5話「協会も知らない希少区域」
探索者協会から届いたメールを開く。
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件名:探索記録映像の確認に関するお願い
一城陸斗様
本日ご提出いただいた探索記録を確認したところ、一部、事実確認が必要な映像が記録されておりました。
お手数をお掛けしますが、明日以降、ご都合のよろしい時間に探索者協会までお越しください。
なお、本件は規約違反等に関するものではございませんので、ご安心ください。
探索者協会
調査課 高橋和人
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「やっぱり、あの場所だよな……」
それ以外に、協会から連絡が来るような心当たりはない。
送信時刻を見ると、ほんの十分ほど前だった。
ボディレコーダーを提出してから、まだ数時間しか経っていない。
それほど急いで確認したい映像だったのだろうか。
「規約違反じゃないなら、大丈夫か」
明日の朝に伺うという返信を送り、スマートフォンをテーブルへ置く。
力の結晶飴を食べた影響なのか、身体の奥には僅かな温かさが残っていた。
それでも、劇的に力が増した感覚はない。
「効果が出るまで、時間が掛かるのかもな」
今日は、あまりにも色々なことがありすぎた。
会社を辞めることになり、初めてダンジョンへ入り、希少区域を発見した。
一日で十一万円以上を稼ぎ、能力を上昇させるという謎の飴まで食べた。
ベッドへ横になると、強い眠気が一気に押し寄せてくる。
「明日……話を聞きに行こう……」
目を閉じると、俺の意識はすぐに眠りへ沈んだ。
◇
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。
「……ん?」
何となく、身体が軽い。
いつもなら寝起きには肩や腰へ重さが残っている。
過労で倒れてからは、少し動くだけでも疲れを感じていた。
だが、今日は違った。
身体を起こしても倦怠感がなく、足取りも軽い。
試しに腕を曲げ伸ばししてみる。
「筋肉が付いた……わけじゃないよな」
見た目が大きく変わった様子はない。
それでも、全身が僅かに引き締まったような感覚がある。
床へ置いてあったショルダーバッグを持ち上げると、昨日より軽く感じられた。
「力の結晶飴の効果か……」
解析結果に表示されていたのは、基礎筋力を僅かに上昇させるという効果。
文字どおり、大きな変化ではない。
それでも、自分の身体だからこそ分かる程度の違いは確かにあった。
「本当に、筋力が上がったんだ」
もし、あの飴をもう一度手に入れたら。
そんな考えが浮かぶ。
だが、ドロップ率は僅か0.5%。
昨日手に入ったこと自体、信じられないほど運が良かったのだろう。
俺は身支度を整え、探索者協会へ向かった。
◇
「一城様ですね。調査課の高橋から伺っております」
受付で名前を告げると、すぐに奥の応接室へ案内された。
机と椅子、壁には大型モニターが設置されている。
勧められた椅子へ腰を下ろして待っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼します」
入ってきたのは、黒縁眼鏡を掛けた三十代半ばくらいの男性だった。
「初めまして。探索者協会調査課の高橋です」
「一城です。よろしくお願いします」
「本日はお越しいただき、ありがとうございます。先にお伝えしますが、今回お呼びしたのは規約上の問題があったからではありません」
「はい。メールにもそう書かれていたので、安心しました」
高橋さんは俺の向かいへ座ると、手元のタブレットを操作した。
「早速ですが、提出いただいた映像を一緒に確認させてください」
壁のモニターに、昨日のダンジョンが映し出される。
ボディレコーダーから見た、石造りの通路。
スライムとの戦闘も、成長個体から魔石を得た場面も記録されていた。
やがて映像の中の俺が、短い行き止まりで足を止める。
画面に映っているのは、普通の岩壁だけだった。
「揺らぎが映っていない……」
思わず呟く。
「一城さんには、この時点で何か見えていたのですね?」
「はい。壁の一部が、水面のように揺らいで見えていました」
映像の中で、俺の手が岩壁へ伸びる。
指先が何もない壁へ沈んだ直後、画面全体が白く染まった。
そして次の瞬間、映像が黄金色の草原へ切り替わる。
青空。
白い雲。
草原を跳ね回る大量のゴールデンスライム。
あの景色は、しっかりと記録されていた。
「解析結果は映っていないのか……」
映像には、希少区域の名称も残り時間も表示されていない。
ゴールデンスライムの性格やドロップ率も映っていなかった。
「解析結果、というのは?」
高橋さんが尋ねる。
少し迷ったが、映像には俺が『希少区域』と口にした声も残っている。
隠しても不自然になるだけだろう。
「俺のスキルは『解析鑑定』といいます。揺らいでいる壁へ使ったところ、『希少区域』『スライムの黄金郷』と表示されました」
「残り時間についても、スキルに表示された情報ですか?」
「はい」
高橋さんは驚いた様子を見せながらも、静かにメモを取っていく。
「この場所について、以前からご存じだったわけではないのですね?」
「昨日が初めてのダンジョン探索です。それまで、希少区域という言葉さえ知りませんでした」
「中へ入った際、身体に異常はありましたか?」
「少し浮くような感覚がありました。それ以外は特にありません」
「区域が消失した後は、自動的に元の場所へ戻されたと」
「そうです」
映像は、俺が通常の通路へ戻ったところで止まった。
高橋さんはタブレットを閉じ、一度眼鏡の位置を直す。
「結論から申し上げますと、探索者協会にも、この区域に関する記録はありません」
「協会にも……?」
「はい。少なくとも、当協会が管理する初心者ダンジョンで、同様の現象が確認された例はありません」
金魔核や金魔石は、他のダンジョンで発見例がある。
だが、第一層に黄金色の草原が出現した記録はなく、そこに大量のゴールデンスライムが生息しているという報告も初めてらしい。
「映像については、未確認区域の記録として詳しく調査いたします。正式に認定された場合、規定に基づいた情報提供料をお支払いします」
「分かりました」
「また同じ区域を発見することがありましたら、可能な範囲で構いませんので、記録をご提供いただけないでしょうか」
「はい。俺も、もう一度現れるのか確かめたいと思っています」
「ありがとうございます。ただし、未知の区域です。決して無理はなさらないでください」
高橋さんの言葉に頷き、応接室をあとにした。
◇
面談を終えた俺は、そのまま探索者ストアへ向かった。
「お、兄ちゃん。調査課の話は終わったのか?」
「はい。協会にも記録がない場所だったそうです」
「やっぱりか……。それで、今日はどうする?」
「もう一度、同じ場所を確認してみようと思います」
店主からボディレコーダーを借り、胸元へ取り付ける。
「昨日より身体は楽でも、無茶はするなよ」
「分かっています」
「必ず記録は残しておけ」
「はい」
地下へ降り、警備職員の前でレコーダーを起動する。
記録状態を確認してもらい、初心者ダンジョンの第一層へ入った。
昨日と変わらない、湿った石造りの通路。
現れたスライムを数体倒しながら、希少区域を発見した場所へ向かう。
短い行き止まりへ入る。
「何も見えない……」
岩壁に揺らぎはない。
手で触れても、硬い石の感触が返ってくるだけだった。
「一度しか現れない場所なのか?」
念のため、岩壁へ『解析鑑定』を発動する。
その瞬間、昨日とは違う情報が視界へ浮かび上がった。
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『希少区域』
『名称:スライムの黄金郷』
『現在の状態:未出現』
『出現まで:1時間12分38秒』
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「出現まで……?」
数字は、一秒ずつ減り続けている。
希少区域は、消えてなくなったわけではない。
決まった時間を迎えれば、もう一度現れる。
「一時間後に……また黄金郷へ入れるのか」
俺は減り続ける数字を見つめた。
誰にも見つけられず、探索者協会さえ存在を知らなかった希少区域。
その出現時刻を、俺の『解析鑑定』だけが正確に示していた。
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