2話「俺にしか見えない入り口」
視界に浮かんだ鑑定結果を、もう一度確認する。
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『スライム』
・通常個体
・性格:好戦的
・危険度:E
・ドロップ品
スライムの魔核(100%)
スライムの魔石(1%)
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「本当に、魔物にも使えた……」
素材を鑑定した時には表示されなかった、性格や危険度、ドロップ率まで見えている。
会社では角や牙、薬草といった素材にしか『解析鑑定』を使ってこなかった。
生きている魔物を鑑定するという発想そのものが、今までの俺にはなかった。
表示へ気を取られていると、スライムが小さく身体を縮めた。
「っ!」
次の瞬間、青い身体が勢いよく飛び掛かってくる。
俺は慌てて横へ動き、鉄ナイフを突き出した。
刃がスライムの柔らかな身体へ沈み込む。
「うわっ……!」
腕へ重い衝撃が伝わる。
それでもナイフを離さず横へ振り抜くと、スライムの身体は青い粒子へ変わり、霧のように消えていった。
「た、倒せた……」
荒くなった呼吸を整える。
危険度E。
第一層で最も弱い魔物。
それでも、初めての戦闘は足が震えるほど怖かった。
スライムが消えた場所には、小さな水色の結晶が残されている。
「スライムの魔核か」
会社でも何度も査定した素材だ。
ただし、魔物から落ちたばかりの状態で見るのは初めてだった。
拾い上げて『解析鑑定』を発動する。
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『スライムの魔核』
『品質:B』
『用途:魔力伝導材』
『推定買取価格:10円』
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「やっぱり十円か……」
会社で査定していた時と変わらない価格だ。
十個集めても百円。
これだけで生活費を稼ぐのは難しい。
それでも、初めて自分の力で手に入れたダンジョン素材だった。
会社から私物を持ち帰るために使った黒いショルダーバッグを開き、内側のポケットへ魔核を入れる。
「まずは一個だ」
鉄ナイフに付着した粘液を布で拭い、再び歩き始めた。
少し進むと、二体目のスライムが姿を現す。
今度は鑑定結果に気を取られず、相手の動きへ集中した。
身体を縮めたら、飛び掛かってくる。
軌道から半歩ずれ、すれ違うように鉄ナイフを振る。
刃が青い身体へ深く食い込み、スライムは粒子となって消えた。
「……よし」
一体目よりも、落ち着いて対処できた。
その後も無理に奥へ進まず、現れたスライムを一体ずつ倒していく。
七体目を倒す頃には、震えていた手も落ち着いていた。
◇
「少しは慣れてきたかな」
胸元のボディレコーダーへ目を向ける。
緑色のランプは、今も規則正しく点滅していた。
初めて魔物を倒した時の慌てぶりまで、しっかり記録されているのだろう。
少し恥ずかしいが、事故が起きた時には重要な証拠になる。
店主に言われたとおり、ダンジョンを出るまでは止めない。
さらに通路を進むと、角から一体のスライムが姿を現した。
「あれは……」
これまで倒した個体より、ひと回り大きい。
身体の青色も濃く、内部で淡い光が揺れている。
俺は足を止め、すぐに『解析鑑定』を発動した。
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『スライム』
・成長個体
・性格:好戦的
・危険度:E+
・ドロップ品
スライムの魔核(100%)
スライムの魔石(20%)
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「成長個体……」
通常個体より危険度は高い。
その代わり、魔石を落とす確率も二十%まで上がっている。
スライムの魔石なら、一個千円前後で買い取られる。
今の俺にとっては大きな金額だ。
「でも、無理はするな」
自分へ言い聞かせ、鉄ナイフを構える。
成長個体が身体を縮めた。
通常個体よりも深く、勢いを溜めている。
俺は早めに横へ動いた。
直後、青い身体が目の前を通り過ぎる。
「今だ!」
床へ着地した成長個体へ鉄ナイフを振り下ろす。
刃は深く沈んだが、一撃では倒せない。
スライムが身体を震わせ、再び跳ぼうとする。
「させるか!」
鉄ナイフを引き抜き、もう一度突き刺した。
成長個体は大きく震えると、青い粒子へ変わって消えていく。
「はぁ……はぁ……」
勝てた。
だが、通常個体と同じつもりで戦っていたら危なかったかもしれない。
危険度が一段階違うだけでも、実際の強さには明確な差がある。
「表示される情報を、どう使うかは俺次第か」
解析鑑定が危険度を教えてくれても、戦ってくれるわけではない。
最後に判断し、身体を動かすのは自分だ。
呼吸を整え、足元へ視線を落とす。
そこにはスライムの魔核と、淡い青色に輝く結晶が一つずつ転がっていた。
「魔石……!」
周囲に魔物がいないことを確認し、結晶を拾い上げる。
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『スライムの魔石』
『品質:B』
『用途:小型魔導具の動力源』
『推定買取価格:1,000円』
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「千円……!」
魔核百個分。
今日使った鉄ナイフとレコーダー代の大半を、これ一つで取り戻せる。
「初探索なら、これで十分だよな」
欲張って怪我をしては意味がない。
魔石をショルダーバッグの奥へしまい、入口へ戻ることにした。
その途中、何か採取できる素材がないか、周囲へ意識を向けながら『解析鑑定』を断続的に使ってみる。
魔物に使えたのなら、ダンジョン内に生えている薬草や鉱石にも使えるはずだ。
しかし、それらしい反応は見つからない。
「そう簡単にはいかないか」
小さく息を吐き、通路の角を曲がった時だった。
視界の端で、景色がゆらりと揺れた。
「……ん?」
足を止め、数歩戻る。
通路の脇に、短い行き止まりがある。
正面に見えるのは、何の変哲もない岩壁だけ。
だが、その一部だけが水面のように僅かに揺らいでいた。
「何だ、あれ……」
目を擦ってから、もう一度確認する。
揺らぎは消えていない。
その時、背後の通路から一人の男性探索者が歩いてきた。
「あの、すみません」
「ん?」
男性が足を止める。
「この壁なんですけど、何か変わったところが見えませんか?」
俺が指差すと、男性は行き止まりへ目を向けた。
「変わったところ?」
「景色が揺らいでいるように見えるんです」
「いや……普通の壁にしか見えないけど」
男性は岩壁へ近付き、軽く手で触れた。
「初探索か?」
「はい」
「だったら疲れてるんじゃないか? 今日は無理せず帰ったほうがいいぞ」
「……そうですね。ありがとうございます」
男性は「気を付けろよ」と言い残し、通路の奥へ歩いていった。
その姿を見送ってから、再び壁へ視線を向ける。
揺らぎは、今もはっきりと見えている。
「あの人には見えていなかった……?」
疲れによる幻覚なのだろうか。
だが、見間違いにしては輪郭がはっきりしすぎている。
俺は揺らめく岩壁へ意識を集中させた。
「物でも素材でもないけど……鑑定できるのか?」
会社では、こんなものを対象にしたことはない。
それでも、魔物に使えたのなら___。
俺は『解析鑑定』を発動する。
その瞬間、視界へ初めて見る情報が浮かび上がった。
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『希少区域』
『名称:スライムの黄金郷』
『残り時間:14分32秒』
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「希少区域……?」
聞いたことのない言葉だった。
残り時間は、一秒ずつ減り続けている。
今から協会へ戻って職員を呼んでも、間に合わない。
胸元のボディレコーダーは正常に記録を続けている。
「……危険なら、すぐ戻ろう」
鉄ナイフを握り直し、揺らぎへ手を伸ばす。
指先に、水面へ触れたような冷たい感触が伝わった。
痛みはない。
傷も付いていない。
俺は深く息を吸い、揺らめく空間へ一歩を踏み出した。
◇
身体がふわりと浮き、視界が白い光に包まれる。
数秒後、足の裏へ柔らかな感触が戻ってきた。
目を開く。
「……ここは」
石造りの通路は、どこにもなかった。
足元には、風に揺れる黄金色の草原。
天井があるはずのダンジョンなのに、頭上には青い空と白い雲が広がっている。
草むらの向こうで、黄金色に輝く丸い身体が跳ねた。
「あれも……スライムなのか?」
俺はすぐに『解析鑑定』を発動する。
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『黄金スライム』
・希少個体
・性格:臆病
・危険度:E
・ドロップ品
金魔核(100%)
金魔石(5%)
力の結晶飴(0.5%)
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「力の……結晶飴?」
聞いたことのないアイテムだった。
その瞬間、ゴールデンスライムが俺の存在に気付く。
黄金色の身体を大きく震わせると、勢いよく草原の奥へ逃げ出した。
「待ってくれ!」
希少区域の残り時間は、十三分を切っている。
俺は鉄ナイフを握り締め、逃げるゴールデンスライムを追い掛けた。
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