1話「会社を追われた鑑定士」
「一城、悪い。これも査定しておいてくれ」
デスクへ新しい段ボールが置かれた。
「こっちの素材も今日中に頼む。取引先へ送る分だから、先に終わらせてくれ」
「……分かりました」
返事をするたび、目の前の箱が増えていく。
時刻は十九時五十分。定時は二時間近く前に過ぎていた。
「悪いな、一城。お前なら早いから助かるよ」
そう言った先輩は鞄を掴み、足早に事務所を出ていく。
「じゃ、お先」
「……お疲れさまです」
自動ドアが閉まり、広い事務所に俺一人だけが残された。
俺___一城陸斗は小さく息を吐き、段ボールを開ける。
中には、ダンジョンから搬入された角や牙、薬草、鉱石が隙間なく詰められていた。
「探索者の皆さん、頑張りすぎだろ……」
愚痴をこぼしながら一本の角を取り、意識を向ける。
◇____________________
『ホーンラビットの角』
『品質:B』
『用途:武器・調合素材』
『推定買取価格:2300円』
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視界へ浮かんだ半透明の文字。
これが俺のスキル、『解析鑑定』だ。
この世界にダンジョンが出現してから、およそ十年。
人類は魔石という新たなエネルギー資源を手に入れ、魔物の素材やダンジョン内で採れる薬草、鉱石も多くの産業で利用されるようになった。
同時に、人々は『スキル』と呼ばれる力へ目覚めた。
剣技、魔法、身体強化などの戦闘系。
鍛冶、調合、錬金などの生産系。
そして『鑑定』は、生産系スキルに目覚めた者なら誰もが持つ常設スキルとして、素材の品質管理や査定に利用されていた。
十八歳の診断で、『解析鑑定』は『鑑定』の派生スキルだと説明された。
だが、通常の『鑑定』と何が違うのかは、診断した職員にも分からなかった。
スキルの表示は本人にしか見えない。
他人の鑑定結果と詳しく比べた経験もないため、俺自身も名前が少し違うだけだと思っていた。
本来の素材査定は、鑑定で品質を確認し、ネットの市場価格や過去の取引資料と照らし合わせて値段を決める仕事だ。
だが、俺の視界には推定買取価格まで表示される。
資料との確認も答え合わせ程度で済むため、俺は他の社員より圧倒的に仕事が早かった。
その結果、いつの間にか部署中の仕事が集まるようになった。
「一城」
背後から声を掛けられる。
振り返ると、部長が三つの段ボールを抱えて立っていた。
「これも頼む」
「……今日中ですか?」
「ああ。一城ならできるだろう?」
当然のように三箱が積み上げられた。
俺が断れば、誰かに負担が回る。
それなら自分がやったほうが早い。
そう考え、終電での帰宅や休日出勤、サービス残業にも耐えてきた。
だが、その日は立ち上がろうとした瞬間、視界が大きく揺れた。
「……あれ?」
机へ手を伸ばすが、指先に力が入らない。
「一城?」
誰かの声が遠くで聞こえる。
膝から力が抜け、そのまま俺の意識は暗闇へ沈んだ。
◇
「過労ですね」
病院で目を覚ました俺は、二週間の入院を言い渡された。
休んでいる間も、考えていたのは会社のことばかりだった。
早く戻らなければ、皆に迷惑を掛けてしまう。
だが、退院後の俺を待っていたのは労いの言葉ではなかった。
「一城君。君には退職してもらいたい」
応接室には部長と、総務部の男性が座っていた。
「……退職、ですか?」
「君が倒れたことで現場が止まり、取引先への納品にも遅れが出た。現場からは、君が仕事を抱え込み、引き継ぎをしていなかったと報告を受けている」
「違います。俺は頼まれた仕事を___」
「会社として、体調に不安のある人間へ重要な仕事を任せ続けるわけにはいかない」
部長は俺と目を合わせようとしなかった。
「それに、『鑑定』なら生産系スキルを持つ者は誰でも使える。人員はこちらで補充する」
「……そうですか」
十年間、頼まれた仕事を断らずに働いてきた。
それでも会社にとって俺は、簡単に代わりを用意できる人間だったらしい。
机の上には、すでに退職に関する書類が用意されていた。
反論する気力さえ残っていなかった俺は、震える手で自分の名前を書いた。
◇
会社を出た俺は、駅前のATMで口座残高を確認した。
入院費と滞納していた生活費が引き落とされ、残っていたのは三千円ほど。
「……本当に、笑えないな」
失業給付の手続きをしても、すぐに振り込まれるわけではない。
求人サイトを開くが、今日働ける仕事は建設や運搬作業ばかり。退院直後の身体では応募できそうになかった。
駅前のベンチで頭を抱えていると、大型モニターの映像が切り替わった。
◇____________________
『初心者探索者募集中』
『第一層・初回入場料無料』
『採取素材は即日買取』
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「ダンジョン……」
十八歳のスキル診断でライセンス登録だけはしたが、実際に潜った経験はない。
戦闘系スキルも持っていない。
それでも、ダンジョンには薬草や鉱石がある。
素材の知識と『解析鑑定』なら、俺にもできることがあるかもしれない。
「このまま座っていても、何も変わらないよな」
俺はベンチから立ち上がり、探索者協会へ向かった。
◇
元大型ショッピングモールを利用した探索者協会で、十年ぶりにライセンスを更新した。
「生産系スキルの方が単独で潜れるのは、原則として第一層までとなります。くれぐれも第一層から下の階層へは行かないよう気をつけてください」
受付の女性から説明を受け、隣接する探索者ストアへ向かう。
新品の武器には手が出なかったため、九百八十円の中古鉄ナイフを購入した。
探索記録用のボディレコーダーも一日五百円で借りる。
「初めてなら、今日の目標は稼ぐことじゃねえ」
白髪交じりの店主が、革鞘へ入れたナイフを差し出した。
「必ず生きて戻ることだ」
「……分かりました」
「無事に帰ってきたら、また顔を見せろ」
「はい。ありがとうございます」
残金は二千円にも満たない。
それでも、これでダンジョンへ入る準備は整った。
◇
地下へ降り、警備職員へライセンスを提示する。
ボディレコーダーを起動すると、胸元で緑色のランプが点滅を始めた。
「記録状態を確認しました。危険を感じたら、すぐに引き返してください」
「はい」
俺は腰の鉄ナイフへ触れ、揺らめくダンジョンの入口へ足を踏み入れた。
一瞬だけ身体が浮き、次の瞬間___周囲の景色が一変した。
湿った土と岩の匂い。
ひんやりとした空気。
魔石灯に照らされた、薄暗い石造りの通路。
「ここが……ダンジョン」
慎重に歩き始めると、通路の先で青い何かが跳ねた。
半透明の丸い身体。
初心者ダンジョンの第一層に現れる、最も弱い魔物。
「スライム……」
鉄ナイフを抜くが、手の震えが止まらない。
俺に戦闘能力はない。
だが、使えるスキルなら一つだけある。
「生きている魔物にも、使えるのか……?」
これまで鑑定してきたのは、会社へ運び込まれた素材だけ。
魔物そのものへ使うのは初めてだった。
俺はスライムへ意識を集中させ、『解析鑑定』を発動する。
次の瞬間、見たことのない鑑定結果が視界へ浮かび上がった。
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『スライム』
・通常個体
・性格:好戦的
・危険度:E
・ドロップ品
スライムの魔核(100%)
スライムの魔石(1%)
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「魔物の性格と……ドロップ率?」
会社で十年間使い続けた『解析鑑定』。
俺はこの日、初めて知った。
このスキルが、素材の値段を見るだけの『鑑定』ではないことを。
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