50話「謝罪と調合依頼」
翌朝。
目を覚ましてスマートフォンを確認すると、一件のメッセージが届いていた。
表示されている名前を見た瞬間、眠気が消える。
「斉藤課長……」
会社を解雇されてから、一度も連絡を取っていない相手だった。
メッセージを開く。
◇____________________
『突然の連絡で申し訳ありません。斉藤です』
『会社にいた頃、俺は君へ仕事を押し付け、過労で倒れるまで追い詰めました』
『今さら許してほしいとは言いません』
『迷惑でなければ、一度だけ直接会って、謝罪させてもらえないでしょうか』
____________________◇
何度読み返しても、内容は変わらない。
斉藤課長が、俺へ謝罪したいと書いている。
会社にいた頃、何度も考えたことがあった。
一度でもいいから、無理をさせて悪かったと言ってほしい。
俺一人へ仕事を押し付けていたことを、誰かに認めてほしい。
それでも実際に謝罪の言葉を受け取ると、何と返せばいいのか分からなかった。
あの会社で過ごした日々が、短い文章だけで消えるわけではない。
だが、無視して終わらせたいとも思わなかった。
「一度、話を聞こう」
俺は返信を打ち始めた。
◇____________________
『ご連絡ありがとうございます』
『本日の午後でしたら、探索者協会の喫茶スペースにいます』
『そこでお話を伺います』
____________________◇
送信すると、すぐに返事が届いた。
指定した時間に向かうと書かれている。
俺はスマートフォンをしまい、出掛ける準備を始めた。
◇
「一城さん。何かありましたか?」
探索者ストアへ入ると、美咲さんが俺の表情へ気付いた。
その肩では、小さな結晶冠を載せたシズクが身体を傾けている。
「ぷる?」
「前の会社の人から、連絡が来たんです」
斉藤課長から届いたメッセージを、美咲さんへ見せる。
読み終えた美咲さんの表情が僅かに険しくなった。
「一城さんへ仕事を押し付けていた上司ですよね?」
「はい。直接会って謝りたいそうです」
「会うんですか?」
「話だけは聞こうと思っています」
美咲さんが、真剣な表情で俺を見る。
「謝罪されたからといって、無理に許す必要はありませんよ」
「分かっています」
「一人で会うのが不安なら、私も一緒に行きます」
「ありがとうございます。でも、最初は二人で話してみます」
斉藤課長が何を話すつもりなのかは、まだ分からない。
自分の気持ちも、会って話してみなければ分からなかった。
「何かあったら、すぐに連絡してください」
「はい」
「一城さんが断りづらそうにしていたら、私が迎えに行きますから」
「そこまで心配しなくても大丈夫ですよ」
「一城さんは、頼まれると断れないところがあります」
「……気を付けます」
否定できない。
店主さんも、カウンターの奥で話を聞いていたらしい。
「兄ちゃん」
「はい?」
「許すにしても、許さないにしても、兄ちゃんが決めればいい。相手の都合に合わせる必要はねえぞ」
「分かりました」
あの会社では、俺の気持ちを優先してくれる人がいなかった。
だが、今は違う。
「行ってきます」
「はい。待っています」
「ぷるっ!」
二人と一匹に見送られ、俺は探索者協会へ向かった。
◇
約束の時間より十五分ほど早く喫茶スペースへ到着したが、斉藤課長はすでに席で待っていた。
三か月前よりも痩せている。
目の下には濃い隈が残り、着ているスーツにも以前のような張りがなかった。
俺に気付くと、すぐに立ち上がる。
「久しぶりだな、一城」
「お久しぶりです。斉藤課長」
「俺は、もう課長じゃない」
「え?」
「昨日、会社を辞めた。今はただの斉藤涼介だ」
斉藤さんが、深く頭を下げる。
「一城。本当に申し訳なかった」
「まずは、座って話しませんか?」
「……分かった」
向かい合って席へ座る。
斉藤さんは注文したコーヒーへ手を付けず、両手を膝の上へ置いた。
「メッセージにも書いたが、改めて謝罪させてほしい。俺は、君が仕事を断らないことに甘えていた」
「…………」
「仕事が早いから。一城なら終わらせられるから。そんな理由で、次々と業務を押し付けた」
斉藤さんの言葉に、会社にいた頃の記憶が蘇る。
査定を終えるたび、机へ新しい箱が置かれた。
今日中に。
急ぎだから。
一城ならできるだろう。
何度も聞いた言葉だ。
「君がどうしてあれほど早く仕事を終えられたのか、俺は今も知らない。同じ『鑑定』を持っているから、少しくらい処理速度に差があっても不思議ではないと思っていた」
「俺も当時は、自分の『鑑定』が他の人と違うとは知りませんでした」
「そうだったのか……」
斉藤さんは驚いたものの、すぐに首を横へ振った。
「だが、君の能力が普通だったかどうかは関係ない。どんなスキルを持っていても、一人へあれだけの仕事を押し付けていい理由にはならない」
「…………」
「君が倒れたあとも、俺は部長へ強く反対しなかった。解雇が決まった時も、自分まで責任を問われるのが怖くて黙っていた」
斉藤さんが、膝の上で拳を握る。
「自分が同じように責任を押し付けられて、ようやく君の苦しさが分かった。情けない話だ」
「会社で、何があったんですか?」
「大きな査定不備が起きた。その責任を負う形で、退職勧奨を受け入れた」
「斉藤さん一人の責任だったんですか?」
「いや。だが、俺にも責任はあった」
斉藤さんは言い訳をせず、自分の承認した査定書に不備があったことを認めた。
部下へ処分が及ばないことを条件に、会社を辞めたらしい。
「自分が会社を辞めたから、君にも許してほしいとは思っていない。ただ、自分がしたことを認め、直接謝りたかった」
「斉藤さん……」
「本当に、申し訳なかった」
斉藤さんが、もう一度深く頭を下げる。
俺は会社で過ごした時間を思い返した。
辛くなかったわけではない。
仕事を押し付けられ、断ることもできず、最後には倒れた。
それでも、斉藤さんだけを責める気にはなれなかった。
「俺も、無理だと言いませんでした」
「一城?」
「仕事を頼まれるたび、全部引き受けていました。終わらせれば誰かの役に立てると思っていたし、断れば必要とされなくなる気がしていたんです」
自分の『解析鑑定』なら、査定額が分かる。
他の人より早く仕事を終えられることも分かっていた。
だから、無理をしてでも処理し続けた。
「俺が一度でも無理だと伝えていれば、何か変わっていたかもしれません」
「違う」
斉藤さんが、はっきりと否定する。
「君が断れないことに甘えていた、俺たちの責任だ。部下が無理をしていると気付くのも、上司の仕事だった」
「それでも、全部が斉藤さんだけの責任ではありません」
「だが……」
「もう、いいんです」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。
「斉藤さんは、自分のしたことを認めて、直接謝りに来てくれました。それなら俺は、これ以上責めるつもりはありません」
「一城……」
「謝ってくれて、ありがとうございます」
斉藤さんの目を見る。
「俺は、斉藤さんを許します」
すべてを忘れたわけではない。
それでも、過去のことをいつまでも憎み続けたいとは思わなかった。
「……ありがとう」
斉藤さんは顔を俯かせ、震える声で答えた。
「いや、俺が礼を言える立場ではないな」
「そこまで気にしなくても大丈夫ですよ」
これですぐ、以前のような関係へ戻れるわけではない。
だが、会社に残してきたものへ、一つ区切りを付けることはできた。
◇
「これから、どうするつもりなんですか?」
少し冷めたコーヒーを飲みながら尋ねる。
「まだ決めていない。退職金があるから、すぐに生活できなくなるわけではないが……」
「同じ業界で仕事を探すんですか?」
「分からない」
斉藤さんが、自分の手を見る。
「素材に関わる仕事は好きなんだ。だが、今回の件を考えると、また品質管理をしていいのか迷っている」
「斉藤さんなら、他の素材会社でも経験を生かせると思います」
「『鑑定』だけなら、俺より優秀な人間はいる。それに、俺が持っているもう一つのスキルは、品質管理部では使える機会が少なかった」
「もう一つ?」
「『調合』だ」
「斉藤さん、『調合』を持っていたんですか?」
思わず聞き返す。
「知らなかったのか?」
「はい。会社では鑑定をしているところしか見たことがなかったので」
「品質管理部の通常業務では使わないからな。以前、品質の落ちた薬花草を回復薬へ加工したことはあるが、あれも取引先と納入元から許可を得た特例だった」
斉藤さんが『調合』を使える。
その言葉を聞き、頭の中へ二つの素材が浮かんだ。
ダンジョンで採取している薬花草。
そして、第二層で見つけた魔力湧水。
「斉藤さん」
「何だ?」
「薬花草と魔力湧水があれば、回復薬を作れますか?」
「魔力湧水?」
「品質Aの物を、第二層で採取できるんです。回復薬や魔力回復薬の調合液として使えます」
「品質Aの魔力湧水を継続的に採取できるのか?」
「一日三リットルまでですけど」
「それなら、素材としては十分だ」
斉藤さんの表情が、仕事をしていた頃のものへ変わる。
「薬花草の品質にもよるが、通常の水より効果の高い回復薬を作れる可能性がある。ただ、実際に調合してみなければ等級までは分からない」
「それなら……」
俺は少し考え、斉藤さんへ提案する。
「探索で使う回復薬を、十本だけ試作してもらえませんか?」
「俺が?」
「はい。もちろん、正式に報酬を支払います」
「だが、俺は謝罪に来たんだ。仕事を頼んでもらうためじゃない」
「謝罪と依頼は別です。斉藤さんの『調合』が必要だからお願いするんです」
「…………」
「すぐに返事を出さなくても大丈夫です。美咲さんと店主さんにも相談します」
「……分かった。まずは素材を確認させてくれ」
斉藤さんの『調合』があれば、ダンジョンで手に入れた素材を売却するだけでなく、自分たちに必要な物へ加工できる。
まずは、探索に使う十本の回復薬。
どのような物が完成するのか、その可能性を確かめてみたくなった。
◇
「こちらが、前の会社で上司だった斉藤さんです」
話し合いを終えたあと、斉藤さんを探索者ストアへ案内した。
「斉藤涼介です。一城が会社にいた頃は、品質管理課長をしていました」
「佐伯美咲です。一城さんとパーティーを組んでいます」
美咲さんは丁寧に挨拶したものの、斉藤さんを見る目には警戒が残っている。
「一城さんへしていたことは、本人から聞いています」
「……申し訳ありません」
「謝罪を受け入れるかどうかは、一城さんが決めることです。ですが、もう無理をさせないでください」
「分かっています。二度と同じことはしません」
美咲さんは斉藤さんの目を見たあと、小さく頷いた。
「一城さんが許したのなら、私から責めることはありません」
「ありがとうございます」
シズクが美咲さんの肩から、斉藤さんを見つめている。
「ぷる?」
「この子が、従魔のシズクです」
「スライムの従魔……初めて見た」
斉藤さんが僅かに身を屈める。
シズクはしばらく様子を見たあと、挨拶するように一度だけ跳ねた。
「それで兄ちゃん。回復薬を作りたいんだって?」
店主さんが、カウンターへ薬花草と小型の魔力保存瓶を置く。
「はい。斉藤さんが『調合』を持っていると、今日初めて知りました」
「元品質管理課長で、『調合』持ちか」
店主さんが斉藤さんを見る。
「腕は?」
「低級回復薬と中級回復薬なら、以前は個人で調合していました。登録調合室を借り、検査を通して販売した経験もあります。仕事でも何度か作りました。ただ、品質Aの魔力湧水を使った経験はありません」
「だったら、試してみる価値はあるな」
「回復薬は、素材が同じでも等級が変わるんですか?」
俺が尋ねると、店主さんが棚に並んだ回復薬を指差す。
「市販されている低級回復薬なら、一本二千円ほどだ。中級が三千円。上級になると五千円くらいする」
「最上級は?」
「最低でも一万円だ。それ以上の値段が付く物も珍しくねえ」
同じ回復薬でも、かなり価格が違う。
「何が違うんですか?」
「回復できる怪我の程度と、効果が出るまでの速さだ。等級は素材の品質だけで決まるもんじゃねえ」
店主さんが、薬花草を一本持ち上げる。
「品質の良い薬花草を使っても、調合に失敗すれば低級になる。温度、配合、魔力を流すタイミング。それに、調合する人間の腕が必要だ」
「品質Aの魔力湧水を使った場合は?」
「中級以上になる可能性は高い。上手くいけば上級。最上級になるかは、作ってみねえと分からんな」
「十本なら、どのくらいの素材が必要ですか?」
斉藤さんが、薬花草と魔力湧水を確認する。
「一般的な配合なら、回復薬一本につき薬花草一本と、調合液を百ミリリットルです」
「では、薬花草が十本と、魔力湧水が一リットルですね」
「ああ。それに空瓶と、効果を安定させる補助素材が必要になる」
店主さんが、紙へ費用を書き出していく。
◇____________________
『回復薬・初回試作費用』
薬花草×10 8,000円
魔力湧水・1リットル 2,000円
空瓶・補助素材 3,000円
登録調合室利用料・検査費 10,000円
調合技術料 50,000円
合計 73,000円
____________________◇
「調合技術料、五万円……」
斉藤さんが、紙を見て驚く。
「高すぎます。十本を作るだけなら、そこまで受け取れません」
「いや、初回なら妥当だ」
店主さんが、斉藤さんの言葉を遮る。
「完成した回復薬だけの値段で考えるな。初回は配合を決め、安全に作れることを確認し、製造記録も残す必要がある」
「ですが……」
「登録された調合室を借りて、『調合』持ちが試作品を作る。成功しなくても、技術を使ったことに変わりはねえ」
「二回目からは、同じ配合を使えるんですよね?」
「ああ。その時は通常の調合料だけで済む」
俺はスマートフォンで、現在の口座残高を確認した。
◇____________________
『普通預金残高』
3,486,920円
____________________◇
以前確認した時は、六十八万円ほどだった。
それが今では、三百万円を超えている。
もちろん、このすべてを自由に使えるわけではない。
税金や保険。
装備の修理と更新。
今後の探索費用も残しておく必要がある。
それでも、一度の試作へ七万三千円を支払う余裕はあった。
「五万円でお願いします」
「一城」
「配合の検討と製造記録まで含めた、正式な依頼です。完成した回復薬の等級にかかわらず、報酬は支払います」
「失敗してもか?」
「はい。働いたのに、成果が出なかったから払わない。そんなやり方にはしたくありません」
会社にいた頃、仕事を終わらせても評価されなかった。
終わらせれば、次の仕事を積まれるだけだった。
だからこそ、自分が誰かへ仕事を頼む時は、使った時間と技術へ正しく報酬を支払いたい。
「美咲さん。パーティーの探索用として、十本作ってもらいたいのですが」
「私は賛成です」
美咲さんが迷わず答える。
「回復薬は探索に必要な物です。試作費用も、パーティーの必要経費として半分出します」
「ですが、俺が提案したことです」
「二人と一匹で使う物ですよね?」
「ぷるっ!」
「シズクも、こう言っています」
「何と言っているんですか?」
「自分も使うから半分出す、と」
「シズクはお金を持っていませんよ」
「では、私がシズクの分も出します」
「分かりました。半分ずつにしましょう」
これまでに決めたパーティーの取り決めどおり、費用を二人で分けることにした。
「斉藤さん。お願いできますか?」
斉藤さんは、もう一度紙に書かれた金額を見る。
そして、ゆっくりと頷いた。
「分かりました。この依頼、引き受けます」
「ありがとうございます」
「品質Aの魔力湧水を無駄にはしない。今の俺にできる、最高の回復薬を作る」
斉藤さんの目に、先ほどまでなかった力が戻っていた。
ダンジョンで手に入れた素材を、自分たちの手で新しい物へ変える。
その最初の一歩が、ここから始まろうとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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