45話「祝勝パーティー」
予約した日の夕方。
俺は普段より少しだけ早く自宅を出た。
今日向かうのは、駅前にある探索者向けのレストランだ。
従魔を連れて入ることができ、個室には専用の食事場所まで用意されている。
一人分のコースだけでも一万円を超えるため、以前の俺なら店を見つけても候補から外していただろう。
だが、今日は白銀城の攻略祝いだ。
それに、今まで世話になった三人へ感謝を伝えるための食事でもある。
「三人、でいいよな」
美咲さん。
店主さん。
そしてシズク。
人間の数だけなら二人だが、シズクも大切な仲間だ。
待ち合わせ時間より少し早く店へ到着すると、入口の近くに見覚えのある二人と一匹が立っていた。
「一城さん!」
美咲さんが俺に気付き、笑顔で手を振る。
普段の探索者装備とは違い、淡い青色のブラウスに濃紺のスカートを合わせていた。
店主さんも、いつもの作業着ではなく、落ち着いた色のジャケットを着ている。
美咲さんの腕に抱かれたシズクには、青い従魔登録証の横へ小さな銀色のリボンが付けられていた。
「お待たせしましたか?」
「いえ。私たちも今来たところです」
「兄ちゃん。本当に俺たちまでご馳走になっていいのか?」
「もちろんです。今日は俺が誘ったんですから」
「でも、この店は結構するだろ?」
「白銀城の報酬も入りましたから、大丈夫です」
それでも店主さんは少し申し訳なさそうにしている。
「それに、店主さんには装備のことも動画のことも、ずっと助けてもらっています。今日くらいはお礼をさせてください」
「そこまで言うなら、遠慮なくご馳走になるか」
「はい。その方が俺も嬉しいです」
「ぷるっ!」
シズクが同意するように跳ねる。
「シズクは最初から遠慮する気がなさそうだな」
「ご飯があるって教えたら、家を出る前からずっとこの調子なんです」
美咲さんが苦笑しながら、シズクの身体を撫でる。
「それでは、入りましょうか」
俺たちは揃ってレストランへ入った。
◇
「ご予約の一城様ですね。お待ちしておりました」
受付で名前を伝えると、店員が個室まで案内してくれた。
落ち着いた照明に、白いテーブルクロス。
壁際には、従魔用の低いテーブルと柔らかそうなクッションが用意されている。
「従魔様のお食事は、こちらへご用意いたします」
「従魔様……」
美咲さんが嬉しそうに呟く。
「シズク、お客様として扱ってもらえてるよ」
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの腕からクッションへ跳び移る。
柔らかな感触が気に入ったのか、何度か身体を弾ませていた。
「こら、シズク。壊しちゃ駄目だよ」
「丈夫な従魔用のクッションですので、ご自由にお使いください」
店員が笑顔で答える。
人間用の料理は、季節の食材を使ったコース。
シズクには、従魔用の魔力ゼリーと果実液の盛り合わせを頼んである。
全員の飲み物が揃ったところで、店主さんがグラスを持ち上げた。
「それじゃあ、白銀城の攻略と、全員が無事に戻れたことを祝って」
「乾杯!」
「乾杯です」
「ぷるっ!」
シズクも、小さな器へ身体の先端を触れさせる。
グラスを合わせ、祝勝会が始まった。
◇
最初に運ばれてきたのは、小さく盛り付けられた前菜だった。
彩りの良い野菜と薄く切られた肉へ、香草のソースが添えられている。
「美味しい……」
一口食べた美咲さんの表情が明るくなる。
「こういう料理、久しぶりです」
「俺もです。普段は弁当か、簡単に作れる物ばかりなので」
「兄ちゃん、ちゃんとした物を食ってるのか?」
「最近は少しずつ気を付けています」
「探索者は身体が資本だぞ。稼げるようになったなら、食事を削るなよ」
「はい。気を付けます」
店主さんに言われると、素直に従った方がいい気がした。
壁際では、シズクの料理も運ばれてきている。
赤、青、黄色。
三色の魔力ゼリーが、透明な器へ綺麗に盛り付けられていた。
「シズク、順番に食べようね」
「ぷるっ!」
美咲さんが青いゼリーを一つ差し出す。
シズクはすぐに体内へ取り込み、ゆっくりと溶かし始めた。
透明な身体の中へ青色が広がっていく。
「おお、本当に食べてるところが見えるんだな」
「シズクは透明度が高いですからね」
店主さんが興味深そうに眺めている。
青いゼリーを溶かし終えたシズクは、次の赤いゼリーへ身体を伸ばした。
「まだだよ」
「ぷる……」
「ちゃんと味わって食べないと」
「美咲さん。シズクに味わうという感覚はあるんでしょうか?」
「あります。多分」
「多分なんですね」
俺たちの会話を聞いていたシズクが、抗議するように跳ねる。
「分かった、分かった。シズクはちゃんと味わってるよな」
「ぷるっ!」
「一城さんが完全に甘やかす側になっています」
「店主さんよりは大丈夫だと思います」
「何で俺を見るんだよ」
店主さんが笑う。
白銀城では緊張が続いていた。
こうして四人で食事をしていると、全員で無事に戻れたのだと改めて実感する。
◇
料理が魚料理へ移った頃、店主さんが俺へ視線を向けた。
「兄ちゃん。白銀王との戦闘映像、俺も見たぞ」
「公開前の映像ですか?」
「美咲に見せてもらった。随分と無茶したみたいだな」
「お父さん。一城さんだけじゃないよ。私も止められなかったから」
「美咲さんは、俺の作戦に合わせてくれただけです」
「庇い合うのは結構だが、二人とも反省しろ」
「はい……」
「すみません……」
俺と美咲さんの声が重なる。
店主さんは呆れたように息を吐いた。
「まあ、無事に戻ってきたから、今は説教だけで済ませてやる」
「次からは、もっと安全な方法を探します」
「そうしてくれ。シズクまで魔力切れになるほど頑張ったんだろ?」
「ぷるっ」
シズクが赤いゼリーを取り込みながら返事をする。
「でも、シズクが風弾を決めたところは格好よかったでしょう?」
「ああ。あれは大したもんだった」
「でしょう?」
美咲さんが自分のことのように胸を張る。
「お前は本当にシズクのことになると分かりやすいな」
「大切な相棒だから当然です」
「真咲がいたら、お前と一緒になって甘やかしてただろうな」
初めて聞く名前だった。
「真咲さん、ですか?」
「ああ。俺の妻だ」
店主さんの表情が僅かに柔らかくなる。
「母は、病気で亡くなっているんです」
美咲さんが穏やかな口調で教えてくれた。
「そうだったんですか……」
「気を遣わなくて大丈夫ですよ。もう何年も前のことですから」
「真咲は可愛い物が好きでな。シズクを見たら、店の一角を全部従魔用品で埋めてたかもしれねえ」
「お母さんなら、本当にやりそう」
「ぷる?」
自分の話をされていると気付いたのか、シズクが身体を傾ける。
「シズク。お母さんにも会わせてあげたかったな」
美咲さんが、優しくシズクを撫でる。
寂しさは残っている。
それでも、店主さんも美咲さんも、真咲さんとの思い出を大切にしていることが伝わってきた。
「今日の料理も、真咲さんに見せたかったですね」
「そうだな。俺たちだけ美味い物を食ったって、あとで怒られるかもしれねえ」
「お父さんは、お母さんに怒られてばかりだったもんね」
「余計なことまで教えなくていいんだよ」
店主さんが照れたように頭を掻く。
重くなりかけた空気が、少しだけ和らいだ。
◇
肉料理が運ばれてくる頃には、シズクは三色のゼリーを全て食べ終えていた。
体内へ赤、青、黄色の光が残り、ゆっくりと混ざり合っている。
「シズクが虹色になっています」
「綺麗ですね」
「ぷるっ!」
シズクが嬉しそうに跳ねる。
その勢いでクッションから転がり落ちそうになり、美咲さんが慌てて受け止めた。
「危ない!」
「ぷる……」
「食べてすぐ跳ねたら駄目だよ」
「スライムにも、食後は休ませた方がいいんですね」
「そこは人間と変わらないみたいです」
美咲さんがシズクを膝へ載せる。
シズクはしばらく大人しくしていたが、やがて俺が身に着けている首飾りへ身体を伸ばしてきた。
スライム型の宝石へ触れ、満足そうに揺れる。
「やっぱり、その首飾りが気になるみたいですね」
「スライム種との魔力親和性を高める効果があるからでしょうか」
「一城さんに懐いているだけかもしれませんよ」
「そうなら嬉しいです」
指先を差し出すと、シズクが軽く触れてくる。
「ぷるっ」
「シズクも一城さんのことを、仲間だと思ってるんですよ」
「俺も同じです」
美咲さんが、どこか嬉しそうに笑った。
◇
食事が終わる頃、店員から記念写真を提案された。
「よろしければ、皆様でお撮りしましょうか?」
「せっかくだから撮ってもらうか」
「そうですね」
俺たちはテーブルの片側へ並ぶ。
店主さんと美咲さんの間へ俺が立ち、シズクは美咲さんの腕へ収まった。
「それでは、撮影いたします」
店員がスマートフォンを構える。
撮影される直前、シズクが大きく跳ねた。
「あっ、シズク!」
小さな撮影音が響く。
確認すると、俺たちは全員笑っていたが、シズクだけが宙へ浮いていた。
「これはこれで、シズクらしくていいんじゃねえか?」
「でも、もう一枚お願いします」
二枚目は、美咲さんがシズクをしっかり抱いた状態で撮影する。
今度は全員が綺麗に収まった。
「ありがとうございます」
撮影した写真を、美咲さんと店主さんへ送る。
動画へ投稿する予定はない。
俺たちだけの、白銀城攻略の記念写真だ。
◇
会計では、店主さんが最後まで財布を出そうとした。
「兄ちゃん、せめて半分は出させろ」
「今日は俺に払わせてください」
「本当にいいのか?」
「はい。店主さんたちへお礼をするために誘ったんですから」
「分かった。なら、次は俺が出す」
「では、次はお願いします」
「おう。美味い店を探しておくからな」
「次の攻略祝いですね」
「そのためにも、また全員で無事に帰ってこないとな」
「はい。次も三人とシズクで来ましょう」
「ぷるっ!」
シズクの元気な返事に、全員から笑みがこぼれた。
店主さんは満足そうに頷き、財布をしまった。
支払いを済ませ、レストランの外へ出る。
夜風が、食事で温まった身体に心地よかった。
「一城さん。今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそ、来ていただいてありがとうございます」
「料理も美味しかったですけど、シズクも含めてゆっくり話せたことが一番嬉しかったです」
「俺も楽しかったです」
「ぷるっ!」
美咲さんの腕の中から、シズクも声を上げる。
「次は第六層ですね」
「はい。ですが、まずは第五層の階層守護個体を倒さないといけません」
「シズクの魔力が完全に戻ってからにしましょう」
「それがいいですね」
「俺は店で待ってるからな。今度こそ、無茶せず帰ってこいよ」
「はい」
「気を付けます」
駅前で、店主さんたちと別れる。
三人が同じ方向へ歩いていくのを見送ってから、俺も自宅へ向かった。
◇
アパートへ戻ると、美咲さんから先ほど撮影した写真が送られてきた。
『今日はありがとうございました! 次は第六層も一緒に頑張りましょう!』
写真には、店主さんと美咲さん、シズク。
そして、その隣で笑っている俺が映っている。
スマートフォンの中へ、また一つ大切な写真が増えた。
『こちらこそ、ありがとうございました。次の探索もよろしくお願いします』
返信を送り、写真を保存する。
次の目標は、第六層。
その前に越えなければならないのは、第五層の階層守護個体だ。
俺は明日からの準備を考えながら、スマートフォンをテーブルへ置いた。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援いただけると励みになります。




