3話「スライムの黄金郷」
「待ってくれ!」
黄金色の草原を駆けながら、逃げるゴールデンスライムを追い掛ける。
見た目は普通のスライムとほとんど変わらない。
だが、その動きは予想以上に素早かった。
俺が距離を詰めるたびに方向を変え、黄金色の身体がするりと遠ざかっていく。
「全然、追い付けない……!」
しばらく追い掛けたものの、距離は縮まるどころか少しずつ開いていた。
俺は諦めて足を止め、膝へ手をつく。
「はぁ……はぁ……」
病院を退院したばかりの身体で、走り続けるのは厳しい。
顔を上げると、俺から離れたゴールデンスライムも動きを止めていた。
こちらを警戒するように、草原の上で小さく跳ねている。
「性格は……臆病」
解析結果を思い出す。
普通のスライムは、相手を見つけると自分から飛び掛かってきた。
だが、ゴールデンスライムは戦おうとせず、ひたすら逃げる。
「正面から追い掛けても駄目だな」
もう一度、希少区域へ『解析鑑定』を発動する。
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『希少区域』
『名称:スライムの黄金郷』
『残り時間:11分48秒』
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「もう二分以上使ったのか……」
残された時間は少ない。
焦って追い掛け続ければ、一体も倒せないまま終わってしまう。
俺は呼吸を整えながら周囲を見回した。
草原の中には、背丈ほどの岩がいくつも並んでいる。
少し離れた場所には三つの岩に囲まれた狭い空間があり、奥へ入れば逃げ道が一方向に限られそうだった。
「あそこへ追い込めれば……」
ゴールデンスライムは、俺から離れる方向へ逃げる。
ならば正面から捕まえるのではなく、逃げる先を誘導すればいい。
俺は大きく迂回し、ゴールデンスライムを挟んで岩場の反対側へ移動する。
十分に距離を取っているためか、ゴールデンスライムは逃げずにその場で跳ねていた。
「頼むから、思った方向へ逃げてくれよ」
位置を確認し、一気に駆け出す。
俺の姿に気付いたゴールデンスライムが、身体を震わせて反対方向へ跳ねた。
その先にあるのは、三つの岩に囲まれた狭い空間だ。
「よし!」
予想どおり、ゴールデンスライムは岩の間へ逃げ込んだ。
すぐに後を追い、唯一残っている逃げ道へ回り込む。
ゴールデンスライムは左右へ何度も跳ねたが、岩に遮られて逃げられない。
「今だ!」
こちらへ向かって跳ねた瞬間、鉄ナイフを突き出す。
刃が黄金色の身体へ深く沈んだ。
手応えは普通のスライムとほとんど変わらない。
ゴールデンスライムは一度だけ大きく震えると、黄金色の粒子へ変わって消えていった。
「倒せた……!」
足元へ、小さな黄金色の結晶が転がる。
拾い上げ、『解析鑑定』を発動した。
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『金魔核』
『品質:A』
『希少度:B』
『用途:高性能魔導具の素材』
『推定買取価格:5,000円』
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「五千円……!」
スライムの魔核は一個十円だった。
それが、この金魔核は一個で五千円。
今日使った鉄ナイフとレコーダーの代金を差し引いても、十分過ぎるほどの利益になる。
「この場所、本当に普通じゃないぞ」
金魔核をショルダーバッグの奥へしまい、周囲を見渡す。
黄金色の草原では、今も何十体ものゴールデンスライムが跳ね回っていた。
捕まえる方法は分かった。
残り時間は、まだ十分快くある。
「同じ方法なら、もう少し倒せる」
欲張るな。
店主の言葉が頭をよぎる。
だが、ゴールデンスライムの危険度はE。
こちらへ攻撃してくる様子もない。
時間が来たら何が起きるのか分からないため、余裕を持って切り上げる。
そう決め、俺は次の一体へ向かった。
◇
一体ずつ位置を確認し、岩場へ逃げるように追い込む。
最初は時間が掛かったが、動きに慣れるにつれて、誘導も少しずつ早くなった。
二体目。
三体目。
ゴールデンスライムを倒すたび、金魔核が確実に残される。
五体目を倒した時だった。
金魔核の隣に、これまでとは違う大きな結晶が転がった。
「これは……!」
淡い黄金色の光を放つ、拳ほどの魔石。
すぐに『解析鑑定』を発動する。
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『金魔石』
『品質:A』
『希少度:A』
『用途:高出力魔導具の動力源』
『推定買取価格:50,000円』
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「五万円……」
表示を見たまま、動けなくなる。
たった一つで五万円。
昨日までの俺なら、朝から終電まで働いても到底手にできなかった金額だ。
「これだけあれば、来月の家賃を払える……」
胸の奥へ、安堵が広がっていく。
明日の食事を心配しなくてもいい。
すぐに住む場所を失うこともない。
金魔石を布で包み、ショルダーバッグの一番奥へしまった。
もう十分な成果を得た。
今すぐ戻ってもいい。
だが、入口らしい揺らぎは、どこにも見当たらなかった。
「どうやって戻るんだ……?」
不安を覚え、希少区域を解析する。
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『残り時間:3分21秒』
『退出方法:残り時間終了時に自動退出』
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「自動で戻されるのか……」
初めは表示されていなかった情報だ。
俺が退出方法を知りたいと思ったから、新たに表示されたのだろうか。
少なくとも、ここへ閉じ込められる心配はなさそうだ。
「あと三分……」
すでに十一体のゴールデンスライムを倒している。
金魔核が十一個。
さらに金魔石が一個。
十分過ぎる成果だ。
それでも、『解析鑑定』に表示されていた最後のドロップ品が頭から離れなかった。
力の結晶飴。
ドロップ率は僅か0.5%。
「さすがに出ないよな」
そう思いながら周囲を見ると、一体のゴールデンスライムが岩場の近くで跳ねていた。
残り時間は二分を切っている。
あの一体を最後にしよう。
俺は大きく迂回し、岩場の反対側へ移動する。
こちらへ気付いたゴールデンスライムが、狙いどおり岩の間へ逃げ込んだ。
「これで最後だ!」
逃げ道へ回り込み、鉄ナイフを突き出す。
黄金色の身体が粒子となって消えた。
足元へ金魔核が落ちる。
そして、その隣でもう一つ、小さな何かが草の上へ転がった。
「……飴?」
透明な結晶のように輝く、黄金色の小さな飴。
光を受けるたび、内側でさまざまな色が揺れている。
俺は震える指で拾い上げ、『解析鑑定』を発動した。
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『力の結晶飴』
『品質:S』
『希少度:EX』
『推定買取価格:算出不能』
『売却:非推奨』
『効果:使用者の基礎筋力を僅かに上昇させる』
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「基礎筋力を……上昇させる?」
飴を食べるだけで身体能力が上がる。
そんな素材は、会社でも一度も見たことがない。
しかも、推定買取価格は算出不能。
これまで『解析鑑定』を何万回と使ってきたが、値段を表示できなかったことなど一度もなかった。
「売却、非推奨……」
俺のスキルが、売らずに自分で使えと勧めている。
その時、黄金色の草原が大きく揺れた。
「時間切れか!」
力の結晶飴と金魔核を急いでショルダーバッグへ入れる。
空も、草原も、跳ね回るゴールデンスライムも、陽炎のように輪郭が崩れていく。
視界が白い光に包まれた。
反射的に目を閉じる。
数秒後、足の裏へ硬い石の感触が戻ってきた。
目を開くと、そこは希少区域へ入る前の行き止まりだった。
「戻ってきた……」
振り返っても、岩壁に揺らぎは残っていない。
胸元のボディレコーダーは、今も緑色のランプを点滅させている。
ショルダーバッグを開く。
十二個の金魔核。
一個の金魔石。
そして、黄金色に輝く力の結晶飴。
すべて、確かに残っていた。
俺は結晶飴を手に取り、もう一度解析結果を見つめる。
会社を追われたその日の朝まで、俺は自分の『解析鑑定』を素材の値段が分かるだけの、平凡なスキルだと思っていた。
だが、このスキルは誰にも見えない希少区域を見つけ、存在すら知られていないアイテムの価値まで教えてくれた。
「もしかして俺のスキルって……本当は、とんでもない能力なんじゃないか?」
読んでいただきありがとうございます。
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