46話「多相スライムとシズクの小さな冠」
食事会から三日後。
俺と美咲さんは、初心者ダンジョン第五層の階層守護個体へ挑む準備を整えていた。
「シズクの体調は問題なさそうです」
「本当ですか?」
「はい。魔力も完全に回復しています」
美咲さんの肩に載っているシズクへ、『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『個体名:シズク』
『種族:魔法スライム』
『状態:良好』
『魔力残量:100%』
____________________◇
「ぷるっ!」
シズクが元気よく身体を伸ばす。
「今日は一緒に行けるよ」
「ぷるるっ!」
嬉しそうに何度も跳ねるシズクを、美咲さんが両手で受け止めた。
「はしゃぎすぎて、戦う前に疲れないでね」
「ぷるっ」
「準備はできたみたいだな」
店主さんが、カウンターの奥から回復薬と解毒薬を持ってくる。
「第五層の階層守護個体については、美咲から聞いたか?」
「攻撃に応じて形態を変えるスライムだと聞いています」
「私が以前戦った映像も見せましたっ」
美咲さんは過去に、四人パーティーで第五層を突破している。
「ただ、前回は一般的な攻略方法で倒しました。今回は一城さんの『解析鑑定』があるので、別の弱点が見つかるかもしれません」
「最初は今までどおりの方法で戦ってください。俺は相手の動きを確認します」
「分かりました」
店主さんから回復薬を受け取り、探索者ベルトへ収める。
「無理に今日中に倒す必要はねえからな」
「危険だと判断したら、すぐに引き返します」
「おう。気を付けて行ってこい」
「行ってきます、お父さん!」
俺たちは店主さんに見送られ、第五層へ向かった。
◇
第五層を進み、行く手を塞ぐスライムたちを倒しながら、階層守護部屋へ向かう。
すでに何度か戦っている相手ばかりなので、俺たちは足を止めることなく先へ進んだ。
やがて、通路の奥に巨大な扉が見えてくる。
扉の表面には、色と形が異なる四体のスライムが刻まれていた。
「ここです」
美咲さんが足を止める。
「以前来た時と変わっていません」
「階層守護個体は活動中みたいです」
扉へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『第5層・階層守護部屋』
『階層守護個体:活動中』
『挑戦可能人数:6名』
『第6層転移門:封鎖中』
『解放条件:階層守護個体の討伐』
____________________◇
「以前はどのように倒したんですか?」
「形態が一巡するまで攻撃を防ぎ、通常形態へ戻った時に全員で攻撃しました」
美咲さんが剣を抜く。
「火、毒、鋼鉄の形態では、それぞれの属性に合った攻撃を使います。通常形態が一番柔らかいので、そこが攻撃の機会です」
「長期戦になりそうですね」
「はい。無理に攻撃すると、形態ごとの反撃を受けます。焦らずにいきましょう」
「ぷるっ!」
シズクも美咲さんの肩で身体を伸ばす。
俺はボディレコーダーが作動していることを確認し、鋼短剣を抜いた。
「準備できました」
「開けます」
扉の横にある魔石へ、美咲さんが手を触れる。
重い音を響かせながら、巨大な扉が左右へ開いていった。
中へと入る。
階層守護部屋は、円形の広間だった。
床と壁には、赤、紫、黒銀色の線が複雑に刻まれている。
部屋の中央には、人間よりも大きな半透明のスライムが待ち構えていた。
体内には一つの大きな魔核。
その周囲を、赤、紫、黒銀色の光が回っている。
俺たちが室内へ入った事で、背後の扉が閉じた。
巨大なスライムが身体を震わせる。
「来ます!」
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させた。
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『多相スライム』
『階層守護個体』
『危険度:C+』
『特性』
・多相変化
・属性耐性変化
・魔核防護
『形態』
・通常形態
・火炎形態
・毒液形態
・鋼鉄形態
『攻撃方法』
・体当たり
・火球
・毒液射出
・硬質突進
『ドロップ品』
・良質な魔核(100%)
・多相粘液(30%)
・属性変換核(5%)
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「最初は通常形態です!」
「攻撃します!」
美咲さんが一気に距離を詰める。
多相スライムが身体を低く沈め、正面から飛び掛かる。
美咲さんは横へ回り込み、すれ違いざまに剣を振るった。
半透明の身体へ刃が食い込む。
だが、魔核へ届く前に、多相スライムの全身が赤く染まった。
「火炎形態へ変わります!」
赤い光が広間へ広がる。
美咲さんが大きく後ろへ跳ぶ。
直後、多相スライムの周囲へ四つの火球が生まれた。
「左右へ分かれましょう!」
「はい!」
四つの火球が一斉に放たれる。
俺は羽靴で床を蹴り、火球の間を抜けた。
背後で火球が弾け、熱気が身体を撫でる。
美咲さんも盾で一つを逸らし、残りを回避していた。
「火炎形態の間は、攻撃しない方がいいです!」
「次の形態を待ちます!」
多相スライムの赤い身体が、今度は濁った紫色へ変わる。
体表から毒液が溢れ、床へ落ちた。
「毒液形態です。近付かないでください!」
紫色の液体が無数の矢のように飛んでくる。
俺たちは距離を取り、岩壁の窪みへ身を隠した。
耐毒手袋は装備しているが、顔や身体へ浴びれば無事では済まない。
毒液の雨が止まると、多相スライムの身体が黒銀色へ変化した。
「次は鋼鉄形態です!」
表面が硬質化し、金属のような光沢を帯びる。
多相スライムが勢いよく床を蹴った。
「一城さん、下がって!」
美咲さんが俺の前へ入り、盾を斜めに構える。
多相スライムと盾が衝突した。
硬い音が広間へ響く。
正面から受け止めず、軌道を逸らしている。それでも、美咲さんの身体が大きく後方へ押された。
「重い……!」
多相スライムは岩壁へ激突すると、すぐに向きを変えた。
やがて黒銀色の身体が半透明へ戻っていく。
「通常形態へ戻ります!」
「ここです!」
美咲さんが駆け出す。
シズクも肩から跳び下り、床の上で身体を伸ばした。
「シズクはまだ待って!」
「ぷるっ!」
美咲さんが通常形態へ剣を振り下ろす。
刃が身体へ食い込んだ瞬間、多相スライムは再び火炎形態へ変化した。
「やはり、一度攻撃すると形態が変わりますね」
「以前も、何度も通常形態を待ちながら少しずつ削りました」
同じ方法でも、時間を掛ければ倒せる。
だが、形態が一巡するまで攻撃を防ぎ続けなければならない。
毒液を一度浴びるだけでも危険だ。
「別の方法があるはずだ……」
俺は多相変化へ意識を集中させた。
何をきっかけに形態を変えているのか。
通常形態へ強制的に戻す方法はないのか。
解析表示へ、新しい情報が加わる。
◇____________________
『多相変化』
『通常変化』
・一定時間ごとに形態を変更
・通常形態で攻撃を受けた場合、火炎形態へ移行
『強制相転移条件』
・物理攻撃と魔法攻撃を1秒以内に命中させる
『強制相転移後』
・全属性を一時喪失
・魔核防護を解除
・魔核露出時間:2.4秒
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「見つけました!」
「倒し方ですか?」
「物理攻撃と魔法攻撃を、一秒以内に当てれば強制的に通常形態へ戻せます。その直後、二秒ほど魔核が露出します!」
「物理攻撃は私が担当します。魔法はシズクですね」
「ぷるっ!」
シズクが張り切るように跳ねる。
「一度で決めましょう。シズクの風弾に合わせて攻撃します」
「俺が魔核を狙います」
「危険ではありませんか?」
「露出する場所も分かります。羽靴があれば近付けます」
「……分かりました。でも、無理だと判断したらすぐに離れてください」
「はい」
多相スライムは、現在火炎形態になっている。
周囲へ再び火球が生まれた。
「シズク。火球が消えたら風弾を撃つよ」
「ぷるっ!」
美咲さんが火球を避けながら、少しずつ距離を詰める。
俺も鋼短剣を構え、二人から離れた位置へ回った。
「来ます!」
四つの火球が放たれる。
一つ目を横へ避ける。
二つ目は羽靴で跳び越えた。
三つ目が着地地点へ迫る。
身体を捻って回避したが、火球の熱が革胸当ての表面を掠めた。
「今です!」
「シズク!」
「ぷるっ!」
シズクの前へ風が集まる。
圧縮された風の球体が、多相スライムへ向かって放たれた。
同時に、美咲さんが踏み込む。
風弾が火炎形態の身体へ命中した。
その直後、美咲さんの剣が反対側から切り込む。
二つの攻撃が、一秒以内に重なった。
多相スライムの赤い身体へ、紫と黒銀色の光が一気に浮かび上がる。
複数の色が激しく明滅したあと、全ての光が弾け飛んだ。
「強制相転移に成功しました!」
半透明へ戻った身体の中心で、魔核を覆っていた膜が開く。
露出時間は、2.4秒。
俺は羽靴で床を蹴った。
一気に多相スライムとの距離が縮まる。
だが、完全に動けなくなったわけではない。
多相スライムが身体の一部を伸ばし、鞭のように振るった。
「一城さん!」
身体を横へ捻る。
直撃は避けたものの、硬質化の残った先端が脇腹を掠めた。
「ぐっ……!」
衝撃で体勢が傾く。
それでも、以前なら転倒していたはずの一撃に耐えることができた。
守りの結晶飴によって上昇した耐久力と、スライムシリーズの効果。
足を踏み止め、鋼短剣を両手で握る。
「間に合え……!」
閉じ始めている膜の隙間へ、刃先を突き込んだ。
鋼短剣が魔核へ届く。
硬い物が砕ける感触が、柄を通じて両手へ伝わった。
多相スライムの身体が大きく膨らむ。
次の瞬間、四種類の光を放ちながら粒子となって崩れた。
「倒した……!」
俺はその場へ膝を突く。
「一城さん!」
美咲さんが駆け寄り、俺の脇腹を確認する。
「攻撃を受けましたよね?」
「掠っただけです。少し痛みますが、動けます」
「本当に?」
「はい。解析結果でも軽い打撲です」
「帰ったら、念のため診てもらいましょう」
「分かりました」
シズクも俺の足元へやってくる。
「ぷる……」
「心配させてごめんな。大丈夫だよ」
身体を撫でると、シズクが俺の手へ頬ずりするように身体を押し付けた。
多相スライムが消えた場所には、良質な魔核と虹色に輝く粘液が残されていた。
「多相粘液も出ています」
「三十パーセントの素材ですね」
「帰ったら一緒に査定してもらいましょう」
素材を回収すると、守護部屋の奥にある転移門へ光が灯った。
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『第5層・階層守護個体』
『討伐:完了』
『第6層転移門:解放』
____________________◇
「これで第六層へ進めますね」
「はい。でも、今日は戻りましょう」
「俺も賛成です。シズクも魔力を使いましたから」
シズクの魔力は四割ほど残っている。
探索を続けられないほどではないが、未知の第六層へ挑む状態ではない。
「第六層へ行くのは、装備と地図を準備してからにしましょう」
「はい」
俺たちは転移門の開放だけを確認し、来た道を戻ることにした。
◇
階層守護部屋から離れて、しばらく歩いた頃だった。
「ぷる?」
美咲さんの肩にいたシズクが、突然後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「ぷるっ」
シズクが通路の脇へ向かって身体を伸ばす。
岩壁の陰で、淡い青色の光が揺れていた。
「何かいます」
俺たちが足を止めると、光が岩陰から飛び出した。
現れたのは、小さなスライムだった。
深い青色の身体の中で、星屑のような結晶がいくつも輝いている。
その姿を見た美咲さんが、大きく目を見開いた。
「まさか……魔石スライム?」
「知っているんですか?」
「スライム種だけが出現する階層で、極稀に目撃される希少種です。私も実物を見るのは初めてです!」
魔石スライムはこちらを見た直後、身体の向きを変えた。
「逃げます!」
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させる。
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『魔石スライム』
『分類:希少個体』
『危険度:D』
『性格:臆病』
『ペット適性:なし』
『出現要因』
・スライム種のみが出現する階層
・付近でスライム系従魔が一定量以上の魔力を消費
『特性』
・魔力感知
・魔力弾
・高速逃走
・魔核結晶化
『ドロップ品』
・魔石結晶(100%)
『条件付きドロップ』
・結晶冠(100%)
『ドロップ条件』
・結晶冠を所持していないスライム系従魔が戦闘へ参加
『現在の達成状況:未達成』
『逃走まで:28秒』
____________________◇
「二十八秒で逃げます!」
「追います!」
美咲さんが駆け出す。
魔石スライムは身体へ青い光を纏い、通路を高速で跳ねていく。
俺も羽靴を使って後を追った。
「右の通路へ向かいます!」
魔石スライムが身体を捻る。
その正面へ三つの青い光球が生まれた。
「魔力弾が来ます!」
放たれた光球を、美咲さんが盾で受け流す。
魔石スライムはその隙に、右側の細い通路へ逃げ込もうとした。
「シズク、逃げ道を塞げる?」
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの肩から跳び下りる。
風弾を使うほどの魔力は必要ない。
シズクは身体の前へ小さな風を作り、通路に溜まっていた砂埃を巻き上げた。
突然現れた風の壁に驚き、魔石スライムが足を止める。
◇____________________
『結晶冠のドロップ条件:達成』
____________________◇
「美咲さん、今です!」
「はい!」
美咲さんが魔石スライムとの距離を一気に詰める。
魔石スライムが魔力弾を作ろうとするが、間に合わない。
振り下ろされた剣が、青い身体の中心を正確に貫いた。
魔石スライムが強い光を放つ。
魔核は残らなかった。
その代わり、青い粒子が二つの結晶へ集まっていく。
「二つあります」
一つは、青い光を宿した親指ほどの結晶。
もう一つは、小さな王冠の形をした水晶だった。
最初に、青い結晶へ『解析鑑定』を発動させる。
◇____________________
『魔石結晶』
『品質:A』
『希少度:A』
『推定買取価格:500,000円』
『効果』
・契約済みのスライム系従魔へ使用可能
・対象の基礎魔力量を僅かに上昇させる
『使用制限』
・同一の進化段階につき3個まで
・4個目以降は効果なし
『対象:シズク』
『使用:可能』
『現在の進化段階における強化:0/3』
____________________◇
「シズクの基礎魔力量を増やせる結晶です」
「魔力量を?」
「はい。同じ進化段階で、三個まで使えるみたいです」
「これがあれば、風弾を使える回数も増やせるかもしれませんね」
「ただし、使用方法を確認するまでは保管しておきましょう」
「分かりました」
続いて、小さな王冠を調べる。
◇____________________
『結晶冠』
『品質:A』
『希少度:A』
『推定買取価格:500,000円』
『分類:スライム系従魔専用装備』
『効果』
・装備者の魔力操作を補助する
・魔法使用時の消費魔力を僅かに軽減する
・装備者に合わせて大きさを自動調整する
『装備可能対象:シズク』
『安全性:問題なし』
____________________◇
「こちらは、シズク専用の装備です」
「推定価格は?」
「魔石結晶と同じ、五十万円です」
「二つで百万円……」
美咲さんが驚いたように二つの結晶を見つめる。
「一城さん。本当にシズクへ使ってもいいんですか?」
「もちろんです。この装備が一番必要なのは、シズクですから」
「でも……」
「シズクが強くなれば、俺たち全員が安全に探索できます。それに、装備品は一番相性の良い人が受け取ると決めましたよね」
「人ではなく、スライムですけどね」
「正式なパーティーメンバーですから、同じです」
「……ありがとうございます」
美咲さんが嬉しそうに微笑む。
「シズク。新しい装備だよ」
「ぷる?」
美咲さんが結晶冠を、シズクの身体へ近付ける。
小さな冠が手のひらからふわりと浮かび上がった。
シズクの頭上へ移動し、その丸い身体に合う大きさまで僅かに縮む。
青い水晶で作られた冠が、身体へ触れない程度の高さで静止した。
首元に巻かれた青い従魔登録証とも、よく似合っている。
「か、可愛い……!」
「ぷるっ!」
シズクが嬉しそうに跳ねる。
結晶冠も、シズクの動きに合わせて上下した。
自分の頭上に何があるのか気になるらしく、シズクが身体を何度も傾ける。
だが、同じように冠も移動するため、なかなか見ることができない。
「ぷる?」
「帰ったら鏡で見せてあげるからね」
「ぷるっ!」
魔石結晶は保護用のケースへ入れ、素材鞄の奥へしまった。
第五層の階層守護個体を倒し、第六層への道を開いた。
それだけでも十分な成果だったはずだ。
だが、その帰り道。
俺たちはシズクの、さらなる成長へ繋がる結晶と、小さな水晶の冠を手に入れた。
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