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3話「スライムの黄金郷」


「待ってくれ!」


 黄金色の草原を駆けながら、逃げるゴールデンスライムを追い掛ける。

 見た目は普通のスライムとほとんど変わらない。

 だが、その動きは予想以上に素早かった。

 俺が距離を詰めるたびに方向を変え、黄金色の身体がするりと遠ざかっていく。


「全然、追い付けない……!」


 しばらく追い掛けたものの、距離は縮まるどころか少しずつ開いていた。

 俺は諦めて足を止め、膝へ手をつく。


「はぁ……はぁ……」


 病院を退院したばかりの身体で、走り続けるのは厳しい。

 顔を上げると、俺から離れたゴールデンスライムも動きを止めていた。

 こちらを警戒するように、草原の上で小さく跳ねている。


「性格は……臆病」


 解析結果を思い出す。

 普通のスライムは、相手を見つけると自分から飛び掛かってきた。

 だが、ゴールデンスライムは戦おうとせず、ひたすら逃げる。


「正面から追い掛けても駄目だな」


 もう一度、希少区域へ『解析鑑定』を発動する。



 ◇____________________


 『希少区域(エリア)

 『名称:スライムの黄金郷』

 『残り時間:11分48秒』


 ____________________◇



「もう二分以上使ったのか……」


 残された時間は少ない。

 焦って追い掛け続ければ、一体も倒せないまま終わってしまう。

 俺は呼吸を整えながら周囲を見回した。

 草原の中には、背丈ほどの岩がいくつも並んでいる。

 少し離れた場所には三つの岩に囲まれた狭い空間があり、奥へ入れば逃げ道が一方向に限られそうだった。


「あそこへ追い込めれば……」


 ゴールデンスライムは、俺から離れる方向へ逃げる。

 ならば正面から捕まえるのではなく、逃げる先を誘導すればいい。

 俺は大きく迂回し、ゴールデンスライムを挟んで岩場の反対側へ移動する。

 十分に距離を取っているためか、ゴールデンスライムは逃げずにその場で跳ねていた。


「頼むから、思った方向へ逃げてくれよ」


 位置を確認し、一気に駆け出す。

 俺の姿に気付いたゴールデンスライムが、身体を震わせて反対方向へ跳ねた。

 その先にあるのは、三つの岩に囲まれた狭い空間だ。


「よし!」


 予想どおり、ゴールデンスライムは岩の間へ逃げ込んだ。

 すぐに後を追い、唯一残っている逃げ道へ回り込む。

 ゴールデンスライムは左右へ何度も跳ねたが、岩に遮られて逃げられない。


「今だ!」


 こちらへ向かって跳ねた瞬間、鉄ナイフを突き出す。

 刃が黄金色の身体へ深く沈んだ。

 手応えは普通のスライムとほとんど変わらない。

 ゴールデンスライムは一度だけ大きく震えると、黄金色の粒子へ変わって消えていった。


「倒せた……!」


 足元へ、小さな黄金色の結晶が転がる。

 拾い上げ、『解析鑑定』を発動した。



 ◇____________________


 『金魔核』

 『品質:A』

 『希少度:B』

 『用途:高性能魔導具の素材』

 『推定買取価格:5,000円』


 ____________________◇



「五千円……!」


 スライムの魔核は一個十円だった。

 それが、この金魔核は一個で五千円。

 今日使った鉄ナイフとレコーダーの代金を差し引いても、十分過ぎるほどの利益になる。


「この場所、本当に普通じゃないぞ」


 金魔核をショルダーバッグの奥へしまい、周囲を見渡す。

 黄金色の草原では、今も何十体ものゴールデンスライムが跳ね回っていた。

 捕まえる方法は分かった。

 残り時間は、まだ十分快くある。


「同じ方法なら、もう少し倒せる」


 欲張るな。

 店主の言葉が頭をよぎる。

 だが、ゴールデンスライムの危険度はE。

 こちらへ攻撃してくる様子もない。

 時間が来たら何が起きるのか分からないため、余裕を持って切り上げる。

 そう決め、俺は次の一体へ向かった。



 ◇



 一体ずつ位置を確認し、岩場へ逃げるように追い込む。

 最初は時間が掛かったが、動きに慣れるにつれて、誘導も少しずつ早くなった。


 二体目。

 三体目。


 ゴールデンスライムを倒すたび、金魔核が確実に残される。


 五体目を倒した時だった。

 金魔核の隣に、これまでとは違う大きな結晶が転がった。


「これは……!」


 淡い黄金色の光を放つ、拳ほどの魔石。

 すぐに『解析鑑定』を発動する。



 ◇____________________


 『金魔石』

 『品質:A』

 『希少度:A』

 『用途:高出力魔導具の動力源』

 『推定買取価格:50,000円』


 ____________________◇



「五万円……」


 表示を見たまま、動けなくなる。


 たった一つで五万円。

 昨日までの俺なら、朝から終電まで働いても到底手にできなかった金額だ。


「これだけあれば、来月の家賃を払える……」


 胸の奥へ、安堵が広がっていく。

 明日の食事を心配しなくてもいい。

 すぐに住む場所を失うこともない。

 金魔石を布で包み、ショルダーバッグの一番奥へしまった。


 もう十分な成果を得た。

 今すぐ戻ってもいい。

 だが、入口らしい揺らぎは、どこにも見当たらなかった。


「どうやって戻るんだ……?」


 不安を覚え、希少区域を解析する。



 ◇____________________


 『残り時間:3分21秒』

 『退出方法:残り時間終了時に自動退出』


 ____________________◇



「自動で戻されるのか……」


 初めは表示されていなかった情報だ。

 俺が退出方法を知りたいと思ったから、新たに表示されたのだろうか。

 少なくとも、ここへ閉じ込められる心配はなさそうだ。


「あと三分……」


 すでに十一体のゴールデンスライムを倒している。


 金魔核が十一個。

 さらに金魔石が一個。


 十分過ぎる成果だ。

 それでも、『解析鑑定』に表示されていた最後のドロップ品が頭から離れなかった。


 力の結晶飴。

 ドロップ率は僅か0.5%。


「さすがに出ないよな」


 そう思いながら周囲を見ると、一体のゴールデンスライムが岩場の近くで跳ねていた。


 残り時間は二分を切っている。

 あの一体を最後にしよう。


 俺は大きく迂回し、岩場の反対側へ移動する。

 こちらへ気付いたゴールデンスライムが、狙いどおり岩の間へ逃げ込んだ。


「これで最後だ!」


 逃げ道へ回り込み、鉄ナイフを突き出す。

 黄金色の身体が粒子となって消えた。

 足元へ金魔核が落ちる。

 そして、その隣でもう一つ、小さな何かが草の上へ転がった。


「……飴?」


 透明な結晶のように輝く、黄金色の小さな飴。

 光を受けるたび、内側でさまざまな色が揺れている。

 俺は震える指で拾い上げ、『解析鑑定』を発動した。



 ◇____________________


 『力の結晶飴』

 『品質:S』

 『希少度:EX』

 『推定買取価格:算出不能』

 『売却:非推奨』

 『効果:使用者の基礎筋力を僅かに上昇させる』


 ____________________◇



「基礎筋力を……上昇させる?」


 飴を食べるだけで身体能力が上がる。

 そんな素材は、会社でも一度も見たことがない。

 しかも、推定買取価格は算出不能。

 これまで『解析鑑定』を何万回と使ってきたが、値段を表示できなかったことなど一度もなかった。


「売却、非推奨……」


 俺のスキルが、売らずに自分で使えと勧めている。

 その時、黄金色の草原が大きく揺れた。


「時間切れか!」


 力の結晶飴と金魔核を急いでショルダーバッグへ入れる。

 空も、草原も、跳ね回るゴールデンスライムも、陽炎のように輪郭が崩れていく。

 視界が白い光に包まれた。

 反射的に目を閉じる。

 数秒後、足の裏へ硬い石の感触が戻ってきた。

 目を開くと、そこは希少区域へ入る前の行き止まりだった。


「戻ってきた……」


 振り返っても、岩壁に揺らぎは残っていない。

 胸元のボディレコーダーは、今も緑色のランプを点滅させている。

 ショルダーバッグを開く。


 十二個の金魔核。

 一個の金魔石。

 そして、黄金色に輝く力の結晶飴。


 すべて、確かに残っていた。

 俺は結晶飴を手に取り、もう一度解析結果を見つめる。


 会社を追われたその日の朝まで、俺は自分の『解析鑑定』を素材の値段が分かるだけの、平凡なスキルだと思っていた。

 だが、このスキルは誰にも見えない希少区域を見つけ、存在すら知られていないアイテムの価値まで教えてくれた。


「もしかして俺のスキルって……本当は、とんでもない能力なんじゃないか?」


読んでいただきありがとうございます。

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