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5話「協会も知らない希少区域」


 探索者協会から届いたメールを開く。



 ◇____________________


 件名:探索記録映像の確認に関するお願い


 一城陸斗様


 本日ご提出いただいた探索記録を確認したところ、一部、事実確認が必要な映像が記録されておりました。


 お手数をお掛けしますが、明日以降、ご都合のよろしい時間に探索者協会までお越しください。


 なお、本件は規約違反等に関するものではございませんので、ご安心ください。


 探索者協会

 調査課 高橋和人


 ____________________◇



「やっぱり、あの場所だよな……」


 それ以外に、協会から連絡が来るような心当たりはない。

 送信時刻を見ると、ほんの十分ほど前だった。

 ボディレコーダーを提出してから、まだ数時間しか経っていない。

 それほど急いで確認したい映像だったのだろうか。


「規約違反じゃないなら、大丈夫か」


 明日の朝に伺うという返信を送り、スマートフォンをテーブルへ置く。

 力の結晶飴を食べた影響なのか、身体の奥には僅かな温かさが残っていた。

 それでも、劇的に力が増した感覚はない。


「効果が出るまで、時間が掛かるのかもな」


 今日は、あまりにも色々なことがありすぎた。

 会社を辞めることになり、初めてダンジョンへ入り、希少区域を発見した。

 一日で十一万円以上を稼ぎ、能力を上昇させるという謎の飴まで食べた。

 ベッドへ横になると、強い眠気が一気に押し寄せてくる。


「明日……話を聞きに行こう……」


 目を閉じると、俺の意識はすぐに眠りへ沈んだ。



 ◇



 翌朝。

 カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。


「……ん?」


 何となく、身体が軽い。

 いつもなら寝起きには肩や腰へ重さが残っている。

 過労で倒れてからは、少し動くだけでも疲れを感じていた。


 だが、今日は違った。

 身体を起こしても倦怠感がなく、足取りも軽い。

 試しに腕を曲げ伸ばししてみる。


「筋肉が付いた……わけじゃないよな」


 見た目が大きく変わった様子はない。

 それでも、全身が僅かに引き締まったような感覚がある。

 床へ置いてあったショルダーバッグを持ち上げると、昨日より軽く感じられた。


「力の結晶飴の効果か……」


 解析結果に表示されていたのは、基礎筋力を僅かに上昇させるという効果。

 文字どおり、大きな変化ではない。

 それでも、自分の身体だからこそ分かる程度の違いは確かにあった。


「本当に、筋力が上がったんだ」


 もし、あの飴をもう一度手に入れたら。

 そんな考えが浮かぶ。


 だが、ドロップ率は僅か0.5%。

 昨日手に入ったこと自体、信じられないほど運が良かったのだろう。

 俺は身支度を整え、探索者協会へ向かった。



 ◇



「一城様ですね。調査課の高橋から伺っております」


 受付で名前を告げると、すぐに奥の応接室へ案内された。

 机と椅子、壁には大型モニターが設置されている。

 勧められた椅子へ腰を下ろして待っていると、扉をノックする音が聞こえた。


「失礼します」


 入ってきたのは、黒縁眼鏡を掛けた三十代半ばくらいの男性だった。


「初めまして。探索者協会調査課の高橋です」

「一城です。よろしくお願いします」

「本日はお越しいただき、ありがとうございます。先にお伝えしますが、今回お呼びしたのは規約上の問題があったからではありません」

「はい。メールにもそう書かれていたので、安心しました」


 高橋さんは俺の向かいへ座ると、手元のタブレットを操作した。


「早速ですが、提出いただいた映像を一緒に確認させてください」


 壁のモニターに、昨日のダンジョンが映し出される。

 ボディレコーダーから見た、石造りの通路。

 スライムとの戦闘も、成長個体から魔石を得た場面も記録されていた。


 やがて映像の中の俺が、短い行き止まりで足を止める。

 画面に映っているのは、普通の岩壁だけだった。


「揺らぎが映っていない……」


 思わず呟く。


「一城さんには、この時点で何か見えていたのですね?」

「はい。壁の一部が、水面のように揺らいで見えていました」


 映像の中で、俺の手が岩壁へ伸びる。

 指先が何もない壁へ沈んだ直後、画面全体が白く染まった。

 そして次の瞬間、映像が黄金色の草原へ切り替わる。


 青空。

 白い雲。

 草原を跳ね回る大量のゴールデンスライム。


 あの景色は、しっかりと記録されていた。


「解析結果は映っていないのか……」


 映像には、希少区域の名称も残り時間も表示されていない。

 ゴールデンスライムの性格やドロップ率も映っていなかった。


「解析結果、というのは?」


 高橋さんが尋ねる。

 少し迷ったが、映像には俺が『希少区域』と口にした声も残っている。

 隠しても不自然になるだけだろう。


「俺のスキルは『解析鑑定』といいます。揺らいでいる壁へ使ったところ、『希少区域』『スライムの黄金郷』と表示されました」

「残り時間についても、スキルに表示された情報ですか?」

「はい」


 高橋さんは驚いた様子を見せながらも、静かにメモを取っていく。


「この場所について、以前からご存じだったわけではないのですね?」

「昨日が初めてのダンジョン探索です。それまで、希少区域という言葉さえ知りませんでした」

「中へ入った際、身体に異常はありましたか?」

「少し浮くような感覚がありました。それ以外は特にありません」

「区域が消失した後は、自動的に元の場所へ戻されたと」

「そうです」


 映像は、俺が通常の通路へ戻ったところで止まった。

 高橋さんはタブレットを閉じ、一度眼鏡の位置を直す。


「結論から申し上げますと、探索者協会にも、この区域に関する記録はありません」

「協会にも……?」

「はい。少なくとも、当協会が管理する初心者ダンジョンで、同様の現象が確認された例はありません」


 金魔核や金魔石は、他のダンジョンで発見例がある。

 だが、第一層に黄金色の草原が出現した記録はなく、そこに大量のゴールデンスライムが生息しているという報告も初めてらしい。


「映像については、未確認区域の記録として詳しく調査いたします。正式に認定された場合、規定に基づいた情報提供料をお支払いします」

「分かりました」

「また同じ区域を発見することがありましたら、可能な範囲で構いませんので、記録をご提供いただけないでしょうか」

「はい。俺も、もう一度現れるのか確かめたいと思っています」

「ありがとうございます。ただし、未知の区域です。決して無理はなさらないでください」


 高橋さんの言葉に頷き、応接室をあとにした。



 ◇



 面談を終えた俺は、そのまま探索者ストアへ向かった。


「お、兄ちゃん。調査課の話は終わったのか?」

「はい。協会にも記録がない場所だったそうです」

「やっぱりか……。それで、今日はどうする?」

「もう一度、同じ場所を確認してみようと思います」


 店主からボディレコーダーを借り、胸元へ取り付ける。


「昨日より身体は楽でも、無茶はするなよ」

「分かっています」

「必ず記録は残しておけ」

「はい」


 地下へ降り、警備職員の前でレコーダーを起動する。

 記録状態を確認してもらい、初心者ダンジョンの第一層へ入った。

 昨日と変わらない、湿った石造りの通路。

 現れたスライムを数体倒しながら、希少区域を発見した場所へ向かう。

 短い行き止まりへ入る。


「何も見えない……」


 岩壁に揺らぎはない。

 手で触れても、硬い石の感触が返ってくるだけだった。


「一度しか現れない場所なのか?」


 念のため、岩壁へ『解析鑑定』を発動する。

 その瞬間、昨日とは違う情報が視界へ浮かび上がった。



 ◇____________________


 『希少区域(エリア)

 『名称:スライムの黄金郷』

 『現在の状態:未出現』

 『出現まで:1時間12分38秒』


 ____________________◇



「出現まで……?」


 数字は、一秒ずつ減り続けている。

 希少区域は、消えてなくなったわけではない。

 決まった時間を迎えれば、もう一度現れる。


「一時間後に……また黄金郷へ入れるのか」


 俺は減り続ける数字を見つめた。

 誰にも見つけられず、探索者協会さえ存在を知らなかった希少区域。

 その出現時刻を、俺の『解析鑑定』だけが正確に示していた。


読んでいただきありがとうございます。

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