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4話「初探索の報酬は11万円」


 希少区域から戻った俺は、岩壁をしばらく見つめていた

 先ほどまで見えていた揺らぎは、完全に消えている。

 手で触れても、冷たく硬い岩の感触が返ってくるだけだった。


「本当に、消えたんだな……」


 胸元のボディレコーダーは、緑色のランプを点滅させている。


「映像にも残っているよな?」


 俺の視界に浮かんだ解析結果まで記録されているかは分からない。

 それでも、黄金色の草原やゴールデンスライムは映っているはずだ。

 身体には疲れが残っている。

 これ以上探索を続ける理由もない。


「今日は帰ろう」


 俺は鉄ナイフを革鞘へ戻し、ダンジョンの入口へ向かった。



 ◇



 ダンジョンを出ると、警備をしていた職員がライセンスとレコーダーの記録状態を確認した。


「初探索、お疲れさまでした。お怪我はありませんか?」

「左腕を少しぶつけましたが、動かしても痛みはほとんどありません」

「腫れや痛みが強くなった場合は、協会内の診療所をご利用ください」

「分かりました。ありがとうございます」


 職員へ頭を下げ、地上階へ戻る。

 探索者ストアへ入ると、白髪交じりの店主がすぐに俺へ気付いた。


「お、兄ちゃん。無事に戻ったな」

「はい。何とか」

「怪我は?」

「少し腕をぶつけただけです」

「初日にしちゃ上出来だ。稼ぎより、生きて帰るほうが大事だからな」


 店主の言葉に、少し肩の力が抜けた。

 胸元からボディレコーダーを外し、カウンターへ置く。


「データはどうする? 消すか、協会へ提出するか」

「提出でお願いします」

「何か変わったものでも映ったか?」


 俺は少し迷ってから、正直に答えた。


「誰にも見えない入口を見つけました」

「……何?」


 店主の表情から笑みが消える。


「壁の一部が揺らいで見えたんです。中へ入ったら、黄金色の草原が広がっていました」

「第一層でか?」

「はい」

「他の探索者には見えてなかったんだな?」

「確認しましたが、普通の壁にしか見えないと言われました」


 店主はレコーダーを見つめ、考え込む。


「映像が残ってるなら、提出で正解だ。こいつは俺から記録管理課へ回しておく」

「お願いします」

「兄ちゃんも、換金の前に受付へ報告しておけ」

「分かりました」


 レコーダーを店主へ預け、探索者協会の受付カウンターへ向かった。



 ◇



「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 対応してくれたのは、ライセンスを更新してくれた女性職員だった。


「探索中に、見たことのない場所を見つけました」

「見たことのない場所、ですか?」

「はい。壁が揺らいで見えて、中へ入ると別の場所へ移動したんです」


 女性職員の表情が僅かに変わる。


「場所は第一層でしょうか?」

「そうです。レンタルしたボディレコーダーは、映像を提出するようお願いしました」

「承知しました。詳しい場所と、内部の様子を伺ってもよろしいでしょうか」


 俺は、覚えている範囲で希少区域について説明した。


 黄金色の草原。

 青い空と白い雲。

 大量のゴールデンスライム。


 ただし、『解析鑑定』に表示された内容までは話さなかった。

 自分のスキルが何なのか、俺自身にも分かっていない。

 まずは映像を確認してもらったほうがいいと思ったからだ。


「ご報告ありがとうございます。映像を確認し、未確認区域と判断された場合は、改めて調査課からご連絡いたします」

「情報提供料が出ることもあると聞いたのですが」

「新しい情報だと確認された場合は、調査終了後にお支払いします」

「分かりました」


 報告を終え、そのまま換金カウンターへ移動する。


「それでは、今日手に入れた素材の買取をお願いします」


 最初に、八個のスライムの魔核と一個のスライムの魔石を並べる。

 続いて、十二個の金魔核を取り出した。

 女性職員の手が止まる。


「こちらは……金魔核ですか?」

「多分、そうだと思います」

「少々お待ちください」


 最後に金魔石を置くと、女性職員はさらに目を見開いた。


「金魔石まで……」

「珍しい素材なんですか?」

「はい。黄金系の希少個体から確認される素材ですが、初心者ダンジョンの第一層で採取された記録はありません」


 素材自体は、すでに知られているらしい。

 だが、このダンジョンで発見されたことはない。

 女性職員は素材を専用のトレーへ移し、奥の鑑定室へ入っていった。

 数分後、別の男性職員と一緒に戻ってくる。


「お待たせいたしました。すべて正規の素材であると確認できました」


 端末の画面が、こちらへ向けられた。



 ◇____________________


  『査定結果』


  スライムの魔核×8      80円

  スライムの魔石×1   1,000円

  金魔核×12     60,000円

  金魔石×1      50,000円


         合計 111,080円


 ____________________◇



「十一万……千八十円」


 思わず金額を読み上げてしまう。

 会社員だった頃、一日でこれほど稼いだことはない。

 それどころか、手取り月収の半分以上だ。


「表示されている金額で、間違いありません」


 女性職員から封筒を受け取る。

 中には一万円札が十一枚、千円札が一枚、硬貨が八十円入っていた。


 朝には、食費すら心配していた。

 だが、これで来月の家賃を払える。

 すぐに住む場所を失う心配もない。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、貴重なご報告をありがとうございました」


 俺は封筒をショルダーバッグへ大切にしまい、探索者協会をあとにした。



 ◇



 帰り道にスーパーへ立ち寄った。

 半額になった弁当を手に取ったところで、少しだけ迷う。


「今日は……こっちでもいいよな」


 棚へ戻し、以前から気になっていた少し高めの弁当を選んだ。

 それでも、値段は千円もしない。

 アパートへ戻り、夕食とシャワーを済ませる。

 ようやく落ち着いたところで、ショルダーバッグから力の結晶飴を取り出した。

 部屋の照明を受け、黄金色の飴が静かに輝いている。


 改めて『解析鑑定』を発動した。



 ◇____________________


 『力の結晶飴』

 『品質:S』

 『希少度:EX』

 『推定買取価格:算出不能』

 『売却:非推奨』

 『効果:使用者の基礎筋力を僅かに上昇させる』


 ____________________◇



「売却、非推奨か……」


 売れば、いくらになるのか分からない。

 それでも『解析鑑定』は、自分で使うことを勧めている。

 問題は、本当に食べても大丈夫なのかということだ。

 俺は結晶飴を見つめながら、その安全性へ意識を向けた。



 ◇____________________


 『摂取安全性:問題なし』

 『推奨使用者:取得者本人』


 ____________________◇



「取得者本人……俺か」


 初めて見る追加情報だった。

 ここまで表示されるのなら、少なくとも毒ではないのだろう。

 少し迷った末、俺は力の結晶飴を口へ入れた。


 ころん、と舌の上へ転がる。


「甘い……」


 優しい甘さが口いっぱいに広がり、結晶飴はゆっくりと溶けていった。

 やがて、胸の奥から温かな感覚が広がっていく。


 腕。

 足。

 背中。


 温かさは全身を巡り、数秒ほどで消えてしまった。


「これで、筋力が上がったのか?」


 腕に力を入れてみる。

 だが、見た目にも感覚にも大きな変化はない。


「僅かに、だからな」


 効果が現れるまで時間が掛かるのかもしれない。

 そう考えていると、テーブルの上に置いたスマートフォンが短く震えた。


「こんな時間に誰だろう」


 画面を確認する。

 新着メールが一件。


 差出人は、探索者協会。

 件名を見た瞬間、眠気が消えた。


『本日ご提出いただいた探索記録について』


 そして、その下には見慣れない部署名が表示されていた。


 『探索者協会___調査課』。


読んでいただきありがとうございます。

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