へ触れる。
釜の底に灯っていた赤い光が消えた。
同時に、白金色の液体から、これまで以上に強い魔力が溢れ出す。
「瓶を!」
斉藤さんが銀色の器具を使い、回復薬を最初の瓶へ移す。
一本目。
続けて二本目。
二本の瓶へ注がれた液体は、白金色のまま強く輝いている。
◇____________________
『最高品質化可能時間:終了』
____________________◇
「間に合いました!」
「残りも瓶へ移す!」
斉藤さんが、調合釜に残った回復薬を八本の瓶へ分けていく。
最初の二本ほど強くはない。
それでも、店で見た回復薬とは比べものにならないほど濃い魔力を宿していた。
最後の一本へ蓋を閉める。
白金色に輝く十本の回復薬が、作業台の上へ並んだ。
「完成……したのか?」
「はい。調合自体は成功しています」
観察窓の向こうでは、美咲さんが驚いた顔で十本の瓶を見つめていた。
シズクも窓へ張り付き、白金色の光に合わせて身体を左右へ揺らしている。
斉藤さんが、最初に瓶詰めした二本を見る。
「この二本だけ、明らかに魔力の密度が違う」
「正式な等級と品質は、協会の検査を受けてから確認しましょう」
「ああ」
俺は並んだ十本の回復薬を見つめる。
初めて行った共同調合。
普通なら、中級になる可能性が最も高かったはずの素材。
それが今、十本すべて白金色の輝きを放っていた。
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