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2話「俺にしか見えない入り口」


 視界に浮かんだ鑑定結果を、もう一度確認する。



 ◇____________________


 『スライム』

 ・通常個体

 ・性格:好戦的

 ・危険度:E

 ・ドロップ品

  スライムの魔核(100%)

  スライムの魔石(1%)


 ____________________◇



「本当に、魔物にも使えた……」


 素材を鑑定した時には表示されなかった、性格や危険度、ドロップ率まで見えている。

 会社では角や牙、薬草といった素材にしか『解析鑑定』を使ってこなかった。

 生きている魔物を鑑定するという発想そのものが、今までの俺にはなかった。

 表示へ気を取られていると、スライムが小さく身体を縮めた。


「っ!」


 次の瞬間、青い身体が勢いよく飛び掛かってくる。

 俺は慌てて横へ動き、鉄ナイフを突き出した。

 刃がスライムの柔らかな身体へ沈み込む。


「うわっ……!」


 腕へ重い衝撃が伝わる。

 それでもナイフを離さず横へ振り抜くと、スライムの身体は青い粒子へ変わり、霧のように消えていった。


「た、倒せた……」


 荒くなった呼吸を整える。

 危険度E。

 第一層で最も弱い魔物。

 それでも、初めての戦闘は足が震えるほど怖かった。

 スライムが消えた場所には、小さな水色の結晶が残されている。


「スライムの魔核か」


 会社でも何度も査定した素材だ。

 ただし、魔物から落ちたばかりの状態で見るのは初めてだった。

 拾い上げて『解析鑑定』を発動する。



 ◇____________________


 『スライムの魔核』

 『品質:B』

 『用途:魔力伝導材』

 『推定買取価格:10円』


 ____________________◇



「やっぱり十円か……」


 会社で査定していた時と変わらない価格だ。

 十個集めても百円。

 これだけで生活費を稼ぐのは難しい。

 それでも、初めて自分の力で手に入れたダンジョン素材だった。

 会社から私物を持ち帰るために使った黒いショルダーバッグを開き、内側のポケットへ魔核を入れる。


「まずは一個だ」


 鉄ナイフに付着した粘液を布で拭い、再び歩き始めた。

 少し進むと、二体目のスライムが姿を現す。

 今度は鑑定結果に気を取られず、相手の動きへ集中した。

 身体を縮めたら、飛び掛かってくる。

 軌道から半歩ずれ、すれ違うように鉄ナイフを振る。

 刃が青い身体へ深く食い込み、スライムは粒子となって消えた。


「……よし」


 一体目よりも、落ち着いて対処できた。

 その後も無理に奥へ進まず、現れたスライムを一体ずつ倒していく。

 七体目を倒す頃には、震えていた手も落ち着いていた。



 ◇



「少しは慣れてきたかな」


 胸元のボディレコーダーへ目を向ける。

 緑色のランプは、今も規則正しく点滅していた。

 初めて魔物を倒した時の慌てぶりまで、しっかり記録されているのだろう。

 少し恥ずかしいが、事故が起きた時には重要な証拠になる。

 店主に言われたとおり、ダンジョンを出るまでは止めない。

 さらに通路を進むと、角から一体のスライムが姿を現した。


「あれは……」


 これまで倒した個体より、ひと回り大きい。

 身体の青色も濃く、内部で淡い光が揺れている。

 俺は足を止め、すぐに『解析鑑定』を発動した。



 ◇____________________


 『スライム』

 ・成長個体

 ・性格:好戦的

 ・危険度:E+

 ・ドロップ品

  スライムの魔核(100%)

  スライムの魔石(20%)


 ____________________◇



「成長個体……」


 通常個体より危険度は高い。

 その代わり、魔石を落とす確率も二十%まで上がっている。

 スライムの魔石なら、一個千円前後で買い取られる。

 今の俺にとっては大きな金額だ。


「でも、無理はするな」


 自分へ言い聞かせ、鉄ナイフを構える。

 成長個体が身体を縮めた。

 通常個体よりも深く、勢いを溜めている。

 俺は早めに横へ動いた。

 直後、青い身体が目の前を通り過ぎる。


「今だ!」


 床へ着地した成長個体へ鉄ナイフを振り下ろす。

 刃は深く沈んだが、一撃では倒せない。

 スライムが身体を震わせ、再び跳ぼうとする。


「させるか!」


 鉄ナイフを引き抜き、もう一度突き刺した。

 成長個体は大きく震えると、青い粒子へ変わって消えていく。


「はぁ……はぁ……」


 勝てた。

 だが、通常個体と同じつもりで戦っていたら危なかったかもしれない。

 危険度が一段階違うだけでも、実際の強さには明確な差がある。


「表示される情報を、どう使うかは俺次第か」


 解析鑑定が危険度を教えてくれても、戦ってくれるわけではない。

 最後に判断し、身体を動かすのは自分だ。

 呼吸を整え、足元へ視線を落とす。

 そこにはスライムの魔核と、淡い青色に輝く結晶が一つずつ転がっていた。


「魔石……!」


 周囲に魔物がいないことを確認し、結晶を拾い上げる。



 ◇____________________


 『スライムの魔石』

 『品質:B』

 『用途:小型魔導具の動力源』

 『推定買取価格:1,000円』


 ____________________◇



「千円……!」


 魔核百個分。

 今日使った鉄ナイフとレコーダー代の大半を、これ一つで取り戻せる。


「初探索なら、これで十分だよな」


 欲張って怪我をしては意味がない。

 魔石をショルダーバッグの奥へしまい、入口へ戻ることにした。

 その途中、何か採取できる素材がないか、周囲へ意識を向けながら『解析鑑定』を断続的に使ってみる。

 魔物に使えたのなら、ダンジョン内に生えている薬草や鉱石にも使えるはずだ。

 しかし、それらしい反応は見つからない。


「そう簡単にはいかないか」


 小さく息を吐き、通路の角を曲がった時だった。

 視界の端で、景色がゆらりと揺れた。


「……ん?」


 足を止め、数歩戻る。

 通路の脇に、短い行き止まりがある。

 正面に見えるのは、何の変哲もない岩壁だけ。

 だが、その一部だけが水面のように僅かに揺らいでいた。


「何だ、あれ……」


 目を擦ってから、もう一度確認する。

 揺らぎは消えていない。


 その時、背後の通路から一人の男性探索者が歩いてきた。


「あの、すみません」

「ん?」


 男性が足を止める。


「この壁なんですけど、何か変わったところが見えませんか?」


 俺が指差すと、男性は行き止まりへ目を向けた。


「変わったところ?」

「景色が揺らいでいるように見えるんです」

「いや……普通の壁にしか見えないけど」


 男性は岩壁へ近付き、軽く手で触れた。


「初探索か?」

「はい」

「だったら疲れてるんじゃないか? 今日は無理せず帰ったほうがいいぞ」

「……そうですね。ありがとうございます」


 男性は「気を付けろよ」と言い残し、通路の奥へ歩いていった。

 その姿を見送ってから、再び壁へ視線を向ける。

 揺らぎは、今もはっきりと見えている。


「あの人には見えていなかった……?」


 疲れによる幻覚なのだろうか。

 だが、見間違いにしては輪郭がはっきりしすぎている。

 俺は揺らめく岩壁へ意識を集中させた。


「物でも素材でもないけど……鑑定できるのか?」


 会社では、こんなものを対象にしたことはない。

 それでも、魔物に使えたのなら___。


 俺は『解析鑑定』を発動する。

 その瞬間、視界へ初めて見る情報が浮かび上がった。



 ◇____________________


 『希少区域(エリア)

 『名称:スライムの黄金郷』

 『残り時間:14分32秒』


 ____________________◇


「希少区域……?」


 聞いたことのない言葉だった。

 残り時間は、一秒ずつ減り続けている。

 今から協会へ戻って職員を呼んでも、間に合わない。

 胸元のボディレコーダーは正常に記録を続けている。


「……危険なら、すぐ戻ろう」


 鉄ナイフを握り直し、揺らぎへ手を伸ばす。

 指先に、水面へ触れたような冷たい感触が伝わった。


 痛みはない。

 傷も付いていない。


 俺は深く息を吸い、揺らめく空間へ一歩を踏み出した。



 ◇



 身体がふわりと浮き、視界が白い光に包まれる。

 数秒後、足の裏へ柔らかな感触が戻ってきた。


 目を開く。


「……ここは」


 石造りの通路は、どこにもなかった。

 足元には、風に揺れる黄金色の草原。

 天井があるはずのダンジョンなのに、頭上には青い空と白い雲が広がっている。

 草むらの向こうで、黄金色に輝く丸い身体が跳ねた。


「あれも……スライムなのか?」


 俺はすぐに『解析鑑定』を発動する。



 ◇____________________


 『黄金(ゴールデン)スライム』

 ・希少個体

 ・性格:臆病

 ・危険度:E

 ・ドロップ品

  金魔核(100%)

  金魔石(5%)

  力の結晶飴(0.5%)


 ____________________◇



「力の……結晶飴?」


 聞いたことのないアイテムだった。

 その瞬間、ゴールデンスライムが俺の存在に気付く。

 黄金色の身体を大きく震わせると、勢いよく草原の奥へ逃げ出した。


「待ってくれ!」


 希少区域の残り時間は、十三分を切っている。

 俺は鉄ナイフを握り締め、逃げるゴールデンスライムを追い掛けた。


読んでいただきありがとうございます。

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