37話「シズク、魔法スライムへ」
第一層から戻った俺たちは、そのまま探索者協会の従魔用訓練場へ向かった。
受付でシズクが進化可能な状態になったと伝えると、魔力遮断壁を備えた訓練室へ案内された。
「スライムの進化記録は多くありません。念のため、こちらでも魔力の変化を観測させていただきます」
担当職員が、壁際の観測装置を起動する。
「進化方法は分かりますか?」
「これから『解析鑑定』で確認します」
「承知しました。異常を確認した場合は、すぐに中止してください」
「はい」
連絡を受けた店主さんも、間もなく訓練場へやって来た。
「間に合ったか?」
「お父さん、お店は?」
「少しだけ閉めてきた。シズクの進化を見逃すわけにはいかねえだろ」
「ありがとう」
店主さんは観察窓の向こうから見守ることになった。
訓練室の中央へ、シズクを下ろす。
俺は少し離れた場所から『解析鑑定』を発動させた。
◇____________________
『個体名:シズク』
『進化準備:完了』
『進化先』
・魔法スライム
『進化開始条件』
・契約者と対象が共に進化を望む
・契約者が対象へ触れ、個体名を呼ぶ
『危険性:低』
____________________◇
「進化自体の危険性は低いようです」
「良かった……」
美咲さんが、ほっと息を吐く。
「ただ、美咲さんの意思だけでは始まりません。シズク自身も進化を望む必要があります」
「シズクの意思が必要なんですね」
「はい」
美咲さんがシズクの前へしゃがみ、手のひらを差し出した。
「シズク。進化すると、今までとは違う姿になるかもしれないんだって」
シズクが身体を傾ける。
「もっと魔法を使えるようになるかもしれない。でも、怖いなら無理に進化しなくてもいいんだよ」
シズクは、差し出された手をしばらく見つめていた。
やがて美咲さんの手のひらへ飛び乗り、元気よく跳ねる。
「進化したいの?」
「ぷるっ!」
迷いのない返事だった。
「では、シズクへ触れたまま名前を呼んでください」
「分かりました」
美咲さんが、シズクの丸い身体へ両手を添える。
「シズク」
呼び掛けに反応し、シズクの体内で魔核が輝いた。
「これからも、一緒にいてね」
「ぷるっ」
青白い光が、シズクの身体から溢れ出す。
「進化が始まりました」
観測装置が反応し、室内へ薄い魔力障壁が展開された。
光の中で、シズクの身体がゆっくりと変化していく。
大きさは一回りほど増し、青かった身体が淡い水色へ変わった。
透明度も高くなり、体内の魔核を囲むように細い光の輪が現れる。
身体へ巻かれていた青い従魔登録証は、魔導繊維が伸びることで新しい大きさへ合わせて形を変えていた。
「綺麗……」
美咲さんが小さく呟く。
淡い光の粒が、シズクの周囲をゆっくりと回る。
やがて、訓練室を満たしていた光が収まった。
◇____________________
『進化完了』
____________________◇
美咲さんの手のひらには、進化を終えたシズクが載っていた。
「シズク……?」
呼び掛けられたシズクが、ゆっくりと身体を伸ばす。
「ぷるっ!」
以前と変わらない声を上げ、美咲さんの胸元へ飛び込んだ。
「シズク!」
美咲さんが、淡い水色の身体を抱き締める。
「良かった……」
「ぷるるっ」
「進化は無事に成功しています」
俺は進化後の状態を確認した。
◇____________________
『個体名:シズク』
『種族:魔法スライム』
『状態:良好』
『属性適性:風』
『変化』
・魔力容量:大幅上昇
・魔力操作:初級へ上昇
『新規技能』
・魔力感知:初級
『風弾』
・安定度:向上
・威力:低
・使用可能回数:一日三回
____________________◇
「魔力容量が大きく増えています。風弾も一日三回まで使えるようになりました」
「三回も使えるんですか?」
「威力も上がっているようです」
担当職員が訓練用の標的を用意する。
「体調に問題がなければ、一度だけ魔法を試してみますか?」
「シズク、できそう?」
「ぷるっ!」
シズクが美咲さんの腕から下り、標的へ身体を向けた。
体内の光の輪が回転する。
ほとんど時間を掛けず、シズクの正面へ風の球体が作り出された。
「もう準備できたんですか?」
「魔力操作が安定したみたいです」
「シズク。正面の標的へ!」
「ぷるっ!」
圧縮された風の球体が放たれる。
風弾は標的の中央へ命中し、乾いた音を訓練室へ響かせた。
固定されていた標的が大きく揺れ、表面へ浅い窪みが刻まれる。
「以前とは全然違いますね」
「ぷるるっ!」
シズクは得意げに身体を膨らませた。
魔力切れを起こした様子もない。
「すごいよ、シズク!」
美咲さんが駆け寄り、シズクを抱き上げる。
「これなら、少しずつ一緒に戦えるようになるね」
「ぷるっ!」
観察窓の向こうでは、店主さんが安心したように頷いていた。
「進化後の状態にも異常はありません」
担当職員が観測記録を確認する。
「従魔登録証の情報を更新しますので、シズクをこちらへお願いします」
青い帯から銀色のプレートを取り外し、専用端末へ読み込ませる。
登録種族が、スライムから魔法スライムへ書き換えられた。
「これで更新は完了です。進化直後ですので、本日の訓練はここまでにしてください」
「分かりました。ありがとうございます」
訓練室を出ると、店主さんがシズクの前へ手を差し出した。
「よく頑張ったな」
「ぷるっ!」
シズクは店主さんの腕へ飛び乗り、進化した身体を見せるように何度も跳ねた。
「見た目は少し変わったが、元気なのは相変わらずだな」
「お父さん。落とさないでよ」
「落とすわけねえだろ」
店主さんは笑いながら、シズクを美咲さんへ返した。
◇
その日の夜。
アパートへ戻った俺は撮影した映像を編集し、シズクの進化動画を投稿した。
『【従魔進化】シズクが魔法スライムへ進化しました!』
進化条件については、詳しく公開していない。
従魔には個体差があり、同じ訓練を行えば必ず進化できるとは限らないからだ。
動画の最後には、注意書きも加えた。
『魔力素材を使用した訓練には危険が伴います。従魔へ無理に素材を与えたり、協会や専門家の確認を受けずに同じ訓練を行ったりしないでください』
◇
翌朝。
探索者ストアの休憩スペースで、俺は美咲さんと一緒に動画の反応を確認していた。
店内では、店主さんが開店前の品出しを行っている。
動画には、一晩で多くのコメントが寄せられていた。
『シズクちゃん、進化おめでとう!』
『魔法スライムへの進化映像なんて初めて見た』
『透明感が増して、さらに可愛くなってる』
『風弾の威力が全然違う!』
『ミサキさん、進化した瞬間に泣きそうになってない?』
『進化条件を公開しないのは正解だと思う。真似して従魔へ無理をさせる人が出たら危ない』
『スライムキラー・ミサキから、完全にスライムのお母さんになってる』
「お母さん……」
隣でコメントを読んでいた美咲さんが、複雑そうな表情を浮かべる。
その膝の上では、進化したシズクが自分の映っている動画を眺めていた。
画面の中の自分が風弾を放つと、シズクも真似するように身体を伸ばす。
「ここで撃っちゃ駄目だよ」
「ぷる……」
「風弾の練習は、あとで訓練場へ行ってからね」
「ぷるっ」
返事をすると、シズクは美咲さんの膝へ身体を預けた。
「一城さん」
「はい?」
「昨日は、ありがとうございました」
「俺は進化方法を確認しただけですよ」
「それでも、一城さんがいなければ、シズクが進化できることにも気付けませんでした」
美咲さんが、眠り始めたシズクを優しく撫でる。
「これからは、この子と一緒に強くなります」
「俺も手伝います」
「はい。よろしくお願いします」
白銀城の出現を待つ間に、シズクは新しい力を手に入れた。
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