44話「白銀城の報酬」
「一城さん! 佐伯さん!」
聞き覚えのある声に振り返る。
白銀城の揺らぎから少し離れた場所で待機していた高橋さんが、こちらへ駆け寄ってきた。
その背後には、護衛として同行していた二人の協会員もいる。
「無事に戻られたのですね」
「はい。何とか……」
高橋さんは安心した表情を浮かべたが、美咲さんに抱かれているシズクを見ると、すぐに表情を引き締めた。
「シズクさんは?」
「魔力を使い切ってしまっただけです。怪我はありません」
「一城さんと佐伯さんも、戦闘を?」
「白銀城の区域守護個体と戦いました」
「区域守護個体……」
高橋さんの視線が、俺たちの装備へ向けられる。
「討伐されたのですか?」
「はい。白銀王スライムという魔物でした」
高橋さんは驚いた様子で眼鏡の位置を直し、俺が示した岩壁へ目を向ける。
「やはり、私には通常の岩壁にしか見えません」
「揺らぎは、まだ残っています。消えるまでの時間も表示されています」
「位置と残り時間を教えていただけますか?」
「はい」
俺は揺らぎの範囲を指で示し、『解析鑑定』へ表示されている残り時間を伝えた。
高橋さんは携帯端末へ位置と消失予定時刻を記録する。
だが、詳しい話を聞くより先に、俺たちの状態を確認することを優先した。
「まずは第五層から戻りましょう。映像の確認と報告は、治療が終わってからで構いません」
「揺らぎはどうしますか?」
「護衛の一人を、この場所へ残します。揺らぎ自体が見えなくても、消失予定時刻の前後で周囲の魔力や岩壁に変化が起きる可能性があります」
高橋さんが、護衛役の男性へ視線を向ける。
「一城さんから教えていただいた範囲へ観測機器を向け、消失予定時刻から五分後まで記録してください」
「分かりました」
護衛役の男性が頷き、俺の示した岩壁の前へ観測機器を設置する。
もう一人は俺たちの前を歩き、帰路の安全を確保してくれた。
「ぷる……」
「シズク。もう少しだけ頑張ってね」
美咲さんの腕の中で、シズクが小さく身体を揺らす。
素材鞄には、守りの結晶飴。
小型ケースには、スライムの首飾りが入っている。
詳しく確認したい気持ちはあったが、今は無事に戻ることが先だ。
俺たちは高橋さんたちに付き添われ、第五層をあとにした。
◇
探索者協会へ戻ると、そのまま医務室へ案内された。
俺と美咲さんは防具を外し、身体に異常がないか診てもらう。
美咲さんの肩には浅い傷が残っていたが、回復薬を使ったことで出血は止まっていた。
俺の脇腹も軽い打撲だけで、骨に異常はない。
シズクは従魔用の診察台へ載せられた。
魔力切れによる疲労はあるものの、十分な食事と休息を取れば回復するらしい。
「よかった……」
美咲さんが心底安心したように息を吐く。
「本当に、魔力切れだけでよかったです」
俺も胸を撫で下ろした。
『解析鑑定』では怪我がないと分かっていた。
それでも、力なく潰れているシズクを見て、何も心配せずにいられるはずがない。
専門の人から問題ないと聞き、ようやく安心できた。
「シズク、よく頑張ったな。あとはゆっくり休もう」
「ぷる……」
声に応えるように、シズクが僅かに身体を伸ばす。
「一城さんも、ずっと心配していたんですね」
「もちろんです。シズクは大切な仲間ですから」
「……ありがとうございます」
美咲さんが嬉しそうにシズクの身体を撫でる。
診察台の上で休んでいるシズクへ、従魔用の魔力補給液が与えられた。
「今日は、もう魔法の練習は禁止だからね」
「ぷる……」
「不満そうにしても駄目だよ」
返事をするだけの元気は戻ってきたようだ。
診察を終えると、俺たちは調査課の応接室へ移動した。
◇
「それでは、白銀城へ入ったところから確認させてください」
高橋さんが大型モニターへ、俺たちのボディレコーダーの映像を映し出す。
外門を守る三体の白銀スライム。
安全経路が設定された外庭。
複数の仕掛けがあった銀鏡回廊。
そして、中央塔の最上部にいた白銀王スライム。
映像を確認する高橋さんの手元には、次々と新しい記録が追加されていく。
「ここまで大規模な希少区域だったとは……」
「黄金郷とは、かなり違っていました」
「黄金郷は、特定の魔物が生息する草原でした。ですが、白銀城には外門や回廊、区域守護個体へ至るまでの攻略手順があります」
高橋さんが銀鏡回廊の映像を一時停止する。
「一城さんの『解析鑑定』がなければ、正しい扉を見つけることも難しそうですね」
「間違った扉を選ぶと、外庭まで戻される仕組みでした」
「制限時間がある中で何度も戻されれば、区域守護個体まで到達できない可能性もあります」
続いて、白銀王スライムとの戦闘映像へ切り替わる。
シズクが放った風弾が、六枚の結晶板を次々と反射していく。
反射障壁が停止し、分身体が消滅する。
「見事な連携ですね」
「一城さんが反射する角度を見つけてくれたからです」
「美咲さんが攻撃を防いでくれなければ、調べる時間も作れませんでした。それに、実際に障壁を止めたのはシズクです」
「ぷるっ」
美咲さんの膝の上で休んでいたシズクが、嬉しそうに身体を伸ばした。
「三人のうち、誰か一人でも欠けていれば、討伐は難しかったでしょう」
高橋さんが映像の確認を終え、タブレットを閉じる。
「白銀城については、調査課で正式な未確認希少区域として登録を進めます」
「動画へ使っても大丈夫でしょうか?」
「正確な出現地点と出現時刻、銀鏡回廊の詳細については、調査が終わるまで公開をお待ちください」
「分かりました」
「ただし、白銀城の景観や、白銀王スライムとの戦闘映像は公開して構いません。入口を特定できる部分だけ、編集で除外してください」
「ありがとうございます」
全てを公開しなくても、白銀城と白銀王スライムの映像だけで十分な動画になるはずだ。
「それから、守りの結晶飴についてです」
結晶飴については、白銀城の揺らぎが出現した際、黄金郷で『力の結晶飴』を手に入れたことがあると、美咲さんと高橋さんへ簡単に説明していた。
高橋さんが銀色の飴へ視線を向ける。
「黄金郷で入手された力の結晶飴と、同じ種類の物でしょうか?」
「効果は違います。こちらは、基礎耐久力を僅かに上げるようです」
「映像では、非常に低い確率で入手できると話されていましたね」
「0.5%の確率だったので出ないと思っていたのですが」
「出てしまったんですね。取り敢えず、今回も入手されたことは、外部へ公表しない方がよいでしょう」
そう言って、高橋さんが苦笑を浮かべていたが、姿勢を正したのち、僅かに険しいものへと変わる。
「結晶飴は、恒久的に身体能力を上昇させる希少なアイテムです。しかも、黄金郷や白銀城を発見できるのは、今のところ一城さんだけです」
「つまり、俺が狙われる可能性があるということですか?」
「はい。希少区域へ自由に入れない以上、結晶飴を求める者の関心は、入口ではなく一城さん本人へ向くでしょう」
高橋さんが美咲さんとシズクへも視線を向ける。
「希少区域への案内を強要されたり、他にも結晶飴を所持していると疑われたりする可能性があります。一城さんだけでなく、パーティーを組む佐伯さんやシズクさんへ危険が及ぶことも考えられます」
「それなら、動画には絶対に使いません」
「その方が安全です。結晶飴については、今後も調査課内で慎重に扱います」
「お願いします」
協会の検査では、毒性や有害な魔力反応は確認されなかった。
俺の『解析鑑定』でも安全と表示されている。
結晶飴の所有権は俺にあるが、情報は外部へ漏らさない方がいいだろう。
「次に、素材の査定結果をお伝えします」
高橋さんが別の資料を開き、俺と美咲さんへ提示する。
◇____________________
『素材買取査定明細』
白銀魔核×4 60,000円
白銀王の魔核×1 180,000円
白銀王の魔石×1 320,000円
合計 560,000円
__________________◇
「合計、五十六万円……」
明細に表示された合計金額を見て、思わず声が漏れた。
「私も驚きました。希少区域の守護個体とはいえ、初心者ダンジョンの第五層で、この査定額になるなんて……」
探索経験の長い美咲さんにとっても、予想以上の金額だったらしい。
「白銀王の魔石だけで、三十二万円ですからね」
高橋さんが明細へ視線を向ける。
「スライムの首飾りと守りの結晶飴は、売却しないということでよろしいですね?」
「はい。どちらも手元に残します」
「承知しました」
白銀王の素材には興味があったが、今の俺たちに使い道はない。
保管しておくよりも、必要としている工房や研究機関へ売った方がいいだろう。
「また、白銀城の発見と攻略情報に対する情報提供料として、四十万円が支払われます。こちらは現時点での金額です」
「追加される可能性があるんですか?」
「調査によって、白銀城の出現条件や再出現間隔が確認できた場合は、追加報酬の対象になります」
素材の売却額と情報提供料を合わせれば、九十六万円。
パーティーの規定どおりに分けると、一人当たり四十八万円になる。
「シズクの分はどうしましょう」
「従魔が得た報酬は、契約者が管理する決まりです。ただ、今回はパーティーの必要経費として、シズクの魔力回復用品や訓練道具を購入しても構いません」
高橋さんの説明に、美咲さんが頷く。
「では、必要な物をパーティー資金から購入させてください」
「もちろんです。シズクがいなければ、白銀王には勝てませんでしたから」
「ぷるっ!」
自分の道具を買ってもらえると理解したのか、シズクが元気よく跳ねた。
◇
その日の夜。
自宅のアパートへ戻った俺は、テーブルへ守りの結晶飴を置いた。
銀色の飴は部屋の照明を反射し、中心にある盾の模様を淡く浮かび上がらせている。
改めて『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『守りの結晶飴』
『状態:使用可能』
『推奨使用数:1個』
『安全性:問題なし』
『効果』
・使用者の基礎耐久力を僅かに上昇させる
____________________◇
「問題はなさそうだな」
力の結晶飴を食べた時も、すぐに大きな変化が起きたわけではなかった。
今回も、効果を実感するまで時間が掛かるのかもしれない。
守りの結晶飴を口へ入れる。
舌へ触れた瞬間、冷たい甘さが広がった。
力の結晶飴が優しい甘さだったのに対し、こちらは炭酸飲料のような僅かな刺激がある。
飴が溶けるにつれ、身体の内側へ薄い膜が広がっていくような感覚があった。
「これで、耐久力が上がったのか?」
腕や腹部へ触れてみるが、見た目に変化はない。
身体が硬くなったわけでもなかった。
それでも、白銀王スライムに打たれた脇腹の奥が、僅かに温かく感じられる。
「効果が分かるのは、次の探索からかな」
無理に試すため、自分の身体を殴るわけにもいかない。
俺はスライムの首飾りをケースへ戻し、今日は休むことにした。
◇
二日後。
探索者協会から、白銀城の映像に関する公開許可が届いた。
出現地点や時刻、銀鏡回廊の攻略条件は非公開。
白銀城の景観と、区域守護個体との戦闘は公開可能。
俺は自宅で映像を編集し、美咲さんにも確認してもらった。
守りの結晶飴を拾った場面は削除する。
首飾りについても詳しい効果は公開せず、スライムシリーズの装備が一つ増えたことだけを伝える形にした。
完成した動画を投稿する。
『【第五層・希少区域】スライムの白銀城で、白銀王スライムと戦いました』
動画の冒頭には、白銀色に輝く巨大な城。
外門を守る白銀スライム。
銀鏡回廊の一部。
そして、白銀王スライムとの戦闘を収録した。
正確な出現地点や攻略条件が分かる部分には編集を加えている。
投稿から間もなく、コメントが付き始めた。
『き、希少区域ってなんですか!?』
『えっ、第五層にこんな区域があったの!?』
『初心者ダンジョンには何度も潜ってるけど、こんな城は見たことないぞ』
『協会の公開情報を調べても、白銀城なんて出てこないんだけど……新発見?』
『希少区域って、決まった時間にだけ現れる隠しエリアみたいなものなのかな』
『リンさん、また誰も知らない場所を発見してる……』
『白銀城、景色が綺麗すぎる! これがダンジョンの中だなんて信じられない』
『シズクちゃんの風弾が六枚の結晶板を反射する場面、格好よすぎる』
『ミサキさんが攻撃を防いで、リンさんが弱点を見つけて、シズクちゃんが魔法を決める。理想的なパーティーだな』
『リンさん、白銀王の頭上を跳び越えてる! 最初の動画と動きが全然違う』
『スライムシリーズ、あと一つじゃない?』
『首飾りを見ようと伸びてるシズクちゃんが可愛い』
最初に注目されたのは、やはり『希少区域』という言葉だった。
探索経験のある視聴者からも、白銀城を見たことがあるというコメントは一つもない。
動画を見た人たちは、初めて明かされた未知の区域へ驚いているようだった。
その後、白銀王スライムとの戦闘や、俺たち三人の連携について触れるコメントも増えていった。
その中に、一つだけ少し違う内容のコメントがあった。
『迷宮配信者グレイ:結局、倒したのはミサキとシズクだろ。リンは後ろから指示していただけに見える』
間違っているとは言い切れない。
白銀王スライムの魔核を最後に破壊したのは、美咲さんだ。
反射障壁を止めたのもシズクだった。
それでも、俺は自分にできる役割を果たしたつもりだ。
コメントを削除する理由も、反論する必要もない。
そのまま画面を閉じようとすると、別の視聴者から返信が付いた。
『弱点と解除条件を見つけたのはリンだろ。パーティーは役割分担するものじゃないの?』
俺が答えなくても、動画を見た人には伝わっているようだった。
◇
数日後。
動画の再生回数は十万回を超え、過去に投稿した探索動画も一緒に伸び始めた。
動画の広告収益。
魔導検索眼鏡の検証協力費。
探索で得た素材の売却代金。
協会から支払われた情報提供料。
最近一か月分の収入を確認すると、経費を差し引く前の金額は百四十万円を超えていた。
「百四十万円……」
毎月、同じだけ稼げる保証はない。
希少区域が見つからない月もあるだろう。
装備や回復薬、税金のために残しておくお金も必要だ。
この金額が、そのまま貯金になるわけではない。
それでも、今のペースが続けば一年で一千万円を超える。
探索者になったばかりの頃には、想像もできなかった金額だ。
「少しくらい、みんなでお祝いしてもいいよな」
白銀城を攻略できたのは、俺一人の力ではない。
美咲さんとシズク。
これまで装備や動画について助けてくれた店主さんにも、きちんとお礼をしたかった。
スマートフォンで、従魔を連れて入れる店を探す。
駅の近くに、探索者向けの少し高級なレストランが見つかった。
個室があり、従魔用の料理も用意してくれるらしい。
空いている日を確認してから、美咲さんへメッセージを送る。
『白銀城の攻略祝いに、店主さんとシズクも一緒に食事へ行きませんか? 今回は俺にご馳走させてください』
少しして、美咲さんから返信が届いた。
『ありがとうございます! お父さんにも聞いてみます!』
続けて、ナイフとフォークを持って喜んでいるスライムの画像が送られてくる。
「シズク、本当にこんな顔をしそうだな」
思わず笑いながら、俺はレストランの予約画面を開いた。
読んでいただきありがとうございます。
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