41話「白銀城の鏡面回廊」
二体の白銀スライムが、外門の前で左右へ分かれた。
鏡のような身体へ周囲の景色を映しながら、同時に低く沈み込む。
「二体とも来ます!」
「左は私が引き付けます! 一城さんは右をお願いします!」
「分かりました!」
美咲さんが左へ駆ける。
直後、二体の白銀スライムが地面を滑るように動き出した。
白銀色の残像がいくつも生まれ、本体の姿を覆い隠す。
肉眼では見分けられない。
だが、『解析鑑定』の表示は本体だけを追い続けていた。
「美咲さん! 左から二番目が本体です!」
「そこですね!」
美咲さんが残像に惑わされることなく剣を振るう。
しかし、白銀スライムは直前で進路を変えた。剣を避け、そのまま美咲さんの背後へ回り込もうとする。
もう一体は、残像を伴いながら俺へ向かってきた。
正面に見えるのは六体。
全てが本物にしか見えない。
「右端が本体だ……!」
白銀スライムの動きへ意識を集中させる。
俺が横へ動くと、本体も僅かに進路を変えた。
このまま避けようとしても、追い付かれる。
俺は羽靴を意識し、地面を強く蹴った。
前の戦闘で使った時の感覚を頼りに、跳躍する高さを調整する。
羽靴から伝わった力が身体を押し上げ、白銀スライムの突進が足元を通り過ぎた。
着地と同時に膝を曲げる。
羽靴が衝撃を吸収してくれたため、体勢を崩すことなく次の動きへ移れた。
「よし、狙いどおりだ」
白銀スライムは岩壁の手前で急旋回し、再び俺へ向かってくる。
シズクが美咲さんの肩から跳び下りた。
「ぷるっ!」
透明感を増した身体の前へ、淡い風が集まっていく。
「シズク、まだ撃たないでっ!」
鏡面膜へ風弾を当てれば、残像を止められる。
だが、外せば魔力を無駄にしてしまう。
白銀スライムが速度を上げる。
六つの残像が重なり、その位置が目まぐるしく入れ替わった。
「シズク、右から三番目だよ!」
「ぷるっ!」
シズクの身体から、圧縮された風の球体が放たれた。
風弾が残像の間を抜け、本体へ直撃する。
弾けた風が鏡面膜を乱し、白銀スライムの身体から周囲の景色が消えた。
「今です!」
鏡面膜が戻るまで三秒。
俺は鋼短剣を抜き、一気に距離を詰めた。
白銀スライムも動けなくなったわけではない。
身体を低く沈め、正面から飛び掛かってくる。
解析表示へ映し出された軌道を確認し、半歩だけ横へずれる。
白銀スライムとすれ違う。
その瞬間、身体の中心へ鋼短剣を突き立てた。
硬い抵抗を感じた直後、刃先が魔核へ届く。
「っ……!」
柄を両手で握り、そのまま押し込む。
白銀スライムの身体へ無数の亀裂が走り、白銀色の粒子となって崩れた。
「倒せた……!」
喜んでいる暇はなかった。
背後から、剣と硬い物がぶつかる音が響く。
美咲さんが、もう一体の白銀スライムによる突進を剣の腹で受け流していた。
白銀スライムはすぐに向きを変え、美咲さんの周囲を高速で旋回する。
「シズク、もう一度撃てる?」
「ぷるっ!」
シズクが返事をする。
だが、先ほどより身体の光が弱い。
「待ってください! 風弾を使わなくても、狙える瞬間があります!」
鏡面膜は光を反射して残像を作り出す。
それでも、攻撃へ移る瞬間だけは、本体が真っ直ぐ進まなければならない。
「美咲さん、その場で待ってください!」
「分かりました!」
美咲さんが剣を構え、動きを止めた。
白銀スライムの残像が周囲へ広がる。
正面。
左右。
そして背後。
そのうちの一体だけが、飛び掛かるために身体を沈めた。
「後ろです!」
美咲さんが振り返る。
同時に白銀スライムが地面を蹴った。
美咲さんは正面から受け止めず、剣を斜めに構えて突進を受け流した。
勢いを逸らされた白銀スライムが、外門へ激突する。
強い衝撃を受け、鏡面膜が大きく波打った。
◇____________________
『鏡面膜:不安定』
『再構成まで:1.84秒』
____________________◇
「今なら本体が見えます!」
「十分です!」
美咲さんが踏み込む。
一撃目で白銀スライムの身体を切り開き、続く二撃目で露出した魔核を貫く。
鏡面膜が再構成されるよりも早かった。
最後の白銀スライムも、無数の粒子となって消えていった。
「終わりましたね……」
「一城さん、怪我はありませんか?」
「はい。問題ありません」
美咲さんが俺の装備を確認する。
「羽靴も、すっかり使いこなしていますね」
「前の戦闘で感覚を掴めました。今なら、跳ぶ高さも調整できます」
「頼もしい装備ですね」
「はい。これからも役に立ってくれそうです」
シズクが床を跳ね、俺たちの間へやってくる。
「シズクもありがとう。狙いどおりだったよ」
「ぷるっ!」
美咲さんがシズクを抱き上げる。
念のため、俺はシズクの状態を確認した。
◇____________________
『個体名:シズク』
『状態:良好』
『魔力残量:41%』
『推奨:次の魔法使用まで休息』
____________________◇
「怪我はありません。ただ、しばらく魔法は使わせない方がよさそうです」
「分かりました。シズク、ここからは休憩ね」
「ぷる……」
まだ戦えると言いたそうに身体を伸ばしたものの、美咲さんの腕から降りようとはしなかった。
俺たちは地面へ残された二つの白銀魔核を拾う。
最初の一体から手に入れた物と合わせれば、全部で三個だ。
その直後、外門へ刻まれていた三つの窪みに銀色の光が灯った。
◇____________________
『白銀城・外門』
『開放条件:達成』
『白銀守護個体の討伐:3/3』
____________________◇
外門の中央へ、縦に銀色の光が走る。
左右へ分かれた門が、低い音を響かせながらゆっくりと開き始めた。
「ようやく入れますね」
「はい。あまり時間を掛けずに進みましょう」
門の先には、白銀色の石で造られた広い外庭が続いていた。
中央には真っ直ぐな道が延び、その先に巨大な城がそびえている。
城壁も尖塔も、全てが淡い銀色に輝いていた。
空に太陽は見当たらない。
それでも、白銀城全体が内側から光を放っているように明るかった。
「綺麗……」
美咲さんが感嘆の声を漏らした直後、表情を引き締める。
「でも、景色ばかり見ていられませんね」
外庭の左右。
白銀色の草の中で、いくつもの丸い身体が揺れていた。
数え切れないほどの白銀スライムが、こちらを見つめている。
「全部と戦うことになったら、厳しいですね」
「すぐには襲ってこないみたいです」
俺は外庭全体へ意識を向けた。
◇____________________
『白銀城・外庭』
『安全経路:中央の白銀石道』
『注意』
・道の外へ侵入すると、周辺の白銀スライムが敵対
・白銀スライムへ攻撃した場合、近隣個体が戦闘へ参加
____________________◇
「中央の道から外れなければ、襲われないようです」
「では、左右にある素材も無視した方がいいですね」
外庭には、銀色に輝く植物や鉱石らしき物も見える。
調べてみたいが、採取へ向かえば周囲の白銀スライムが一斉に敵対する。
今の目的は、素材集めではない。
「中央から進みましょう」
「シズクも、道から降りちゃ駄目だよ」
「ぷるっ」
美咲さんがシズクを肩へ載せる。
表示されている残り時間は、二時間三十二分。
外門を開くまでに、想像以上の時間を使ってしまった。
白銀石の道へ足を踏み入れる。
左右にいる白銀スライムたちは、俺たちの動きを追うように身体を傾けていた。
道から外れなければ襲ってこない。
そう分かっていても、何十体もの魔物に見つめられながら歩くのは落ち着かない。
「一体くらい、道へ入ってきたりしないんでしょうか」
「一城さん。そういうことを言うと、本当に来ますよ」
「すみません」
直後、一体の白銀スライムが中央道へ近付いてきた。
「一城さん」
「俺のせいじゃありませんよね?」
「分かっています」
二人で足を止める。
白銀スライムは道の境界ぎりぎりまで来ると、身体をゆっくり伸ばした。
だが、白銀石へ触れる直前で止まり、そのまま草の中へ戻っていく。
「道へ入れないみたいですね」
「それなら安心です」
何事もなく外庭を抜け、城の正面へ到着する。
目の前にあるのは、人間の何倍もの高さがある巨大な銀色の扉だった。
取っ手も鍵穴もない。
扉の中央には、俺たちの全身が映るほど大きな鏡が埋め込まれている。
「開ける場所が見当たりませんね」
「別の入口があるのでしょうか」
「調べてみます」
正面扉へ意識を向ける。
◇____________________
『白銀城・中央塔正門』
『状態:封鎖中』
『開放条件』
・銀鏡回廊を突破する
____________________◇
「銀鏡回廊という場所を通る必要があるみたいです」
「回廊なら、あちらでしょうか」
美咲さんが城の右側を指差す。
正面扉から少し離れた場所に、細長い建物へ続く入口があった。
入口の上には、向かい合う二枚の鏡を模した紋章が刻まれている。
「おそらく、あそこです」
俺たちが近付くと、入口の扉が自動的に左右へ開いた。
中へ入る。
細長い通路の両側を、天井まで届く巨大な鏡が埋め尽くしていた。
正面には三つの扉が並んでいる。
「同じ扉が、何個もあるように見えますね」
向かい合った鏡が、俺たちと三つの扉を際限なく映し続けている。
シズクが美咲さんの肩から鏡を覗き込んだ。
鏡の中にも、身体を伸ばしたシズクが映っている。
「ぷる?」
シズクが右へ傾く。
鏡の中のシズクも左へ傾いた。
今度は反対側へ身体を傾ける。
鏡像も同じように動いた。
「シズク、遊ぶのは仕掛けを調べてからね」
「ぷるっ」
俺は銀鏡回廊へ『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『銀鏡回廊・第一室』
『通過条件』
・鏡像が存在しない扉を選択する
『誤った扉を選択した場合』
・白銀城外庭の入口へ転送
____________________◇
「間違えると、外庭まで戻されるみたいです」
「残り時間を考えると、何度も失敗できませんね」
「正しいのは、鏡へ映っていない扉です」
正面に並ぶ三つの扉と、左右の鏡を見比べる。
左の扉は、両側の鏡へ映っている。
中央の扉も同じだ。
だが、右側の扉だけは片方の鏡にしか映っていない。
「右です」
「言われてみれば、確かに一つ足りませんね」
右側の扉を開く。
その先には、同じように鏡で囲まれた部屋が続いていた。
俺たちが中へ入ると、背後の扉が閉まる。
正面には、今度は五つの扉が並んでいた。
「数が増えましたね」
「同じ仕掛けなら、鏡像のない扉を探せば……」
一つずつ確認する。
だが、五つの扉は全て左右の鏡へ映っていた。
「全部、鏡像があります」
「条件が変わったのでしょうか?」
俺が再び『解析鑑定』を使おうとした時だった。
「ぷる?」
シズクが小さく鳴く。
美咲さんの肩にいるシズクは、すでに鏡から顔を離している。
だが、正面の鏡に映ったシズクだけが、こちらを見続けていた。
「美咲さん。鏡から離れてください」
「え?」
「鏡の中のシズクが、同じ動きをしていません」
俺の言葉へ反応するように、鏡像のシズクが銀色へ染まっていく。
一体だけではない。
左右の鏡へ無数に映っていたシズクが、次々と白銀スライムの姿へ変わった。
鏡の表面が、水面のように揺らぐ。
一体。
二体。
白銀スライムたちが、鏡の中から回廊へ跳び出してくる。
俺はすぐに『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『銀鏡の守衛』
『本体:1体』
『鏡像:11体』
『突破条件:本体の撃破』
____________________◇
「本物は一体だけです!」
「その一体は分かりますか?」
解析表示を追う。
だが、十二体が交差するたび、本体を示す光も目まぐるしく移動していた。
しかも、シズクは魔力を消耗している。
十二体の白銀スライムが俺たちを取り囲み、一斉に身体を沈めた。
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