表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
45/76

45話「祝勝パーティー」


 予約した日の夕方。

 俺は普段より少しだけ早く自宅を出た。


 今日向かうのは、駅前にある探索者向けのレストランだ。

 従魔を連れて入ることができ、個室には専用の食事場所まで用意されている。


 一人分のコースだけでも一万円を超えるため、以前の俺なら店を見つけても候補から外していただろう。


 だが、今日は白銀城の攻略祝いだ。

 それに、今まで世話になった三人へ感謝を伝えるための食事でもある。


「三人、でいいよな」


 美咲さん。

 店主さん。

 そしてシズク。


 人間の数だけなら二人だが、シズクも大切な仲間だ。


 待ち合わせ時間より少し早く店へ到着すると、入口の近くに見覚えのある二人と一匹が立っていた。


「一城さん!」


 美咲さんが俺に気付き、笑顔で手を振る。

 普段の探索者装備とは違い、淡い青色のブラウスに濃紺のスカートを合わせていた。


 店主さんも、いつもの作業着ではなく、落ち着いた色のジャケットを着ている。


 美咲さんの腕に抱かれたシズクには、青い従魔登録証の横へ小さな銀色のリボンが付けられていた。


「お待たせしましたか?」

「いえ。私たちも今来たところです」

「兄ちゃん。本当に俺たちまでご馳走になっていいのか?」

「もちろんです。今日は俺が誘ったんですから」

「でも、この店は結構するだろ?」

「白銀城の報酬も入りましたから、大丈夫です」


 それでも店主さんは少し申し訳なさそうにしている。


「それに、店主さんには装備のことも動画のことも、ずっと助けてもらっています。今日くらいはお礼をさせてください」

「そこまで言うなら、遠慮なくご馳走になるか」

「はい。その方が俺も嬉しいです」

「ぷるっ!」


 シズクが同意するように跳ねる。


「シズクは最初から遠慮する気がなさそうだな」

「ご飯があるって教えたら、家を出る前からずっとこの調子なんです」


 美咲さんが苦笑しながら、シズクの身体を撫でる。


「それでは、入りましょうか」


 俺たちは揃ってレストランへ入った。



 ◇



「ご予約の一城様ですね。お待ちしておりました」


 受付で名前を伝えると、店員が個室まで案内してくれた。


 落ち着いた照明に、白いテーブルクロス。

 壁際には、従魔用の低いテーブルと柔らかそうなクッションが用意されている。


「従魔様のお食事は、こちらへご用意いたします」

「従魔様……」


 美咲さんが嬉しそうに呟く。


「シズク、お客様として扱ってもらえてるよ」

「ぷるっ!」


 シズクが美咲さんの腕からクッションへ跳び移る。

 柔らかな感触が気に入ったのか、何度か身体を弾ませていた。


「こら、シズク。壊しちゃ駄目だよ」

「丈夫な従魔用のクッションですので、ご自由にお使いください」


 店員が笑顔で答える。

 人間用の料理は、季節の食材を使ったコース。


 シズクには、従魔用の魔力ゼリーと果実液の盛り合わせを頼んである。

 全員の飲み物が揃ったところで、店主さんがグラスを持ち上げた。


「それじゃあ、白銀城の攻略と、全員が無事に戻れたことを祝って」

「乾杯!」

「乾杯です」

「ぷるっ!」


 シズクも、小さな器へ身体の先端を触れさせる。

 グラスを合わせ、祝勝会が始まった。



 ◇



 最初に運ばれてきたのは、小さく盛り付けられた前菜だった。

 彩りの良い野菜と薄く切られた肉へ、香草のソースが添えられている。


「美味しい……」


 一口食べた美咲さんの表情が明るくなる。


「こういう料理、久しぶりです」

「俺もです。普段は弁当か、簡単に作れる物ばかりなので」

「兄ちゃん、ちゃんとした物を食ってるのか?」

「最近は少しずつ気を付けています」

「探索者は身体が資本だぞ。稼げるようになったなら、食事を削るなよ」

「はい。気を付けます」


 店主さんに言われると、素直に従った方がいい気がした。

 壁際では、シズクの料理も運ばれてきている。


 赤、青、黄色。

 三色の魔力ゼリーが、透明な器へ綺麗に盛り付けられていた。


「シズク、順番に食べようね」

「ぷるっ!」


 美咲さんが青いゼリーを一つ差し出す。

 シズクはすぐに体内へ取り込み、ゆっくりと溶かし始めた。

 透明な身体の中へ青色が広がっていく。


「おお、本当に食べてるところが見えるんだな」

「シズクは透明度が高いですからね」


 店主さんが興味深そうに眺めている。

 青いゼリーを溶かし終えたシズクは、次の赤いゼリーへ身体を伸ばした。


「まだだよ」

「ぷる……」

「ちゃんと味わって食べないと」

「美咲さん。シズクに味わうという感覚はあるんでしょうか?」

「あります。多分」

「多分なんですね」


 俺たちの会話を聞いていたシズクが、抗議するように跳ねる。


「分かった、分かった。シズクはちゃんと味わってるよな」

「ぷるっ!」

「一城さんが完全に甘やかす側になっています」

「店主さんよりは大丈夫だと思います」

「何で俺を見るんだよ」


 店主さんが笑う。

 白銀城では緊張が続いていた。

 こうして四人で食事をしていると、全員で無事に戻れたのだと改めて実感する。



 ◇



 料理が魚料理へ移った頃、店主さんが俺へ視線を向けた。


「兄ちゃん。白銀王との戦闘映像、俺も見たぞ」

「公開前の映像ですか?」

「美咲に見せてもらった。随分と無茶したみたいだな」

「お父さん。一城さんだけじゃないよ。私も止められなかったから」

「美咲さんは、俺の作戦に合わせてくれただけです」

「庇い合うのは結構だが、二人とも反省しろ」

「はい……」

「すみません……」


 俺と美咲さんの声が重なる。

 店主さんは呆れたように息を吐いた。


「まあ、無事に戻ってきたから、今は説教だけで済ませてやる」

「次からは、もっと安全な方法を探します」

「そうしてくれ。シズクまで魔力切れになるほど頑張ったんだろ?」

「ぷるっ」


 シズクが赤いゼリーを取り込みながら返事をする。


「でも、シズクが風弾を決めたところは格好よかったでしょう?」

「ああ。あれは大したもんだった」

「でしょう?」


 美咲さんが自分のことのように胸を張る。


「お前は本当にシズクのことになると分かりやすいな」

「大切な相棒だから当然です」

「真咲がいたら、お前と一緒になって甘やかしてただろうな」


 初めて聞く名前だった。


「真咲さん、ですか?」

「ああ。俺の妻だ」


 店主さんの表情が僅かに柔らかくなる。


「母は、病気で亡くなっているんです」


 美咲さんが穏やかな口調で教えてくれた。


「そうだったんですか……」

「気を遣わなくて大丈夫ですよ。もう何年も前のことですから」

「真咲は可愛い物が好きでな。シズクを見たら、店の一角を全部従魔用品で埋めてたかもしれねえ」

「お母さんなら、本当にやりそう」

「ぷる?」


 自分の話をされていると気付いたのか、シズクが身体を傾ける。


「シズク。お母さんにも会わせてあげたかったな」


 美咲さんが、優しくシズクを撫でる。


 寂しさは残っている。

 それでも、店主さんも美咲さんも、真咲さんとの思い出を大切にしていることが伝わってきた。


「今日の料理も、真咲さんに見せたかったですね」

「そうだな。俺たちだけ美味い物を食ったって、あとで怒られるかもしれねえ」

「お父さんは、お母さんに怒られてばかりだったもんね」

「余計なことまで教えなくていいんだよ」


 店主さんが照れたように頭を掻く。

 重くなりかけた空気が、少しだけ和らいだ。



 ◇



 肉料理が運ばれてくる頃には、シズクは三色のゼリーを全て食べ終えていた。

 体内へ赤、青、黄色の光が残り、ゆっくりと混ざり合っている。


「シズクが虹色になっています」

「綺麗ですね」

「ぷるっ!」


 シズクが嬉しそうに跳ねる。

 その勢いでクッションから転がり落ちそうになり、美咲さんが慌てて受け止めた。


「危ない!」

「ぷる……」

「食べてすぐ跳ねたら駄目だよ」

「スライムにも、食後は休ませた方がいいんですね」

「そこは人間と変わらないみたいです」


 美咲さんがシズクを膝へ載せる。

 シズクはしばらく大人しくしていたが、やがて俺が身に着けている首飾りへ身体を伸ばしてきた。

 スライム型の宝石へ触れ、満足そうに揺れる。


「やっぱり、その首飾りが気になるみたいですね」

「スライム種との魔力親和性を高める効果があるからでしょうか」

「一城さんに懐いているだけかもしれませんよ」

「そうなら嬉しいです」


 指先を差し出すと、シズクが軽く触れてくる。


「ぷるっ」

「シズクも一城さんのことを、仲間だと思ってるんですよ」

「俺も同じです」


 美咲さんが、どこか嬉しそうに笑った。



 ◇



 食事が終わる頃、店員から記念写真を提案された。


「よろしければ、皆様でお撮りしましょうか?」

「せっかくだから撮ってもらうか」

「そうですね」


 俺たちはテーブルの片側へ並ぶ。

 店主さんと美咲さんの間へ俺が立ち、シズクは美咲さんの腕へ収まった。


「それでは、撮影いたします」


 店員がスマートフォンを構える。

 撮影される直前、シズクが大きく跳ねた。


「あっ、シズク!」


 小さな撮影音が響く。

 確認すると、俺たちは全員笑っていたが、シズクだけが宙へ浮いていた。


「これはこれで、シズクらしくていいんじゃねえか?」

「でも、もう一枚お願いします」


 二枚目は、美咲さんがシズクをしっかり抱いた状態で撮影する。

 今度は全員が綺麗に収まった。


「ありがとうございます」


 撮影した写真を、美咲さんと店主さんへ送る。

 動画へ投稿する予定はない。


 俺たちだけの、白銀城攻略の記念写真だ。



 ◇



 会計では、店主さんが最後まで財布を出そうとした。


「兄ちゃん、せめて半分は出させろ」

「今日は俺に払わせてください」

「本当にいいのか?」

「はい。店主さんたちへお礼をするために誘ったんですから」

「分かった。なら、次は俺が出す」

「では、次はお願いします」

「おう。美味い店を探しておくからな」

「次の攻略祝いですね」

「そのためにも、また全員で無事に帰ってこないとな」

「はい。次も三人とシズクで来ましょう」

「ぷるっ!」


 シズクの元気な返事に、全員から笑みがこぼれた。

 店主さんは満足そうに頷き、財布をしまった。

 支払いを済ませ、レストランの外へ出る。

 夜風が、食事で温まった身体に心地よかった。


「一城さん。今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」

「料理も美味しかったですけど、シズクも含めてゆっくり話せたことが一番嬉しかったです」

「俺も楽しかったです」


「ぷるっ!」


 美咲さんの腕の中から、シズクも声を上げる。


「次は第六層ですね」

「はい。ですが、まずは第五層の階層守護個体を倒さないといけません」

「シズクの魔力が完全に戻ってからにしましょう」

「それがいいですね」

「俺は店で待ってるからな。今度こそ、無茶せず帰ってこいよ」

「はい」

「気を付けます」


 駅前で、店主さんたちと別れる。

 三人が同じ方向へ歩いていくのを見送ってから、俺も自宅へ向かった。



 ◇



 アパートへ戻ると、美咲さんから先ほど撮影した写真が送られてきた。


『今日はありがとうございました! 次は第六層も一緒に頑張りましょう!』


 写真には、店主さんと美咲さん、シズク。

 そして、その隣で笑っている俺が映っている。

 スマートフォンの中へ、また一つ大切な写真が増えた。


『こちらこそ、ありがとうございました。次の探索もよろしくお願いします』


 返信を送り、写真を保存する。


 次の目標は、第六層。

 その前に越えなければならないのは、第五層の階層守護個体だ。

 俺は明日からの準備を考えながら、スマートフォンをテーブルへ置いた。

読んでいただきありがとうございます。

面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ