47話「魔石結晶とシズクの魔力強化」
第五層から帰還した俺たちは、換金カウンターへ向かう前に医務室へ立ち寄った。
「骨や内臓に異常はありません。軽い打撲ですね」
診察を終えた職員が、俺の脇腹へ回復効果のある湿布を貼る。
「数日は痛みが残るかもしれません。腫れが酷くなった場合は、もう一度来てください」
「分かりました。ありがとうございます」
痛みはあるが、日常生活へ支障が出るほどではない。
回復薬を使えばすぐに治せるのだろうが、そこまでの怪我でもないので、今回は回復湿布だけで様子を見ることにした。
守りの結晶飴を食べていなければ、軽い打撲では済まなかったかもしれない。
「一城さん。本当に大丈夫ですか?」
「はい。無理に動かなければ問題ないそうです」
「次からは、時間がないからって無茶しないでくださいね」
「気を付けます」
「ぷるっ」
シズクも美咲さんの肩から身体を伸ばしてくる。
「シズクも心配してくれてるのか?」
「ぷるるっ」
「ありがとう。もう大丈夫だよ」
指先で身体を撫でると、シズクが安心したように丸くなった。
「それにしても……」
美咲さんが、シズクの頭上に浮かぶ結晶冠を見つめる。
「本当に落ちないんですね」
「装備者に合わせて位置を調整しているみたいです」
「ぷる?」
シズクが身体を傾けると、小さな冠も同じ方向へ移動する。
医務室へ来る途中も何度か走ったが、結晶冠がずれることはなかった。
「よく似合ってるよっ」
「ぷるっ!」
褒められたことが分かったのか、シズクが嬉しそうに跳ねた。
◇
診察を終えたあと、俺たちは調査課へ向かった。
受付で第五層の階層守護個体を討伐したことと、魔石スライムへ遭遇したことを伝える。
しばらく待つと、調査課の高橋さんが現れた。
「第五層の攻略、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「それと、階層守護個体を倒した帰りに、魔石スライムまで発見したそうですね」
「はい。映像も残っています」
応接室へ移動し、ボディレコーダーの映像を確認してもらう。
最初に再生したのは、多相スライムとの戦闘だった。
通常形態から火炎形態、毒液形態、鋼鉄形態へ変化していく。
高橋さんが映像を一時停止した。
「物理攻撃と魔法攻撃を一秒以内に当てると、強制的に通常形態へ戻せるのですね」
「正確には、通常形態以外の時に二種類の攻撃を当てる必要があります」
「これまでの攻略方法では、属性形態への攻撃を避けるよう推奨されていました」
「だから、発見されなかったのだと思います」
「攻略情報そのものが、条件を見つけにくくしていたわけですね」
確かに、通常形態以外では攻撃しない方が安全だ。
解析結果がなければ、俺たちも火炎形態へ攻撃しようとは思わなかっただろう。
「攻略方法については、協会で再現性を確認します。問題がなければ、第五層の推奨攻略方法へ追加させていただきます」
「分かりました」
続いて、魔石スライムの映像へ切り替わる。
深い青色の身体に、星屑のような結晶を宿したスライム。
高橋さんも映像を拡大しながら、興味深そうに確認していた。
「魔石スライムの存在自体は、協会にも記録があります。ただ、目撃例が極めて少ない希少種です」
「美咲さんも、実物を見るのは初めてだと言っていました」
「はい。私も一度は探したことがあるんですけど、見つけられませんでした」
「それも無理はありません」
高橋さんが、魔石スライムの出現直前まで映像を戻す。
「これまで、出現する階層以外の条件は判明していませんでした。一城さんの解析結果では、スライム系従魔の魔力消費が関係しているのですね?」
「はい。シズクが階層守護個体との戦闘で、魔力を使ったことが出現に繋がったようです」
「なるほど……」
高橋さんが端末へ記録を入力していく。
「出現条件については、他のスライム系従魔でも成立するか調査が必要です。それまでは、動画での公開を控えていただけますか?」
「分かりました」
「魔石スライムそのものを映すのは構いません。ただし、正確な出現条件と、結晶冠のドロップ条件は伏せてください」
「そのように編集します」
条件だけを知った探索者が、従魔へ無理に魔法を使わせる可能性もある。
公開するなら、安全な検証方法が確立されてからの方がいい。
「入手した二つの品も、確認してよろしいでしょうか?」
「はい」
保護ケースへ入れた魔石結晶を机へ置く。
結晶冠は、シズクが装備したままだ。
高橋さんは最初に魔石結晶を鑑定用魔導具へ載せた。
◇____________________
『魔石結晶』
『品質:A』
『用途:スライム系従魔の魔力強化素材』
『基準買取価格:500,000円』
____________________◇
「品質、用途ともに、過去の記録と一致しています」
「市場へ出回ることはあるんですか?」
「数年に一度あるかどうかです。スライム系従魔を所有する探索者からの需要が高く、登録された場合はすぐに買い手が決まります」
五十万円という金額にも納得できる。
「売却されますか?」
「いえ。シズクへ使います」
「ぷるっ」
俺と美咲さんの答えが重なり、シズクも身体を伸ばした。
高橋さんが僅かに笑う。
「そう答えると思っていました。使用される場合は、従魔医療室の魔力安定設備を利用してください」
「使用方法も教えていただけますか?」
「もちろんです。従魔専門の職員を手配します」
結晶冠についても、装着状態のまま検査が行われた。
魔力の漏出や装備者への負担はなく、シズクの魔力へ正常に馴染んでいる。
「装備を外す必要はありません。このまま使用して問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
高橋さんへ礼を伝え、魔石結晶を保護ケースへ戻した。
シズクの魔力は、まだ完全には回復していない。
魔石結晶を使用するのは、明日に決まった。
◇
翌朝。
俺は探索者協会の従魔医療室で、美咲さんと合流した。
「おはようございます、一城さん」
「おはようございます。シズクの体調はどうですか?」
「朝から元気いっぱいです」
「ぷるっ!」
美咲さんの腕の中で、シズクが大きく跳ねる。
結晶冠も昨日と変わらず、頭上へ浮かんでいた。
念のため『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『魔力残量:100%』
『結晶冠との適合:完了』
『魔石結晶の使用:可能』
____________________◇
「問題ありません」
「では、始めましょう」
従魔専門の女性職員が、魔力安定装置を起動する。
床へ描かれた魔法陣から淡い光が立ち上り、室内を包んだ。
「魔石結晶は、従魔の体内へ取り込ませて使用します。風水晶と違い、今回は結晶そのものを吸収させてください」
「シズク。今度は溶かしてもいいんだって」
「ぷる?」
以前、風水晶の欠片を使った時は、吸収しないよう何度も伝えていた。
反対のことを言われ、シズクが不思議そうに身体を傾ける。
「この青い方は食べてもいいの」
「ぷるっ!」
理解したのか、食事を待つように身体を伸ばした。
「すぐに吸収せず、ゆっくり魔力を馴染ませる必要があります」
俺は魔石結晶へ意識を集中させ、詳しい使用手順を確認する。
◇____________________
『魔石結晶の使用手順』
・対象の魔力が十分に回復した状態で使用
・体内へ取り込み、魔力を循環させる
・吸収完了まで魔法の使用を禁止
『推定吸収時間:5分』
『対象:シズク』
『安全性:問題なし』
____________________◇
「吸収には五分ほど掛かります」
「シズク、ゆっくりだよ」
「ぷるっ」
美咲さんが魔石結晶を、シズクの身体へ触れさせる。
シズクは青い結晶を包み込み、透明な身体の中心へ移動させた。
すぐには溶かさない。
体内で魔力を循環させながら、少しずつ結晶へ流している。
「上手です。魔力の流れも安定しています」
女性職員が、測定用の魔導具を確認する。
魔石結晶から青い光が溢れ、シズクの身体全体へ広がっていく。
頭上の結晶冠も反応し、同じ色の光を放ち始めた。
「結晶冠が魔力の循環を補助しているみたいです」
「もう役に立ってるんですね」
美咲さんが嬉しそうにシズクを見守る。
少しずつ、魔石結晶が小さくなっていく。
やがて最後の欠片まで溶けると、青い光がシズクの身体へ吸収された。
「ぷる……」
シズクが大きく膨らみ、ゆっくり元の大きさへ戻る。
「シズク、大丈夫?」
「ぷるっ!」
元気よく返事をする。
俺はすぐに『解析鑑定』で状態を確認した。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『基礎魔力量:上昇』
『魔力の乱れ:なし』
『魔石結晶による強化』
・現在の強化段階:1/3
『次回使用』
・魔力が完全に安定したあと使用可能
____________________◇
「成功です。基礎魔力量が上がっています」
「やったね、シズク!」
「ぷるるっ!」
シズクが美咲さんの腕の中で何度も跳ねる。
見た目に大きな変化はない。
だが、身体の内側を流れる青い光が、以前よりも濃くなっていた。
◇
魔力の安定を確認するため、そのまま一時間ほど経過を観察した。
異常がないことを確認したあと、俺たちは従魔用訓練場へ移動する。
「一度だけ、風弾を使ってみよう」
「ぷるっ!」
「無理だと思ったら、途中で止めるんだよ?」
「ぷるるっ」
シズクが訓練場の中央へ移動する。
正面には、衝撃を吸収する布製の標的が設置されていた。
「シズク、いつもどおりで大丈夫だよ」
「ぷるっ」
シズクの前へ風が集まる。
頭上に浮かぶ結晶冠が青く輝き、乱れかけた風を一つの球体へ整えていく。
以前よりも、魔法の完成が早い。
圧縮された風の球体が放たれ、標的の中央へ命中した。
どんっ!
今までよりも重い音が訓練場へ響く。
吊り下げられていた標的が、大きく後方へ揺れた。
「威力も上がっていませんか?」
「結晶冠によって、魔力を無駄なく風弾へ変換できたようです」
シズクの状態を確認する。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『魔力残量:83%』
『風弾』
・魔力効率:上昇
・最大連続安全使用回数:6回
・残り安全使用回数:5回
『魔石結晶による強化』
・現在の強化段階:1/3
・基礎魔力量:2倍
『推奨』
・本日の魔法訓練を終了
____________________◇
「あと五回、風弾を撃てるだけの魔力が残っています」
「五回もですか!?」
「はい。魔石結晶を使う前は三回でしたが、今は六回まで使えるようになっています」
「一個だけで、二倍になったんですね……」
「二個目を使えば十二回。三個目まで使えば、最大二十四回まで増える計算です」
「それなら、強い魔物との戦いでも魔力切れを心配せずに済みそうですね」
「ただ、強化したばかりなので今日はここまでにしましょう」
「シズク、聞こえた? 今日は終わりだよ」
「ぷる……」
まだ何度も撃てると分かったからか、シズクが残念そうに少しだけ潰れる。
「残り二個の魔石結晶も、焦らずに集めましょう」
「はい。また魔石スライムへ会えるといいですね」
魔石スライムは、見つけようと思って簡単に見つかる魔物ではない。
次に遭遇できるのが、いつになるかも分からなかった。
それでも、シズクが強敵とも長く戦える道は見つかった。
◇
その日の夕方。
探索者ストアの休憩スペースで、俺と美咲さんは撮影した映像を編集していた。
協会から許可された範囲だけを使い、魔石スライムの正確な出現条件と、結晶冠のドロップ条件はカットしている。
完成した動画へ題名を付けた。
『【第五層攻略】多相スライムの隠された攻略方法と、希少種の魔石スライム』
前半は、多相スライムとの戦闘。
後半には、魔石スライムとの遭遇と、シズクが結晶冠を装備する場面を収録した。
魔石結晶を使用する場面には、協会の設備と専門職員の管理下で行ったことを注意書きとして加える。
動画を投稿すると、すぐにコメントが付き始めた。
『物理と魔法を同時に当てるなんて、普通は気付かないだろ!』
『第五層攻略中だから本当に助かる』
『魔石スライムなんて初めて見た』
『体内が星空みたいで綺麗』
『二つ合わせて百万円なのに、迷わずシズクちゃんへ使うの好き』
『結晶冠が似合いすぎてる!』
『シズク姫と呼ばせてください』
『自分の冠を見ようとして傾いてるの可愛すぎる』
『魔石結晶を勝手に従魔へ与えないでって注意書き、大事だと思う』
『リン、ミサキ、シズクの連携がどんどん良くなってるな』
『迷宮配信者グレイ:また都合よく希少種か。百万円分のアイテムまで落ちるなんて、さすがに出来すぎじゃないか?』
並んだコメントの中に、以前にも見た名前があった。
白銀城の動画でも、俺は後ろから指示をしていただけだと書いていた配信者だ。
「また、この人か……」
魔石スライムと遭遇した映像に、加工は加えていない。
俺たちが発見したことを疑われても、事実を証明する記録は協会へ提出している。
だからといって、公開を止められている出現条件まで説明するわけにはいかなかった。
俺は返信せず、そのコメントを読み流す。
「シズク姫ですって」
隣でコメントを読んでいた美咲さんが、嬉しそうに画面を指差した。
「ぷる?」
美咲さんの膝の上にいたシズクは、何のことか分からないまま身体を傾ける。
頭上の小さな結晶冠も、一緒になって傾いた。
「似合っているから、間違ってはいないですね」
「そうですよね。シズク、お姫様だって」
「ぷるっ!」
また新しい呼び名が増えるかもしれない。
魔石結晶による強化は、まだ一段階目。
結晶冠の力を借り、風弾も二回まで使えるようになった。
小さな冠を頭上へ浮かべたシズクは、これからも俺たちと一緒に成長していく。
読んでいただきありがとうございます。
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